3. 焚火を囲む疑心
日が傾き始めた頃。暗闇に包まれた無人の町で火が焚かれる。
ぼくたち六人と二羽は焚火を囲み、各々が転がっていた瓦礫や丸太に腰かける。籠の町への道中、偶然見かけた土地に立ち寄ったのだった。
「それにしても、酷い有様ですね」
ツワードがいった。石壁に囲まれたこの町は多くの家々が崩壊し、ところどころに血の跡を残していた。見慣れたものだけれど、やっぱり凄惨な光景だ。
岩の雨でも降って来たかのように、家を含むたくさんのものが岩に潰されている。魔術による戦いの跡に違いない。
「あれだけの血です。命を落とした方も少なからずいることでしょう。……死者の遺体が転がっていないということは、町の人々は無事逃げおおせたということでしょうか」
「町からは、な」
ミィチが短く答えた。
ツワードが言葉に詰まったのを見て、ミィチは肩をすくめる。
「気にするなよ。どっちにしろ、ここでオレたちにできることはないだろうぜ」
本当に気にしていないようにあっさり言うと、そのまま木の実をかじり始めた。
それにならって皆も食事を始める。焚火で温めた鍋のスープを角のカップに入れ、乾パンに似た木の実をかじりつつ飲む。
食事中は静かになるタイプの人が多いのか、みんな黙々と食べ続ける。マイスだけ明らかにペースが早かった。
そんな中で、ミィチがぽつりと呟いた。
「ところでお前ら、何が目的なんだよ」
攻撃性を含んだ問いに、その場のほとんどが食事の手を止める。マイスだけが食べ続けていたけど、視線はしっかりミィチに向けていた。
「お前たちだぜ、ツワード、ノエリス。どうしてお前らはラージュについて来た。サーネルへの復讐に執着していたお前らが」
またそれか……。ぼくは小さくため息をつく。
「だから何度も言ったじゃないか。二人の故郷を襲ったのはぼくじゃないって納得してくれたから……」
「理由になってないだろ。お前を襲わないこととお前について行くことは全く別の話だ」
「それは、確かに」
ミィチは木の実の残りを口に放り込むと、皮の水筒で一緒に水を流し込んだ。
ひとつ息をつき、座ったままツワードたちを睨み上げる。
「お前らはまだサーネルの命を狙ってるんだろ? だからその体を持つラージュの傍についてる」
「おっしゃる通りです」
ツワードは素直に頷いた。
「ですがそれだけではありません。私たちはサーネルさんの慈悲で命を救われました。それどころかこうして前に姿をさらすことすら許されています。正直に言えば私は、あなたと再び会うまでは命を落とすことすら覚悟していました。
ですから私たちは、その恩に少しでも報うべく、協力を惜しまぬことを決めたのです」
「――うん。本当に、あなたの寛大さには感謝の言葉も見つからない」
「ノエリスさん……寛大なんて、そんな」
ちょっと気恥ずかしくて手を振ってしまう。初めて言われた。
横でミィチが鼻を鳴らす。
「そんなことはどうでもいい」
「え」
「サーネルを殺したいことは最初からわかってる。オレが聞きたいのはもっと具体的なことだ。例えば――」
灰色の瞳が冷たく光った。
「サーネルの『体』を潰すことでせめて命だけでも奪おう、とかな」
プリーナが、マイスが、それからミィチが視線を動かす。
目を向けられたぼくは、ごくりと唾を飲んだ。
「この、体を?」
「そのようなことは!」
ツワードが立ち上がった。急速に空気がぴりつき始める。ミィチは声を荒げるわけでもなく、落ち着き払った様子で続けた。
「言っておくよ。とてもじゃないが、オレにはお前らを信用することはできない。何せ既に一度味方の振りをして罠にかけてきてるんだ。また同じことをしないなんて保証はないからな」
「……あなたの言う通りだね」
「ノエリス!」
「わたしたちにその気はない。サーネルを殺すのは元の状態に戻った後だよ。でも、それを信じさせる手段がわたしたちにはないから」
そう言われてツワードも、悔しげに言葉を飲み込む。さらにプリーナまでもがいった。
「ごめんなさい。わたしも同じ意見だわ。疑いたくはないけれど、サーネルの身を危険に晒すよりはずっと良い」
マイスは何も言わない。つまりは反対もしなかった。
「ま、待ってくださいっ」
反対したのは、ぼくだけだ。
「前に狙われたのはぼくがサーネルとしての立場を利用したせいでもあるんです! ぼくはもう気にしてないですから、このまま」
「勝手なこと言うなよ」
低い声がして、ぼくは言葉を止める。次の瞬間、ミィチに胸ぐらをつかまれた。その勢いでぼくは丸太からひっくり返り、地面に背中を打つ。
「な、なにを」
「お前何か勘違いしてないか? これはお前だけの問題じゃない」
胸ぐらをしっかりつかんだまま馬乗りになり、ミィチは灰色の瞳でぼくを見下ろす。首に圧をかけられて、ぼくは上手く喋れなくなる。
「殺されかけたんだぞ。簡単に許すなよ! オレにはお前を連れて帰る義務がある。プリーナにはお前が必要だ。それにお前は魔王を倒すんだろ? お前が死んだら全部台無しだ! はいそうですかって笑って流せる話じゃないんだよ!」
「まっ……てよ。別に、死ぬつもりは」
「あァっ?」
「だ……から! 死ぬつもりはないって! 二人がぼくを襲う理由もないんだ! だって、サーネルは死んだから!」
「――は?」
ミィチが動きを止めた隙に押し返し、ぼくは起き上がる。見ると、ツワードとノエリスも目を見張っていた。
「サーネルが、死んだ……?」
ぼくは視線を下げる。参った。本当は全員の前で話すつもりじゃなかったんだけど。
でも仕方ない。せっかく得られた味方が減るよりはずっとマシだ。
「なにを、言ってんだ?」
ミィチがぼくから離れ後ずさったので、こちらも立ち上がる。焚火を囲む全員を見回して、いった。
「サーネルは死にました。この体にサーネルの魂が戻ることはありません。だからツワードさんとノエリスさんがこの体を壊す理由はないんです」
その告白にその場が静まり返る。マイスをも含む誰もが衝撃を受けているように見えたけど、意外なことにプリーナは少しも驚いた様子を見せなかった。
「話します。ぼくがどうしてこの体に入ったのか。サーネルとの関係も」
ろくでもない自分を知られるのはまだ怖い。だけど世界を救うため、前に進むためならば躊躇いは捨て去れる。どうやらぼくは、よほど自分を愛せるようになりたいらしいのだ。
「プリーナ――もう分かってたかもしれないけど、ぼくはサーネルじゃないんだ。記憶喪失っていうのはデタラメだよ。嘘ついて、ごめん」
ぼくが謝ると、やっぱり彼女は分かっていたというように穏やかに笑った。
「いいわ。あなたの気持ちはよく分かるもの。話したくない理由があったんでしょう?」
「……うん。だから、まだ話せないところもある。でも今必要なことは全部話すから」
ぼくはそういって、改めて皆に視線を向ける。
それから、今まで聞き及んだ話と想像とを絡めて語り始めた。サーネルの最期と決死の足掻きを。彼の意志を。
「今から数十日前の出来事です。サーネルはある人のために、魔王と戦うことを決めました――」