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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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2. 大きな影

 煌々(こうこう)とした日差しが降りそそぐ。森の中にぽっかりとできた岩場には、黒っぽく掠れた染みがいくつもこびりついている。


 そこにひとつ、深緑色の塊が投げ込まれた。


「べゃっ!」


 それは潰れた衝撃で声を上げる。よく見ると手足がついていた。


「そっちに行ったわ!」


 木々の向こうでプリーナが叫ぶ。ぼくは即座に飛び出しその生き物に手を当てる。それは一瞬で弾け飛び、死滅した。


「! もう一体そちらに!」


 今度はツワードの声が聞こえ、振り返ると深緑の塊が襲いかかってきた。


「キシャァァァ!」


「――」


 速い。反撃を試みるより先にそれが肉薄し、ぼくの顔を貫こうとする。


 瞬間、目の前を巨大な剣が通り過ぎた。目で追うと、緑のそれが真っ二つに両断されていた。


 ほっと息をつく。


「マイスさん。助かりました」


「気を抜くな。まだ奴らを倒し切ったとは――」


 森からさらにもう一体、似た生き物が弾丸のように飛び出してきた。マイスの頭に直撃する。爆発にも近い風が巻き起こった。


「っ?」


 けれどマイスは意に介さない。驚いて声も出せずにいるその生き物を手でつかむと、軽く振ってぼくのほうへ放った。ぼくは掌で受けそれを破砕する。


 またほっと一息。静まり返った空間でマイスと目が合う。彼は無表情を崩さなかったけど、一言だけ呟いた。


「……油断したわけではないぞ」


「は、はい」


 顔には出ないけど、意外と気にするんだなあ。


 それからもしばらく警戒を崩さずにいたけど、ついに敵の気配が消えたので森に散った仲間たちを呼び集めた。


「お見事でした」


「ええ。マイスもサーネルもさすがだったわ!」


 ツワードとノエリス、それにプリーナが森から出てくる。


 あの緑の生き物は森を通ったぼくたちにいきなり襲いかかってきたものだった。多分魔族だ。魔王と敵対するぼくを狙ったのだろう。弾丸のような速さで森中を飛び回る動きは厄介で、きっとぼくとプリーナだけでは全部は倒しきれなかった。


「ところでマイスさん、なんでそんなに頑丈なんですか?」


「鍛えた」


 決まっているだろうと言わんばかりの即答だった。


 ……いや、どうやって?


「ともかくさっさとこんな森抜けようぜ。ここの木の実は食えたもんじゃない」


 いつの間にか足元に座っていたミィチが小さく鼻を鳴らした。近くに放り捨てられた木の実は毒々しい色のわたがこびりついている。生死がかかっているならともかく、確かにあれは食べる気にならない。


 元々ぼくたちは食糧を得るためにこの森に入ったのだった。ところが目当ての獣は体から縞模様のキノコを生やしたものばかり、木の実も見るからに毒を含み、偶然見かけた湖も黒ずんでいた。


 挙げ句、引き返そうとしたところで妙な生き物に命を狙われる始末。一刻も早く立ち去りたいと思うのは当然だ。


 食べるものを持っていないわけでもない。保存が利いて腹持ちのいい乾パンのような木の実を、太陽の町を出る時に邪魔にならないだけ持ってきてあった。マイスやツワードたちも似たようなものは携行している。


「それはそれとして美味しい食事は欠かせません!」というプリーナの要望により獣探しになったのであった。


 とはいえプリーナも毒まみれの森を見てなお食欲旺盛というわけにはいかなかったらしい。残念そうにはしつつも素直にミィチの提案を受け入れた。


「仕方がないわ、お肉は諦めましょ…………マイス?」


「お気になさらず」


 マイスが青紫のうさぎのような獣を拾い食いしている。何かバリボリ聞こえてくるけど気にするなと言われたので触れない。


 ぼくたち六人は森を出た。ティティたち二羽の怪鳥は外に待たせてあった。


 六人――この世界に来たばかりの頃を思えばずいぶん増えたものだ。


 最初は一人だった。世界のことを何も知らぬままに命を狙われて、痛い思いもたくさんした。そしてついに処刑されそうになった時メニィに助けられたのだった。彼女はこの体の持ち主サーネルのことをよく知っていて、とても優しく接してくれた。


 でも……人の苦しむ姿を愉しむ悪魔のような存在でもあった。


 だからぼくはメニィを含む全ての魔族を敵に回し、魔王の息子としての安息を手放したのだ。


 けれど代わりにプリーナという仲間ができた。彼女は他者の苦しむ姿に酔いしれてしまう一面を持っていたけど、町や人を守るという信念も持ち合わせていた。初めて出会ってすぐに殺されかけた時は、まさかこうして一緒に旅をするなんて思いもしなかった。


 次に仲間になったのはミィチ。サーネルを知る一人で、サーネルを守るために地底の町からやって来た。当初はサーネルの体を持つぼくを「悪霊」と警戒していたものの、今では「ラージュ」と呼んで信頼してくれている。……多分。


 それからツワードとノエリス。彼らは初め、サーネルの味方になりたいと名乗り出てきた黒いローブの集団を引き連れてきた。ただしそれはサーネルに復讐するための罠で、ぼくはまんまと騙されまたも殺されかけてしまった。


 だけどそこから逃げ出す時彼らを傷つけないようにしたことでぼくがサーネルではないと気づき、今度こそ本当の仲間になってくれた。


 そしてマイス。彼も元々サーネルを知っていたようで、出会い頭に襲ってきた者の一人だ。こうして見るとぼくは殺されかけてばかりな気がする。ともかく彼から逃げる過程で魔王城に連れていくことに成功し、マイスと魔王の一騎打ちに持ち込んだ。


 人類最強と目されるマイスならあるいは、と期待してのことだった。ぼく自身が戦うよりもよほど勝つ見込みはあったのだ。相手の実力に関係なく希望を持てるだけの強さがマイスにはあったから。


 でも、マイスは敗れた。ぼくはせめて彼を殺させまいと魔王城から連れ出し、彼の命は助かり、その出来事をきっかけに彼も味方になってくれたのだった。


 ……これだけ聞くと、わざと死地に追いやって助け出すことで信用させる卑劣な手口に映らなくもない。


「そうなのか」


「はっ、はひっ?」


 心臓が口から飛び出すかと思った。


 見るとマイスはツワードたちと世間話をしていた。てっきり心を読まれたのかと……。


「あ、そろそろ抜けるわ」


「ぐえー!」


 森を出てすぐ、大きな鳴き声が聞こえてきて二羽の鳥が駆けてきた。


「ティティ! お待たせ!」


 そう。忘れちゃいけないのがこの二羽、ティティとケイティ。筋肉もりもり健脚の怪鳥たちだ。マイスとプリーナが買ったもので、完全な巻き込まれ組だ。ケイティはマイスが、ティティはぼくたちが連れていた。


 そんなティティだけど、ただの移動手段なんかでは決してない。どんなに危険な状況でもぼくたちを見捨てず共にいてくれた、正真正銘の仲間だ。


 この五人と二羽の頼もしい仲間と共に、ぼくはさらに味方を集めるつもりだった。一度は諦めかけたけど、今は強く希望を持てる。


 そしていずれは、魔王を――。


「……ん?」


 ぼくは思考を止め、森を囲む草原の先、はるか遠くに見渡せる山稜を睨む。


「どうしたの?」


「今、山の向こうに人影が見えた気がして」


 素直に答えると、プリーナは目をぱちくりとする。隣にいたミィチもぽかんとしてぼくを見上げた。


「山の向こうってお前、どんな体格してたらここから見えるんだよ」


「そ、そうだよね。見間違いかな」


 今はいくら目を凝らしても人影は見えない。山より大きな人なんていくらなんでもいるわけが……いや、いるのかな。


「とりあえず出発しましょう。ここに留まっていても仕方がないわ」


「……そうだね。行こう」


 ぼくは頷き、巨人については「気のせい」ということで片付けたのだった。


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