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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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34. 霧が嗤う

 鉄の刃のごとき脚が次から次に襲ってくる。


 コンズは巨大な蜘蛛くもに姿を変え、硬く鋭い脚を何本も生やしていた。変身魔術を利用してか攻撃の瞬間だけ脚を十メートル以上も伸ばし、驚異的な速度で連撃を繰り出してくる。


 変身にはこんな使い方もあったのか。いや、こちらが本来の用途かもしれない。


 よけるだけで精一杯だった。脚が地面に刺さるたび石の破片がぼくの体にぶつかり爆ぜる。その痛みで攻撃の凄まじさを感じ取れた。


 それにあの鉄の脚――高熱の火にあぶられたようにあかく光っている。以前ユニムが自前の細剣を光らせたのと同じかもしれない。多分あの脚につけられた傷は魔族の治癒能力をもってしてもすぐには治せない。


 脚が伸びる。かわす、また躱す、さらに躱す。休む暇などない。とにかくぼくは全力で走り続ける。


「何よアンタァ、よけるばっかじゃない! さっきの威勢はどうしたのよォ!」


 甲高い声で笑いながらコンズは連撃を続ける。攻撃と攻撃の間に隙はほぼなく、どれだけ待っても疲れた様子を見せる気配はない。さすが魔王に認められただけのことはあるようだ。


 ただし思ったほどじゃない。ユニムと戦った時のような切羽詰まった恐怖感はなかった。以前より使える魔術が増えたこともあるだろうけど、一対一の戦いという点で考えればユニムのほうがよほど戦いにくかった。


「ほらほらァ! どうしたの、さっさとかかって来なさいよ!」


 次々に鉄の脚が伸び、稲妻のように地面に突き立つ。また地面が爆ぜて石の破片を浴びさせられた。


 確かに動きは速い。けど力任せなのだ。動きの先を読まれることもなければ逃げ道を封じられることもない。よければかわせる。あの戦いに比べれば簡単な話だった。


 問題は自在に形を変えられる体にどう致命傷を刻むかだけど。


 やっぱりここは白と黒の悪魔を殺した時みたいに、腕の群れを作って飲み込むべきだろうか。隙間なく魔術で貫けば、どこかにはあるだろう核を叩き壊せる。


 でも今ここで撃ち込むのはダメだ。あの鉄の脚に阻まれて満足に攻撃が届かないだろうから。


 腕の魔術は他に比べて魔力の消費が激しい。あれを使うのは、確実に決定打を叩き込めるという瞬間だけだ。


 ふいにコンズが舌を鳴らし、動きを止める。


らちが明かないわね」


 直後巨大な蜘蛛の体が膨れ上がり、弾けた。異常なまでに体積を増したどろどろの液体が津波のように押し寄せる。あっという間に足元がコンズの泥で覆われ、ぼくは空中へ避難した。


「何飛んでんのよ。ホントむかつく!」


 こちらの魔術は知っているだろうにコンズはわめき、泥をぶくぶくと泡立たせる。


 ――と、その泥の中から鉄の刃が伸びてきた。


 とっさに腕を生やして犠牲にし、何とか切っ先を弾く。


 わずかに生身の腕を切られ、血が垂れた。


 ……やっぱりだ。つけられた傷は治らない。


「これは……まずいな」


 ぼくは小さく呟く。今の攻撃のことじゃない。参ったのはコンズの体の大きさだ。こうまで広がられては、無数の腕を放ったとしても飲み込み切れない。


 念力で避難し続けるにも限界がある。いざという時のために魔力は温存したいし、いつまでも逃げているわけにもいかない。何とかして元の姿に戻させる必要があった。


 前言撤回だ。どうやらユニムより厄介な相手らしい。


 また刃が伸びてくる。策を練る暇を与える気はないようだ。空中を飛び回り刃を躱し、少しずつ距離を取る。


「ああもううざい! ちょこまかちょこまか鬱陶うっとうしいのよ!」


 地面を刺すという動きが消えた分さっきよりわずかに連撃が速くなった。でも泥になったせいか本体が地面から動くことはできないと見える。高いところへ逃れればひとまずさほどの脅威はない。


「降りてきなさいよ! 丸呑みの串刺しにしてやるから!」


「そっちが上がってきたらどうなんだ! それとも飛ぶこともできないのか!」


「はあ? アンタ馬鹿? なんでアタシがアンタに従わなきゃなんないのよ」


 意外にも安い挑発には乗ってくれなかった。鳥にでもなってくれたら少しはやりやすかったのに。


 コンズもあの姿でいた方が有利だとは気づいているのだろう。ぼくが町を捨てて逃げるとも考えていない。ただ短気なだけじゃないということか。


「だったら!」


 ぼくは体中から腕を生やし肉の鎧を作る。急降下して泥に突っ込んだ。飛んでくる刃を鎧で弾き、泥に掌を触れる。


「な――」


 瞬間、地面を覆う泥が高速で滑り出し、丸ごと横なぎに吹っ飛んだ。


 巨大な泥の塊が空中へ投げ出される。まるで一つの巨体が投げ飛ばされるみたいに。


 いや、『みたい』じゃない。今飛んだのは確かに巨体だ。液体になったように見えても泥の全てはコンズの体に過ぎず、一つの巨体と変わりない。石ころを吹っ飛ばす要領で一点を念力で引っ張ればこの通り、丸ごと全部投げ飛ばすことだってできる。


 という推測で試してみたけど、上手くいってよかった。


「何すんのよ! あああああムカつくムカつくムカつく!」


 泥の塊が叫ぶ。急速に圧縮されて人に似た形を取ると、元の黒目がち過ぎる少女の姿に戻った。


 チャンスだ。ぼくはすかさず突っ込み、無数の腕を生やすべく身構える。


 ――その時。


 ぼくの身を守る鎧の一部が、裂けた。


「!」


 念力をかける方向を変え、上方に逃れる。


「今、何が……?」


 鎧の傷はぼくの首元まで達している。危うく首を断たれるところだった。


 コンズとぼくの間には巨大なしっぽも鉄の刃もなかったはずだ。地面も割れていないし、そこから飛び出てきたわけでもないらしい。


 今の感覚は――まるで、最初からそこに見えない刃が置かれていたような――。


 コンズが舌を鳴らす。


「あー、うっざ。今のよける? 普通」


 そして、わらった。


「もういい。時間かけてもつまんなそうだし、いい加減本気で殺してやるわ」


「な……何をした」


「さっきから何度も見せてるじゃない。変身の魔術を使っただけよ」


 嘘だ。そうは見えなかった。コンズはきっと、何か別の魔術を隠している。


 ぼくが黙って身構え続けるのを見て、コンズは愉快げに鼻で笑った。


「分からない? じゃ、特別に説明してあげる。変身ってのはね、人に化けたり蜘蛛になったり、なんてだけの魔術じゃないの。あんなのはただのおまけよ」


 コンズの体から湯気が立つ。肉体強化の魔術に似ているけど、少し様子が違った。


 何が違うのか最初は分からなかった。けれど次第に、その違いがはっきり見えてくる。


「な――なんだよ、それ」


 体の一部、湯気の出ている部分が、少しずつ消え始めていた。


「やっと気づいた? そう、本命はこっち。何にでも変身できるなら、『見えないもの』にだってなれるのが道理でしょ? 要するに――」


 急速にコンズの姿が消えていく。頭から爪の先まで、全てがぼくの視界から消えた。


 最後に残ったのは、声。


 どこから響いているかもわからない、彼女の声だった。


「こうやって、霧みたいに、消えることだってできるのよ」


 ――見えない。本当に、全く、微かほども見えない。


 はっとして周囲を見回す。割れた地面が見える。たくさんの丘陵が見える。青空が見える。


 なのに、見えない。コンズの姿だけが完璧にかき消えている。


「ばーか。どこ見てんのよ」


「!」


 背中を打たれた。慌てて肉の鎧を補強する。でも足りない。即座に打撃を重ねられ、瞬く間に鎧を砕かれた。


 ぼくは再び鎧を作り駆け出す。立ち止まっちゃいけない。的にされるだけだ。


 攻撃の手がやんだ。ぼくは駆け続ける。いつどこから狙われるか分からないまま速度を維持する。


 何かを踏みつけた。足元に突然泥が現れ、ぼくの脚にまとわりつく。それを念力を吹き飛ばした次の瞬間、またも背後から斬られた。


「がぁっ!」


 今度は鎧を越えて背中を刺される。空中へ回避し、ぎりぎりかすり傷にとどまった。


「いつまで持つかしらねえ!」


 高笑いが響く。左かと思えば右から聞こえ、前かと思えば後ろから聞こえる。幻の中にでも放り込まれた気分だった。


 誤算だ。まさか透明になれるなんて。


 舐めていたわけじゃない。大変な戦いになるとは覚悟していた。だけどこんな……。


「ほら、脇が甘いわよ」


ぁ!」


「足元も見ないと」


「ぐあああっ」


「上にも気をつけなさい」


「――っ!」


 こんな、一方的に。


「ああ、でも。見てても気づけないんだったわね」


 目の前に突然鉄の塊が現れる。視界に火花が散った。顔を正面から殴られたと気づいた時には、地面を盛大に転がって倒れていた。


「う……ぐ……」


 だめだ。本当に見えない。いくら目を凝らしても、正しくコンズのいるほうを見ていても、空気のブレのようなものすら見つからない。


 これじゃ玩具おもちゃだ。コンズに弄ばれるだけのサンドバッグのようなものだ。


 何とか状況をくつがえさないと。殴られた額を押さえながら周囲に視線を走らせる。


 ――次の瞬間、お腹を守る鎧が砕けた。


 ぼくは念力で跳びあがる。わずかにお腹を斬られた。見ると地面から刃が生えている。あと少し逃げるのが遅れたらやられていた。


 同じ場所にとどまってはダメだ。動き続けなければとどめを刺される。わずかな時間でもすきを作っちゃいけない。


 そう自身に言い聞かせた直後、ぼくは立ち止まった。


「なに? もう諦めちゃったわけ?」


 コンズの声には答えず、ぼくは目を閉じる。


 ……落ち着け、焦るな。惑わされちゃいけない。コンズの魔術は確かにすごい。驚かされた。でも、それだけだ。


 姿は見えなくなった。けどそこにいないわけじゃない。攻撃を喰らった瞬間、おそらくコンズはぼくの近くにいる。すぐそばとはいかなくてもそう遠くはないはずだ。蜘蛛や泥の状態で鉄の刃を放った時も、攻撃はせいぜい十数メートル先までだった。


 あまり魔力は使いたくなかったけど。


 そのくらいの範囲なら、全部飲み込める。


「ふーん、そう。こんなんで終わりなんだ。なら――死んで」


 コンズが呟く。ぼくの首筋に冷たい刃が触れた。


 ぼくは目を剥く。瞬間、全身から全方向に大量の腕を生やした。


 大質量の腕の群れがあふれ出す。肉の塊は爆風のごとく一気に膨れ上がり、周囲を丸ごと飲み込んでいく。


 大地を削り轟音を上げながらぼくは声を上げる。そして、固まった。


「……そんな」


 絶句する。腕の群れで埋め尽くされた真っ暗な視界の中で、額を汗が流れる。


 手ごたえが、ない。


 いや、確かに感触はあった。ぼくを斬りつけてきた刃は確かに飲み込んでいた。なのに肝心のコンズの体にはなぜか触れられなかった。


 本体にたどり着けなかったどころじゃない。鉄の刃から伸びているはずの腕か脚さえ潰せなかった。


「どうして!」


 爆風をさらに広げたくさんの腕を忙しなくうごめかせる。だけどやっぱりコンズの体は見つからない。諦めて腕の増殖を止めた時、ようやく悟った。


「……そうか。くそ。何が、霧『みたいに』だよ」


 理解する。ぼくは体を触れられなかったんじゃない。触れたのに気づけなかったんだ。


「本当に、霧に化けたんじゃないか」


 今回に限っては慢心なんかしていない。追い詰められた状況でできる限りのことをした。それでも向こうに上を行かれただけだ。


 闇の中で呆然とする。魔力はまだある。あと一度だけなら大量の腕を放つこともできるはずだ。だけど、勝機が見えなくなった。


 だって、こんなのどうしろっていうんだ。


 本物の霧なんて、どうやって倒せばいいんだよ。


 決定打になるはずだった腕を生やす魔術は効かない。体重を軽くする魔術や念力の魔術では魔族を殺すことができない。掌から衝撃を放つ魔術もダメだ。もしかしたら霧の一部は壊せるかもしれない。けど、「核」を見つけ出せないならいくら壊しても意味がないのだ。


 手札は尽きた。サーネルの魔術じゃ太刀打ちできない。あるいは他の魔術なら光が見えるかもしれないけど、ぼく一人では……。


「ちょっと、いつまでそうしてるつもり? 早く出てきなさいよ。ねえ聞いてんの? さっさと死んでほしいんだけど! 町の人間殺しちゃっていいわけ?」


「町の――」


 そうだ、彼らなら。


 ぼく一人じゃ勝てなくても、彼らの力を借りられれば。


 ……でも、ダメだったじゃないか。今まで人の味方を探し続けてきて、それがいかに無謀なことか、散々思い知らされてきたじゃないか。


 今回だって、きっと。


「ま、いいけど。アンタがその気ならホントに殺すだけ――――――だから」


 ぴくりと、ぼくの耳が勝手に動いた。


 ……なんだ? 何か、今。


「アンタの――――――せいで町の――――――」


 闇の中、顔を上げる。やっぱり。妙だ。コンズの声が途切れ途切れになって。


「人間みぃんな――――――死んじゃ――――」


 その時、何かが腕の群れにぶつかるのを感じた。


「サーネル、そこにおるのか」


「……へ? 町長っ?」


 腕の群れの中に入り込んでくる。地上へ上がって来ていたのか。


「――ったんだって、たっぷり後悔――」


 そうか、分かった。この度重たびかさなる奇妙な静止は町長の魔術によるものらしい。コンズは何度も意識を飛ばされているんだ。


「――――させてやるわ」


「この声、解せぬな。どこから響いているかも分からぬ」


 コンズには見つかっていないようだった。腕の中に上手く隠れながら町長は続ける。


「だがよく喋る。ヘレナの処刑をとどめたばかりのお主を襲い、町の人間を殺すと言いよった。ならばあやつめが此度こたび仇敵きゅうてきとみて相違そういあるまいな」


「あの、町長。どうしてここに?」


「助太刀に参った」


 当たり前のように、いった。


 あっさりと躊躇ためらいなく、しごく簡潔に。


 ぼくは目を閉じ、小さく息を漏らす。


 ああ……そうだった。この人たちは、ぼくを信じてくれたじゃないか。


「だが分からぬ。あやつの戦い方も操る魔術もわしは知らぬのだ。どうすればよい。あやつの動きを見極めるまではお主の指示に従おう」


 見えないだろうけど、ぼくは首を振った。


「もう十分です」


 全身を揺さぶって体から生えた腕をもぐ。そのうちの一つを掴み、念力を使い、強引に外へ飛び出した。


 ここに来てくれた。助太刀すると言ってくれた。それでもう十分だ。その行動はぼくに、大きな力を与えてくれた。


 それにこの戦いに関して言えば、町長は十分ぼくの助けになってくれている。


 簡単に言えば、そう。もう既に。


「勝機は――見えました」


 放物線を描いたぼくの体は飛び出した勢いのまま着地し、煙を巻き上げて大地を滑る。


 その先から、声が降ってくる。


「やっと出てきたわね。待ちくたびれたっての」


 億劫おっくうそうなため息が聞こえた。そのくせどうあってもぼくを殺すつもりらしい。相変わらず姿は見えない。それでもぼくを置いて町へ降りる気がないことだけは確かだった。


 自分から姿を見せてくれたら楽だったけど、仕方ない。


 ぼくは再び跳躍し空中を移動する。同時に忙しなく視線を走らせた。割れた地面、盛り上がった岩の陰、枯れ果てて砂の塊と化した雑草たち。それら全ての「裏」を徹底的に見回る。


 わずか先に並ぶ丘陵にも飛んでいき、物陰をやはり徹底的に覗き込んだ。


「アンタ、何してんのよ。戦う気ないの?」


「……」


「ねえ。聞こえてんでしょ」


「……」


「答えなさいよ!」


 ぼくは無言で探索を続ける。コンズの舌打ちが聞こえたけど、無視した。


「アンタ、まさか」


 高速で移動しているためかコンズからの攻撃はない。だけど油断はできなかった。その時が来たら必ず、「迎撃」される。


 コンズと「目が合った」その時、全力の攻撃がぼくを襲うはずだ。常に警戒しなければならない。


 そう。ぼくは「眼」を探していた。




 ――ひとつ素朴な疑問があった。


 コンズはどうやってぼくの位置を掴んでいるのかということだ。蝙蝠こうもりのように超音波の反響で判断するのか、あるいはぼくが気づいていないだけで常に霧に触れられているのか、まったく想像もつかない方法で感知しているのか。


 普通なら戦いの最中に気にすることじゃない。実際目も耳もないハイマンと会った時には気にも留めなかったことだ。だから一度は捨て置いた。


 だけど――町長の登場で考えが変わった。町長の魔術が通じたと知った瞬間に。


 宝石の光を見た相手の意識を飛ばす。それが彼の魔術だ。つまり、「光を見た者」にしか魔術は効かない。それが通じたということは、コンズは視覚に頼ってこちらの動きを感知しているということだ。


 そして、コンズの体の全てが霧になっていたらそれはできない。仮に霧じゃなく透明な体だったとしても、それはできない。光を「見る」には、光を飲み込む「眼」が必要だ。となれば必ずどこかにぼくを見る「眼」があることになる。


 それともう一つ。ミィチとコンズの戦いを見た時のことも引っかかっていた。ミィチは自身の魔術を「二つの点」じゃなく「二つのもの」をくっ付ける魔術と言った。多分これは言葉の綾じゃない。実際コンズは首を切り離してもまた地面にくっついた。


 コンズは文字通り全身を地面に貼り付けられていたのだ。なのに――コンズの体の一部であるはずのしっぽは自由に動き、ミィチを襲った。そこが引っかかっていた。


 でも気づいてしまえば話は単純。あのしっぽはコンズの体などではない、というだけのことだった。あれは魔術で作られたものだったのだ。


 コンズの魔術は変身じゃない。サーネルのそれと同じ、「作り出す」ものなのだ。霧の体も、少女の体も、変幻自在に変化する体は全部――魔術によって作り出されたものだった。


 気になっていたことはまだある。地上へ送り届けたはずのプリーナが、何故町に現れたのかということだ。彼女には下へ降りる方法がないはずなのに。


 あの時ぼくが届けたのは、多分コンズだった。何故コンズがプリーナに成りすましたのかは分からないけど、処刑の邪魔をしかねないぼくを殺す気でもいたのかもしれない。だけど町を出ると聞いてその気が失せた。そして――ぼくらから離れた。


 そう、離れていたのだ。プリーナを運びあげていたあの時、ぼくはティティの頭から小さな影が落ちるのを見た。あれがコンズを追いつめるカギだったのだ。


 あの時は鍋か何かだろうと思った。けど違ったのだ。あの後プリーナは一言もしゃべらなくなった。機嫌が悪いせいと思い込んだけど、あのプリーナが、一人で戻ろうとするぼくを一言も引き止めないなんておかしい。あれは黙り込んでいたんじゃなくて、喋れなかったんだ。


 ぼくの声を、聞き取れなくなったから。


 あの時ティティから落ちた影は、おそらく「耳」の役割を持っていた。逆に言えばプリーナの偽物に「耳」の機能はなく、影に全てを頼っていた。つまりコンズの魔術では、「耳」を作り出すことができなかった。


 ここまで情報が揃えば確信できる。あの時ぼくが目にした小さな影、その正体は――。




 ぼくは飛び回る。「眼」と「耳」を見つけるため。それを破壊するため。


 細かいヒビのたくさん入ったボロボロの岩を目にとめ、そばに降りる。陰を覗き裏には何もいないことを確認すると、興味をなくした振りをして空中へ上がる。


 同時、念力でもいだ腕を撃ち込んだ。


 岩が砕け散り、煙が舞い上がる。


 その中から、小さな影が出てきた。


 それは魔術で作られたものじゃない。変幻自在の体じゃない。砕いても傷のつかない無敵の怪物ではない。


 ぼくが最初に探そうとして一度は諦めかけた「核」、すなわち。




 ――本体だ!




「ちィ……!」


「見つけたぞ、コンズ!」


 飛び出したのは片手に乗せられるくらいの、デメキンのような生き物。お腹の下には数えきれないほどの細かい脚がついている。


 その姿を見られて、コンズはギリギリと歯を鳴らした。


「……消えてなくなれ。今すぐ、この世界から消えてなくなれえええええ!」


 コンズの体が発光する。その周囲から半透明の泥があふれ出し、瞬く間に辺りを飲み込んだ。


 ぼくは飛び退く。岩が、地面が、水をかけられた砂の城みたいに崩れていくの見た。次の瞬間には泥の一部となり、色も形も材質も全てが失われる。


「アタシの正体を知っていいのは魔王様だけよ! アタシより強いから! アンタみたいな蛆虫うじむし風情が、一瞬でも見ていいもんじゃないのよ!」


「お前の言い分なんて、知るか」


 おそらくこれがコンズの切り札。だったらこちらも切り札を出すまでだ。


 地面を強く踏み、両手を前に突き出す。


 肩から無数の、大質量の腕を生やした。


「お前はここで終わりだ! コンズ!」


「調子に乗るなァ! 蛆虫がああああ!」


 大質量がぶつかり合う。


 触れた瞬間、当たった先から腕が溶け飲み込まれた。けど同時に泥の一部を破壊し少しずつ先へ進んでいく。


 あとは出力の勝負だ。そして既に、力の差は見えていた。


「ぐ……ぬぅ!」


 コンズが呻く。泥の生成が追い付かないらしい。腕の群れは少しずつ、だけど確実にコンズの本来へと近づいていく。


「や……やめなさい、来るんじゃないわよ」


 コンズがゆるゆると首を振る。眼の盛り上がった顔が初めて恐怖に歪み、瞬間、明らかに腕の食い込む速度が上がる。


 勝負は決した。腕はどんどん進んでいき、もはやコンズに逃げるすべはない。ここで泥を止めて逃げても、泥で対抗しても、生き残ることはできないだろう。


「あ……ああ……」


 コンズはついに、叫んだ。


「アタシに近づくなあああああ!」


 コンズが潰れる。同時、半透明の泥が霧のように消え去る。


 豪速で進みだした腕の群れの中、肉塊が呆気なく死に果てるのを確かに感じ取った。


 残された腕の道を睨み、ぼくは激しく息を切らす。腕を切り離すと、その場に尻もちをついた。


「か…………勝った」


 あのコンズに。魔族の中でも屈指の実力者とされたコンズに。


 呆然と空を眺める。ゆっくりと両腕を上げる。


 町長に見られていることも忘れて、ぼくは雄たけびを上げた。


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