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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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32. 限界点

「宣言するわ! 今この場でわたしが、あなたの無実を証明します!」


 崖の上からプリーナが言い放つ。


 背後に聞こえていた人々の声がやんだ。風は消え、虫の鳴き声さえ静まり返る。その場の全てが彼女の言葉に耳を傾けているようだった。


「な――」


 ぼくはやっとの思いで声を漏らし、何度か瞬きして、はっと背後を振り返る。二、三十メートルほど離れたところで、追っ手の人々が当惑した様子を見せていた。


 混乱のあまり一瞬めまいがした。何とか立ち直り、額に手を当てながら首を振る。


「待て、待て。それは何の冗談だ。そんな真似を誰が頼んだ」


 証明するも何も、ぼくが犯人だと言い出したのはぼく自身だ。そんなことをしてもらう筋合いはない。


 ところがプリーナは、この反応を待っていたようにわざとらしく首を傾げた。


「何か問題があるの? もしかして、あなたが無実だと困ることでもあるのかしら」


「それは」


 思わず焦りを声に出してしまう。この状況にただでさえ混乱を隠せないのに、追っ手の前で揺さぶりをかけられて上手く切り返せるほど冷静にはなれなかった。


 プリーナは気づいている。ぼくがヘレナを守るために罪をかぶろうとしていることに。だからそれを皆にも知らせようとしているんだ。


 だけどダメだ。そんなことはさせられない。ヘレナを救えなくなってしまう。


「……ああ、困るとも」


 ぼくは慎重に言葉を選び、答える。


「せっかく興が乗ってきたところなのだ。妙な横やりで邪魔をされては困る」


「貴様! どこまでも!」


 上手くいったらしい。追っ手たちの怒りが聞こえる。広場で遺体を壊した時点で彼らの憤怒は収まりきらないところまで来ているのだ。今さら言葉だけで止めに入るのは不可能に近いだろう。


 とはいえ当然プリーナも簡単には引き下がらない。


「そんな言葉では誤魔化されないわ。あなたはヘレナを助けたかった。だから自分から罪をかぶってまであの子の疑いを晴らそうとした。そうでしょう!」


「ふん。なぜ我がそのような」


 軽く否定してみせる。どんな言葉をぶつけられても一貫した姿勢を見せれば大丈夫だろう。そう思ったぼくは甘かった。


「……どういうことだ?」


 低い声で誰かが言った。それを聞いてようやくぼくはこの場で問答を続けるべきじゃなかったと気づく。


 プリーナの言葉が核心を突きすぎていた。今にも襲いかかってきそうだった人々に再び戸惑いが広がっている。ぼくは焦りさらに言い返そうとしたけど、上手い言葉が見つからない。


 思えば、そもそもヘレナは処刑される寸前だった。本来ぼくが罪をかぶるのは簡単なことじゃなかった。あの遺体破壊がなければ、彼らを信じさせることはできなかったに違いない。


 そして忘れていたけれど――この町は事件の犯人調査を欠かさない。それも警察みたいに徹底的だ。今回はコンズの魔術が異常だっただけで、何も分からないうちから手当たり次第に犯人らしい人を討つ、なんて真似はしないのだ。


 だから少しでも彼らに、「ぼくが犯人じゃない可能性」を見せてはいけなかった。


 それなのに。


「きみ! 無実を証明するといったな!」


 誰かが問う。ぼくは目を剥き、全身の毛を逆立てる思いで振り返った。


 頭に血が上る。この流れは良くない。これ以上は本当にいけない。


「ええ。少なくとも、サーネルが言った理屈は……」


「もういい! そこまでだ!」


 ぼくはプリーナの言葉を遮り、崖の上に向かって跳びあがった。


 今さらかもしれない。止めに出るにはあまりに遅かった。でもだからといって、このまま黙って見ているわけにもいかなかった。


 崖の上に足をつき、プリーナを抱きかかえようと突っ込む。


 その時、彼女の後ろにちらりと人影を見た。


「町長っ? しまっ――」


 その姿に気づいた瞬間、ぼくの体は地に伏していた。


 町長が背に乗りぼくを押さえつける。魔術で強化しているのか異様に力が強く、振り払おうとしてもびくともしない。


「申せ。何ゆえにこの魔族を無実と断ずるか」


 町長はいった。プリーナは頷く。


「待った。待ってプリーナ! お願いだから!」


 懇願する。けど彼女は、ぼくに目を向けてもくれなかった。


「とても単純な話よ。サーネルはさっきヘレナを魔術で操ったと言ったけれど、本当はそんなことできないの」


「!」


 どうしてそのことを? ぼくはもがきながら目を見張る。


「何言ってるんだよ。なんで君にそんなことがわかるんだ!」


「分かるわ。あなたが魔術を練習するところ、見ていたもの」


 当たり前でしょうとばかりに彼女は答える。そしてさらに、核心を突くべく問いを付け加えた。


「ものを触れずに動かすその力――どこまで届くのかしら」


「……」


 この問いで確信した。反論は無意味らしい。彼女には確かに事実が見えている。


 ぼくが黙り込むのを見て取ると、プリーナは続けた。


「遠くてもあなたから数歩離れたところくらいまででしょう? それも、離れれば離れるほど力は弱まる。威力は頼もしいけれど、とても人を操るのに使えるものではないわ。少なくとも、見えないところからヘレナを操っていた、という話には無理が出てくるはずよ」


「……ふむ。こやつには監視もついておった。町の者が襲われた当時怪しい動きはなかったとされておる。お主の言葉が真実であるならば、こやつの言葉は狂言ということになるが」


「ええ。――サーネル。間違っているなら見せてちょうだい。今この場で、崖の下にいる人たちを動かしてみせて」


 ぼくはうつ伏せのまま上げていた顔を地面につけ、完全に動きを止める。体から力が抜けていくのを感じた。


 だめだ。この状況から町長をあざむける気がしない。さっきまで騙せていたこと自体が奇跡みたいなものなんだ。


 たまたま念力が使えたから、たまたまぼくが魔族だったから、たまたま彼らが仲間想いだったから。様々な条件が整って初めてできたに過ぎない。一度ひとたびほころびを入れられてしまえばぼくの言葉に力はなくなる。


 せめて念力が下まで届けばよかったけど、残念ながらプリーナの指摘は正しかった。


 プリーナは待っている。町長は待っている。ただ静かにぼくの反論を待ち、次の動きに備えている。


 ぼくはぴくりとも動かなかった。反論は諦めた。町長をはねのける気にもならない。愚かな策は失敗に終わり、意表を突く機会も失われた。


 とてもじゃないけど、この期に及んで白を切る気にはなれない。


 だから、いった。


「……なんで、こんなことするんだよ」


 目にじわりと涙が浮かぶ。噛み締めた唇から血が垂れた。


「どうして邪魔をするんだよ! よりにもよって君が!」


 叫び、プリーナを睨みつける。真っ向から視線を返され、にらみ合う形になる。


「あなたに傷ついてほしくないからよ」


「だったら余計なお世話だよ! これはぼくのためでもあったのに!」


 そうだ、これは全部ぼくのためだ。心配されるいわれなんてなかったんだ。


「ぼくが傷つくだって? 君は分かってないよ。ヘレナが助かればぼくだって少しは自分を好きになれた。ぼくたちの誓いをほんの少しでも果たせたかもしれない。むしろ喜ぶべきところじゃないか。罪をかぶったから何だっていうんだ。そんなの大した問題じゃない」


 人々の憎しみを思い出す。ウナの叫びがよみがえる。旅の中で投げられた言葉、裏切られた記憶が洪水のように押し寄せる。それら全部を薙ぎ払い、地に伏したままぼくは言い放つ。


「それで自分を許せるなら、傷つく理由がぼくには――」




 ……おかしい。喉がつかえた。




「は……」


 あれ。変だ。


 呼吸が、できない。


 胸が割れたように痛い。頭が痺れる。巨大な怪物に踏みつぶされたみたいに、苦しくて、痛い。


 異変を察知して町長が離れる。でもぼくは動けない。何が起きたのかわからなかった。


 涙がこぼれる。あふれて止まらない。頭を抱え、小さな子どもみたいに泣きじゃくってしまう。みっともないと感じても自分の体を制御できない。


「サーネル」


 そばにプリーナが膝をつく。頬に暖かな手が触れた。


「あなたは傷ついているわ」


 プリーナは泣いていた。嗚咽おえつをこらえ、無理矢理に笑みを浮かべて――きっと、ぼくのために。


 今さら気づく。ぼくはひどい奴だ。これまでどれだけ彼女の心を傷つけてきたのか、ようやく思い至った。


「……ごめん」


 ぼくは謝った。相談しなかったことを。勝手に苦しんだことを。彼女を傷つけ続けてきた、今までのことを。


 中々呼吸は整わなかった。痛みも引かず、傍から見たら酷い有様だっただろう。でもプリーナは待ってくれた。背中を撫で、微笑みかけ、まるで幼い子どもに愛を注ぐように、涙が引くまでそばにいてくれた。


「やはり、わしも老いたか」


 ぼくの様子が落ち着いてきたのを見て町長が口を開く。しばらくじっと黙り込んでいたかと思うと、細く鋭い目をぼくに向けた。


「お主には詫びねばなるまいが、先に一つ尋ねたい。朝騒ぎが起きねば聞いておったはずのことだ」


 ぼくは視線を返す。騒ぎ……きっと、行方不明だった人たちが現れた時のことだろう。


「お主はミィチが襲われるところを見たのであろう。もしやその時、まことの犯人を見たのではあるまいか」


 問いを聞き、ぼくは瞬きする。尋ねる意味を測りかね、答えるまでに少し間をおいてしまった。


「……見ました、けど」


 真実をこたえる。でも、やっぱり分からない。


 それを聞いて、どうするんだ?


 ――まさか。


「ぼくの話を、信じてくれるんですか?」


 そんなはずはない。思いながら、恐る恐るに問い返す。


 町長は細い目をさらに細めて、わずかにんだ。


「何を申す。ヘレナのために命までかけた者の言葉であろうに」


 当たり前のように返されて、ぼくは呆気に取られてしまった。


「では問おう。お主の目にしたまことの犯人とは、何者だ」


 真摯な眼差しを向けられる。何度かまた瞬きをして、プリーナと目を合わせる。彼女に頷きを返され、ぼくは立ち上がった。


 なんてことだ。最初から正直に話していれば済んでいたなんて。ぼくは一体何のために、遺体を壊してまで……。


 いや、今はいい。これでヘレナを救えるなら話すべきだ。もはや隠す意味なんてないのだから。


 そしてぼくは、コンズの名を口にした。


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