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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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27. 震えるほど寒い朝

 ヘレナとミィチが孤児院をってから三十分ほどが経った。寄り道しなければとうに戻っていていい時間だ。


 ぼくは一人、大岩たいようの元へ向かっていた。念のためだ。まさかこんな時にまで寄り道しているわけもないし……何かあったのかもしれないと思ったのだ。


 孤児院の皆も心配だけれど、あれだけ人数がいれば襲われる恐れは少ない。逆に言えば、たった二人の彼らはいつ狙われてもおかしくなかった。


 今はとにかく先を急ごう。


 険しい崖を一息に飛び越え、最短距離で大岩たいようを目指す。大岩たいように直接手を触れられる崖の上を。


 どうか無事でいて……そう願いながら、同時にいつでも戦えるよう準備をする。手の先から腕を生やし、その先で掌から火花を散らし、もいだ腕を念力で吹き飛ばす。既に移動のため体重もかき消している。全て問題なし。魔術の勘は鈍っていないらしい。


 大岩たいようの傍にたどり着く。近くで見ると本当に大きい。それに暑い。今にも押し潰されそうな迫力があった。


 ヘレナやミィチの姿はない。争ったような形跡も特になかった。もしかして、ただ寄り道をしているだけなのだろうか。


 そう思って引き返そうとした時、近くの岩壁に洞穴を見つけた。こんなところにはいないだろうと思いつつ、一応中を覗いてみる。


「……って」


 いた。まさか本当に見つかるとは。


 暗い穴の中、ヘレナが横たわっている。こちらに背を向け、縮こまるようにして寝ていた。朝が弱いのは知っていたけど……。


「もう、ヘレナ。こんなところにいたら危ないよ」


 四つん這いになって穴に入り、肩を揺するべくヘレナに手を伸ばす。そして気づいた。


 がちがちと歯のかち合う音が聞こえる。ヘレナの体は異常なほど震えていた。


「ヘレナ!」


 慌てて呼びかける。彼女はひどく緩慢な動きでこちらに顔を向けた。


「ラージュ……なんで」


「何があったのっ? どうしてこんな震えて……!」


 例の犯人に襲われたのだ。そうに決まっている。


 ところが、告げられた事情はまったく違っていた。


「平気。いつものことだから」


「いつも? それって」


「魔力を使い切っただけ。大岩たいようを光らせた後はいつもこうなるの。……見られたく、なかった」


 話している間もヘレナは何度も身震いし、時には辛そうな呻きを上げる。肌は極寒の地に薄着で投げ出されたように血の気を失っていた。


 魔力を失っただけで、こんな。


 いや、思い当たる節はある。魔族の丈夫な、そして苦痛に鈍い体でも、体が内側から底冷えするような嫌な感じは確かにある。今まで考えもしなかったけど、人の身には相当な苦痛になるのかもしれない。


 三十分以上が経っているというのにまだこの震え。魔力を出し切った直後はもっと……。


「皆は知ってるの?」


 問うと、ヘレナは小さく首を振った。


「サーネル様とミィチだけ。キャシィはよっぽど上手く隠してたんだね」


 やっぱり、そういうことだったのか。じゃなきゃ、こんなこと続けさせるわけがない。


「話そう、みんなに」


「だめ!」


 ヘレナは叫んだ。青ざめながら起き上がり、すがりつくようにぼくの腕をつかむ。


「絶対言わないで。大岩たいようが捨てられちゃう。それだけはだめ!」


「だけど、ヘレナがそこまで……」


「上は危ないんでしょ! 怖い魔族がいっぱい出るんでしょ! お城だって簡単に壊されるって!」


「それは」


 言い返せなかった。ここに来るまでどれだけたくさんの苦しみを目の当たりにしたか。その数なんてとっくに分からなくなっている。


「誰にも死んでほしくないの! 本当はミィチにだって、上に行ってほしくなかった。だから絶対、誰がなんて言ったって、大岩たいようは光らせ続けるから!」


 寒い、寒い、寒い。まるで泣き叫ぶみたいに、彼女の体は震え続けている。それなのに彼女の言葉には強い意思が宿っていて、どうしてミィチが沈黙を選んだか嫌でも理解してしまう。


 ああ、そうか――ようやく納得する。


 だからサーネルは世界を変えようとしたんだ。涙を流させることなく、この寒さを消し去るために。


 彼は危険を顧みず魔王に挑み、命を奪われた。だけど死の寸前までヘレナを想い、彼女の未来を運命に委ねた。ぼくの魂を自分の体に入れる形で。


 とても身勝手で、説明不足もいいところで、とても、愛に満ちていて。


「分かったよ、ヘレナ。誰にも言わない」


 震える彼女の瞳を見据え、ぼくはいった。


「だから待ってて。必ず世界を変えてくるから。皆が上で暮らせるように」


 それがサーネルの意志だった。それを託されたことをぼくは光栄に思う。


 赤い瞳がぼくを見る。大きく見開かれたそれは、何かを思い出すように彼女の最愛の魔族ひとを映した。


「サーネル、様――」


「うん。これは、サーネルの誓いだよ」


 彼の誓いはまだ破られていない。そしていずれ果たされるだろう。何故ならぼくがここにいる。


「……ありがとう、ラージュ。……サーネル様」


 ヘレナは微笑む。何かを抱きしめるように胸に手を当て、目を閉じた。


 その時彼女が浮かべた表情をぼくは知らない。きっと、サーネルだけに向けられるべきものだったから。


 なんとなく洞穴を出るべきかと思い、ぼくは再び地面に手をつき四つん這いの体制で後ろに下がる。そして、今さらながらに気が付いた。


「あれ? そういえば、ミィチは?」


「――え?」


 そう。彼女の姿が見当たらなかった。




 町を駆け回る。ミィチの名を呼びながら、端から端まで回ってその姿を探す。


「見つかった?」


「いいえ。町にはいないのかしら」


 合流したプリーナが息を切らせて首を振る。ここへ来る時、彼女にも孤児院のみんなと一緒に出てきてもらっていた。たくさんの人が出歩く町にいたほうが子どもたちも安全だ。


「クリスターニュなら見た、って何人かに言われたのだけれど。誰かしら?」


「クリスターニュ……?」


 聞き覚えがない。というかミィチと関係あるのか?


「とにかくもうちょっと探してみよう」


 ぼくたちはもう一度二手に分かれる。ヘレナの話では、ミィチはあの洞穴の外で見張りをしていたらしい。それがいつの間にか消えていたというのだ。


 あの状態のヘレナを置いて離れるなんて絶対におかしい。何かあったに違いなかった。けどどこを探せばいいのか見当もつかない。町か、森か、崖の上か。それすらも分からないのだ。


 このままじゃミィチが――。


 心ばかり焦りながら民家のまばらに建った道を走っていると、今度は前からヘレナが走ってきた。無理をしないでと言ったのだけど、探すと言ってきかなかったのだ。


「ミィチは?」


「だめ。いない」


 立ち止まると、彼女は涙をこらえるように顔を歪めた。


「あたしのせいだ。あたし、傍にいたのに……」


「違うよ! あの体じゃどうしようもなかった! それより今はミィチを探さなきゃ」


「……うん」


 頷き合うと、ぼくらはすれ違うように再び走り出す。


 そこでぼくは一度だけ立ち止まり、彼女を振り返った。


「あ、そうだ。クリスターニュって知ってる?」


「え?」


「プリーナが言われたらしいんだ。クリスターニュなら見たって」


 ああ、と納得したようにヘレナは頷く。


「あたし。キャシィのことだよ。キャシィのフルネームは、キャシィ・クリスターニュっていうの」


 なるほど。それは確かに見てるはずだ。今こうして走り回っているのだから。


 唯一得られた話の真相に肩すかしを食らいつつ、気を取り直してミィチの捜索に戻った。


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