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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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26. クリスターニュ

「初めの殺しは町はずれの家で起きた。そこに住んでる夫婦のうち、男が殺されて女は行方不明。男の体はバラバラに切り刻まれていたらしい」


 孤児院の外壁に背をつけ、ミィチが説明する。町長たちから聞き出したという事件の詳細についてだ。


「で、今日。別々の場所で三人、またしてもバラバラにされて殺された。前回と同じに、家にいるところを襲われて、身内が行方不明になる形でな。多分犯人も同じだ。痕跡から見える侵入や殺しの手際、切り刻み方に至るまでまったく同じだったらしい。


 他人同士が示し合わせて同じ傷を作った、って線は町長に否定された。あれで中々目が良いからな。そんな小細工はすぐに見抜けるとさ。仮に魔術で傷は再現できたとしても、手際の良さまで正確に真似るのは不可能だろうぜ」


 ミィチの口調は淡々としていて、以前見せたような怒りはわずかほども感じさせなかった。分析や調査と報復を切り離して考えているのかもしれない。


 外にいるのはぼくとプリーナ、ミィチの三人のみだった。ヘレナを含め子どもたちに聞かせられる話ではないから、ウナやティティといっしょに待っていてもらうことにしたのだ。見た目だけならミィチも幼い子どもと変わりないのだけれど、実年齢はキャシィに近いらしい。


「手際の良さ……って、侵入の手際はともかく、襲いかかった時の手際なんてどうやって分かるの?」


 説明の途中だったけど、ぼくは思わず尋ねた。ぼくのいた世界の科学捜査じゃあるまいし、そんな正確な検証がどうしてできるのか不思議だったのだ。


「これはオレの考えだけど」


 そう前置きしてミィチは答えてくれる。


「例えば、家具の散乱具合とか、部屋の傷つき方とかでどこまで一方的な戦いだったかは分かるだろうな。全く抵抗できなかったのか、通じはしなかったが反撃する機会はあったのか、互いにぎりぎりのやり合いだったのか。


 町長なら町のやつらの強さは大体把握してる。家の中での戦いに向いているか、不意打ちに弱いか、なんて情報も踏まえて考えればおおよその強さは掴める。もちろん、よほどの観察力と経験がなけりゃできる芸当じゃないけど」


 あまりにすらすらとした解説にぼくは呆気に取られてしまう。実際にそんな達人級の観察を実践できる町長も恐ろしいけれど、それを特段考え込む素振りもなく説明できるミィチもすごい。プリーナも「まあ」と驚いた様子で口に手を当てていた。


「話を戻すぜ。部屋の痕跡から、あと二つ分かってることがあるらしい。一つは部屋の中に、確かに犯人が入り込んだらしいこと。侵入や争いの跡、それに足跡もあったらしいから確実だな。


 もう一つは、全ての殺しが朝――大岩たいようが明るくなったばかりの時間に起きたことだ。これは町のやつらから聞いた話とも照らし合わせて導いた結論らしい」


 朝、か。その時間はすでに働き始めている人も多い。外から攻撃したわけでもないとなれば、かなりの人々が疑いから外れることになりそうだ。もしかして、ぼくたちもかな。


「町長から聞けたのはこんなところだ。犯人が見つかるのも時間の問題だろうぜ。問題はそれまでにまた殺しが起きないかだけど……そうさせないために、なるべく少人数にならないようにしようってことだな」


 だから急に子どもたちを集めたわけか。手当たり次第に破壊の限りを尽くすような犯人でないとはいえ、二度犯行を起こした以上三度目が起きる可能性は高い。なるべく手出しされにくいように構えておくのは当然だ。


 ミィチは語り終え、壁から背を離す。それから、付け加えるように言った。


「先に言っておくぜ。オレは魔族にトドメを刺せない。もし魔族とやり合うことになっても期待はしないでくれ」


 ふいに、彼女の口元にあった微笑が歪みに変わる。


 その声はいつもより少し暗かった。灰色の目には影がかかり、わずかに俯いた顔がどこか痛々しい。急な変化にぼくたちは戸惑うことすら一瞬忘れた。


 ミィチはいつの間にか握っていた二つの石ころを宙に投げる。それらは手で触れられたわけでもないのに互いに引き寄せ合い、ぶつかり、激しく高い音を立てて砕けた。


「あらかじめ手で触れ魔力を流した、二つのものをくっ付ける。それがオレの魔術だ。それだけなんだよ、オレにできるのは。……だから言っただろ? オレは弱いんだ」


 ぼくは言葉を返せなかった。


 彼女は手の内を明かしてくれた。ようやくぼくたちを信じてくれたのだ。それなのに今は、嬉しさより胸の痛みを強く感じる。


 単純に彼女の表情のせいかもしれない。もしくはその強い怒りを知っていたからか。犯人に対する、目にしただけで背筋が凍るほどの憤怒を。


 かつて魔族に故郷を奪われた町の人々。そこには当然ミィチも含まれる。力はあるのに魔族は殺せない。その無力感が、小さな彼女をどれだけ押し潰したことだろう。ぼくにはそれが痛いほど分かってしまって、だから、上手く言葉をかけられなかった。


 でも。




「弱くなんかないわ」




 プリーナは違った。さっさと建物に入ろうとするミィチの手を掴み、凛とした目で彼女を見据える。


「自分を見なさい。あなたが、弱いわけないでしょう?」


 慰めの言葉ではなかった。そう断言できるだけ、プリーナの声は力強く、迷いがなかった。


 ミィチは呆気に取られたようにプリーナを見返す。しばらくすると視線を泳がせ始め、プリーナの胸におでこをくっ付けた。


「かもな」


 突き飛ばすようにプリーナから離れると、ミィチは孤児院に入った。去り際、声がわずかにうるんで聞こえたのは、気のせいということにしておこう。




「ヘレナー、朝だよー」


「起きれー!」


「んー、んー……」


 翌日。あれからひとまず何事もないまま朝を迎えた。例によって中々起きないヘレナを子どもたちがつついたり引っ張ったりしている。


「あと……五分……」


 傍観を決め込みながらぼくは苦笑する。それ、日本じゃなくても言うんだ。あれ、ヘレナって日本人なのかな。


「ちょっとってどのくらいー?」


「もおおお! 起きてよおお!」


 そういえばこっちじゃ分の概念もなかったような。「あとちょっと」って聞こえたみたいだけど……こっちの言葉で喋るようになっているかもしれない。考えてみたら日本語通じるの変だし。逆に耳では勝手に翻訳しているのかも。


 うーん、寝起きで頭使うと疲れる。ヘレナが起きるまで寝てようかな。


「こらーサーネル! 寝るなー!」


 ベッドから引きずり降ろされた。扱いがひどい。


 その後もしばらく戦いは続き――。


 ようやく迎えた朝食のあと、ヘレナが腰を上げた。


大岩たいようのとこ行ってくるね。べろべろべろべろ」


 まだ眠そうに目をこすりながらヘレナは言った。そして顔を舐められた。


「それならぼくも行くよ。一人じゃ危ないし」


「待て。オレが行く」


 そう名乗り出たのはミィチだった。


「お前はそいつらを守っててくれ」


「え、でも」


「じゃ、行ってくる」


 反論の隙も与えず出て行ってしまう。言うが早いかとはこのことだ。


 不安に駆られるぼくをよそに、子どもたちはさあ朝のお仕事だと動き始める。一人にならないよう、全員総出で水汲みに向かった。


 子どもたちの身の安全をと言われればそれに従うしかないけれど、やっぱり二人だけでは心配だった。


「大丈夫かな……」


 赤らんだ岩の空を見上げる。大岩たいようはまだ、暗い。




          *




”女”は町を歩いていた。大岩たいようが明るく輝き、彼女の姿を惜しげもなく照らしている。


”女”はこの町で四人の男女を殺した。若くたくましい者を刻むこともあれば、ろくに口も利けない老人を狙うこともあった。選んだ理由は全てなんとなく。こだわりなどあろうはずもない。


”女”にとって重要なのは、『観客』のほうであるのだから。


”女”は今も、次なる観客を探している。殺す相手は既に捕まえてあった。


「やあ、クリスターニュ。君のおかげでいい朝だ」


 道を歩いていた青年がすれ違いざま、さわやかに笑いかける。彼女は俯きがちに、ぎこちない笑みを返した。


 ――決めた。


 去っていく青年を振り返り、”女”はわらう。


 今朝の『観客』は、あの優男だ。


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