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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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17. 救世主の救世主

 さらさらとした金の髪が白いシーツにこぼれる。プリーナの額にしわだらけの手が添えられた。


 その手が淡く光りだす。


「これで病気が治るとか、途端に元気になるとか、そんな期待はしないでおくれよ。わしにできるのはただ少し、生きようと足掻く体に肩を貸してやるくらいのことさね」


 孤児院の女主人――ウナはそう言った。


 それでも触れられたプリーナの呼吸はみるみるうちに落ち着いていく。もう見ただけでは調子が悪いと分からないくらい顔色も良くなった。


「この様子なら、あとはゆっくり眠ってごはんを食べて、あったかい太陽の光を浴びれば良くなるだろうさ。ちと時間はかかるがねえ」


「よ……よかった」


 ぼくはほっと胸をなでおろして座り込む。


 ウナはミィチからぼくたちの事情を聴くなり中へ通してくれて、プリーナとミィチを大きなベッドに寝かせたのだった。部屋は広く、小さな子どもが多少暴れても物にはぶつからないだろうというくらい。子どもたちは外に出ていて、そのためかがらんとした印象を受ける。


 そんなしんとした部屋の中、ウナが生命力を分け与えるという魔術で二人を治療してくれた。その効果は今見たとおりだ。


「本当にありがとうございます……本当に」


 なおもプリーナに手を添えるウナのそばに直り、ぼくは深々と頭を下げる。するとウナは気味悪そうな声を上げた。


「おやめよ、その顔で。しかしこの調子じゃ記憶をなくしたっていうのは本当みたいだねえ」


「オレは信じてないけどな」


 プリーナの隣に寝たミィチが呟く。ウナはからからと笑った。


「悪霊でも記憶喪失でもいいさね。サーネルが生きとったんならヘレナも安心だよ」


「ま、そうだな」


 そのヘレナはというと、天井の大岩たいように用があるとかで部屋を出ていた。


 正直サーネルの話をされると居心地が悪いけど、変に話を避けると余計に探りを入れられそうで怖かった。


「さて、改めて自己紹介しとこうかい。わしはウナ。この孤児院の主人さ。孤児院なんて言っても、ごく普通の家に子どもをたくさん置いとるだけなんだけどねえ。それからね、医者ではないからやたらめったらと病人押し付けるのは勘弁しとくれよ。そんなところかね。よろしく」


「よろしくお願いします。ぼくは……サーネルです」


「はははは、知っとるよ。いやあ、そんな縮こまれると本当に気色悪いねえ!」


「き、きしょっ?」


「だよな。分かるぜ」


 二人の言葉がグサグサと心臓に突き刺さる。涙が出てきた。


 いや、気にしない! これはあくまで「サーネル」と違いすぎてという意味のはず。絶対そうだ、それ以外ありえない!


 ともあれこれで一安心だ。プリーナも無事回復できそうだし、ぼくもゆっくり休める。ここに来るまで何度も罠の可能性が頭をちらついていたから、本当のところ精神的にはかなり疲れていた。体は丈夫になれても気持ちの方はそうもいかないのだ。


 だからすぐにでも眠ってしまいのだけど……。


 ウナの横顔を見る。もちろん警戒しなくちゃいけないからというのもある。でも今はぼくのおばあちゃんによく似たその顔だけが気になって仕方がなかった。


 もちろん似ているだけ。全くの別人だ。だっておばあちゃんはここの人間じゃない。それに――。


 おばあちゃんは死んだ。


 四年前、ぼくを庇ったお姉ちゃんが殺された数日後のことだ。スーパーで買い物をした帰り道、突然倒れてそのまま。それまでおばあちゃんは病気の気配なんて微塵も見せなかった。原因なんて考えるまでもない。


 だからウナは祖母おばあちゃんじゃない。それは確かだ。まかり間違って生まれ変わった先がこの世界だったなんてことがあったとしても、まだあれから四年しか経っていない。これは単なる他人の空似。それが分かっていても気になってしまうのが人の気持ちというものだった。


 そしてそれとは別にもう一つ気になることがあった。


「あの……聞いてもいいですか?」


「さあねえ、聞いてみなくちゃ分からんよ」


 つばを飲み込む。危険な話題に踏み込もうとしている気がして、ちょっと緊張した。


「で、なんだい?」


「えっと……。ウナさんたちはどうしてぼくを受け入れてるんですか? 魔王の息子なのに」


「ああ、それかい。気にはなるだろうねえ」


 けれど予想に反し、なんてことのないようにウナは笑った。深い事情があるのではと踏んでいたから、あまりに呆気なさに面食らう。


 ウナはプリーナの足元に腰を下ろし、小さく息をついた。


「ヘレナはわしらの救世主なんよ」


「ヘレナさん……ですか?」


「ああ、そうさ。ヘレナはこの太陽の町を救い続けてくれておる。そのヘレナを救ってくれたのがサーネルなのさ。救世主の救世主と言ったところさね。その恩人を、ただ魔族というだけで襲うわけにもいかん。町で暴れでもしたら話は別だがね」


 にわかには信じがたい話だ。サーネルが人間を救った……ということになるけど。


 それに、ヘレナが救世主ってどういうことなんだろう。


 ぼくの疑念には構わず彼女は続ける。


「どうやらサーネルも騒ぎは起こしたくなかったようでなあ。静かにしてやるからここに寝床を作れと持ち掛けてきたんだ」


「脅されたんですか?」


「最初はそうだった。だからわしらも警戒しとったんだがねえ……今じゃもう家族みたいなもんさ」


「へっ? 何がどうなったんですか?」


「さて、なんだったかねえ。特別大きなことがあったわけじゃない。気づけばサーネルの方もわしらの方も気を許していたのさ。それだけのことだよ」


 わけがわからなくなってきた。サーネルは人殺しで、でもヘレナを救っていて、ウナたちを脅したけど、その後気を許しあったと。彼女たちとの出会いがサーネルを変えた、みたいに語るには謎が残る。


 どうしてサーネルはヘレナを助けたんだろう。そもそも何から救ったんだろう。逆に言えば、大きな疑問はこれだけなんだけど。


「さあ、ご飯にしようかい! この魔術を使うとどうも腹が減っちまってねえ!」


 そう言ってウナはだだ広い部屋の中央にある天板を上げる。囲炉裏が出てきた。


 そのあと当たり前のようにぼくの分のご飯まで出され、部屋で眠ることまで許してもらった。でも、断った。


「ごめんなさい。プリーナが起きたら一旦外に出ます。……その、助けてもらっておいて申し訳ないんですけど」


「気にしなさんな。あんたの好きにしなさい」


「……ごめんなさい」


 ここで完全に無防備になるわけにはいかないのだった。ツワードの例がある以上、警戒は怠れない。でも、ここまでよくしてもらいながら疑いを持つのはとても辛いことだった。


 しかしどうしたものだろう。ぼくだって眠らないわけにはいかないし、プリーナがずっと起きなかった場合はどこかに運ぶ必要が出てくるかもしれない。ゆっくり休むのに適した場所があればいいけど。


 などと考えていると、プリーナは案外早く、一時間ほどで目を覚ました。


「ここは?」


「プリーナ! よかった……本当によかった!」


 答えるより先にぼくは抱きしめる。と、ミィチとウナがいることを思い出してこほんと咳払いした。


「えーっと。どこから説明したらいいかな」


 深い谷の底、さらにそこから降りた先に来たこと。そこには太陽に代わる大岩があり、人が住める町があったこと。町のはずれの孤児院にミィチの家族、つまりサーネルの知り合いがいたこと。これらを一つずつ順番に話す。


 でも。


「太陽……? 何を言っているの?」


 太陽に関しては話して伝わるものでもなかった。ははは、と聞いていたウナが笑う。


「実際に見りゃあ分かるさ。ただし、その前にご飯だ。今のあんたを治すにはたらふく食うのが一番だからねえ」


 そういって、いつの間にか手に持っていた木の皿を渡す。お粥が湯気を立てている。それを見たとたん、プリーナのお腹が鳴った。


「ああ、わたしったら!」


「ははは! いいさいいさ、早くお食べ」


「ありがとうございます。でも、いきなりやってきてこんなお世話になってしまって良いのかしら。……あ、そうだわ。せめてこれを」


 腰につけていた袋から銀貨を出す。けど、ウナは手を振って受け取らなかった。


「そんなのこの町じゃ役に立ちやしないよ。それに、病人の一人や二人抱えたって困りやしないのさ。わしの魔術がありゃ植物は育て放題だからねえ。お腹はすぐがそれ以上にたらふく食べられるんだ」


「でも、何かお礼がしたいわ」


「そうかい。なら子どもたちと遊んでやっておくれよ。調子がよくなったらでいいからね」


 気のいいひとだ。ちょっと人が良すぎるんじゃないかとも思うけど、悪い人に利用されるような性格でもないだろう。孤児院の管理者というのも分かる気がした。


「そういえば、ヘレナさんは何しに行ったんですか? 大岩たいように用事があるって話でしたけど」


 プリーナがお粥に息をかける横でぼくは尋ねる。ウナは鍋の中をかき混ぜながら答えた。


「ああ、魔力を注ぎにね」


「魔力? ……えっ、あれ魔術だったんですかっ?」


 思わず立ち上がる。あんな規模の魔術を日常的に使っているなんて思いもしなかったのだ。


「ははは、驚くのも無理はないさな。あれはね、何百年も昔に大魔術師様が作り出したとされる、町の宝のようなもんさ。大規模な魔法陣みたいなもんだと思ってもらえばいい。ただねえ……それだけ古いものになると、ほれ、使えるもんが限られてくるだろう」


「?」


 古いとどうなのだろう。魔法陣には詳しくないからよく分からない。


「魔法陣を使うには作った人の許可が必要なの」


 無知を察してプリーナが教えてくれる。


「模様を描いて魔力を染み込ませて……それだと自分でしか魔術を使えない。だからその後、許可した相手の体の一部――髪の毛とかを使って、相手と魔法陣を馴染ませる必要があるのよ」


 なるほど。そうなると、許可をもらった人はまず生きてはいないという話になるのか。


「あれ? でもそれじゃあ」


 プリーナは頷く。


「普通ならその太陽を使える人はいない。でも、一つだけ例外があるわ。魔法陣を作った人とよく似た魔力を持っていれば、魔術を使えることがあるの。本当にごく稀な、奇跡のような話なのだけどね」


「そう、奇跡さ」


 ウナが強く呟く。ぼくはようやく理解した。その奇跡を起こし地底に光をもたらしたのが、ヘレナ――。


「だからヘレナは、町の救世主なんだ」


 太陽の町の救世主、ヘレナ・フローレス。いきなり首を舐めてくるような人だけど、すごい人だったんだな。


 救世主……ぼくもいつか、そう呼んでもらえる日が来るのだろうか。魔王を殺し、世界を救えば。


 プリーナがお粥をおかわりするのを横目に、ぼくはそんなことを空想するのだった。


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