表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
66/137

16. 舐めないで

「出口が見えたな。いいか、人目がないか慎重に確認しろよ。出たらすぐ小川に降りろ」


 洞窟の中を歩いていた。ミィチの指示を聞きながら迷いなく道を進む。洞窟から顔を出し、広がる花畑に人がいないか念入りに確かめた。


「大丈夫、いないみたい」


「よし」


 花畑の端、一段低くなった地面を流れる小川に降りる。身を隠しながら歩き出した。


「プリーナ。もう少しだからね」


 ミィチといっしょにティティの上で寝ている彼女に呼びかける。ずいぶん待たせてしまった。


「まだ気を抜くなよ。こんな場所だ、よそ者なんてまず来ない。知らない顔の奴を見たらまず魔族の可能性を疑う。変装はほぼ無意味と思った方がいいぜ」


 ミィチによれば、サーネルはここ二年ほどこの地底に通っていたらしい。その際一部の人間からは安全を認められ滞在を許された。けどそれはあくまで「一部」であって、全ての人間というわけではないのだった。


 これまでのことを思えば理解者が一人いるだけでも十分。加えてプリーナの安全が確保できればこれ以上ありがたいことはない。


 最悪プリーナは見つかってもいいようだ。外を流れる噂なんて聞こえてこないから、プリーナの正体がばれることもないとのこと。


「どの道、孤児院に来るやつなんて決まった人間ばかりだけどな。前からサーネルを知ってたやつだけだ」


「孤児院?」


「ああ、言ってなかったか。これから向かう場所だよ」


 ぼくは目をぱちくりとする。もっと人の寄り付きにくい、例えば町のはずれに隠れるように建つ小屋とか、そんな場所を想像していた。


 でもそれは半分正解で、孤児院は町のはずれ、丘を越えたさらに奥に建っていた。


「ここが――」


 予想と違うのは場所のわりに景色が明るいことだろうか。丘と崖に挟まれたそこには、またしても色とりどりの花畑が広がり、赤みを帯びた石造りの建物を囲んでいる。


「ああ! お客さんだぁ!」


 孤児院から小さな子どもたちが駆け出てくる。たちまち八人がかりで囲まれ、ぼくは目を丸くした。


「あれぇ! サーネル!」


「ミィチも! おかえりー!」


「おう。ってこら、離せ離せ。病人なんだ」


 元気に飛びつかれ、ララとリリ――魔族の子どもたちを思い出す。ちくりと痛む胸をごまかすように、ぼくはあいまいに笑った。


「違うんだ、ぼくはサーネルじゃ」


「ぼくだってー! 変なのー!」


「ん? なんだお前、やっぱりサーネルじゃないのか」


「えっ、いや今のはそういう意味じゃなくてっ」


 ぼくはあたふた弁解しながら、頭の片隅で孤児院に注意を向ける。


 あの中に例の少女もいるのだろうか。


 魔王の息子が大切にしていたヘレナという少女……気になる。魔王の息子を変えたかもしれない人なのだ。天の使いを思わせる聖女のような人に違いない。


 なんてことを思っていると、建物の中からもう一つ、子どもたちより少し大きな人影が現れる。


「サーネル……様?」


 ぼくははっと目を向けた。鮮やかな赤の瞳と視線が合う。


 そこにいたのは、激しく燃え上がるような赤い髪をした少女だった。真っ赤な髪と瞳、それに大岩たいようの光を受けて肌も赤みを帯びて見える。これでもかというほど赤いのに、暑苦しいというよりはどこか涼しげな、ふしぎな空気の少女だ。


 もしかして、この人がヘレ――。


 ぺたり。


 ――ナ?


 一瞬だった。気づくと頬をぺたぺたと触られ、くんくんと臭いを嗅がれていた。鼻先がぶつかるほど顔を近づけられ、まじまじと目を見つめられる。その間もひたすら無言で頬をすりすり撫でられる。


 声を出す余裕もなくされるがままになっていると、少女はふいに舌を出し――。




 べろりと、ぼくの首筋を舐めた。




 ぎゃ、ぎやああああ!


 心の中で叫ぶ。驚きすぎて動けない。


 違う、絶対違う! この人はヘレナじゃない!


 と、そこで初めて少女の動きが止まった。


「あなたは……誰……?」


 こっちの台詞だよっ。


「あれ、でもサーネル様だ。おかしいな。どうして」


 少女はきょとんとして、はっと閃いたように目を見開く。


 って、舐めないで! 舐め直さないで!


「でも肌の味はサーネル様なんです。なのに汗が。なんだかちょっと違ってて、でも……」


 ぎやああああああ!


 それから舐められること一分。ようやく納得したか、少女はぼくから遠ざかった。


 今度は何故か宝石を構えられてしまっているけど。


「あなた、サーネル様のお体に入ったんですかっ」


 なんで今ので分かるの?


 隣でミィチがくつくつと堪えるように笑った。


「さすがにヘレナは話が早いな」


「……え?」


 ヘレナ? この人が?


 ぼくの視線に気づき、ミィチは愉快そうにうなずいた。


「ああ。そいつがヘレナだ。驚いただろ」


「じゃあ、本当に」


 まさか、いきなり顔を舐め回してくるなんて……。


「ミ、ミィチ、サーネル様がっ」


「後で話すよ。先に中に入れてくれ。病人がいるんだ、オレもだけど」


「う……うん」


「病人だ病人だぁ!」


「寝かせろ寝かせろー!」


 花畑を子どもたちが駆けていく。ミィチは苦笑し、ティティから降りた。


「オレは歩ける。プリーナはお前が運べ」


 ミィチはそういって、ふらふらと建物へ向かう。言われるまでもなく、ぼくはプリーナを抱えた。


 ヘレナは困惑ぎみにぼくたちを見比べていたけど、やがて孤児院へ入っていった。


 その場にもう一人の女性が現れたのは、その直後のことだった。


「あら、帰ってきたのかい? ……その子は?」


 ややしゃがれたその声に、ぼくは孤児院の主人が帰ってきたのかと思った。でも振り返って相手の顔を見ると、そんな思考は全てどこかへ消え去ってしまった。女性の顔が、ぼくにとってあまりに衝撃的だったから。


 おばあちゃんに似ている――その女性に対してぼくが抱いた印象は、それが全てだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ