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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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15. 太陽の町

 軽率だった。マリターニュの町から逃げ帰り、森の中に身を隠してぼくは考える。


 やっぱり無謀だったんだ、正体を晒した上で助けを求めるなんて。


 もちろん全く可能性がなかったわけじゃない。実際にエラリア――旅のとき話に聞いていた赤毛の少女は、プリーナを助けるべく追ってきてくれた。結果的には領主の一言で膝をついてしまったけど、プリーナを想う気持ちは確かだったはずだ。


 それでも手を伸ばすことは許されなかった。彼女にはひどく辛い思いをさせただろう。


 プリーナがぼくの味方をしてしまったから。そのことを皆に知られてしまったからこうなったのだ。そのことは肝に銘じないといけない。


 唯一の救いは、エラリアの涙をプリーナが見ずに済んだことだろうか。連れて行かなくて本当に良かった。


 ぼくは頬を軽く叩く。気持ちを切り替えよう。まだプリーナたちは助かっていないのだから。


「おい、悪霊」


 プリーナたちを待たせているほこらの傍に戻ると、ティティの上に寝転んだミィチが睨め付けてきた。


「よかった、目が覚めたんだ」


「お前な、病人二人を放っぽり出してどこ行ってたんだよ」


 少し言葉に詰まる。失敗してしまったから言いづらい。


「町の人たちに助けを求めに……」


 はあ、とミィチはあからさまなため息をついた。


「順番が違うだろ」


「え?」


「薬草、あるの忘れてないか? あれをよく似て、汁と一緒に飲ませてくれ」


「薬草っ? それで治るの?」


「いや。ただ、少しは楽になる。時間稼ぎにもなると思うぜ……ああ、ダメだ。オレは寝てるよ」


「分かった! 待ってて!」


 言うが早いか、ティティの首に提げた袋から絹糸のように滑らかな細い草の束を取り出す。鍋と一緒に抱え、川辺に向かった。


 途中、落ち葉や枝をかき集め、幾らか生やした腕でもっておく。川のそばにつくと、地面に掌を当て、衝撃を放って穴を作った。そこに集めておいた枝と葉を入れ、生やした腕をもいで傍に置く。


 ぼくは枯れ葉に手を近づけ、掌から火花を散らした。葉が吹き飛ばないよう慎重に。しばらく繰り返すと、やがて葉に火が付き燃え始める。そこにもいだ腕をまきの積んだ。どうやら乾いたぼくの腕はよく燃えるらしい。ちなみにいつもより素早く乾くよう、魔力を少なめに調整してあった。


 一度上がった火は一気に燃え広がり、立派な焚火の完成だ。プリーナが魔術を駆使して手早く火をつけるのを見習ってみたら、自分でも火を焚けるようになったのだった。空気が乾いているとき限定だけど。


 それから鍋に川の水を入れ火を当てる。魔術で生やした腕をもいで、鍋の脚代わりにした。腕を使うのは気持ち悪いから気が進まないのだけど、今回ばかりは話が別だ。とにかく急いで水を沸騰させ、薬草を入れた。


 手早く煮た薬草汁を鍋ごと持ち帰り、角のカップに注ぐ。


「プリーナ」


 ティティの上で寝ている彼女に声をかけると、目を閉じたまま微かな頷きが返る。よく冷ました汁をプリーナ、ミィチと順番に飲ませる。効き目はすぐに出て、特にプリーナは明らかに顔色がよくなった。


 もちろん完全回復とはいかない。プリーナはすぐに眠ってしまい、ミィチもティティの上でうつ伏せになったままだ。それでもぼくは、ほっと胸をなでおろさずにはいられなかった。


「ありがとう、ミィチ。君がいなかったらどうなってたか」


 きっと今もパニックのまま動き回って、かえってプリーナを危険にさらしていたかもしれない。こういう時、仲間の助言は本当に心強い。


 礼を言うと、ミィチはティティに口元をうずめ、目をそらした。


「……お人よしめ」


「え?」


「オレも一緒に助かってるんだ。貸し借りはなしだぜ」


 ツワードたちのことがあって一瞬警戒したけど、ただ照れているだけらしい。ぼくはくすりと笑った。


「うん。でも、ありがとう」


「……ああ」


 言葉を重ねると、ミィチはさらに顔をうずめた。


 あれ。意外と可愛い?


「で、また貸し借りの提案なんだけどさ」


 と思った次の瞬間には真顔でこっちを向いていた。


「町を探し回ってたんだろ? だったらオレに案内させてくれ。いい場所がある」


「え。本当っ?」


「保証できるよ。お前もそろそろ、ヘレナに会ってみたいんじゃないか?」


「――それって」


 言われて初めて思い至る。サーネルの身で向かっても問題のない場所、という条件なら真っ先に思い浮かべるべきだった場所。少なくとも一人は、サーネルを迎え入れ匿ってくれるだろう人のいる場所が確かにあった。彼が勧めるということは、信頼のおける医者もいると考えていい。


 ミィチは頷き、得意げに答えた。


「太陽の町。オレの第二の故郷だよ」




          *




 疑問に思っていることがある。


 サーネルのことだ。首をひねったその時は、ミィチの前だから言わなかったけど。


 一か月と少し前、彼はヘレナという少女に「自由」を与えるべく、世界を変えることを決意した。魔王を倒し、人々が不安なく外へ飛び出せる世界を作ろうとしたらしい。


 ぼくはその話を信じられなかった。だってあのサーネルが、人のために行動に出るとはとても思えない。ぼくは彼と直接言葉を交わしたことはない。でも何も知らないわけでもない。


 話に聞くサーネルは、数知れない町と命を平然と破壊してきた怪物だ。人の尊厳を踏みにじりながらその罪に気づかない、飽きるほど目にした醜悪な魔族そのものだ。


 そんな怪物が、たった一人の少女のために命すら賭けて魔王に挑んだという。納得がいくわけがない。並んだ二つの人物像は、あまりに相反あいはんしていた。


 ただ、ありえないと断ずることもできない。魔族としての在り方を無視すれば、筋の通らない話ではないからだ。


 以前ガラードから聞かされた話と組み合わせると、疑う余地もないほど合致している。そう、サーネルがガラードに殺されかけたという話だ。


 サーネルは何らかの理由で魔王に厳しい目を向けられ、ガラードにより命を狙われた。どうしてそんな事態になったのかはガラードでさえ知らない。けど、命を奪おうというほどなのだから激しい怒りを買ったことは間違いない。


 そこでミィチの話が鍵になる。その理由というのが魔王に挑んだことであるといえば、確かに辻褄は合うのだ。


 だから問題は、サーネルの人格それだけだった。


 ミィチに導かれ岩山を進む。ぼくは密かに唾を飲み、まだ見ぬ土地に思いを馳せる。


 ヘレナという少女に出会えば、答えにたどり着けるのだろうか。


「見えたぜ」


「え?」


 岩山の頂上でミィチはいった。ティティの上から景色を見下ろす。見えるのは大小さまざまな山々。凹凸の激しい一つの地面のように、頭が平らだったり丸かったりする岩山たちがこれでもかというほど密集していた。


 月明かりに照らされたその群れの中を、深く底の見えない谷が走っている。あるものと言えば、それだけだ。


「町は見えないけど」


「見えるのは入口だ」


 ミィチは答える。


「あの谷の下だよ。オレたちの町は闇の底にある」


 どんな冗談かと思ったけど、特にからかうような意図はないらしい。


 こんな土地に、しかも谷の底に町があるなんて。正直信じ難かった。


 太陽の町。ミィチは故郷のことをそう呼んだ。でもこれじゃ、まるで逆なんじゃないだろうか。


「さ、行こうぜ。そろそろオレも眠りたいしな」


「でもどっちから? 谷の底ってどうやって行くの?」


「何言ってんだお前。飛び降りるに決まってるだろ」


 決まっていたらしい。ぼくは再びティティを走らせ、底の見えない谷の淵まで降りる。


 改めて見下ろしても、やっぱり深い。でもこの先に医者が待っているというなら、尻込みしている暇はない。


 ぼくは肩から天に向けまっすぐに腕を生やす。その先でさらに八方へ腕を生やし、巨大な傘のような形を作る。そこから魔術で重さを消し、即席のパラシュートを作った。


 加えてさらに、手の先からも蛇のように腕を生やしてティティとプリーナ、ミィチに巻き付けていく。これで三人いっしょに降りられるはずだ。


「便利だな、お前の魔術」


 見た目はよろしくないけどね。


「よし。行くよ!」


 ふわりと飛び上がり、谷の中へ落ちる。ゆらゆら風に揺られながら、時々崖にぶつかりつつ、ぼくたちはゆっくりと降りていった。


 落ちる、落ちる。のんびりとした速度を維持しながら、ひたすら底へ向かって落ちていく。深い闇の中へ入り込んでいくのは本能的な不安をかき立てた。


 でも、ぼくは気づくのだ。


 底に近づくにつれ、周囲がぼんやり明るくなっていくことに。見下ろす先に暖かな色の光が見え始めたことに。


 同時にやわらかな風も感じていた。包み込むような暖かさと光を、徐々にはっきり感じ取れるようになる。


 そしてようやく底に降り立ち、ぼくは大きく目を見張った。


「これが……太陽の町」


 前言撤回だ。その土地は決して名前に恥じることのない景色を持っていた。


 眼前には巨大な空洞が広がっている。ぼくは崖の上にいて、広がる景色を見下ろしていた。


 緑いっぱいの草木、色とりどりの花、やや赤みを帯びた石造りの町。そしてその名にふさわしく、空洞の天井で光る「太陽」――。


 淡い光と熱を放つ巨大な岩が、地底をやわらかに照らしていた。


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