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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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13. 荒野の呪い

 視界が揺れる。


 地面の上にふわりと広がる金の髪が、なんだかとても儚げで、今にも消えてしまいそうに見えた。


「プリー、ナ……?」


 恐る恐る踏み出し、倒れた彼女に近づく。呼吸は浅く、体はぐったりしている。一目見ただけで普通の状態じゃないと分かる。


 けど、おかしい。おかしいのだ。ぼくたちはティティの上で肌が触れ合うほど近くにいた。一匹に三人で乗り込んだ分、かなり詰めて乗り込まないといけなかったから。一目で分かるほど体調が悪ければ、すぐに気づくはずだった。


 背後で、重し袋が落とされたような音がした。


 目を見張る。ゆっくりと振り返る。


 ミィチが倒れている。ついさっきまでプリーナに呼びかけていたはずの彼が、何故か息を乱して大地に伏していた。


「な……何が」


 呼吸が乱れる。冷や汗が噴き出す。


 何が起きている? どうして? なんで二人は倒れたんだ?


 ぼくは。ぼくはどうしたら。


「ま、まずい……」


 ミィチが掠れた声を出す。まだ意識はあった。


「ここから……木から、離れろ」


「木――?」


 パニックで叫びだす寸前だったぼくは、その言葉でわずかに冷静さを取り戻す。そして気づいた。


 糸だ。いや、針だろうか。焚火の光を反射したあかく細い針が、地面から無数に伸びている。


 ――違う、地面からじゃない。木々の根っこから伸びていた。


 そうか、この針が……!


 ぼくは目を剥き、手当たり次第に腕を伸ばして木々を破壊した。掌で破砕し、腕の生える勢いで貫きなぎ倒し、さらには地面も叩き壊していく。すると無数に光る針がめちゃくちゃに動き出し、空中の至るところを刺し始めた。


 けどどれも見当違い。魔術で生やした腕ばかりに注意が向いている。速さは暴れたハイマンに匹敵するほどだけど、ただ本能的に動いているだけと見て間違いない。生やした腕で注意を引いているうちに、ぼくはミィチとプリーナを抱えその場を飛び出す。


「ぐええー!」


 動物の直感か、ティティは針のないわずかに離れた場所で待っていた。


 ティティには乗らず自分の足で走る。ぼくの体にも何本か針が刺さっていたから、ティティに当たってはいけないと思ったのだ。蚊の針のように痛みはない。けど何か毒があるに違いなかった。


「プリーナ……プリーナ! どうしよう、目を覚まさない!」


「落ち着けよ」


 青ざめたぼくにミィチが言う。声は弱々しく、今にも気を失ってしまいそうだ。


「死にやしないさ。これなら、多分」


「でも、毒が!」


「毒じゃない、魔術だ。見ただろあの動き。植物も魔術を使うんだよ」


「魔術……を?」


「ああ。体力を吸われたらしい。だから……ちゃんと、休めば」


 そこまで言って、ミィチは眠ってしまう。ぼくはますます青ざめた。


 落ちつけ、落ちつけ。走りながら自分に言い聞かせる。毒じゃないんだ、今すぐ体調が悪化することはないはず。


 体力を吸われたとミィチはいった。つまりは栄養失調のようなものだろうか。薬草は……きっとダメだ。風邪や熱病ではないから効果は期待できない。


 だったらご飯を……でも、どう食べさせれば。無理にでも食べ物をねじ込む? ダメだ、吐いてしまうだけだろう。どこかで聞いたことがある。吐くのは体力を消耗するから、時に病人にとって命取りになると。体力を奪われた状況ならなおさらじゃないのか。


「そうだ、病院――!」


 呟いて、ぼくは立ち止まる。


 病院なんて、どこに。


 眼前には、空との境界が曖昧になった真っ暗な地平線が広がっていた。


 唇を噛み首を振る。探すんだ。それしかない。二人の体を治すには、それしか。


 夜のとばりの降りてしまった空を睨む。ぼくは走り出した。


 時間がない。とにかく急ぐんだ。


 死にはしないとミィチは言った。でもそれはちゃんと処置できればの話。放っておいたら状況はどんどん悪くなるに決まっている。


 どれほど時間の猶予があるのかは分からない。だったら今は急ぐしかない。こんなくだらないことでプリーナを失うわけにはいかないんだ。魔族との戦いでもなく、彼女の意志も関係なく死なせるなんて。


 違う。首を振る。たとえどんな理由があったって、プリーナを失いたくない。ミィチだってそうだ。絶対見殺しにはしない。


 ひたすら走った。時に魔術を使い、時にティティの足を借り、人の気配を探し回った。荒野を抜け、川を飛び越え、岩山を駆け抜けた。


 そして一時間ほどが経ち、ぼくはたどり着いた丘陵の頂上で立ち止まる。


 思わず息を飲んだ。


 どこかで方角を間違えたのか。それとも何か運命的なものに導かれたのか。


 いや、些細な偶然だ。ネアリーへ向かうには元々ここの傍を通り抜ける必要があった。それが少しずれただけのこと。




 ぼくはまた、マリターニュの領地に足を踏み入れていた。




 見下ろす先は荒野だけど、先ほどまでとは違い微かに見覚えがある。犬の獣人クヌールがいた土地の近くだ。


 ここからならワマーニュ邸のある町が近い。だけど……。


 ティティの背で眠るプリーナは、未だに浅い呼吸を繰り返していた。いくら毒じゃないとはいえ悠長にはしていられない。ぼくは悩んだ。


 あの町では確実にプリーナの正体がばれる。マイスを裏切り魔族の味方となった彼女を、町の医者は診てくれるだろうか。


 あまり迷っている時間はない。ダメならダメで別の場所を探すことになるのだから。町を頼るか場所を移るか、選ぶんだ。


 ぼくは短く息を吐く。


 ――決めた。




          *




 ほっ、と短い息をつく。落ち着かない夜だった。


 手に提げた灯りで足元を照らし、暗い廊下を歩く。少女は少し前に確認した家中のじょうをもう一度確かめ、一々胸をなでおろして引き返す。


 夕食を終え、明日の朝食の準備も手伝い終え、一日の仕事は全て済んでいた。もう就寝するところだ。


 彼女は使用人で、また気の抜けたところがある。自分でも心得ていて、夕食前に家中の施錠をしてから、夕食後再び見回りをするというのが彼女の日課だった。


 けれど今日は、日課というにはいくらか怯えが付きまとう。ついさっき安堵したばかりにもかかわらず、一見計算高そうな糸目が再び泳ぎ始めていた。


 なんだか外が騒がしい。何も聞こえていないはずなのに、少女はずっとそう感じていた。


「どうしよう。やっぱりロワーフ様を起こした方が」


 赤毛の少女――エラリアは呟く。それから小さく首を振り、扉の錠に近づいた。


 勘違いではあまりに申し訳が立たない。一度自分の目で確かめてみることにした。


 こっそりと外へ抜け出し、忍ばせていた緑の宝石を光らせる。ふわりと浮き上がった勢いのまま、町の正門へ一直線に向かった。


 そちらへ向かった理由は特にない。けれど無意識下では気配や音を感じ取っていたのかもしれない。そして若い兵士がワマーニュ邸へ駆けていくところを目にすると、エラリアの不安は恐怖として一気に膨れ上がった。


 エラリアは人気のない道に降り、中央通りへ急ぐ。


 誰かの大声を聞いたのはその直後だ。


「殺せ!」


 エラリアは目を見張る。


 中央通りの先、正門の手前では実際に、人々の怒号が響き渡っていた。


「町から失せろ! 化け物!」


「アミーシャ様の仇なんだろ! さっさと焼き殺しちまえよ!」


 石壁の上に人影がある。夜空を背にしたその姿はあいまいで、どれだけ目を凝らしても暗闇は取り払えない。


 けれど人々の怒りを――アミーシャという名を聞けば、影の正体は明らかだ。


 サーネル・デンテラージュ。領主の妻を殺し、領主の娘を洗脳し奪った悪魔がそこにいた。


「どうして……?」


 エラリアが思わず呟いたその時、石壁の上でサーネルが頭を下げたように見えた。


「どうか……それでも、どうか! プリーナを!」


 どくん、と心臓が跳ね上がる。少女は彼から目を離せなくなる。


 人々から拒絶の言葉をぶつけられながらも、彼は確かに頭を下げていた。それからも真摯な声で頼み続け、今度はさらにもう一言を添える。


 どうかプリーナを助けてほしい、と。


「――プリーナ様?」


 わずか前まで仕えていた少女の名前を耳にして、エラリアは細い目をめいっぱいに見開く。


 少女は無意識に手の内で、緑色の宝石を光らせ始めていた。


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