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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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12. 籠の町

 一か月と少し前――。


 ミィチの眼差しの先で、はっとするほど鮮やかな「赤」が揺れていた。


「サーネル様……」


 真っ赤な髪の少女、ヘレナ・フローレスは両手を組み合わせる。憂う横顔の先から白い髪の魔族が勇ましく歩いてきた。


 そこは地底に広がる空洞だった。崖の下に見える景色には岩があり、草木があり、町がある。それを照らすのは太陽のごとき大岩。暖かな光に見下ろされた太陽の町を背に、サーネルは少女を抱き寄せる。


「しばし待て。我が手で必ず、其方そなたに自由を与えてみせよう」


「あたしは、そんなものより――」


 続く言葉を微笑みで制し、サーネルは少女を離す。身をひるがえすと小石を拾って軽く握り、掲げた。


 サーネルの体が糸で釣られるように浮き上がる。それを見て、ヘレナは諦めるように目を伏せた。


「案ずるな。すぐに終わる」


「……はい」


 ミィチは何も言わなかった。彼の言葉を信じたから。


 サーネルは素直ではないが誓いは破らない。それに強い。ヘレナを自由にすると口にしたからには、彼は必ずそれを成すだろう。ミィチは屈託なく信じていた。


 それはきっと、ヘレナも同じこと。ただ一つ不安があるとすれば、生きて帰る、無事に戻るとまでは誓ってくれなかったことだ。彼には少し、身の危険を顧みないところがある。


 けれど、それでも。きっとサーネルは戻る。何故なら彼は強いから。ミィチが今まで見てきたどんな魔族よりも。


「ずっと、待ってますから」


 天井の端、地上へ続く穴へと消えていくサーネルを見送り、ヘレナは強く呼びかける。


 地上を見上げる赤い瞳には、憂いと決意と信頼と、色濃い寂しさの色が浮かんでいた。


 地底の町に取り残された少女は、ぐっとこらえる様に俯き、もう一度だけ呟いた。


「いつまでだって、待ってますから」




          *




 けれどそれからサーネルは姿を見せず、毎日祈りをささげるヘレナを見ていられなくなって、ついにミィチが捜索に出たらしい。それが十日ほど前のこと。ぼくが活動を始めたのとほとんど同時期だった。


「そしたらお前、やっと見つけたサーネルの体に悪霊が憑りついてたんだぜ? 金づちの一つでもぶつけたくなるってもんだろ」


 という話を聞きながら、ぼくたちは無人の家々に残された食料や衣服などを探していた。褒められたことじゃないけど、背に腹は代えられない。


「悪霊じゃないんだけどね……」


「あ、見てマントよ。あなたってすぐ服を破るから、マントの方が使い勝手がいいんじゃないかしら」


「裸マントもそれはそれで問題が……」


「?」


 ぼくは咳払いしてごまかす。ある程度ものも手に入ったので、ひとまず外に出る。


 人のいない町は不気味なほど静かだった。家も畑も妙にさっぱりとして生気に欠けて映る。時折見える小動物が、なんだか少し寂しげだ。


「とにかく、ミィチはサーネルと元々親しくて、協力をするために町を出てきたってことでいいんだよね?」


「まあな。お前に協力するかは考え中だけど」


「サーネルはサーネルよ。記憶がないとしてもやろうとしていることは同じなのでしょう? 魔王を倒して世界を変えようって」


「口では何とでも言えるさ。オレはまだお前らを信用したわけじゃない」


「……」


 プリーナとミィチがバチバチと睨みあう。


「と、ところで、どうしてツワードたちは君に声をかけたの?」


「あ?」


 話題を変えようとしたらすごい顔で睨まれた。


「ぼくを探してること、なんで分かったのかなって」


「お前のことは探してないけどな」


「う……」


 また二人の間で火花が散る。しばらく無言の圧力をかけあうと、ミィチはふいにため息をついて両手を頭の後ろに回した。


「ま、大したことじゃないよ。オレがアピールしまくってたからさ」


「アピール?」


「歌だよ、歌。サーネルの歌を歌ってたんだ」


「サーネルの……歌……?」


 ぞわりと悪寒が走る。


 それって、まさか。


 例の歌を思い出す。ナパードで聞いた少年のような歌声を。


 聞いているだけで七転八倒させられる、破壊力抜群のあの歌を――!


 てっきりツワードが歌っていたと思っていたけど、結局確認はしていなかった。まさか……まさか、あの時歌っていたのは。


 詩人の正体は!


 青ざめながらミィチに目を向けると、彼はいきなり歌いだした。


「父に挑みしサーネルの、その覚悟たるや――」


「君かあああああ!」


 要するに、この歌のおかげでツワードたちに目を付けられ、サーネルをおびき寄せるための餌として利用されたらしい。そしてぼくもまんまと釣られたと。


 ぼくがツワードに捕らえられプリーナも眠らされた時、ミィチは初めて騙されたことを察したのだった。ノエリスに狙われる前に身を隠し何とか事なきを得たそうだ。その後どうやってぼくたちを追跡したのかまでは教えてもらえなかった。寝る前に見せた魔術についても同様だ。


「手の内は明かせないな。お前らを信用するまでは」


 だけどぼくはなんとなく、ミィチの力の正体に気づいていた。何故ならサーネルにも似たようなことのできる魔術があったから。


 メニィから教わった第四の魔術。彼の魔術はおそらくそれと同類。というのがぼくの考えだ。追跡の方法に関しては疑問が残るのだけど。


「そんなに信用できないなら、ついて来なくてもいいのよ」


「はいはい」


 軽く流されてプリーナはむっとする。二人とも何度注意をそらしてもこの調子だ。しばらくはそっとしておいたほうがいいかもしれない。


「そうだわ、サーネル。次の行き先は決めているの?」


「うん、決まってるよ。今度は少し遠いから、いろんな土地を通ることになるけどね」


 ツワードたちの裏切りを受けて、ぼくには思うところがあった。このまま同じ調子で共闘相手を求めても意味がないのではないかと。だからそろそろ積極的に動いてみようと考えたのだ。


「次はネアリーに行こう。――今、大陸中の人たちが集まろうとしてる場所だよ」




 首都ネアリー、通称『かごの町』。町を包む黄色い膜のようなものが籠に見えることからそう呼ばれているらしい。


 そこに今、大陸中の「魔族の支配下にない人々」が集まっている。


 魔術で作られた膜は石壁よりはるかに頑丈で、壊れてもすぐ元通りになるという。何でも強力な魔術師たちが様々な魔術を組み合わせて作り出したものということで、一日中消えることはないようだ。


 植物を急速に育てられる魔術師もいて、食糧難や資材不足の心配もないとのこと。そんな無理矢理に育てたら土の栄養がなくなったりしないのかな、なんて思ったけど、そもそも魔術を使う時は土自体いらないのかもしれない。


 そんな籠の町だ。戦力は確実に整っているだろう。本来ならばここからさらに人々が集結するのを待つべきかもしれないけど、その前に戦争が始まってしまっては元も子もない。仮に全ての戦力が揃ったとして、魔族との全面戦争になってしまえば形成の有利は取れない。


 ぼくの作戦は単純だ。人類側の精鋭のみを集め、早いうちに魔王城へ送り込む。勇者マイスを乗り込ませたあの時のように。


 魔族側の戦力が出揃う前に、こちらの最高戦力で叩く。戦争ならばある意味定石と言える手だ。当然人々にもそれを考える者はたくさんいたはず。それでもできなかったのは、魔王城へ乗り込む手段がないから。『扉』を開けられる者がいなかったからだ。でも、ぼくなら開けられる。


 それを材料に交渉すれば――あるいは失敗しても、人々をおびき寄せることができれば。強引にでも共闘が可能となるかもしれない。


「で。ネアリーに行くのはいいけど、具体的な作戦はあるのか?」


 ミィチが尋ねる。ティティの背中に三人で乗り込みながら、ぼくたちは荒野を進んでいた。


「それは、まあ……」


「考えてなかったのかよ」


「到着するまでには練っておくから」


 ネアリーまでは数日かかる。考える時間は十分にあるはずだ。


 それにしても、さっきから景色が変わらない。この荒野は無限に続くんじゃないかと不安になってくるほど。数日どころじゃ済まないかもと思い始めた。


 そろそろ日が暮れる。休める場所を探したかった。けど、見晴らしのいい景色が近くに町や村がないことを嫌でも教えてくれる。せめて雨風を凌げるところがあれば……。


 必死に目を凝らしても、見えてくるのは地平線ばかり。日がほとんど沈みかけ、参ったなと困り果てたところで、ようやく何かの影が現れた。


「――木だ」


「木だな」


 それは、見上げると仰け反るほどに巨大な大木だった。すっかり枯れ果ててしまっているものの、大きな木々の群れがある。かつては生えていたのであろう他の草木が朽ちていく中、その大きさゆえに形だけは残していたのかもしれない。案外、魔力を持っていたりして。


「今夜はあそこかな」


 ぼくたちは木々の傍に向かい、そこで野宿することにした。根元が空洞になっているものがあり、虫が湧いていないことを確認して中に入る。


「うん、寝られそうだね」


 一人頷く。三人どころかティティも入れる広さだ。野宿じゃなければわくわくしたと思う。野宿じゃなければ。風は入り込んでくるし、きっと寝心地は最悪だろう。とはいえ荒野の真ん中で寝るよりはずっといい。今日のところは妥協しよう。


「それじゃご飯に……」


 げんなりしつつも半ばのんびりとした気持ちでいたぼくは、大木を出る直前、初めて悪い予感を察知した。


 そういえば、さっきからプリーナが静かだ。そんなことに今さらながら気がつく。


 すると外から声が聞こえた。


「おい、どうした。プリーナ?」


 ミィチが何やら呼びかけている。その声に何故だか不安を煽られる。


 何かが落ちるような鈍い音を聞いたのは、その直後のことだった。


「って、おい!」


 ミィチの声に目を見張り、ぼくは大木を飛び出す。


 その光景を見て、一瞬反応に遅れる。血の気が引いて、後ずさりそうになる。そうしながら、ぼくは事態を察した。


 迂闊うかつだ。あまりにも迂闊うかつ。身が触れ合うほど近くにいながら何故気づけなかったんだろう。


 ぼくの瞳は映し出す。勇者に追われるより、魔王が迫るよりも恐ろしい光景を。


 プリーナが倒れていた。


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