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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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11. サーネルは誰だ

 割れ目の入った板張りの雨戸から、ひゅうひゅうとすきま風が吹き込んでいる。部屋の入口、木製の扉はいつの間にか開け放たれていた。


 そこにマントを着た小さな少年、ミィチが立つ。彼は薄暗い部屋の中でにやりと笑い、ぼくとプリーナに視線を投じていた。


 張り詰めた空気の中、言葉を交わされないまま数秒が過ぎる。


 沈黙を破ったのはプリーナだった。


「ティティ!」


「ぐええー!」


 板張りの天井が盛大に割れる。崩れ落ちた板の上からティティが降ってきた。自慢の筋肉質な脚で着地し、有り余る迫力をもって敵を威嚇する。


 二階に忍ばせていたとは思わなかった。奇襲とすら言える登場。プリーナはこの勢いで入り口を突破するつもりだったに違いない。


 けど、ミィチは全く動揺を見せなかった。


「まあ待てよ。オレはお前らの味方だ。あいつらの企みなんて聞いてなかったんだ」


 余裕のある笑みを一切崩さず、そんなことを言い出した。


「悪いけれど信じられないわ! これ以上ついてくるつもりなら、あなたを敵と見なします!」


「――ヘレナ・フローレス。そう言えば分かるだろ? サーネル」


「え?」


 問いと共に、プリーナから困惑の視線を向けられる。


 どう見るべきか、ぼくには分からなかった。ツワードの時のように、ぼくが奪ったものの名前なのだろうか。それとも。


 ぼくが答えられずにいると、ミィチの笑みが消え始めた。心から衝撃を受けたように、灰色の眼を大きく見開く。


「覚えて……ないのか?」


 答えられない。不用意なことは言いたくない。でも、その沈黙が答えとなってしまったらしい。


 ミィチは歯を食いしばり、ふるふると震えだした。


 きっと目を上げると、つかみかかろうと踏み出してくる。ティティが再び声を上げ威嚇し、歩みを止めた。


 それでも火のついた怒りまでは鎮められない。


「ふざけるなよ、お前! ヘレナがどんな気持ちで! ……まさか、そいつが新しい女か」


「なっ……!」


「女? え?」


 呆気に取られる。仇とか人殺しとか、血生臭い罵倒を聞かされると予感していたぼくは、あまりに予想とかけ離れた言葉に目を白黒させる。


 はっ、とミィチは鼻で笑った。


「恐れ入ったよ、人間の女なら誰でもいいんだな。少しはまともな奴かと思ったら、単に性欲の化け物だったってオチか」


「き、貴様は何を」


「もういい、お前なんか知るか! そいつと勝手にくたばってろ!」


 出て行ってしまった。取り残されたぼくたちはぽかんとするしかない。


 な……何だったんだ? 襲いに来たわけじゃないことだけは確かなのかな。


 ヘレナ・フローレス。それにミィチ。一体何者なんだろうか。無慈悲な悪行を繰り返してきたサーネルに、人間の味方がいたとはとても思えないけど。


「いや待て。やっぱくたばるな」


 戻ってきた。ミィチは部屋の中に踏み込んでくると、じっとりした視線を投げる。


「な、何だというのだ貴様は」


「少し黙っててくれ、考えてるんだ。何かおかしいな。さっきのお前も、今のお前も」


 戸惑うぼくたちを手で制し自身の額に手を当てる。しかして驚いたように目を上げて、ミィチは一言、ぼくに問うた。




「お前――誰だ?」




 心臓が跳ね上がる。


 この世界に来て、プリーナやメニィと出会って。たくさんの人や魔族と顔を合わせてきて、それでも誰にも投げられなかった問い。


 それを今突然にぶつけられて、ぼくは天地がひっくり返ったような思いだった。


 あの魔王ですら気づかなかったことだ。この体が本物である以上、ぼくから話さない限り正体がばれることはないと思っていたのに。


 本当に、彼はいったい――。


「あなたは」


 プリーナが間に入る。


「あなたはさっきから何を言っているの? わたしにはさっぱり分からないわ。あなたばかり納得して話を進めるのはやめて」


「そいつが喋れば分かるだろうぜ。だんまり決め込むのはやめろよな、サーネルのつら被った誰かさん」


「サーネルの……?」


 プリーナとミィチの視線を受け、ぼくは一歩下がる。ごくりとつばを飲み込んだ。


「……我は」


 声が震える。何か言い訳すべきだろうか。それとも認めてしまっていいのか? いやダメだ、ここにはプリーナがいる。彼女にはまだ、本当の自分を明かしたくない。


「我、ね」


 ミィチが嘲笑ぎみに呟いた。


「その口調、かなり無理してやってるだろ。言い慣れてない感じだ。王族のくせにおかしいと思わないか?」


「それは――」


「思い返せばさっきだって、なんだあの優しい喋り方。寒気がしてくるぜ。親しい相手にだけ見せる素の姿、って言えばそれっぽいけど、的外れもいいところだ」


 ミィチは小さな体でぼくに近づき、小動物のように睨み上げる。迫力はないはずなのに、そこに笑みが加わると強者の余裕のようなものが透けて見えるように感じた。


「サーネルって男はな、相手を気に入れば気に入るほど王族らしく尊大に振舞うんだ。見惚れて欲しいのと照れ隠しが半々。あれで中々可愛いやつだろ? まあ、元々偉そうだから違いは分かりにくいんだけどさ」


 このうさぎ顔の少年は、これまで会ってきた魔族たちよりもずっと、サーネルのことをよく知っている。例えば、そう。あのメニィよりずっと。


「き……君は、何者なんだ」


「おいおい。聞いてるのはこっちだぜ」


 ミィチはマントの中から手を出し、握った宝石を光らせる。


「サーネルにりついて何してる。それとも操ってるのか? 何でもいい、とにかくそいつを返せ」


「待ちなさい! 手を出すことまでは許しません!」


 明らかな臨戦態勢にプリーナも再び宝剣を手に取る。今度はぼくが割って入る番だった。


「違うんだ、落ち着いて! ぼくはただの記憶喪失で」


「はっ、出まかせ言うぜ。天下の大魔王の息子が、そう簡単に」


「サーネル、離れて。気になることだらけだけれど、相手が戦うつもりなら仕方ないわ」


「ああもう! ティティ!」


「ぐえええええ!」


 待ってましたとばかりに羽を広げるティティの背に飛び乗る。同時にプリーナの腕をつかみ、引き上げた。ティティがミィチのそばをすり抜ける。


 その時、ミィチの横顔が、薄く笑ったように見えた。


「残念だな。それじゃ逃げられないぜ」


 直後。ティティが何かに足を取られ、転倒する。投げ出されたぼくたちは、ティティの体が独りでに、ミィチのほうへ引きずられるのを見た。


 見たのに、見えない。どうやってそれを為したのか、ぼくには分からなかった。ティティには何も触れていない。それにもかかわらずその筋肉質な体が引っ張られていく。正体不明の力に、背筋を戦慄が走り抜けた。


「さあ、早くしなよ。それとも見殺しにするか?」


「は、早くって言われてもぼくにはどうしようも!」


「オレは弱いんだ。加減はできないぜ」


「だから! 本当にぼくは記憶がないだけで!」


「あっそ。なら――」


 ミィチの手の中で宝石が光った。それからどこかで、バキバキと何かが壊れる音。


 その時、背後の壁が突き破られた。


「ぐああっ」


「サーネル!」


 現れたのは巨大な金づち。


 何故か金づちが家の壁を突き破り、ぼくの背中を直撃した。


「今、どこから!」


「さあね」


「あなた、いい加減に!」


 金づちは動きを止めず、ぼくの背中まで突き破ろうと突き進む。慌てて身をよじると、すっぽ抜けるように勢いよくミィチのほうへ飛んで行った。


「! 危ないっ」


 ぼくは叫ぶ。


 瞬間、ミィチが驚きに目を見張った。


 ところが。


 金づちはミィチに当たる直前でぴたりと止まり、床に落ちる。彼は小さくため息をついた。


「危ないわけないだろ。オレの魔術だってのに」


 ミィチは金づちを拾う。それをマントの中にしまい、こちらを見上げた。


「……やめた」


「へ?」


「なんかいい奴そうだし、やめた。これ以上やったらオレが悪者みたいだろ」


 唇を尖らせ、彼は座り込む。ぼくはプリーナと二、三度顔を見合わせた。


「はー、疲れた。ひとまず寝ようぜ」


「ちょ、ちょっと」


 ミィチは床の上で大の字になると、大きく息をついて寝始めてしまう。唐突な展開とあまりのマイペースさに、ぼくたちは何も言えなくなってしまった。


 プリーナは宝剣のやり場に困っている。ティティも首をかしげているし、ぼくも首をかしげた。


「どうしよう……?」


「どうしましょう?」


 対応に困ったぼくらは、しばしの棒立ちを余儀なくされる。


 とりあえず危機は去った……のかな?


 かと言ってその場で眠る気には当然なれず、ミィチを置いて離れる気にもなれず、彼が目を覚ますまで困惑したまま待ち続けることになったのだった。


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