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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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8. 銀色の拳

 落葉樹の森の向こうに、塔に似た形をした赤い岩が見える。


「あれが拠点の目印です」


 ツワードがそれを手で示し、言った。慣れた足取りで森の中へ入っていく。ぼくたちも後につづいた。


 魔族であるぼくが出入りすることを考えれば、できるだけ目立つものは減らした方がいい。ただ、このあたりは森林地帯。変わったものの一つでもなければすぐに迷ってしまうだろう。


 森の中にあるなんて秘密基地みたいだ。過ごしやすさは期待できないけどちょっとわくわくする。たくさんの落ち葉でふかふかになった地面を進みながら、つい足取りが軽くなってしまった。


「サーネル、うれしい気持ちは分かるけれど」


 プリーナに耳打ちされる。窮地を救われた以上罠を仕掛けられているとは思えない。とはいえいつ何が起きるか分からないのはいつものことだ。安全を確保できていないうちはいつでも警戒は怠っちゃいけない。


「ごめん。気を引き締めるよ」


 人を狙う魔族が人気の少ない森に潜むことは珍しいけど、絶対にないわけでもない。彼らにだって食事は必要だし、森が好きな者もいる。魔族が現れる可能性は今もあるのだ。そして遭遇した時困るのは、相手だけがこちらを感知すること。先手を取られることは死に直結する。


 そうして二人でこそこそ話していると、前を歩いていたツワードが下がってきた。


「ここからは今までより固まって歩きましょう」


「森は危ないですからね!」


 ツワードの言葉に、明るく快活な女性が付け加える。二十か三十代くらいの肩幅の大きな彼女はノエリスという。いつも眠たそうな目をしているのに、声が大きく動きもきびきびしている。戦闘では彼女が一番期待できるという話だった。


 異論はないので拒まずにいると、彼らは歩みを遅くしどんどん寄ってきた。すぐに密集して、全員がそばの人の肩に触れられるくらい近くに来る。


 プリーナは警戒を強めたようだけど、これ自体に謀略は感じない。こんな騙し討ちをするくらいなら、やはり町で襲われたほうがずっと厄介だった。


 しかし、問題がないわけでもなかった。


 が持たない。プリーナとは時々喋っていたけど、ツワードたちと道中に言葉を交わした回数なんて片手の指で数えられる程度だった。密集したことで急にそれを意識してしまい、なんだか気まずくなってきた。


 人と話すこと自体は元々そんなに苦手じゃない。多少怖い人とでも用があれば話はできる。ただ、何もないのに声をかけることだけはどうにも慣れない。親しくない人、特に会ったばかりの相手であれば尚更だ。


 世間話というのが苦手なのかもしれない。魔王の息子が世間話を好むようには思えないし、無口でいれば問題はないのかな。


 渋い顔を作って無言で悩んでいると、ツワードの方から声をかけてきた。


「サーネル様は、何故魔王を討ち果たそうと考えられたのですか?」


 問われて目を大きくする。いきなり核心を突いてきた。


 そういえば、動機をプリーナ以外に話したことは一度もない。彼らにはちゃんと話しておこう。


「同じだ」


 ぼくは答える。


「我も贖罪がしたいのだ。何もできなかった己を許し、愛するために戦っている」


 予想とはいささか違っていたのだろうか、ツワードは驚きに目を見張って見返してきた。


「新たな魔王になる……ためではなく?」


「全ての魔族を敵に回すのだぞ。敵を束ねる王などになってどうする」


「ですが。どんな魔族も、強き力には従うのではありませんか」


「表立ってはそうであろう。だが性根は変えられぬ。人を殺すなと命じられ、奴らが従うなどと思うか? 我の目の前で殺すことはなくなる、良くともその程度であろうな」


 ツワードは、そして他の者たちも戸惑いを隠せない様子だった。皆が立ち止まりこちらへ視線を向けてくる。ミィチだけあくびをしながら先へ行ってしまった。途中で気が付いて振り返る。


「おい、無駄話なら歩きながらにしろよな」


 眠たげな声には誰も答えない。ツワードはこれまでの曲者らしい余裕を失い、瞳を震わせながら問う。


「あなたも、誰かを失ったのですか?」


「そうだ。我のために、死なせてしまった」


 激しい自己嫌悪に陥りそうになるのを堪え、目を伏せてぼくは答えた。


「分かってもらえたかしら」


 プリーナがいった。真剣な眼差しを一人ひとりへ向けながら、続ける。


「サーネルは人間の味方です。魔王を倒すまでの一時的な話ではないということは、今の会話で分かったでしょう? 人の心を持った彼となら、何の問題もなくやっていけるわ」


「そんな……ことが」


 誰ともなく、呆然とした呟きを漏らす。理解はしていたつもりだったけど、その反応は少しだけ寂しかった。


 今までは対話もままならなかったから、こうして他の魔族との違いを示す機会すらなかった。そう考えると、これまでの提案は「今の魔王を殺して新しい魔王を作り上げてくれないか」という話にすり替わっていたのか。どれだけ人助けをしても一向に印象が良くならないわけだ。


 でも、今のでちょっとは距離を縮められたかな。


「話は終わったか?」


 相変わらず興味のなさそうな声でミィチはいった。低い鼻をひくつかせ、小さな体で歩いてくる。


「ならツワード、急いで煙を出した方がいいぜ」


「……何故です」


「敵だ」


 それを聞いた途端、ツワードの着るローブの内から緑の煙が噴き出す。


「できればもう少し早く仰って欲しかったのですが」


「今気づいたんだよ。ちなみに、足音が聞こえただけだからどこにいるかはさっぱりだ」


「それは困りましたね」


 全く困っていないような声音でツワードは呟く。けどそれは彼なりの虚勢であったと、すぐ分かることになる。


 緑の煙が視界を埋め尽くした直後。


 かたわらで鈍い音がして、誰かが倒れた。


「敵の攻撃か!」


「誰がやられた!」


「ツワードちゃん……? ねえ、ツワードちゃん!」


 激しい声が飛び交う中、ノエリスが呼びかける。直後煙が薄れだし、ぼくたちの姿が森の中に再び晒された。


 ツワードが倒れている。そして、ぼくたちは囲まれていた。


 一人や二人じゃない。十数に及ぶ人々がわずかに離れた位置からぼくたちを囲んでいた。


「あの男……」


 前方には大男がいる。禿げた頭からちょび髭を生やした半裸の男――町でミィチを襲っていた者だ。


「町の者は撒いた、はず……」


 頭から血を流したツワードが、這いつくばりながら呟いた。


「愚か者め、魔族などと手を組むからそうなるのだ! 慈悲は与えん! サーネルともどもこの場で死ねぃ!」


 大男は指を突き出す。よく見るとその手から、銀の粉のような光が出ていた。


 その光が、こちらへ向かってゆらゆらと舞う。多くの粉が途中で消えていく中、ひとつだけ粘り強く飛び続けるものがあり――それが、ぼくの頬にたどり着いた。


 目を見張る。まさか、これは。


 プリーナが宝剣を手に空を切り裂く。空間に穴が開くと同時に彼女は飛びこんだ。


「こっちよ!」


「――!」


 町の兵士たちが呆気に取られた瞬間に全員で彼女につづく。倒れたツワードと混乱するティティはぼくが担いだ。同時に持つのはかなり無理があったけど、なんとか穴を通り抜ける。


「行かせぬわ! 蛮族どもめ!」


 プリーナのおかげで包囲からは抜けられたものの、視界から外れるまではかなわなかった。ぼくは皆と走りながら、ティティの背中にツワードを乗せる。


「申し訳、ありません……もっと早く……煙を、出していれば」


「いや、そうではない」


 おそらく、これは。


「――我の失態だ」


 そう。この状況は、町での慢心が招いた二つ目の窮地だ。


「ふん! 魔族風情が我が魔術を見抜くか!」


 後方で半裸の男が声を上げる。ぼくは唇を噛んだ。


「我は町で奴の拳を受けた。おそらくその時魔術を仕込まれたのだ。あの拳から出る光に追跡されていたらしい」


 ただの拳など効くはずがないと油断した。見かけに騙されたのもあるだろう。相手がどんな魔術を持っているかも分からないのに、愚かにも程がある。


「気づいたところで遅いわぁ! 我らが前に姿を晒して、二度も逃げ切れるとは思わぬことだ!」


 自責の念に駆られている場合じゃなかった。ぼくは後方へ腕を伸ばして木々をなぎ倒し、兵士たちの進みを少しでも遅くする。けどそのたび先頭の大男に根こそぎ跳ね除けられるせいでほとんど意味を為さない。


「逃げるだけではダメだわ! 何とかあの魔術を解かせないと!」


 プリーナが叫ぶ。分かっている。分かってはいるけど。


 人は殺せない。なるべくなら傷つけたくもない。だから逃げるしかないんだ。


 その時だった。


「なっ、なんだこれはっ」


 後方で悲鳴にも似た声が上がる。振り返ると、兵士たちが地面に倒れ込んでもがいていた。大男も同様に動けなくなっている。


「地面が、ねばねばしてっ……くそっ」


「おのれぃ! 小癪な真似を!」


「お助けしますよ、サーネル様! プリーナ様!」


 ぼくとプリーナの傍を抜け、ノエリスが歩いていく。


「これで皆さんは動けません! 今のうちに魔術を解かせましょう!」


 地面の粘着力はよほど強力らしい。あの大男さえ全ての力を活用しても離れることができない。窮地が一転、兵士たちの勝機はほとんど奪われた。


 でも、解かせると言ったって……。


「とりあえず気絶させるか?」


 ミィチが提案する。


「あいつが眠って魔術が途切れればそれで終わりだ。お前に何か仕込んだって言っても、魔術を使ってる間だけ繋がりを保っていられるとか、そんな程度のもんだろ。普通ならだけど」


「待て。気絶させるというがどうするつもりだ。傷をつけるのは――」


「では、私が参りましょう」


 そう言って足元の小枝を踏みつけたのはツワードだった。精悍な顔を歪ませ、今にも倒れそうなほど足取りは頼りない。


「無理をしてはいけないわ。あなたは休んでいて」


「いえ、今は動かねば。私の魔術でなら、相手を傷つけずに意識を奪えます」


 プリーナの制止を振り切り彼は進む。視線を向けられてぼくは頷き、大男の眼前まで腕を伸ばして道を作った。


「貴様ァ! 何をするつもりだ!」


 怒号を上げる男に構わず、ツワードは彼に近づく。手を伸ばし、その額に手を当てた。


「ご安心ください。眠るまでは一瞬です」


「おのれぇ! おのれえええ!」


 ツワードのローブの内から宝石の輝きが漏れる。びくりと大男の体が硬直し、直後、がくりと項垂れ意識を失った。


「……どうやら、拳の光は消えたようですね」


 兵士たちが恐れや怒りの言葉を口にする中、ツワードはふらふらと立ち上がる。


 戻ってきた彼と共に、ぼくたちはすぐにその場を離れる。


 去り際、残された兵士たちへ向け、ツワードが穏やかな声音で伝えた。


「あなた方に危害は加えません。私たちは人々の味方ですから」



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