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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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7. ヘレナとミィチ

 およそ六年前のこと。


 ツワード・フィシャーという少年は、全てを失った。


 人の血と肉がばらまかれた瓦礫の上で、ぴくりとも動かなくなった妹を抱え、少年は立つ。


 ツワードの怒りは本物だ。しかしながら、世界を救おうなどとは微塵にも考えなかった。


「サーネル・デンテラージュ」


 足元に転がった友人が、最期に口にした言葉だった。おそらくそれが、仇の名だ。


 赤黒い地面に赤く焼けた空。地獄のような光景の中で、ツワードはただ誓う。


「私は、貴様を――」


 ツワードは何もかもを失った。たった一日、隣町へ出稼ぎに行っていた間に、命以外の全てを奪い尽くされた。


 そう、だから。


 ツワードの怒りは本物だ。




          *




 やわらかな風が頬を撫でる。多くの木々がなぎ倒された爪痕だらけの森の中で、黒いローブの人たちがフードを取り去り素顔を晒していた。


 森が酷い有り様なのはずっと前からのことだ。異常な力を持った人や魔族があふれるこの世界ではそう珍しいことでもない。地獄のような光景に誰もが慣れ切った様子で、皆それぞれ幹に座るなり爪痕の付いた木に背をもたれるなり、楽な姿勢をとっている。


 プリーナとティティはぼくの傍にいた。ぼくら三人とローブの彼らとで向かい合うような形だった。


 そこにもう一人――緑の煙を放ちぼくたちを逃がしてくれた青年が歩いてくる。


「追っ手はないようです。このような場所で申し訳ありませんが、私たちのことをお話しいたしましょう」


 ぼくたちの前に立つと、芝居がかった調子で恭しく頭を下げた。顔つきは精悍せいかんで碧い眼差しもまっすぐなのに、どこか曲者めいて見えるのは何故だろう。


「まず申しておきましょう。私たちはあなた方の味方です」


 優しい声音で彼は告げる。うん、ちょっと胡散臭い。どこか作り物めいている。でもこの感じ、気障きざというよりは舞台上の役者みたいな――。やっぱり、例の詩人は彼なのだろうか。


 それはさておき、ぼくは友好の意味を込め手を差し出す。青年は迷わずその手を握った。


「我と共にブラムスを討ち果たす。貴様は確かにそう言ったな」


「ええ。世界を救うために」


 自信に満ち溢れた笑みだった。力強い握手の後、こちらに身を向けたまま後ろへ下がり、大きく片腕を開いて背後の仲間たちを示す。


「誇り高き騎士とは違い、私たちには守るべき国がありません。そして、家族も」


 ぼくは目を見張る。それは、つまり。


「そうです、ブラムスの手によって滅ぼされたのです! 国を、家を、生きる道を、家族を! 各々の動機は個人的でひどく小さなものであるかもしれません。復讐のため、同じ悲劇に出会わないため、あるいは何も守れなかった過去への贖罪でもあるでしょう。しかし、意志だけは何者よりも固い! 命を投げ打つ覚悟があります!」


 胸に拳を当てて叫ぶ彼の言葉の力強さに息を飲む。今さら過ぎて情けない話だけど、同志を募るということの意味を初めて思い知った。共に戦うということは、彼らの覚悟を背負うことでもあるんだ。


 過去への贖罪――そうか、と目を伏せる。


 この人たちは、ぼくと同じだ。


「とはいえ残念ですが、この中にあなたと並ぶほどの実力者はいません。私たちは今後、サーネル様の手足となりましょう。新たな戦力を得るべく、人間である私たちが仲介役として動くのです。当然魔王と相見えた際には全力をもって立ち向かうと約束いたします」


 青年のまっすぐな目がぼくを見据える。


 ぼくはローブの人たちそれぞれに視線を向けた。誰もが緊張に顔を強張らせ返答を待っている。受け入れてもらえないのではないか、信じてもらえないのではないか。そんな不安が見て取れる。


 だけどもちろん、そんなものは杞憂だ。


 ぼくは答えた。


「良いだろう、願ってもいないことだ。だが勘違いはするな。貴様らは我の部下ではない。共に魔王を討ち果たす同志である!」


 その言葉にローブの人たちは立ち上がり喜びの声を上げる。ぼくは改めて手を差し出し、青年の手を握った。


 隣のプリーナと目を合わせ頷き合う。ついに同志を得られた。ぼくらは踏み出せたのだ。たった九人。魔族の数とは比べようもない。でも間違いなく大きな一歩だ。彼らの協力があれば味方の数も増えていくだろう。


「名を聞かせてもらえぬか。仲間になるのだからな」


 ぼくは言う。青年は微笑すると、手を握ったまま力強く答えた。


「――ツワード。ツワード・フィシャーです」




          *




 ツワードたちには活動の拠点とする場所があるという。黒いローブを着た彼ら全員の名を聞いてから、十一人と一羽で傷だらけの森を出る。


 拠点までは多少の距離があるらしく、またしばらくは歩き通しになるようだった。


 空は晴れ、広く長い道は見晴らしが良い。前後左右に見える山や森は緑深く、心が穏やかになる心地がした。そのせい、ではないと思うけれど。


 プリーナは隣をちらと見やる。サーネルは魔王の息子としての尊大な態度を演じながらも、軽い足取りに喜びを隠しきれていない。


 正直なところ、新たな仲間を得た彼女の気持ちは喜び半分、恐怖半分だった。もちろん仲間になりたいと声をかけられた時は素直にうれしかった。サーネルの頑張りが実を結んだ気がしたから。けれど人々が彼に向けてきた態度を思えば、慎重になるに越したことはない。


 歩みを遅らせ、少し先を行くローブの集団からわずかに離れる。サーネルはすぐに気づいて歩幅を合わせてくれた。


「どうかした?」


 小声で尋ねてくる。プリーナも声を落とし、ツワードたちに聞かれないよう耳打ちで答えた。


「分かっているとは思うけれど……彼らのこと、警戒したほうがいいと思うわ。悲しいけれど、あなたが魔族である以上は」


 これまでのことを思い返してか、サーネルは寂しげに


「でも、どうかな。少なくとも、今はまだぼくを襲うつもりはないはずだよ」


「どうしてそう思うの?」


「殺したいなら町で助けたのは変だからね。あそこで兵士たちに加勢されてたら、ぼくは多分ここにいない」


「それはそうなのだけど――でも、わたしだったら」


 プリーナは言いよどむ。あまり口にはしたくない台詞だった。


「?」


「いいえ。信じてあげたい気持ちは分かるわ。家族や国を奪われたなんて言われてしまったらね」


 でも。それでも疑わなくてはいけないのだ。


 例えばわたしだったら――プリーナは思う。




 そんな簡単に終わらせるなんて、もったいなくてできるわけがない。




 それが許された復讐であるなら、尚更だ。


「とにかく行こう」


 サーネルはいった。


「向こうだってきっと半信半疑なんだ。余計な疑いは持たせたくない」


 と、前に出ようとしたところで、何故か彼は立ち止まる。


 その視線の先を追うと、黒いローブを着たうちの一人――町で襲われていたうさぎ顔の子どもが立ち止まっていた。


「貴様は確か――ミィチ、だったな」


 サーネルが進み出ると、うさぎ顔の少年はじっとりとした目で睨み返した。


「お前さ……」


「なんだ」


「確かってなんだよ。本当にヘレナ以外は眼中になかったんだな」


「……?」


 これにはプリーナも首を傾げざるを得ない。ヘレナなんて名前の人は、彼らの中にはいなかったはずだ。


 ミィチは小さくため息をつき、きびすを返した。


「まあいいけど。それよりさっきは悪かったよ。巻き込んだ上に町中で名前まで呼んじまって」


「そのような些事さじは気にするな。我らが出会えたえきの方がはるかに大きい」


「……そんな真正面から慰められると気持ち悪いな」


「なっ……!」


 ミィチの言葉が突き刺さる。サーネルは崩れ落ちた。


「ああ、それとさ。さっきのツワードの話に一つだけ訂正が――」


「サーネル様? どうされたのです! サーネル様!」


 異変に気が付いたツワードたちが駆け寄ってくる。ミィチは何事もなかったかのように口を結び、先へ行ってしまった。


 プリーナは苦笑し、彼らの間に割って入る。


「何でもないわ、気にせず行って。ね、サーネル」


「ああ。全く問題ない」


「ですが目から涙が」


「汗だ」


「これはどう見ても」


「汗だ」


 サーネルはむくりと立ち上がり、涙目のまますたすた歩きだす。


「し、失礼しました。出過ぎたことを」


 困惑ぎみのツワードを横目に、プリーナはくすりと笑う。


 尊大に振る舞うサーネルしか知らない彼らは、あの魔王の息子がミィチとのちょっとした会話で崩れ落ちたなどとは夢にも思わないだろう。


 いつか互いに気を許せるようになった時には、ぜひとも普段のサーネルを知ってもらいたかった。そうすればきっと、皆も――。


 ああ、いけない。警戒しろと言ったのは自分なのに、どうしても期待してしまう。


 金色のお下げを揺らし、プリーナはサーネルの傍に並ぶ。周囲を走り回るティティに微笑みながら、彼女はこっそり思うのだった。


 これから仲間がもっと増えて、たくさんの人たちがサーネルを愛してくれたら、とてもうれしい。少し気が早いけれど、その時が心から楽しみだ。彼は確かに、報われ、愛されるべき少年なのだから。


 そして。今のプリーナにできるのは、胸の奥で祈ることだけだ。


 彼らの――ツワードたちの怒りが、真実であることを。



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