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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
三. 新たなる道筋の章
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5. 苛烈に闇を切り伏せ進まん

 ボンを始末したあの日から、十日ほどが経った。


 あれからぼくたちは数多くの人々の前で魔族を殺し、あるいは人々を安全な町へ送り届け、着実に『魔族の敵対者』としての名を広めていった。そのうちすっかり日にちの感覚を忘れてしまい、こちらの世界に来てどれほど経ったか正確には思い出せなくなっていた。


「足はどう? 前みたいに動かせるのかしら?」


「もう大丈夫だよ。違和感も完全になくなったし」


 今はとある町に潜り込み、宿の食堂でプリーナとおかゆを食べている。味が薄すぎて正直美味しくはないけど、やっぱり温かい食事はほっとする。


 さすがに宿に泊まる間フードを被り続けるわけにもいかないから、今は頭に清潔な布を巻いていた。怪我をした旅人ならさほど珍しくはない。


「それにしても、ティティも一緒に泊まれる宿があってよかったね」


「いつも頑張らせてばかりだものね。この際たっくさん羽を休ませてあげましょう」


 ありがたいことに、ティティも宿の隣に備え付けられた小屋で泊まらせてもらっていた。ティティの喜びそうな食べ物も買ってあるから存分に味わってもらうとしよう。その間にぼくたちは町を回って、次の移民の情報やぼく自身のうわさを探る。とりあえずはそんなところでいいだろうか。


 などと一日のおおざっぱな予定を考えていると、


「ところで旦那。例の……サーネルの件なんだが」


 ぼくの背後、別のテーブルから男二人の会話が聞こえてきた。プリーナとこっそり目を合わせ、声に意識を集中する。


「その話はもうやめて下さい。付き合い切れませんよ」


「だがなあ。旦那だってこれが一番現実的だとは思うだろう」


「思いません、そもそも戦うつもりなどありませんから。相手があまりに大きすぎる。僕らのような半端者は下っ端の魔族を減らすくらいでちょうどいいんだ。それでも十分人々の助けになるはずです」


 無意識に息をひそめ、一層耳をそばだてる。不穏なやり取りだ。もうひと押し情報が欲しい。


 けどその会話はそれ以上続かなかった。『旦那』でない方の男がため息をつき、説得を諦めたせいだ。


「ま、旦那が言うなら仕方ないがね」


 それからすぐ別の話題に映ってしまい、彼らがサーネルについて話すことはもうなかった。自ら尋ねて詳しい話を聞くべきだろうか。そう悩んでプリーナに視線で問うたけど首を振られた。


 彼らがぼくについて知っているなら、一緒にいるプリーナのことも噂に聞いているかもしれない。確かに、ここで問い詰めに行くのは危険すぎる。


 気にはなるけど、いや気になってしょうがないけど仕方がない。残り少しのお粥をかきこみ、ぼくは立ち上がった。


「行こうか」


「ええ。いざ、情報収集ね!」


 空けた皿を宿の主人に渡し、ティティのところに顔を出して、ぼくとプリーナは町へ出る。


 先の会話の詳しいところは分からないけど、サーネルの噂が順調に広まったゆえに出た話であることは確かだった。理由は簡単。彼らがぼくの正体に気づかなかったから。サーネルの顔を直に見たことがあれば砂をかぶるだけの変装で誤魔化せるはずもない。


 元々知っていたわけじゃないのに話題に上るとしたら最近の噂がきっかけのはず。それに気づいてかプリーナも聞き込みに対して張り切りモードだ。


 ナパードと呼ばれるこの土地の町並みはとても質素だった。寂れた商店街を思わせる静まり返った空気の中、ちらほらと食糧を売る店が見える。嗜好品が売られる様子はなく、町全体で倹約しているみたいだ。


「やっぱり、人が少ないね」


「仕方がないわ。むしろいいことと思わなくっちゃ」


 場所によって移民は何回かに分けて行われる。襲われた跡もなく人が減っているということは、移民が順調に進んでいる証拠なのだ。


 ふと、足を止める。何か違和感を覚える。


「サーネル?」


「なんだろう。騒がしい、ような」


 何か、音が……ぼくらの前方、店の並んだ通りを抜けた先、十字路を曲がったあたりからだろうか。


 小走りに向かうと、道の端に人だかりができていた。その中心から重厚な音色と凛々しい少年のような歌声が聞こえてくる。


「いま戦士は、サーネルと共に剣を執り――」


「へ?」


 思わず声を漏らし、口元を押さえる。


 ぼくの歌っ?


阿鼻叫喚あびきょうかん跳梁跋扈ちょうりょうばっこの渦に飛び込み、苛烈に闇を切り伏せ進まん――」


 これは……どちらかと言えば戦士が主役か? いやそこはどうでもいい。


 まさか歌が作られていたなんて。しかもこの内容、サーネルと戦士の共闘を願うものだ。喜ぶべきことなのだろうか。


 でも……なんていうか。


「父に挑みしサーネルの、その覚悟たるや神をも畏れぬがごとし――」


 なんて……いうか。


「サーネルこそ道であり、広き未来への道であり、さすれば戦士、いま勇者となりて――」


 恥ずかしい! 七転八倒したくなるほど恥ずかしい!


「道……」


 隣で呟くプリーナの耳をとっさにふさぎ、一度その場を離れる。


 無理やり連れ出されながらプリーナは上機嫌に手を叩いた。


「まあ、まあ! ついにあなたの思いを分かってもらえたのね! サーネルこそ道であり、広き未来への道であり――」


「歌わないでっ」


「ああ、ごめんなさい。こんな道端で。町の外へ出たらたっくさん歌いましょうね!」


「やめてっ、お願いだからっ」


「どうして? とっても素敵な歌なのに」


 からかっているわけじゃないところがますますむず痒い!


 嬉しいことなのに、なんだろうこの気持ちは。ダメだ、一度自分の頭を叩き割りたい。


「それに離れてしまってどうするの? せっかく味方についてくれそうな人が見つかったのだから、話を……」


「ご、ごめん。歌が終わってからでいいかな」


「勿体ないわ! せっかくなのだし終わりまで聞きましょう!」


「絶対イヤだ!」


「父に挑みしサーネルの、その覚悟たるや――」


「やめてええええ! うわああああ!」


 悲鳴がこだまする。ここは一度逃げるんだ。このままではぼくの身が危ない。


 とりあえず歌が終わるのを待って、話に行くのはそれからでも遅くないはず。


 しかしこれは失策だった。


「あら……?」


 しばらく時間を置いてぼくたちが戻ると、詩人は姿を消してしまっていた。冷静に考えれば当たり前だ。歌が終われば観客も詩人もその場に残る理由がない。


「もう。急に変な行動するからよ!」


「ごめんなさい……」


 せめて顔くらいは見ておくべきだった。せっかく共闘できるどころか味方になってくれそうな人が現れたのに、これでは探すこともできない。


 プリーナは小さくため息をつく。


「気を取り直して、情報収集に戻りましょう。二手に分かれたほうが安全かしら?」


「あ……うん。そうだね。いや、どうかな。その方が正体はばれにくいかもしれないけど、いざという時に」


「おい、あんたたち」


「は、はいっ」


 突然声をかけられて、ぼくたちは二人そろって肩を跳ねさせた。


 麻の服一枚に身を包んだ背の低い女性だった。ひどく切羽詰まった様子で手招きしてくる。


「な、なんですか?」


「早くここから離れな。巻き込まれちまう」


「え?」


 一体何に? と問おうとしたぼくに、先回りするように答えが与えられる。


 聞こえてきたのは鉄のかち合うような激しい音。


「おい待て、人の話を」


「黙れぃ! 反逆者め!」


 続けて、男が背にした木造の民家の中、扉代わりに吊るされた布の向こうから怒号が飛ぶ。


 直後、布の扉を吹き飛ばして子どもが飛び出してきた。


「うわっ」


 誰ともなく声を上げる。マントを着た子どもはぐるぐると土の地面を転がり、向かい側の民家に激突する。よほど体重が軽いのか、勢いのわりに派手な音はしなかった。


 子どもは壁にもたれるように座り込み、ため息混じりに笑う。


「手の早いやつだ。熊に育てられたガキだってもう少し慎重に動くもんだぜ」


 やけに大人びた声だった。その子ども――少年は立ち上がり、両手を上げて掌を広げてみせた。


「やり合うつもりはないよ。オレは弱いんだ」


 少年は薄く笑う。鼻が小さく、灰色の瞳は丸っこくて、どことなくうさぎを思わせる顔立ちだ。背の低い小動物みたいな姿に反し、その表情は自信に満ち溢れ、恐怖など一切感じていないように見える。


「貴様の言葉を信じる道理はない! 魔族に加担する反逆者めが!」


 民家から現れた半裸の大男が怒鳴る。上半身が異様に大きく、筋肉が張りつめて湯気を放っていた。多分肉体を強化する魔術でも使っているんだろう。ちなみにその頭はちょび髭のような髪を残し、ほとんどつるつるに禿げている。


 そんなことより、今。


「魔族に加担って」


 なんだか今日は、聞き込みをする前に向こうからどんどん情報が入ってくる。


 半裸の大男とうさぎ顔の少年は、ぼくの声に反応して動きを止める。


「そうだ、こやつは反逆者! よって今より我が鉄拳を喰らわす! 巻き込まれたくなければ下がっていることだ!」


「だから言ったろう? ほら、さっさと逃げるんだよ!」


 麻の服の女性は走り去っていく。当然ぼくらは簡単には逃げ出せなかった。


 魔族に加担。それは、もしかすると。


 ぼくが少年に問いをかけようとした、その時だった。


「――サーネル、なのか?」


 どくん、と心臓が跳ねる。


 ぼくを見てからずっと動きを止めていた少年が、ようやく一言呟いた。


 ぼくの……この体の名前を。


「何ィ?」


 大男の視線が、ぎろりとぼくを射る。


 驚くことではない。最初から警戒していたことだ。


 広まったサーネルの噂、プリーナの同行、魔族――おそらくサーネルと共闘しようという少年。三つも揃っていれば、ばれてしまっても不思議はない。


 静かに深呼吸する。本当はもっと聞き込みをしたかったけどやむを得ない。ばれたらばれたで、少年を正面から助けやすくなったというものだ。


 半ば開き直るような気持ちで、ぼくは言い放った。


「ああ、そうだ。我こそが魔王ブラムスの息子、サーネル・デンテラージュである」



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