表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
二. 勇者たちの怒りの章
49/137

11. 二度目の決意を

 暗闇が、歩いてくる。


 闇色の沼地の上を、ブラムス・デンテラージュが向かってくる。ぼくを睨み、敵意をむき出しにして。


「サーネルよ、問おう。貴様は敵に回すというのだな? この魔王ブラムスを」


「――そう、なるかな」


 短い間とはいえ必死に積み上げてきたものが全て不意になった。もう、魔王の寝首を掻くことはできない。


 仕方がなかった。ここで勇者を見殺しにして、仮にその後世界を救ったとしても、きっとぼくは自分を許せない。それ以前に、魔王を倒す前に罪悪感に耐えきれなくなって、それこそ本気で自分を殺してしまうだろう。それでは本末転倒。生き残るにはこうするしかなかった。


 闇色の波紋は途中で止まり、ぼくの足元までは届いていない。代わりにブラムスが、迫った波紋よりもさらに前へ進んできていた。


 放った大量の腕をさらに伸ばし、自分の方までマイスを持ってくる。しっかりとその巨体を脇に抱え、ぼくは慎重に後ずさろうとした。けれど。


 足がすくんで、動けない。


 暗闇の巨人が迫るたび、激しい炎のような闇を意識するたび、体が芯から震えあがり、まともに力が入らなくなる。笑みを見せて強がってみせても、がちがちと鳴る歯の音は隠し切れない。


 あらためて勇者の強さを思い知った。こんな怪物、普通は戦うことすらままならない。自分の力を出し切ることすらかなわずに潰されるだけだ。


「……ムス……」


「え?」


 勇者が抱えられたまま何事か呟く。


 意識はないようだった。うなされるように、呻き混じりの声を漏らす。


「……マイス、さん?」


「ブラムスゥゥゥ!」


 勇者の手元に突如、超重量の大剣が舞い戻る。


 眼前まで迫っていた魔王へ、一直線に投擲とうてきされた。


 気絶しているはずなのに、その力は衰えるどころか凶悪さを増していた。黒い濃霧が再び砕かれる。


 露わにされた魔王の顔は、驚いたように固まり――すぐ笑みを浮かべた。


「ほう。面白い」


 ぼくははっとして、弾かれたように後方へ跳びあがる。肩から腕を伸ばし、できる限り遠くへ離れる。


 速く、速く――。今は逃げるんだ。何としても。


 でも、ブラムスを相手に逃げ切れるのか?


 不安が頭をよぎってから、気が付く。


 追って来ない。何故か魔王は何もしてこなかった。


「あーあ。サーネル、今度こそ魔王様に目を付けられちゃったなあ」


 ハイマンがのんびりと笑う。


「次に出会った時が最後だね。覚悟はできてるかい? ガラードに頼んだ時とは違って、もう見逃してはもらえないと思うよ」


 そうか、と理解する。ブラムスはぼくたちが戦力を整えるのを待っているんだ。今度こそ本気で、ブラムスにとっての最高のぶつかり合いをするために。


 ブラムス・デンテラージュ。武勇のために世界を絶望の底に沈めた魔族。多くの苦しみを生み出した、悪逆非道の大魔王。


 マイスは魔王を殺せなかった。彼に無理なら、他に可能性のある人間なんて考え付かない。 だからこそ意味がある。お姉ちゃんを殺すためだけに生まれたぼくに、新たな意味を与えてくれる。


 人に魔王が倒せないなら、ぼくが魔王を殺すしかない。


『扉』に腕をぶつけ、空間の裂け目を作り出す。開いた穴に飛び込みながら、ぼくは二度目の決意をした。




          *




 はっと、目を覚ました。


「……」


 目に映ったのは、茅葺の屋根裏が剥き出しになった天井だった。


 マイスは藁に布をかけただけの簡素なベッドに寝かされていた。無言で起き上がり、さっと周囲を見回す。


「あー、バカバカ。動いちゃダメだ」


 慌てて駆け寄ってきたのは精悍な青年。後ろでは若い女性と小さな子どもが身を固くしている。三人ともブロンドの髪をしていて、どうやら家族らしかった。


 マイスは座ったまま、彼らへと身を向ける。


「ここは?」


「……なんだあんた、体が痛まないのか?」


「いや。だが大したことはない」


「こりゃあ驚いた。死ぬ寸前かと冷や冷やしたのに」


 青年と共に、後ろの家族がほっと頬を緩める。


「よかった。何べん見ても人が死ぬのは嫌なもんだからねえ」


 妻の言葉に青年がうんうんと頷く。無表情を貫くマイスを見て、苦笑ぎみに話を戻した。


「覚えていないか? あんた、町の外で倒れていたんだ。お医者様のところまで連れて行こうと思ったんだが、その、あんたの体があまりにもひどい状態でね。運び込む前に死なれちゃ困るってことで、一旦ここに。とはいえその様子じゃ杞憂だったらしい。あんたは多分魔族以上の不死身だよ」


「……倒れていた?」


「やっぱり覚えていなかったか。じゃあ、その怪我……いややまいか? ともかく、どうしてそんな体になってしまったかも分からないか?」


 言われてマイスは自身の体を確かめる。全身余すことなくあざになっていて、皮膚はふやけてぶよぶよ。腕を軽く動かすだけでプツプツと何かが切れるような嫌な音がする。まるで体中が腐った果実にでもなったようだ。これは確かに、怪我ともやまいともつかない。


 マイスは顔を伏せ考え込む。何故こうなったか、答えようにも記憶があいまいだったのだ。気を失った直前のことがどうしても思い出せない。


 青年は肩をすくめ、家族と目を見合わせる。


「まあ、体の方は心配しなくてもいい。これからお見えになるお医者様は、そりゃあもう素晴らしい腕の持ち主でね。昨日まで血を吐いていた子どもが今日は元気に走り回っているなんてことは、この町では珍しくないんだ」


 マイスは聞いていなかった。いや、聞こえていなかった。額に手を当て、ひたすら記憶を掘り起こしていたから。筋肉質な怪鳥に乗っていたことは覚えている。崖下の密林に飛び込んだことも。しかしそれが何のためであったのか――。


「あ、もしかして!」


 ずっと黙っていた子どもが声を上げる。


「さっきの雷に打たれたの? 雷に打たれるとそんな風になっちゃうんだ!」


 雷――その言葉に、マイスの無意識が反応する。


「いやあ、どうだろうねそれは」


 ははは、と青年が笑うのを横目にマイスは凍り付く。沈められていた記憶が呼び起こされた。目の裏でいくつもの映像が断片的に映し出される。


 雷、空間の裂け目、そこに飛び込む白い髪の魔族――サーネル。


「おや」


 家の出入り口に吊るされた布をどけ、太鼓腹の老人が入ってくる。


「聞いていたよりは元気そうですな。うーむ、しかし体の状態は話以上に――」


 老人は声を詰まらせる。マイスがベッドから立ち上がり、まっすぐに向かってきたからだ。


「な、なんですかなっ?」


「そこを通りたい」


「ま、待ちなさい。そんな体で」


 マイスは老人を無言で押しのけ、外へ出る。


 そして、咆哮を上げた。


「ブラムス!」


 跳躍する。色を失いぶよぶよになった身体で、マイスは空高く跳びあがった。足がぐにゃりと捻じ曲がる。


 外は石壁に囲まれた町だった。石壁の上に着地して、そこが密林へ行く前に見た町であると確かめる。視線を動かし方角を確かめ、そこから再び跳びあがる。足が再び嫌な音を立てた。


 向かうは山。『扉』のある場所だ。日が落ちるほどではないがいくらか時間は経ったらしい。灯り虫の姿は風に消えていて、あの時サーネルがやってみせたように、見た目だけで『扉』のある木を判別することはできない。


 しかし、マイスは覚えていた。目的の木の場所を。


 何度か跳躍を繰り返すうち、『扉』の場所が見えてくる。手をかざし、大剣を出現させた。


 マイスは魔王に敗れた。それでもまだ生きている。命あるうちは何度でも、執念深くその首を狙う。獣のごとき叫びを上げ、『扉』の木に到達するとともに両断する。


 斬る、割る、叩き潰す。何度も何度も剣を振るう。


 だが、何も起こらなかった。木を粉砕して出てきたのは、地面に隠されていた魔法陣のみ。


 剣を強く握る。ぎりと歯を食いしばる。マイスに魔術は使えない。たとえ使えても、おそらく人間には開けない。分かっていたことだ。しかし、じっとしていられなかった。


 大剣を振り下ろし、魔法陣を叩き潰す。地面が割れ、地鳴りが起こる。


 マイスは再び叫びを上げた。肺が空っぽになり、喉が焼け付いても声を絞り出す。木をなぎ倒し、地面を叩き砕き、それでも自分を止められずに叫び続けた。


「ここで終われるものか! 次こそ! 次こそは必ず! お前を叩き斬ってみせるぞ! ブラムス――!」


 マイスの叫びは止まらない。体が折れ、立つことすらできなくなってさえも。


 怒りを剥き出しにして、力の限り声を張り上げ、二度目の決意を口にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ