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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
二. 勇者たちの怒りの章
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9. 勇者と戦うべき者は

 月のない深い夜。石壁に囲まれた巨大な都市に眩い光の雨が降り注いでいる。


 聞こえてくるのはときの声。何百にも及ぶ人間たちが夜闇に包まれた城塞都市を襲っていた。


 真っ白に全身を光らせた兵士が全てを貫きながら走り回り、ローブを着込んだ小さな子どもが雲を呼び集め雷を落とす。規格外の力を持った大軍を前に、あるいは声も上げられず、あるいは泣いて許しを請いながら魔族たちはその身を粉砕されていく。


「まだ、こんな人間たちが……!」


「おかしい……おかしいだろこんなの! こんな、一方的な」


 今、世界のほとんどは魔王の支配を受けている。この土地もその一つだった。


 だが時折、こうして大規模な反乱が起きる。魔術を使ってか上手く自然の隠れ家でも見つけてか、何百にも及ぶ軍勢が魔族の目の届かない場所に潜み、力を蓄え、ある時爆発するのだ。


 人は魔族より弱い。ただしそれは、あくまで傾向の話。一人で何十の魔族を退ける人間もいれば、一つの軍すら相手にできる強者も存在する。


 そして決まって反乱軍は強い。一人一人が十分な実力を持ち、目を見張る連携を見せる。一つの城塞都市を丸ごと潰されることも珍しくはなかった。


 ――一昔前までは。


 都市の上空。足場など何もない空間に、何者かが浮かんでいる。


「いいっすねえ。熱くなってきましたよ」


 力ある騎士や魔術師は確実に数を減らしている。無論魔王の手によるものが最も多いが、一度支配下に置いた国に再び魔王が訪れることはなく。反乱軍への迎撃は全て手下の魔族たちで行っていた。


 その中で最も多く出撃したのは誰か。


 コンズ? 否。彼女は精鋭との戦いを好み、軍と積極的に戦うことは少ない。


 ガラード? 否。最も巨大な軍を討ち滅ぼしたのは彼であったが、迎撃の回数自体は少なかった。


 サーネル? 否。彼の出撃は多かったが、それでもその魔族には及ばない。


 最も多く戦禍に飛び込み、最も多く反乱軍を潰した魔族――それこそが今、蹂躙される都市を見下ろし、圧倒的な力を前に目を輝かせる男の正体だった。


「こんちはァァァっす!」


 都市に明るい声が響く。戦闘による騒音の中、その声が人々に届くことはない――はずだった。


 しかし、実際には誰もがその場違いな呼びかけに目を見張り、視線さえ向けた。


 人々の目が、初めてその怪物を映す。


 それは骸骨の姿をした三メートル級の巨人だった。ぶかぶかの外套の上から黒い毛皮のマントを羽織り、風に揺らしている。眼球のない目は輝くような紅い光を放ち、燃え盛る闘志を眼下にまき散らしていた。


「お初にお目にかかります! 自分、ベルディって言います! これから攻撃仕掛けるんで、逃げるか守るか迎え撃つか、準備してもらえると嬉しいっす! じゃ、そういうことで」


 剥き出しの骨の手が、大きく後ろへ振りかぶられる。


「行っきますよォォォォォ!」


 石ころを鋭く投げつけるように、勢いよく、その手が振られた。




 瞬間、都市全体が大きく大地に沈み込んだ。




 同時に多くの人間、魔族が一斉に倒れ伏す。あるいは音を立てて骨を折り、あるいは顔面を打ち付け粉砕させた。あらゆる建物は崩れ去り、形を保っているものはただのひとつもない。


 重力を操る魔術。それが最も多くの敵を葬り去ってきた力であった。


「って。ありゃあ、一人も……」


 ぼりぼりと頭を掻き、ベルディが魔術を解く。


 彼が現れる直前まで魔族を蹂躙していた兵士や魔術師たちは、一人残らず潰れていた。多くは息絶え体は大地の染みと化し、辛うじて生き残った者も戦える状態にはなかった。


 誰も彼もが無防備だったわけではない。魔術を駆使して体を固くしたり重力を緩和したり、各々が抵抗しようとはした。


 しかし、都市を一瞬で陥没させるほどの重力を前に、その場にいた誰一人として耐えることがかなわなかったのである。


 ベルディはがっくりと肩を落とし、肺もないのに「はぁぁぁぁぁ」と大きすぎる上に長すぎるため息をつく。


「拍子抜けもいいとこっすよ。せっかく久々に――」


 ぴたと言葉を切り、都市の外、森の広がる方角に顔を向ける。


 彼はそこに、雷に似た光が落ちるのを見た。


 かつて都市の出入り口であった、破壊された門のあたりに降りる。そこでしばらく待っていると、ひとりでに蠢く泥水がぴょんぴょんと跳ねてやって来た。


「ベルディ様! 大変!」


 連絡役の魔族だった。強さはそこそこで本来ならば『扉』を渡る権限は与えられないはずだが、地位のある者を使い走りにするのもどうかということで妥協案にこの泥水が選ばれた。


 そんな彼が持ってきた情報は――。


「どうしたんですか」


「魔王城に人間が! 強すぎル! 止められナイ!」


 ベルディは表情のない骸骨の顔で泥水を見返す。ほんのしばらく沈黙を挟み、へえ、と嗤った。


「面白そうじゃないっすか」


 その目に再び闘志が宿る。口の奥で、じゅるりと舌なめずりするような音が立った。




          *




 大地が爆ぜる。至る所から白い煙がもくもくと上がっている。


 ハイマンは見ていた。


 何百体もの魔族が我先にと逃げ惑う様を。


 自身の体が壊されていく様を。


 一人の男が大剣を振り回している。四方八方から迫る木々の攻撃を意に介さず、逃走する魔族たちを一体一体確実に両断していく。それに巻き込まれる形でハイマンの身も切り刻まれていた。


「邪魔だどけぇ!」


「誰かあいつを止めろよぉ!」


「冗談じゃない! テメエがやれ!」


 そこかしこで怒号が飛び交い、時に悲鳴や断末魔に変わる。


 またハイマンの一部が爆ぜ、新たな土煙が上がった。


「あははは、どうしよう。困ったなあ」


 ざわざわと葉が揺れ、能天気すぎる声が森全体に響く。


「困ったなあじゃねえ!」


「真面目に考えろ!」


「えー、僕がかい? 考えるのって苦手なんだけどなあ」


 ハイマンがまた笑うと、魔族たちは一層荒っぽく怒鳴り散らす。


 初めからこんな有り様だったわけじゃない。大男に襲い掛かった当初は連携も取れていた。身を守る魔術を駆使し盾となる者、遠くからの攻撃に徹する者、速さで翻弄し時に首を獲りに行く者。そうした役割分けがしっかりと成され、最初は上手く立ち回っていた。


 実際大男の体には何度も魔術や爪が直撃しており、回数は優に三百を超える。


 だが、傷がつかない。人間なら、いや魔族であっても致命傷を受けるような一撃を幾度となく喰らいながら、表情一つ変えず、振り払うことすらせず、敵を両断することだけに集中していた。


 逆に、身を守ることに長けていたはずの盾役たちは、小枝を切るより呆気なく首を跳ばされる。


 男は疲弊の色すら匂わせない。かつてこれほどまでの蹂躙を、ハイマンは見たことがなかった。


「拍子抜けだな。数ばかりの見かけ倒しか」


 男が呟く。そんなはずはない。ガラードやコンズが不在とは言っても、ここは魔王城。易々と潰されることを武勇を重んじるブラムスが良しとするはずもない。魔王がいない時でさえ、ここはどこよりも固いはずだった。島や都市を支配することを許された実力者を、交代制で、常に十体以上待機させていたのだから。


 既に一体も生き残ってはいないけれども。


 しかし、彼の言葉に熱烈な同意を示す者がいた。


「わかります! わかりますよその気持ち!」


 重たく低い音が轟いた。突如森の一部がぐしゃりと潰れ、きれいな円を描いて大地に沈む。円上の木々も魔族も、ほんの一瞬で大地の染みとなる。


 平らになった地面の上で、大剣を持った大男だけが平気な顔をして立っていた。


「なっ、なんだぁっ?」


「おい、この魔術って!」


「ってことは――まさか!」


 魔族たちが声を上げる。そこに潰れた仲間への言葉は一つもない。


「やあベルディ、来てくれたんだね。助かったよ」


 葉をざわめかせるハイマンもまた、能天気な声をかけるだけだった。


 直後、円の上に三メートル級の巨人が足を踏み入れる。


「当然っす! 強敵登場って聞いたら即座に駆けつけるのがモットーですから!」


 ぶかぶかの外套と毛皮のマントを纏った骸骨――ベルディは、無感情そうな外見に似合わない大げさな動きで両の拳を掲げる。


「こんちはっす! ベルディって言います! 自分、熱い戦い大好きです! 力と力のぶつかり合い、最高に燃えると思います! ってことで、一緒に熱くなりましょう!」


 男を襲う重力がさらに強さを増し、彼の周囲だけ一層深く大地に沈み込む。彼の脚も完全に埋まってしまった。


「――興味はない」


 しかしそれでも、男は平然としている。


 平然と、埋まったまま歩き出す。


 積もった雪を押しのけるように、草原の草をかき分けるように、重力で固められた地面を抉りながら進みだした。


「ぶつかり合いなどどうでもいい。殺すだけだ」


 男の視線は無機質で、ひどく冷たい。


 その眼にベルディはぞくぞくと打ち震えた。


「いいっすねえ……! 殺し合い上等です! 今度こそ本気も本気! 心の底から燃えてきました!」


 ベルディは両の拳を突き合わせる。直後、全身から湯気がゆらゆら立ち昇り始めた。やがてそれは白い煙のようになり、瞬く間に激しさを増していく。


 彼は重力を操る魔術を多用する。しかしそれは強いからではない。相手の強さを見極めるためだ。彼の真価は一騎打ちでこそ発揮される。


 純粋な肉体強化。ベルディが最も得意とする魔術はそれだった。


 大剣の先を真横に向け男が迫る。


 激しい白煙に包まれたベルディが、迎え撃つように低く構えた。


「さあ、さあ、さあさあさあさあ! 生きるか死ぬかの大決戦――幕開けっすよォ!」


 ベルディが吠える。


 しかして激突。力と力のぶつかり合いが始まる――そう思われた。


 だが、足が前に出ない。飛び出そうとしたベルディは、お腹から上だけをきれいに滑らせ、残された下半身からごとりと落ちた。


「――はい?」


 彼の体は、既に腹から両断されていた。


「少し黙れ。戦いの最中だ」


 煙が消える。


 平らな地面に落ちたベルディは、訳も分からぬまま男を見上げる。


「あれ? なんで自分、倒れてんすか?」


 男は答えない。無言で大剣を上にあげ、振り下ろす準備を整える。


「いやいやいやいや、おかしいですよ。有り得ませんって。魔術で強化してんすよ? 剣なんかで切れるわけないんすよ。おかしいです、絶対おか――」


「知ったことか」


 剣の先が、墜ちる。


 今一度大地が爆ぜ、土煙が噴き上がった。


 決着は一瞬のことだった。ベルディの体は、足元の地面と共に粉みじんとなる。対して男は未だ無傷。圧倒的な優勢を貫いていた。


「うわあ。本当に強いんだなあ」


 呆けたようにハイマンが呟く。逃げ惑っていた多くの者は既に姿を消していた。


 ――その代わりに。


「……次はお前たちか」


 森の中から次々と、戦意に満ち溢れた様子の魔族たちが姿を現す。『扉』を使い、世界中から集められた強者たちであった。


「まさかベルディを倒すとは」


「あいつより強いのってオレたちの中にいたっけ?」


「いませんよ、認めたくないですがね」


「ま、そりゃ一対一でやり合ったらの場合っしょ」


「そういうこと」


 にたにたと嗤う人型の魔族たちが、陥没した地面に立つ男を見下ろす。各々が武器を構え魔術の準備を整えた。


 対する男はやはり疲労の色などわずかにも見せぬまま、四メートル級の大剣を両手で握る。


 しかし彼らが戦いを始めることはなかった。




 何故ならば、青空が急速にその明るさを失ったから。周囲の全てが色を失ったから。




「精が出るではないか」


 勇ましい声がした。自信と気迫に満ち溢れた、強き者の声が。


 男が、この場に来て初めて大きく目を剥く。


「お前は」


 暗闇がそこにいた。


 男の前に降り立ったのは、真黒な濃霧を身に纏った巨人。まるで激しい炎のような、輝きすら思わせる闇だった。


 そう。彼のような強き人間を勇者とするなら。


 勇者と戦うべき者など、初めから一人しかいない。


 それは魔族を束ねる悪逆の王。純粋な強さのみを誇りとする武勇の王。人は、魔族は、それを魔王と呼ぶ。


「ブラムス・デンテラージュ――!」


 ここに、人と魔族の頂点が相対する。


 今より始まる戦いは、あるいは世界の命運を分ける頂上決戦。


 数え切れないほどの運命をその背に乗せて、勇者が高らかに名乗りを上げた。


「私は遍歴騎士、マイス・ラムプルージュ。今この時、お前を倒す者だ!」



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