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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
二. 勇者たちの怒りの章
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6. クレーター

 宝剣が赤く煌めく。


 とっさに足を生やして飛び退きプリーナから離れたぼくは、鋭い光に照らされた笑みの意味をはかる。否、即座に断定する。


 やっぱり彼女は、お母さんの仇を討ちにきたんだ。


 冷たい壁が背に当たる。逃げ場は背後にはない。当然プリーナは傷つけられない。


 どうするか迷っているうち、彼女が動いた。


 ――斬られる!


 鋭い光が空を切る。ぼくは身構えもできずにびくりと目を閉じた。


「――?」


 けど、来ない。刺される痛みも焼かれる苦痛も、まぶたの先の暗闇からはやって来なかった。


 恐る恐る目を開ける。真っ先に目に入ったのは裂け目。プリーナの頭上で空間が裂け、開いた穴から固そうな土の壁が覗いていた。


「やっぱり上までは届かないみたいね」


 不穏な空気が一転、プリーナが軽い口調で何事か呟く。


「…………殺すんじゃ、ないの?」


「どうして?」


「だ、だってぼくは――」


 君のお母さんを殺していて。そういうことに、なっていて。


 なのに、どうして――?


 混乱するぼくの手を取り、彼女は飛びきりの笑みを見せた。




「わたし、あなたを信じているもの」




 目を見張る。


 ああ、ぼくはなんて――。自嘲の笑みが漏れ、頬を熱が伝う。


 自分が恥ずかしい。決めつけていたのはぼくの方だった。


「お父様の言葉を聞いた時は戸惑ってしまったけれど、あなたという人を考えれば考えるほど、有り得ないこととしか思えなくなったの。あなたはお母様を殺めてなんていない。町だって襲っていないわ。そうでしょう?」


「……どうして、分かるの?」


「愛しているから!」


 町で見た、嘘のない心からの笑顔。それと同じものが、何故か今、目の前にある。


 恐怖が、疑念が、一瞬にして吹き飛ばされる。


 諦めていたのに。最初から手を伸ばそうともしなかったのに。彼女はぼくを信じてくれていた。


 それが心から嬉しくて、胸を熱くするあまり忘れてしまっていたのだけど。


「それじゃあ逃げましょう。――いっしょに!」


 その言葉で、自分の立場を思い出した。


「……もしかして、追手が来てるの?」


「ええ。だから急いでいるの。ごめんなさい、驚かせてしまって」


 プリーナは再び短剣を光らせ、閉じてしまっていた空間に再び裂け目を入れる。それから軽く首をかしげた。


「魔力はある?」


「う、うん」


 首肯すると彼女は満足そうに頷き、ぼくの手を空間の裂け目、その向こうにある土の壁に触れさせられた。


「この先は地上よ。わたしの魔術だと上まで届かないの。だから、吹き飛ばして」


「……」


「どうしたの、早く。マイスも来ているのよ、見つかる前に離れないと」


「……こんなことをしたら、プリーナが」


 ぼくの懸念はそれだった。


 彼女はもう町にはいられないのかもしれない。だとしても、命を狙われることまではないはずだ。でもそれも、町を裏切らなければの話。町の仇を逃がしたとなれば、きっと領主の娘であろうとただでは済まない。


「覚悟の上よ。わたしにはどうしても、今の状況が許せないの。人々を守ろうと戦っているあなたが、皆に愛されるどころか恨まれて、あまつさえ命まで狙われるなんて! そんなこと、あっていいはずがないわ。だからせめてわたしがサーネルと――」


 けれどぼくは首を振る。はっきりと、否定と拒絶の意味を込めて。


「いいんだよ、それで。だってぼくは、皆に好かれたくて戦ってるわけじゃない」


 そう。ぼくは、自分を許せれば、そしてプリーナとの誓いを果たせればそれでいい。人々に愛されることなんて、目的とは全く関係のないことだ。そもそもこの体で戦うと決めた時点で諦めていたことだった。


「だから、いいんだよ」


 どんな顔をしたらいいか分からなくて、とりあえず、微笑む。


 プリーナは何も言わない。頭上で空間の裂け目が閉じてしまうと、再び宝剣を光らせ空を切った。


 そして何故か、飛びついてきた。


「なっ、何っ?」


 肩に両腕を、背中に両足を回されて真正面から抱きつかれる。目を白黒させるぼくの耳に息がかかった。


「跳んで。掴まっているから」


「だ、だから、ぼくは」


「ここでサーネルを見捨てたら、わたしはきっと、生きていけない」


 今度はぼくが無言になる番だった。その言葉の意味が、痛いほど分かってしまうから。彼女の想像する未来が、見てきたかのように分かってしまうから。


「大体、約束だってまだ果たしてもらっていないもの。きちんと見届けるまで離れるわけにいかないわ」


「……分かったよ」


 掌に触れた土の壁が爆ぜる。空間の裂け目を抜け、舞い上がる煙を突き破り、ぼくは地上へ跳躍した。


 洞穴の暗闇から一転、視界が一気に広がる。背後には密林の大穴、前方には果てしない草原が広がっていた。


 これでマイスに気づかれることなく逃げ出せるはず。プリーナがいればマリターニュの網に引っ掛かるのも避けられるだろう。ひとまずの安全は確保された。


 そう、思ったのだけれど。


 暗闇から日の下に飛び出して眩んだ視界の端で、何かが跳びあがるのを見た。


「ひ、ひいっ?」


 素っ頓狂な悲鳴があがる。好き勝手に伸びる草の群れの中で、若い兵士が尻もちをついていた。その横に二羽、馬くらい大きな怪鳥もいる。


「な……な……!」


 ただしこれは想定内らしい。プリーナは特に動揺もせず、胸に手を当て礼儀正しく頭を下げすらした。


「驚かせちゃってごめんなさい。それから、この子たちを見ていてくれたこと、感謝します」


 どうやらこの怪鳥も彼女たちが乗ってきたものらしい。馬より筋肉質なももが強烈な迫力を放っている。


「マイスも直に上がってくるわ。もう少しだけ待ってあげて」


 まるで裏切りの事実などないとでも言うように兵士に笑いかけ、彼女は怪鳥に飛び乗る。それからぼくへ手を伸ばした。


「さあ乗って、サーネル」


「う……うん」


 ぼくとプリーナが共に飛び出してきたところを見られてしまった以上、事実は隠し通せないだろう。となればむしろ一緒に行動した方が彼女にとっても安全だ。


 プリーナの後ろに飛び乗ると、怪鳥が甲高い声を上げる。まだ尻もちをついて唖然としている兵士を残し、ぼくたちは草原を走り出した。


 馬をも超えるんじゃないかというほどの足の速さに何度も振り落とされそうになりながら、嫌になるほど広大な草原を進む。兵士の姿は既に見えなくなっている。


 怪鳥の操縦はプリーナに任せた。情けないけど、何せぼくは馬にも乗ったことがない。


 吹きつける風に身を取られないようプリーナの体に腕を回す。そうしていると彼女の温もりが伝わって、なんだかとても安心した。知らず知らずに強張っていた胸がほぐれていくのを感じる。気づくとまた、ぼくは泣いていた。


 彼女には、救われてばかりだ。


「マイスは来ている?」


「ううん、今のところは」


「そう、よかった……。疑われないように頑張ったのだけど、意識したら少しやり過ぎてしまって。ああ、不自然じゃなかったかしら」


 プリーナの不安は分かる。この草原でマイスに追われれば今度こそ逃げ道はない。そして捕まれば、どうなるかは言うまでもない。


 けど既に山稜が見えてきていた。あそこまで逃げ切ればマイスの目を避けながらさらに遠くへ駆けることも可能なはず。


 だから大丈夫。そう思ったのに。


 いや……油断した時にこそ、現れるのが彼なのかもしれなかった。


「申しておきましょう。あなたの演技は完璧だった」


 後方には誰もいない。それはちゃんと振り返って確かめたこと。


 けれど上は――上空までは、見ていなかった。


 目の前に影が落ちる。直後爆風が巻き起こり、隕石が落下したようなすり鉢状の凹みができた。


「プリーナ様。私はあなたを――敵とみなしてもよろしいのですね」


 巨大なクレーターの中心で、マイスが尋ねる。


 健脚の怪鳥を止まらせ、プリーナは答えた。


「わたしは――サーネルの味方よ!」


 今ここに、再び。


 今度はプリーナと怪鳥を巻き込み、勇者マイスからの逃亡劇が始まった。



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