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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
二. 勇者たちの怒りの章
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5. 裏切りの足音

「申し訳ありません!」


 サーネルが現れたという町で待機していた若い兵士は、開口一番謝罪した。


 草原地帯の広さが目立つレドリーミュの中で、最も資源に恵まれた町。そこにプリーナたちは来ていた。それぞれ筋肉質な怪鳥の背に乗り、兵士を見下ろしている。


 この鳥はこちらの領に入ってから最初に見えた町で買い取ったものだ。あごのしゃくれたような形のクチバシをしたそれは、飛べない代わりに非常に健脚で馬より速く走ってくれた。


 その状態で会話するつもりはなかったのだけれど、こちらの姿を認めるなり「マリターニュ領のプリーナ様とお見受けしました!」と駆け寄られ、頭を下げられてしまったのだった。


 怪鳥の背から降り、詳細を聞く。


「あちらの密林に入ったところまでは見ていたんですが……何しろ夜の、しかも大雨の中だったもんで。面目ありません」


 要するにサーネルを見失ったという話だった。近辺には丘や炭鉱があり、領地の中においては最も見晴らしの悪い場所とも言える。


 マイスはすぐその兵に、最後にサーネルを見た地点を案内させた。怪鳥も連れて行く。


「このあたりです」


「これは――」


 兵士が見下ろした先へ目を向け、プリーナは声を漏らす。


 それは巨大な穴だった。切り立った崖に囲まれた土地に、木々が密集し生い茂っている。はるか下で揺れる葉の音が吹き抜けてきて、高さへの恐怖からか喉が動いた。確かにこれでは捜索も困難になる。


「こちらの監視に気づいた様子はなかったんですが、急にここへ飛び込んでしまいまして。いや、あれは落っこちたと言うべきですか」


「……ふん」


 マイスは顎に手を当てる。その表情を窺うようにプリーナは視線を上げた。


「問題は、まだサーネルがここにいるかどうかだけれど……マイスはどう思う?」


「やつは怪我を負っています。潜んで体を休めていると考えるのが妥当でしょう」


 即答だった。しかしプリーナは首をかしげる。


「そうかしら。もうどこか遠くへ去ってしまっているかも。地位の高い魔族は特殊な移動手段を持っていると聞くわ」


「『扉』のことですね。空間に裂け目を作りはるか遠くへ移動できるとか。であれば追うすべはありません。ひとまずはここに隠れていると想定して動くべきです」


 プリーナは少し考え、頷いた。


「そうね。それじゃあ、手分けをして探しましょう」


「いえ、ここは私にお任せいただくか、ご一緒に。お一人では危険です」


 けれど既にプリーナは歩き出していた。宝剣を光らせると、軽く振りかぶり、空間に切れ目を入れる。


「大丈夫。わたしにとってサーネルはただの仇になったけれど――」


 空間の裂け目に足を踏み入れながら、彼女はわずかに振り返った。


「あれはわたしを傷つけられません」


 心から自信をもって言えることだ。声からその強い確信を感じ取ったのだろう、マイスはそれ以上何も言わなかった。


 崖下の地面は、プリーナが魔術で移動できるちょうどぎりぎりの深さにあった。正確にはそれよりわずかに深い。魔術で作った穴からぴょんと跳ぶ形で彼女は密林に降り立つ。


 マイスもすぐに追いついてきた。ごく普通に崖から飛び降りる形で。


 彼の体は容赦なく木々を貫きなぎ倒し地面に突き刺さる。雨で濡れた土が盛大に飛び散り、泥の雨となって降り注いだ。


「……」


「…………」


 頭から泥まみれになったプリーナがマイスを睨む。さしもの彼も硬直する。


「……ご無事ですか」


「怪我はないけれどね」


 ため息をつき、再び宝剣を光らせる。全身についた土が浮き上がり、霧散した。


「大変なご無礼を」


「まあいいわ。今はサーネル探しが先です」


 とはいえ反省はしてもらいたい。もう一度大きくため息をついておく。マイスの顔がほんのわずかに強張った。


 と、彼をたしなめるのはここまでにして。


 二束のお下げを結び直し、軽く整える。草原は風が強かった上、それを怪鳥の走りでより激しく叩きつけられる羽目になった。そのためひどく乱れてしまっていたのだ。


「ところでマイス。確認してもいい?」


 気持ちを切り替え、真面目な声でプリーナは尋ねた。


「これから別行動になるわけだけれど、もしもわたしがあなたより先にサーネルを見つけたら、その時は――」


 碧い瞳が木漏れ日を受けて煌めく。頭上で木々がざわめき、呼応するように心臓が高く鳴った。


「殺してしまってもいいのよね?」


「――ええ。可能であれば」


 簡潔な返答。簡潔な条件。


 殺せるか殺せないか。たった二つの選択肢で問われたなら、答えは単純明快だ。


 手にした宝剣を強く握る。プリーナは薄く笑い、頷いた。




          *




 大きな音で目が覚めた。


 がばっと飛び上がるように身を起こし、周囲を確認する。何かが爆発したような音だった。


 ぴと、ぴと。暗闇の奥で水滴が落ちる。それ以外は至って静か。外の方から虫の鳴き声が聞こえる程度のものだった。


 気のせい、かな……?


 もう少し粘って耳を澄ませてみたけど、再び音が響くことはなかった。


 息をついて横になり、ぼんやりと目に映る硬い土の壁を見つめる。まだ足は治っていない。この分だと完治まで十日以上はかかりそうだ。


 ぼくは草原の中にぽっかりと空いた大穴、そこにできた密林で身を休めていた。正確にはその端の洞穴にいる。ここへ来るまでに町を見かけたけど、冷静に判断して接近は控えた。


 密林は、美味しくはないけどそこそこに食べ物もあり、体が治るまで時間をやり過ごすにはもってこいの場所だった。傍らには毒々しい色をしたキノコや蛇の死骸などが積み上がっている。幸い魔族は毒では死なない。多少お腹が痛くなることはあるけど、しっかり栄養だけを蓄えてくれていた。


 このまま十日以上か……。


 考えると気が滅入るけど、耐えるしかない。どんなに苦しくても命だけは投げ出せないから。プリーナとの誓いを守るためにも。


 プリーナ……今、どうしているだろう。




 視界の隅――洞穴の入り口で、繊細な金色が揺れた気がした。




 それはちょうど、凛として品のある少女の――プリーナの髪色に似ていて。ゆるく結ばれた二束のお下げのようで。


 いやいや、まさか。


 呆れたように笑い、まぶたを閉じる。こんなところにいるわけがない。


 そう、思ったのに。


「ここにいたのね」


 よく知った少女の声が、ぴんと張ったぼくの耳に届いた。


 恐る恐る顔を向ける。だってそれは、望むべく再会ではないから。


 彼女にとってのぼくは、かけがえのない母を殺した仇に過ぎないのだから。


「――どうして、ここが」


 入り口からの明かりを背にした人影が、くすりと笑って髪を揺らした。


「あなたの居場所、筒抜けなんですもの」


 そう言って、プリーナ・ワマーニュは歩み寄る。


 ぼくは大きなミスを犯していた。


 逃げ場がない。洞穴に隠れた状態では、相手に危害を加える外に出ることができないのだ。


 一歩、一歩とプリーナが近づく。ぼくは動けず、表情の見えない顔を見返すことしかできない。


 もう手が触れる距離だ。プリーナが腕を伸ばし、ぼくは固く目を閉じた。


「安心して、サーネル」


 訪れたのは包み込むような暖かさ。


 彼女はぼくを、そっと抱き寄せていた。


「あなたを助けに来たの」


「……? それって、どういう」


 だってプリーナのお母さんはサーネルに殺されて、だから彼女はぼくを追ってきて。


 予想していなかった展開に動揺を隠せない。そんな様子にくすりと笑われ、鼻先に暖かい息がかかる。抱擁と息の熱ですっかり顔が火照ってしまった。


 顔が……近い!


 プリーナの慈愛に満ちた笑みを間近にして、いよいよぼくはドキマギし出した。視線を忙しなく泳がせて無理にでも別のことを考えて気を逸らそうとする。が、そうすればするほど意識は触れ合う熱に集中してしまい――。


 そこで、あることに気づいた。


 何故だか少し、穴の中が明るい。さっきまで見えなかったはずのプリーナの表情が、今はぼんやりながら見えている。彼女は唯一の光源である、入り口の明かりを背にしているのに。


 否。光源は一つじゃなかった。


 背後から淡い光を感じる。ぼくの背中に回された手が握るもの――おそらくは、柄に宝石を散りばめた、彼女愛用の短剣が光っている。


 唾を飲み込む。身を強張らせる。


 口を開く。でも声が出ない。だから代わりに、視線で問う。


 どうして今、この状況で、魔術を使おうとしているのか――と。


 プリーナがまた、くすりと笑った。



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