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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
二. 勇者たちの怒りの章
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2. 新たなる大魔王

 七年前。いずれ望まぬ形で広大な土地を得ることとなるマリターニュが、ごくありふれた領地の一つでしかなかった頃のことだ。


「魔王が死んだってな」


 鉄の門に背をもたれ大あくびをしながらコンラートはいった。


「へえ。知らなかった」


 眠そうに目をこすりながら答えるのはメイ。二人とも明るいブロンドの髪をした青年で、今は町の出入り口である門の見張りをしていた。


「マジかお前。結構なうわさになってんのに」


「どうでもいいよ。遠くの魔王より目の前の魔族さ」


「なんでもどこぞの大国の傭兵たちが討伐したらしいぞ。一人も殺されずに。完勝」


「どうでもいいって」


「数人の傭兵らしいんだけどな、魔術の天才に剣の天才、弓の天才に槍の天才ってまあ全員が一つずつとんでもない武器を持ってるらしいんだよ。そんなのが集まったらそりゃあ魔王だって一たまりもないわな」


「だから」


「そういうの憧れるよなあ。俺もいつか鋼鉄の剣とか持って暴れ回ってみてえよ。そんで功績を認めてもらってゆくゆくは超美人の嫁さんを」


「うるさいなあ君は!」


「なんだとっ?」


 コンラートがメイの頬をつねりにかかる。メイはコンラートの頭をがしりとつかみ揺さぶった。互いに涙目になりながら必死に応戦する。


 そんな風にやりあっていたから、上から音もなく降りてきた人影に気づかなかった。


「その傭兵とやらだが、一人残らず殺されたらしいぞ」


 少年のような、けれども勇ましく迫力のある声。それで二人はようやく人影に顔を向けた。


 その者は事実、声のイメージ通りの少年の姿をしていた。フードのついた皮のマントを羽織、顔を土で汚している。フードから覗く髪は白く、顔もまた白い。少し顔色が悪いように見えるのは、長い道のりを歩いてきたからであろうと彼らは想像する。


「あん? なんだお前」


「こらこら威嚇しない。旅人かな? 町に入りたいなら手を……」


 二人の声を無視して少年は前へ進む。鉄の門に手をつき、軽く目を閉じた。


「お、おい勝手に。お前さては魔族かっ? ちょっと手ぇ切ってみせ……」


 コンラートがその肩に手を伸ばした瞬間。




 鉄の門が吹き飛んだ。




「邪魔させてもらおう」


 呆気に取られる二人を置いて、少年は先へ進む。


 爆風でフードが剥がれ、ぴんと張った長い耳が露わになっていた。


「……!」


「テメエ、やっぱ魔族か! おい! 逃げろ! 魔族が入り込みやがった!」


 通りを歩いていた者たちの耳にコンラートの声が届く。人々は一瞬の間をおいて一斉に逃げ出した。


 だが――白い髪の魔族は肩から無数の腕を生やすと、それぞれを人々の背中へと伸ばした。勢いの付いた腕は逃げ出した全ての者の胴を貫き破壊していく。瞬く間に死体の山が積み上げられていった。


「な……にを、してやがんだァ!」


 コンラートが槍を手に駆け出す。さらにその横から火の玉が飛び出した。


 メイの放った火球は魔族へ一直線に向かっていく。


 けれどそれは、片手をかざすだけで破砕された。


 コンラートが槍を突き出す。しかしてまた、魔族が片手で触れただけで砕け散った。


「うおおおっ」


「コンラート!」


 魔族の掌が放った衝撃は青年兵士の大きな体を容易く吹き飛ばし、地面にひっくり返らせた。


「貴様らに用はない」


 少年の姿をした化け物は、心底つまらなそうな表情で空へ手を掲げる。するとばらばらに砕け落ちていた門の破片が独りでに動き出し――。


「あ……ぐぁ……?」


 矢のように飛び出して、コンラートたちの体を突き刺した。


 大きな鉄の破片はあるいは胸を、あるいは頭を貫き、彼らを地面に縫い止めていた。メイは声すら上げられず、コンラートも意識があったのはほんのわずかな時。すぐに体から力が抜け、あっさりと意識を手放した。


 次の目を覚ましたのは、どれほど時間が経った後か。


「ほう、生きていたか。ちょうど良い」


 魔族の少年が町を去ろうとしている時だった。


 彼の姿にコンラートは目を見張る。その手には人の首が提げられていた。長くさらさらとした金の髪を掴み、死者の頭をぶら下げている。


「あ……ああ……」


 青年は声を震わせた。彼はどんな時でも忠実で勤勉な兵士だったわけではない。けれど、その死を目の当たりにして平静を保っていられるほど堕落してもいなかった。


「アミーシャ……様」


 少年の手には、領主ロワーフ・ワマーニュの妻の首が物のように提げられていたのである。


 ぎりぎりと歯が軋むような音を立てた。


「なんで、こんな……!」


 憎しみの込められた声音を聞いても少年は動じない。何食わぬ顔で答えるのみだ。


「何、父上が無事王となったのでな。他の手がなくとも町一つ程度潰せるようにならなくては面目が立たぬであろう、それだけのこと。とはいえここは外れだ、もう少し骨のある者がいなくては武勇にはなり得まい」


 彼はふんと鼻を鳴らすと虫の息となった兵士を見下ろし、尊大に笑ってみせた。


「よく覚えておくが良い。我が名はサーネル。新たに魔族の頂点として君臨する、大魔王ブラムス・デンテラージュの血を継ぐ者だ」


 朦朧とする意識の中で、コンラートは何とか、その言葉を聞き取ってみせた。


 少年が去っていく。仇が無傷で帰っていく。


 まだ、死ねない――縫い止められた胸の痛みにコンラートは歯を食いしばる。


 伝えなければ。この町の仇を。


 だから死ぬわけにはいかない。魔族の討伐に出ている領主が戻るまでは。


 次第に視界が狭まり、遅れて音も遠のき始めた。すぐそばに人がいるかも分からなくなるほど、体の持つありとあらゆる感覚が失われていった。


 だからコンラートは呟いた。町を襲った仇の正体を。


「魔王の、息子……魔王の……息子、を……」


 いつ誰がそばに来てもいいように。何としてでも領主の耳に届かせるように。


 延々と、執念深く、その願いを呟き続けた。


「魔王の息子を……殺して、くれ……」




          *




 炎を纏った大岩が大地に墜ち、火柱を立てる。


「アミーシャ様の仇ィ!」


 墜ちる、墜ちる、墜ちる。いくつもの岩が雨のごとく降り注ぐ。


 マリターニュの騎士たちが絶え間なく魔術を放っていた。標的は当然、ぼくだ。


 近くの建物を巻き添えにすることも厭わず、全力火力を向けてくる。ぼくは時に飛び退き、時に生やした腕で防御し、それでも避けられない場合は掌から衝撃を放って相殺した。


 プリーナが見ている。その目は未だ驚愕に見開かれ、気持ちの整理が付かない様子だった。だけどもう、ぼくを庇おうとはしない。


 何故ならぼくは仇となったから。今のぼくは、彼女の母を、そして多くの民の命を奪った悪逆非道の魔族に過ぎなかった。


 彼女のためにも戦わなきゃって決めたのに。こんなにも早く切り離されてしまうなんて。


 ……それでも。誓いは絶対に破らない。いつか必ず自分を好きになる。この約束だけは、たとえプリーナに阻まれても破るわけにはいかなかった。


 今はとにかく、逃げるんだ。


 陥没していた胸は少しずつ治ってきている。息苦しいことに変わりはないけど、無理をすればいつも通りに動ける。


 問題は――。


「ば、馬鹿っ、下がれっ」


 騎士の一人が叫んだ。


 岩と炎の豪雨の中を、マイス・ラムプルージュが歩いてくる。避けもせず、防御もせず。赤いマントが燃え鎧が砕けてもお構いなしだ。


 炎の嵐でかき消されて聞こえるはずもないのに、がらがらと大剣を引きずられる音が迫ってくるようだった。


 ぼくは考えるより先に腕を生やし、自身を弾丸のように飛ばしてはるか高くへ逃れた。そのまま行けば石壁を飛び越えて町から抜け出せるほどの勢いで。


 けど、その瞬間。


 勇者が大地を大きく抉り、人間には有り得ない脚力で跳躍した。


 彼はすぐさまぼく追いつき、風の抵抗による轟音を纏いながら大剣を振るう。


「ぐっ……!」


 墜落。ぼくの体は隕石みたいに大地に突き刺さり、すり鉢状の凹みを作り出す。咄嗟に腕を生やして防御したけど、ダメージをかき消すことなんてできようはずもなかった。


 白い煙に飲みこまれ視界を奪われる。あの勢いで跳んだのだ、マイスは多分、石壁に突っ込むしかなかったはず。今のうちに逃げ出せば、何とか撒けるかもしれない。無理やり起き上がり、再び肩に力を入れる。


 強い風が吹き、煙が晴れた。夕日がきらりと瞳を焼く。痛みに唸りながら目を細める。


 次の瞬間、焼けつくような眩しさが消えた。


「――」


 絶句する。遠くの石壁まで突っ込んだであろうマイスは、既にこちらへ戻ってきていた。


 夕日を背に、巨大な剣を持った影が構える。ぼくはぞわりと背筋を震わせ、再び腕を生やして高くへ跳びあが――。


「逃がすと思うか」


 勇者が剣を投げる。


 巨大すぎる刀身を持った剣は易々とぼくの身に突き刺さり、切り離した。ぼくは宙に投げ出され、受け身も取れず下へ落ちる。


 再び地面に這いつくばる。目の先には大剣が突き立っていて、それといっしょに、逃げ遅れた両足が残っていた。


 足を、切り離された。


「あっがあああああっ」


 悲鳴。同時に勇者が地面を陥没させる勢いで着地する。


「痛いか。だが人間が受けてきた苦痛に比べればその程度、生ぬるい」


 顔目がけ、おもむろに手を伸ばされる。慌てて手足を生やし、地を這う虫みたいにみっともなく逃げ出した。




「止まれ」




 轟音。同時に大地が揺れ、下から突き上げられるような衝撃が来る。ぼくの体は空中へ投げ出され、無防備を晒した。


「何、が……?」


 何が起きたのか。それはすぐにわかった。


 勇者が大剣で地面を殴った。それだけのこと。


 たったそれだけで大地は揺れ、立っていた者たちの身は突き上げられた。


 ああ、そうか。ようやくわかった。


 どうして剣で斬られただけの体が治らないのか。防御の上からさえ治癒しない傷ができてしまうのか。


 種も仕掛けも何にもない。きっと魔術だって使っていない。これはただの馬鹿力だ。


 際限なく高められた腕力が、魔族の治癒能力をさえ破壊してしまっているんだ。


 この勇者とは――マイス・ラムプルージュとはそういう男なんだ。


 ……馬鹿じゃないのか?


 思わず笑いすらこみ上げてくる。こんな規格外の化け物相手に、どう逃げ切れっていうんだよ。


 マイスが悠然と歩いてくる。でもぼくは、生き抜くことを諦めてしまっていた。



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