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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
序. 裏切り開始の章
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4. 粘着質な笑み

2018/01/16 改稿しました

 ぴんと張った長い耳がぴくぴくと揺れる。迫力ある胸が組まれた腕によってたゆんと持ち上げられた。


 肉付きがよく艶っぽいその女性――メニィは、血の気の引いた色をした顔をわずかに上げ、処刑台の上から三人の兵士と金髪の少女を見下ろす。


「ぷ、プリーナ様!」


 いきなり落ちた雷に弾かれた少女は、盛大に地面を転がったきり動かない。兵士が駆けより声をかけても反応しなかった。


「あぁ……殺し損ねちゃったみたいですねえ」


 メニィはまた耳をぴくりと動かし、濡れたように光る唇に指を当てた。


 肩を出し胸元を開いた性的なドレスが、この場面で明らかに浮いている。呆気に取られていると、彼女は小首を傾げる。くらくらするような甘い香りが鼻腔を撫でた。


 今、ぼくは隣の女性と共に焼け焦げた台の上に立っている。手足を縛った縄も、くくりつけられた棒も、灰となって跡形もなく消え失せていた。


 けど、体は動かない。ぽかんと間の抜けた顔を晒すばかりだ。


「お坊ちゃまぁ? 本当にどうされたんですう?」


「……へ?」


 ぼくのこと?


「あらぁ? 怒らないんですかあ?」


 ……なんで?


 まだ現状を把握できない。もしかして助かったのかな。


 兵士たちはまだ気を失ったプリーナへ必死に呼びかけている。いや、一人だけ――最後にぼくを殴りつけた痩身そうしんの兵士だけが槍を手に、こちらへ身構えていた。


「バードさん、この場は引き受けました。プリーナ様を頼みますよ」


「なっ……! おい待て、無理だ! やつは多分、騎士相当の……!」


「騎士とかあ、人間の言葉で例えられるとゾワゾワしちゃいますけどぉ、ま、そういうことですねえ。どんな手を使ったか知りませんけど、お坊ちゃまにこんなことしてえ、一人だって逃がしませんからあ」


 ドレスの女性は、にたぁ……と粘り気のある笑みを浮かべた。


 危機から解放され、思考力がようやく戻ってくる。途端に今まで見聞きした情報が頭にあふれて混乱してしまった。赤い光とか魔族とかこの人とかお坊ちゃまとか。


 ともかく今は、この人――人間がどうとか言っていたけどとにかくこの人――に助けてもらおう。きっと味方になってくれる。


 そのはずなのに、なんだろう。この胸騒ぎは。胸のどこかで、このままじゃいけないと警鐘が鳴っている。本能的な危機察知とはまた違う、どこか理性的な――。


 向けられた怒り、張りつめた空気、半壊した家々。


 そしてすぐ隣にある、粘着質で禍々しい笑み。


 これから何が起こるのか、なんとなく分かったような気がした。でも、動けない。ぼくはいじめられっ子だ、弱虫の泣き虫だ。強いやつには逆らえない。


 それに、そうだ。襲ってきたのは彼らだ。こっちは殺されかけたんだ。どうして助ける義理がある。自業自得じゃないか。……きっと、そうに決まっている。


 けど……。


 ごくり。唾を飲み込む。


 いいのか? また見殺しにするのか?


 ――お姉ちゃんが死んだ時みたいに?


 首を振る。もういい、考えるな。だって、そうしないとぼくは死ぬ。今度こそ殺される。


 だけど……!




「それじゃあ、まずはあなた、殺しちゃいますねえ」




「待っ……!」


 再び、落雷。思わず目を閉じる。


 本当に一瞬の出来事だった。


 次に見た痩身の兵士は、ならされた土の上で青白く燃え上がり、立ったまま硬直していた。


 キシキシと痛ましい音を上げ、その身体が折れる。焼け焦げたパンがボロボロと崩れるように、いとも簡単にその形を失う。


 動けなかった。


 予感はあったのに。警鐘は鳴っていたのに。結局また見殺しにした。ぼくは……。


「うわああああああっ?」


 悲鳴が聞こえた。悲しみのあまりの嘆きかと目を伏せたが、声の調子がおかしい。まるで絶叫マシンにでも無理やり乗せられたみたいな、この場にまるでそぐわない叫び方。それに、どんどん遠ざかっていく。


「あらぁ? 逃げられちゃいましたねえ」


 その言葉に顔を上げる。


 遠くの星空に、小さな影が見えた。山の稜線を超えるほど高い場所を、人が飛んでいる。


「――何? なんで?」


 気づけばプリーナと一番若い兵士の姿がない。では、あれは。


「ご覧になられなかったんですう? あちらの厳ついお兄様がぶん投げちゃったんですよぉ」


「は? 投げた……?」


「俺にも魔術は使えるんでな。あまり見くびるなよ」


 残された一人の兵士――バードは槍を構え、力強い笑みをたたえている。鉄板に守られた長衣からは、夜空の下でも分かるほどの湯気が出ていた。


「言っておくが、俺は死ぬために残ったんじゃねえ。部下のかたきは取らせてもらう」


「はあ、そうですかあ。まあ逃げられちゃったのはしょうがないですねえ。しょうがないですから……」


 メニィの笑みがねっとりと深まるのを見た気がした。


 びくり、とぼくの体が反応する。目をわずかに見張り、ただ体を強張らせて。動くことなんて少しもできずに。


 ぼくは見ていた。


 ドレスの女性が軽く体を反らす。


「今夜はあなたで我慢しますねえ」


 一閃。


 いしゅみから放たれた矢のごとく、彼女の体が一直線に跳ぶ。


 コンマ一秒にも満たない瞬間。バードが槍を刺し込み、彼女はわずかに身を揺らす。


 それきりだ。それで勝負はついた。


 わずかな静寂の後――バードは音もなく地に伏し、糸の切れた人形のように動かなくなった。



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