エピローグ.勇者と呼ぶのがふさわしい
2019/01/26 改稿しました
大きな広場に高笑いが響く。
マリターニュの抱える中で最も大きな、最後の砦とすら謳われる町。そこに今日、三体の魔族が侵入し、たった一体が生き残った。
紫のドレスを血に染めた首なしの死体が転がる。その傍で、血の気の引いた肌をした白髪の魔族、サーネルが笑っている。魔族たちと日夜戦いに明け暮れる騎士たちでさえ、その狂喜には青ざめ顔を歪めた。
そこに一つ、新たな足音が現れる。
「救いようがないな」
振るわれたのは四メートルを優に超える白き大剣。直前、サーネルはその気配に気づき、既のところで腕を生やして防御した。
「なっ……!」
けれど足りない。足の踏ん張りが至らなかった。
吹っ飛ぶ。力いっぱい蹴られた球のように、滑稽なほど勢いよく宙を舞う。サーネルの体は騎士たちを越えて広場を飛び出し、中央通りを何度も跳ねながら転がった。
「がっ……ぐぁ……!」
サーネルの口から大量の血がこぼれる。確かに腕は生やした。しかしそれでも威力を殺しきれなかった。胸が大きく陥没し、内側がぐちゃぐちゃに潰されていた。
「な、んだ……この、馬鹿力……!」
「受け止めるか。だが驚きはすまい。お前の正体は分かっている」
そこにいたのは大きな男。鈍色に光る鎧を着こみ、上からは赤いマントを纏っている。髪は黒く、瞳もまた黒い。青年というには貫禄があるが、初老というには力に満ち溢れ過ぎている。戦士としてはおそらく最も完成された全盛期とも言うべき姿があった。
「その魔族は仲間であったのだろう。それを砕き壊して喜ぶとは」
サーネルは地面を這いつくばりながら顔を上げ、はっとする。彼は察した。
メニィや他のユニムが噂していた、紛うことなき正義の味方。数多くの魔族をたった一人で両断し続けた無敵の超人。それがこの大男だ。ぼくが魔王城を発つ前からずっと魔族を殺し回っていた怪物が、ついにここに――サーネルの目の前に現れた。
しかし噂の人物を前にして、サーネルには彼がますます人には思えなくなった。巨大すぎる大剣を軽々と肩に担ぎ、鎧に覆われた屈強な巨体は突風のごとき迫力を叩きつけてくる。
桁が違う。比べ物にならない。戦ったとして敵う相手じゃない。
大魔王を初めて前にした時と同じだ。男が一歩近づく度強烈な突風が吹きつけ、強制的に血の気を引かされる。まだまともに戦ったわけでもないのに、本能が理解してしまう。全身の皮膚がピリピリと悲鳴を上げる。
「こんな――こんなの、聞いてない」
サーネルは呟いていた。必死に立ち上がろうともがきながら、がくがくと手足を震わせて。
こんな人間がいるなんて。
やがて男がすぐ傍にたどり着いた時には、全身が完全に凍り付いていた。
「名乗るのが遅れたな。サーネル・デンテラージュ」
魔王に匹敵する迫力。圧倒的なまでの格の違い。たった一人で世界を救ってしまえそうな説得力。こんな人間のことを、本の世界では何と言うのだったか。
ああ、そうだ。ぴったりのがある。こんなやつにぴったりの肩書きが。
そう、こんなやつは――。
勇者と呼ぶのがふさわしい。
しかして大男は、誇りを示すように胸に拳を当て、高らかに名乗りを上げた。
「私は遍歴騎士、マイス・ラムプルージュ。お前の父を倒す者だ」
第一章「消えぬ幻の章」はここまでになります。
気持ちの良いとは言えないシーンが多い話だとは思いますが、それでもここまでお付き合いいただいた方々には本当に頭が上がりません。いつもありがとうございます。
第二章「勇者たちの怒りの章」の掲載は少し先となってしまいますが、今後もお付き合いいただけると幸いです。