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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
一. 消えぬ幻の章
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22. 思わずこぼれた涙だった

2019/01/26 改稿しました

 光の届かない小さな世界で、ぼくはうんうんと呻きながら目を覚ます。


 魔術で生やした大量の腕で球のようなものを作り、その中に入っていた。記憶にはないけど、ぼく自身でやったことなのだろう。バキバキとむごたらしい音を立て腕の壁を蹴り崩す。顔を出すと強い日差しに目がくらんだ。


 外は荒野だった。昨日歩いたのと同じ、遠くに山稜を眺められる場所だ。ユニムとララ、リリ、それに人間の男性の死体が転がったままになっている。ぼくの生やした足や腕の残骸もそのまま。ぼくはゆらりと荒野に踏みだし、魔術で一つ一つ丁寧に破砕していった。こうすれば痕跡は消せる。


 記憶にあるよりずっと日が高い。昨日の夕暮れ前からと考えると、相当長く眠り込んでいたらしい。もがれた右腕も完全に元通りになり、体中にあった傷は嘘のように消えている。ただし精神的な疲労感は別で、あれだけ長く休んだというのに頭は重く心の動きも鈍かった。


 ぼくはその場に座り込む。何もする気が起こらない。襲われるのが怖いから自身の所業の痕跡だけは消したけど、そこまでだ。これ以上誰かを殺す気にはなれなかった。


 ――サーネルは、自分を好きになれそう?


 血まみれになったプリーナの問いが蘇る。胸が軋むように痛んで息ができなくなる。無意識に両手で目を覆っていた。


 こんなはずじゃなかったのに。ぼくは自分を許したかった。お姉ちゃんを身代わりにして生き残った自分を……お姉ちゃんを殺すためだけに生まれてきたみたいな自分を許したかった。だから、世界を救おうだなんて大それたことを考え付いたのだ。醜い自分から少しでも遠ざかるために。いつか自分を好きになるために。


 でも、結果は真逆。成長できていないどころか、前より一層醜くなった。怪物を殺して回るだけの醜悪な化け物に成り下がった。お姉ちゃんみたいな強くて優しい人になりたかったのに、これじゃあまりに遠すぎる。


「……もういいや」


 固くひび割れた地面に横たわり、ぼんやりと遠くの山稜を見つめる。疲れてしまった。魔王城には戻りたくないし、町に行くのは危険すぎる。かといって元の世界に戻る方法はちっとも思い浮かばない。だったら、このままここで朽ち果てるまで眠るのも悪くないんじゃないだろうか。


「……死んじゃえ」


 小さく呟く。死んじゃえ、死んじゃえ。


 ぼくなんか、死んじゃえ。


 くすりと笑った。この気持ちは乗り越えたはずだったのだけど。前より醜くなったなら、これも仕方のないことかもしれない。


 冷たい風が吹きつける。なんとなく視界の裏で、二束のお下げが揺れたような気がした。


 プリーナ・ワマーニュ。金髪の少女。凛と前を見据える顔は気品があって、かと思うと、町では無邪気な子どもみたいに笑ってみせたりして。この世界で唯一、ぼくの本当の立場を知っていてくれた人だった。


 小さな村の小屋で抱き締めてくれた。賑やかな町を見せてくれた。彼女の温もりは今でもすぐに思い出せる。


 死んでしまう前にもう一度だけ会いたいな。……なんて、少し虫が良すぎるよね。


 プリーナはもう町に帰っただろうか。まさかまだあの岩場にいるなんてことはないだろう。そういえば血まみれだったけど、魔族を殺したあとだったのかな。


 ……あれ?


 ぼくは体を起こす。何かがひどく気にかかった。


 ――自分を好きになれそう?


 あの時の、プリーナの顔。


 ひどく疲れた様子で、まるで放心しているみたいだった。


 どうして彼女はあんなことを聞いたんだろう。顔を合わせて最初の言葉があの問いなんて、ちょっとおかしくないだろうか。少なくともプリーナらしくはない。


 自分を……好きに?


 はっと、口元を覆った。


 ――わたしも、理想の自分に近づきたい。


 町で最後に言葉を交わした時、プリーナはぼくにそう言った。でも、魔族を殺すたびに甚振りたいという欲望が強くなって、むしろ、理想から遠ざかっていくみたいなのだと。


 ――サーネル、あなたは迷っていないの?


 その問いにぼくはどう答えただろうか。自身を持った言葉を返せなかったんじゃなかったか。


 悩む彼女を、突き放してしまったんじゃなかったろうか。


 そして昨日、疲れ切った顔で彼女は聞いたのだ。


 ――自分を好きになれそう?


 ぼくは頭を抱える。なんてことだ。あれは、あの言葉は、思わずこぼれた涙のようなものだったんじゃないか? だとしたら、あんな情けなく逃げ出すんじゃなく、胸を張って答えるべきだったんじゃないのか?


「ぼくは、なんて……」


 わずかな時歯を食いしばる。自分が憎い。殺してやりたい。でも今は、そんな感情に囚われている場合じゃない。


 きっと目を上げる。ぼくは駆けだした。


 死ぬのは後でいい。そんなことはいつだってできる。


 伝えに行かなきゃ。今度はぼくが助ける番だ。戦う力を失くした彼女に、今度はぼくから手を差し出すんだ。


 不思議なくらい体が軽い。力が湧いて、どんどん前に進んでいけた。


 荒野を抜け、海沿いの町を横切り、森林地帯に到達する。それまでには日も傾き、さらに森を抜けた草原の先――プリーナの町を囲む石壁が遠くに見えた頃には空の半分が赤みを帯び始めていた。


 きっとあそこにプリーナがいる。救いを求めて座り込んでいる。足が止まらない。このまま突っ切るわけにはいかないと知りながら、はやる気持ちを抑えられない。


「プリーナ……!」


 息を切らして呟いた時だった。ぼくはあることに気づき、足を止める。


 石壁の一部が崩れ、煙が上がっているのが見えた。鉄の門があったはずの部分が消し飛んでいる。


 悲鳴。怒号。ときの声。――そんなものを想像した。


 町に魔族が攻め込んだのか? まさか、戦争が始まった? こんなに早く?


 けれど魔王はここには来ていない。彼が来たならば、ここには夜が訪れていなければおかしい。空はまだ青と赤の半々だ。ということは、本格的な戦いは起きていないのだ。


 だったらまだ割り込む隙はある。ぼくでも十分戦えるはず。それが分かったなら、乗り込む以外に道はない。


 プリーナに会いに行くんだ。こんなところで邪魔されてたまるか。


 壁の内から爆発音がとどろく。ぼくは強く前方を睨み、そびえ立つ巨大な石壁へと駆けだした。



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