3. 処刑台にて
2018/01/16 改稿しました
「イヤだ! ヤだぁ! 離せよ!」
夜闇の染み込む廃墟の町。その全てに響くほどの大きな声で泣き喚く。三人がかりで動きを封じられたぼくには、それくらいしかできることがなかった。
「バードさん、こいつ本当に魔族なんですか? 子どもみたいに泣きじゃくっちゃって。なんか悪いことしてるみたいですよ」
「臭い芝居に乗せられるな。見りゃ分かるだろ、この長い耳といい血の気のねえ肌といい。さっき付けてやった傷だって消えちまってる」
平野にまばらに建った家々からはやや離れた町の中心――処刑台でぼくを磔にしながら、兵士たちは言葉を交わす。また魔族かとか長い耳ってなんだとか、細かいことを考える余裕はなかった。死にたくない、殺さないで。そんなことしか頭にはない。
台の上に建てられた棒に背を当てられ、後ろ手を回した体勢で縄を巻かれる。ギチギチと音が鳴るほど強く縛られて、息を吸うのも難しくなる。それでもぼくは喚き続けた。
バードと若い兵士が処刑台を降りていく。けど、何故か一人だけ――ずっと黙っていた痩身の兵士だけ前でしゃがんだまま動こうとしない。
その口の中でギリギリと音が立った。
目のあたりにいきなり衝撃が走る。顔を殴られた。さらに髪を掴まれ、鼻に頭突きを喰らわされる。バキリと骨の砕けるような嫌な音がした。
「泣くのが上手いな。死んでった子どもの真似かい、悪党さんよ。人の気持ちも分からない化け物の分際で」
語調こそ淡々としているが、間近から突きつけられる視線には先ほどのバード以上に深い憎悪が滲んでいた。ギラギラと光る眼を大きく剥くと、さらに一撃拳を見舞って、処刑台を降りていく。
台の上にはぼくだけが残された。
そこは広場だった。半壊した家々から少し離れた、岩肌の広場の上。そこにぽつんと設置された台が、化け物を殺すための舞台らしい。
満月と言えど夜は暗い。周りの全てが遠く見えて、恐怖心が一層高まる。
そこに、声が降りた。
「誇り高きマリターニュの領主、ロワーフ・ワマーニュの名のもと――その娘、プリーナ・ワマーニュが命じます」
台へ続く階段を、金髪の少女が上がってくる。無骨なマントをわずかに揺らし、こぼれる砂のようにさらさらと呟く。
「我らが同胞を辱め、命を弄んだその罪……今ここで燃やし尽くし、懺悔の念をもって朽ち果てなさい」
そこに感情は伴わず、ただ美しい音色のみがあった。
台が赤い光を放つ。正確には、彫り込まれた円状の模様が輝いていた。
ふいに少女がうっとりと息を漏らす。
「槍や剣では魔族を殺せない。けれど、魔術ならば別でしょう?」
少女の足はぎりぎり円の上には立っていない。これが何を意味するか、本能が理解する。
円の上から逃れなければ――ぼくは死ぬ!
腕を揺らす。腰を捻る。縄はびくともしない。光は眩さを増していく。
「ヤだ! ヤだぁ! 助けて! 誰か、誰かぁ!」
少女も兵士も応えない。他の人の気配もない。それでもぼくは叫んだ。半ば正気を失い、狂ったように助けを乞い続ける。
けれど手は差し伸べられず、円の光は瞳を焦がすほどまでになり。
今まさに、円から炎が噴き出す。叫びは虚しく空に響き、風に消える。
はずだった。
応えるように、雷が落ちた。
それは一直線に台へぶつかり、炎もろとも灰に変える。プリーナは衝撃で弾き飛ばされ、三度も跳ねて、十メートル以上も先へ転がった。
けれどぼくに怪我はなく、縄だけが塵と消えていた。
「どうしたんですう? らしくもありませんねえ」
甘い感じのする、おっとりとした女性の声。
その胸元は大胆なまでに開かれ、長い髪はしっとりと艶やか。紫のドレス姿は優雅というより性的で、むせ返るほどの色気を漂わせる。
「このメニィが来たからにはぁ、お坊ちゃまには指一本触れさせませんよお」
気づくと隣に、豊満で妖艶な、耳の長い女性が立っていた。