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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
一. 消えぬ幻の章
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13. 幻に叫ぶ

2019/01/22 改稿しました

「サ、サーネル様ぁっ? な、なん……!」


 押し潰して殺した。


「――あ、べ? 首、が……?」


 頭を砕いて殺した。


「いっ、いでぇ! いでぇよお! やめでえ! やめでぐでよお!」


 切り刻んで殺した。


 殺して、殺して、殺した。


「なんでっ、なんでこんなことするんだよお!」


「――悪いな」


 そしてまた一つ。手を伸ばして命を砕く。


 耳に断末魔の叫びがこびりついた。


 死体が六つ。本当に動かなくなったか確かめるべく、一つ一つ丁寧に剣で刺していく。だいぶ切れ味が落ちていた。


 六体殺すのにかかったのはわずか一分足らず。けれど息が上がっていた。長時間全力で走れる体なのに。


 非難の目、もがき苦しむ顔、耳をつんざく叫び。死にゆく相手の動きの全てが脳裏に焼き付いている。思わず耳をふさぎそうになったけど、無駄なのは分かっていた。


 畑で鍬を持たされた痩せこけた人々は、ひどく虚ろな目をこちらへ向けている。ここはあの巨大な団子みたいな魔族、ボンが管理する村と同じ支配をしていたようだ。作物の育たない土をボロボロの体で耕し続ける徒労の地獄である。


 不思議はない。ここは既にマリターニュの領地だった。ぼくがこの世界に来て初めて出会った少女、プリーナ・ワマーニュの父が領主を務める土地だ。ここは同時にコンズの部下たちが散らばる場所でもあったらしい。


「プリーナ、か……」


 名を聞けばすぐに思い浮かぶ。繊細な金の髪の少女。冒険小説にでも出てきそうなくらい凛とした、領主の娘らしい気品ある顔立ち。ゆるく結ばれた二束のお下げが揺れる。


 ぼくは死体の服で血の付いた剣を拭って、力なく笑った。


 今はあまり、会いたくない。


「……う」


 また吐き気が戻ってきた。口元に手を当て、早々にその場を立ち去る。


 声が聞こえる。悲痛な叫びだ。頭が弾ける様が見える。飛び出す中身の一つ一つが鮮明に蘇った。


 今度は川までもたどり着けず、森の中でひざをついて激しくえずく。胃を直接引き絞られたみたいに痙攣して、ぜぇぜぇと息を吐いた。


 ――いだい! いでえっ! いでえよお!


 一際大きな声がする。一番長く、たくさん痛めつけた魔族だ。わざとそうしたわけじゃない。頭を握って破砕するには背が高すぎたから、首を跳ねられる状況に持っていくため体を切り刻むしかなかっただけだ。


 剣を持っていることも忘れ耳をふさぐ。泣かないで。叫ばないで。


 ――いだい! いだい! やめでえっ、やめでぐれえっ!


 頭を振り乱す。幻聴を振り払いたくて、弾かれたように走り出した。


 次だ。次の村へ行こう。立ち止まってなんてやるもんか。お前たちがやっていることを考えろ。お前たちなんか、苦しんで死んで当然なんだ。


 頭に血が上るのを自覚しながら、気持ちが膨らむのを止められない。目を剥き、意味もなく雄叫びを上げた。


 待たせはしない。すぐにだって殺してやる。


 今はこんなでもいい。自分の情けなさなんて百も承知だ。いずれ世界を救った時には、きっと誇れる自分になっているはずだから。


 世界を救えば認められる。自分を許せる時が来る。しつこいくらいに言い聞かせ、ぼくは全力で駆け続けた。




          *




 一つ、二つ。集落を見つけては血を散らしていく。


 一つの集落を救い終えると、ぼくは決まって嘔吐した。やっぱり何も出ないから、本当に吐いているわけじゃないんだけど。


 そんなことを繰り返すうち、次第に頭がぼんやりとしてきて、手と剣が勝手に動くようになっていた。耳にこびりつくような泣き声に顔を歪めてしまっても、手だけはしっかり頭を砕き、恐怖で気の狂った顔を見せつけられても、剣は迷わず相手の急所を狙った。


 疲れて何も考えられなくなっても、何故だか口は動いてくれた。サーネルとしての喋り方が身についてきたのか、しっかり演じて敵の懐まで近づける。無理をしている気もしたけど、休もうなんて気にもなれなくて、ひたすら人里を回り続けた。


「いっ、ぎぃぃっ!」


 六つ目の集落で、最後の魔族から剣を抜く。ひざをついた熊の獣人を伸ばした腕で殴り飛ばし、倒れたところで頭を握る。


「か、勘弁してくださいっ。死に……死にだぐない!」


 耳は傾けない。無言で破砕する。


 これで何体目だろう。二十くらいか。正確な数なんて考えたくない。


 立ちくらみがする。魔力もずいぶん使った。まだ底を尽きてはいないようだけど、さすがにそろそろ限界かもしれない。


 村人たちがぼくを見ている。捕まって間もないのか、幸い彼らは目立つ傷を負っていないようだった。だからこそか、目の前で為された所業に青ざめ、がくがくと震えている。


 安心して。そう言おうと顔を向けると、ひっ、と声を上げて人々は退く。尻もちをつく者まであった。




「……こ、来ないで」




 小さな女の子が、いった。


 足が止まる。


「来るなぁ! 近づくなぁ!」


 子どもの声を皮切りに、武器を構える者、石を投げる者が出る。額に当たり、肩に当たった。今さらこんなの痛くもない。だけど、後退せずにはいられない。


「……な、なんで」


「あっちへ行けよ! 化け物!」


 ――化け物?


 驚いて、それから笑う。そりゃそうだ。躊躇ためらいもなく血をまき散らす様を見たら、誰だって怖いに決まっている。


 まだぼくは世界を救っていない。彼らの味方であることを示せていない。これは、そう。仕方のないこと。


 ゆっくりときびすを返し、走り出す。まるで逃げ出すみたいに。


 怯えさせてしまった。端っこの方で泣いている子もいた。そんなつもりじゃなかったのに。これじゃ、まるでこっちが悪役だ。


 ……けど、世界を救えば別だよね。


 胸の奥が詰まるみたいに苦しくて、重たくて。それでもまだ、この言葉のおかげで体だけは動いてくれる。


 森の中に駆け込んだ。剣だけは手放さないで、でたらめに走った。


 ――死にたくない!


 ――いでえよお!


 ――やめてえっ!


 幻聴がする。前より声がはっきりとしてきた気がして、少し怖くなった。


「ああああああああ! 黙れ! 黙れェ!」


 ひび割れるような声で喚く。そんな声が自分の喉から吐き出されることにぞっとして、恐怖を払い飛ばすためにまた獣のような叫びを上げる。


 ふいに足がずるりと滑った。


「!」


 罠にでもかけられたみたいに足場が欠けて、ゴロゴロと道から転がり落ちる。暗い森を考えなしに駆けたせいだろう、急な坂があるのに気づけなかった。


 ぐったりと腕を投げだす。剣はどこかへ行ってしまった。


 何やってるんだろう、ぼく。


 けど、世界を救えば……世界さえ救えば。


 頭が痛い。もうぐちゃぐちゃだ。何も考えられない。


 まぶたを閉じる。この暗さじゃ開けても閉じても一緒だな、なんてくだらないことを思いながら、ぼくは静かに意識を手放した。




          *




 夜明けの森に、落ち葉を踏む軽い音が響く。


 慣れた足取りで道なき道を行き、フードで覆った顔から白い息を吐き出す。


 その影が、一瞬歩みを止める。次に踏み出された足は、落ち葉の上に下ろされながらも決して音を立てない。


 静かに、静かに影が進む。息を忍ばせ、獲物を狩らんとするかのごとく。


 その先にまた一つ影がある。こちらは歩いてはおらず、土の上で無防備に転がっている。


 返り血まみれの少年だった。離れた場所には折れた剣が放り出されていて、堂々と血の臭いを漂わせる。


 血にまみれた肌は死者のように青白い。耳は長くピンと立って、髪は真っ白だ。疑いようもない、魔族の風貌。


 理知的で男らしい顔立ちだけれど、表情は小さな子どもみたいに弱々しく、頼りなかった。


 影は手を伸ばす。少年の頬に優しく触れる。


 フードから二束のお下げがこぼれる。その髪は、さらさらと繊細な金色をしていた。


 少女は目を伏せ、少年の髪をそっと撫でる。慈愛を込めて。胸の苦しみを溶かそうとするように。


「あなたも、剣をったのね」


 その呟きはひどく小さくて、彼がもし起きていたとしても聞き取れるものではなかっただろう。ただその声が帯びる憂いだけが、言葉を伴わず風に流れた。


 眠る少年を懸命に背負い、少女――プリーナ・ワマーニュが立つ。


「でも、あなたは休み方を知らなくてはいけないわ。こんなところで眠るなんて、大切なお友達として見過ごせません」


 冗談めかすようにそう言うと、少女はお下げを揺らし、くすりと笑った。



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