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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
一. 消えぬ幻の章
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11. 幻の始まり

2019/1/13 大幅改稿しました

 ぽたぽたと血の垂れる音がする。


 ぼくは魔王城の中を再び見て回っていた。聞き込み調査のためである。ガラードやコンズの行き先を知る者が誰か一人はいるかもしれないと思ったからだ。


 魔王の居場所を突き止めるため――唯一の連絡役であるバンリネルと繋がりのある二人を見つけ出すためのささやかな努力。今はこれくらいしかできることがないのだった。


 けどダメだ。手がかりが全然見つからない。やはりこちらから二人のいる場所を探すというのは難しいのだろうか。そもそもあの二人がきちんと行き先を決めてから城を後にしたかも分からないのだ。聞き込み自体意味があるのかはっきりとは言えなかった。


 我ながら呆れた話だ。現状の手探り調査に自分でため息をついていると。


「あぁ、これは痛いですねぇ」


 いま歩いている廊下の少し先、ドアの蹴破られた部屋の中から楽しげな声が響いてきた。


 覗いてみるとそこは、大きな木箱が大量に並んだ物置だった。その端のほうに、鉄製の椅子に座り談笑するメニィの姿。相手は――。


 ぼくは口元を手で押さえ、覗いた顔を引っ込める。白い羽を生やした青年の魔族、ユニムが火のついた松明を手にしていた。


 彼はおそらくぼくがサーネルでないと気づいている。魔族の中でもとりわけ近づきたくない相手だった。


「見物なのはここからです」


 恐る恐る、こっそりと中を覗く。何を……?


 そこでぼくは、メニィの座る椅子にたくさんの針が生えていることに気づいた。拷問器具だ。そういえば、そんな代物の詰め込まれた部屋があった。


 ユニムは鉄の椅子に火を近づける。そんなことをすればメニィの体が……。


「なるほどぉ。人間も意外と面白いものを作るんですねえ。ずいぶんと生ぬるいような気はしますけれどぉ」


「まともな証言を得るには加減が必要ですので。すぐに喋れなくなってしまっては困る、ということでしょう」


「そういうものですかぁ。なんだか風情がないですねぇ」


 被害に遭っているはずの当人は余裕の笑顔だ。自分の体で器具の性能を試しているのだろうか。確かに経験として魔族の感じる痛みは人より多少弱まってはいるけど、それにしたって。


 メニィは自身をサーネルの世話係と称したけど、別に四六時中顔を合わせているわけじゃない。こうして他の魔族と談笑に花を咲かせる姿もよく見かけた。けど大抵その内容は面白いものじゃない。魔族の娯楽は人々を甚振ることにあり、となれば話題もそれに近いものになるのだ。


 彼女は自身を椅子に締め付けていたベルトを引きちぎり腰を上げる。胸元を大胆に開いたいつものドレスは、針に刺されたせいでボロボロだった。まあ、本人も気にしていない様子だし、ここは黙って立ち去るとしよう。


「ところで最近うわさになっていますが」


 足を止める。ユニムの声色が変わった。


 うわさ……? ぼくのこと、だったり?


「例の人間のことですぅ?」


「ええ」


 ほっと胸を撫で下ろす。また別の話らしい。


「確か、最近なぜか次々にこちらの拠点が破られているんでしたよねえ?」


「はい。支配下に置いた村や町でも大変な被害が出ているという話です。実は私の部下もやられていましてね。敵の戦力を集めさせないよう管理していた島や敵の動向を探るために隠しておいた拠点が、全て滅茶苦茶に。参りましたよ」


「どうですぅ? 本当に一人の仕業みたいでしたぁ?」


「……一人の?」


 つい呟いてしまう。ぼくは息をひそめ聞き耳を立てた。


「私の見る限りは」


「ユニムがそう言うのでしたら間違いないんでしょうねぇ。手口はどうだったんですぅ?」


「うわさの通りでした。全て全く同じ、居合わせた魔族が全員真っ二つに斬られていて、それだけで絶命していました。一体どのような魔術を使ったのか……人間の姿までは確認できませんでしたが、相当な脅威であることには間違いありません」


 その声から、ユニムが本気で頭を悩ませるのが伝わってきた。意外な展開だ。


 人間にもそんなに強い者がいたなんて。今まで見てきた光景から、もう人々は支配を待つばかりの状況なのではと思い込んでいた。


 何とも興味深い。会ってみたいとすら思った。魔族なんかが行ったらそれこそ二つに斬られてしまいそうだけども。


 しかし、なるほど。村々を渡り歩いては人々を救う戦士……か。


 本当に一人で世界を救ってくれるんじゃないだろうか。


 ぼくなんか、いなくても。


 ――なんて、考えないわけでもないけれど。


 だからこそ。そんな勇敢な人が死ぬところを、ぼくはもう見たくない。勇敢に戦う人の背中を、ただ見ているなんてもうイヤだ。


 象徴みたいなポニーテールが、目の奥で揺れるから。


 その人間が魔族の数を減らしてくれるなら、ぼくは頭である魔王を叩く。魔王だけ倒したとして強力な魔族たちが残ったらどうしようと不安には思っていた。そういうことなら心配もいらない。魔王暗殺にますます意味が出てきたように思えた。


 そのためにはやっぱり、ガラードとコンズを引きずり出さなくちゃいけないのだけど。


「……そうだ」


 あることに気づき、ぼくははっと目を上げる。ゆっくりと歩き出し、彼らにばれないようその場を立ち去りながら、大胆すぎて呆れかえってしまいそうな作戦を思いついていた。


 ユニムはうわさの人間に部下をやられ、管理者として大きな打撃を受けた。そこで彼はどうしたか? 状況を確かめるため調査に向かったのだ。


 ユニムに部下がいるのだから、ガラードやコンズだって同じはず。それなら。


「あの二人の部下たちを殺せば――様子を見に来る、かな?」


 十分にあり得る話だった。一体や二体ではダメだろうけど、何十体も部下を始末されればさすがにのんびり大陸を回っている気分にもなれなくなるはずだ。それ以上の痛手を阻止すべく姿を現すに違いない。


 あまりに馬鹿げた作戦だ。命の危険も大きすぎる。けど……何をどうすればガラードたちに会えるのか考えあぐねていた今の状況、刻一刻と最後の戦が迫る現状において、その乱暴すぎる策が魅力的なものに思えてしまった。


 ぼくは今魔王の息子。彼らの部下がどの土地に散っているか調べるくらい造作もないし、多くの魔族を殺せるだけの力も持っている。それに――今もなお苦しめられている人がいて、命を弄ばれる人がいて。それを直接救えるのなら、剣を執るには十分な理由じゃないか。


 もし裏切りがばれたら。そう考えると足がすくむ。体中に風穴を空けられたときの記憶が蘇る。ちょっと脅かされたくらいで怖気づくところは、もうちょっと時間をかけなきゃ治らないらしい。


 それでもぼくには、まだわずかながら希望がある。


 最初から簡単だなんて思っていない。命を懸ける覚悟だってあった。


 世界が支配し尽されるのは時間の問題。そんな世界を放り出して逃げ帰れば、それこそ自己嫌悪で死に追いやられるだけだ。そもそも元の世界に戻れる保証もなかった。


 だったらやるべきことは決まっている。大陸に散る魔族たちを殺して回り、ガラードたちを引きずり出す。バンリネルという魔族を介して魔王の居場所を突き止め、その首をもらい受ける。ぼくにできる唯一の方法で人々を、世界を救うんだ。


 明日には出立しよう。ガラードたちの部下について調べたら、すぐにでも飛び出そう。決意が鈍ってしまわないように。


 固い意志を胸に、密かに拳を握りしめる。


 ――消えぬ幻の始まりは、すぐ目前まで迫っていた。



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