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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
一. 消えぬ幻の章
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10. バンリネルという魔族

2019/1/13 大幅改稿しました

 息を殺す。足音を極力立てないよう注意しながら、下り坂の深い穴を延々と進む。


 数人程度なら並んで歩ける洞窟のようなその坂は、魔王城の地下へ続く出入り口だった。親切なことにおよそ等間隔で灯りがかけられている。おかげで暗すぎることはない。蛇のようにうねっているのは相変わらずだけど。


 ガラードたちの襲撃から二日が経ち、疲弊した体も完全に癒え、魔術もまた使えるようになった。ひとまず襲われることはなくなったし、サーネルらしい振る舞いにも少しは慣れてきている。だからぼくは改めて訓練を行った。もちろん、サーネルの魔術を使いこなすための訓練だ。


 教えてくれたのはメニィだ。彼女と無事再会したときは思わず笑みがこぼれてしまうくらい激しく心配されたけど、一日もすればそれも落ち着き、尋ねれば丁寧すぎるくらい優しく教授してくれた。


 そこで聞かせてもらった魔術はいくつかあるけれど、残念ながら全部を使えるわけじゃない。けど、たった一つ。一つだけは、使うことができるようになった。そしてそれは。




「暗殺」を成功させるには十分すぎるくらい強力な魔術だった。




 穴の中を下っていく。そう、ぼくは――今から魔王を始末する。


 二日前、ぼくは魔族を敵に回すことの危険さを嫌というほど味わった。裏切りがばれたら殺される。いやそれどころじゃ済まされない。身の毛もよだつほどの恐怖を全身の隅々にまで植え付けられた。


 だからこそ、今ぼくはここにいる。


 裏切るなら早いうちがいい。この城に長居してはいけない。慎重に敵の様子を窺っている余裕はなかった。悠長に構えていたらボロが出てしまうから。


 何故ならあの羽の生えた赤い髪の魔族、ユニムの目がある。彼はおそらく気づいていた。ぼくが本当のサーネルではないことに。魔王の言葉をもってしても、彼の疑念は払えなかった。


 裏切りの意思に勘付かれる前に。ぼくが偽者だと再び露見する前に。早く決着をつけないと、今度こそ殺される。


 もちろんそんな恐怖のためだけに焦っているわけじゃない。元々ここへは魔王暗殺のためだけにやって来たのだ。サーネルであれば城を簡単に抜け出せること、そして暗殺の機会があることを確かめられた以上、どれだけ相手が強大でも手をこまねく理由なんてなかった。少し前は殺す手段が足りなかったけど、ぼくには今、サーネルの強力すぎる魔術がある。


 いくら魔王だって、自分が命を助けたばかりの相手から命を狙われるなんて考えてもいないはず。それにメニィからちゃんと、「魔王も眠る」という事実を確かめてある。規格外の怪物であっても魔族は魔族。生きているのなら休息は必要で、そこには大抵隙が生じる。同じ魔族の力をもってすれば、暗殺が通じない道理はない。


 空洞に出た。メニィから聞かされていた魔王の部屋。ブラムス・デンテラージュが座りながらにして眠る場所。


 天井が――反対側の壁が見えなかった。暗いというのももちろんあるけれど、何より広い。集会場と言われるだけのことはあった。巨大なドーム状の空間があり、その中心にピラミッドにも似た大きな四角錐が配置されている。一番上に玉座があるんだろうけど……暗くてよく見えない。


 正直もっと重々しい空気を想像していた。魔王が纏っていたような黒い濃霧が部屋中に立ち込め、息を吸うのも一苦労するような――けど実際にはちょっと寒くて殺風景なだけの、単なる空洞に過ぎなかった。


 とは言っても魔王を相手取ることに変わりはない。油断なんてできようはずもなかった。


 ひとまず裏側に回り込んだ。それから階段状の四角錐に足をかける。一段一段、音を立てず慎重に上る。


 心臓がばくばくと鳴る。掌に汗が滲む。


 これで――世界を救える。


 けれど、その途中でぼくの足は止まっていた。


「……なんで」


 思わずつぶやく。周囲を見回す。もう一度前方を睨む。でも、無意味だった。


 魔王の姿がない。ピラミッドの頂上のどこにも、あの巨人の姿が見当たらなかった。


 この場には誰もいない玉座が仰々しく置かれたのみ。他の魔族がいる気配すらない。あまりの肩透かしに崩れ落ちそうになる。


 はっと背後へ振り向く。まさか、気づかれて……?


「…………」


 誰かが襲ってくる気配も、なし。


 外出しているのだろうか。魔王は戦争以外では滅多に外に出ないと聞いていたから、まずいるものだと思っていたのに。


 完全な調査不足だ。警備の薄さは確かめた。地下への静かな入り方も考えておいた。けど肝心の対象がいないのでは話にならない。まあ、致命的な失敗というわけでもないのだから、とりあえず何もなかったかのように帰ればいいだろう。


 けど、あふれ出るため息だけはどうにも止められなかった。


 こうして、一度目の魔王暗殺計画は不発に終わった。




          *




「魔王様れふかぁ? おひろにはいらっひゃいまへんよぉ?」


 ピンと張った長い耳がぴくぴくと動く。串に刺した肉をバリボリと噛み砕きながらメニィはいった。


 暗殺計画の不発から一夜が明けた。なんと今、魔王城には朝が訪れている。だからメニィに聞かずとも城内にいないことだけは察しがついた。


 五つの長テーブルが並べられただけの簡素な食堂でぼくたちは食事を摂っていた。周りでは獣人や芋虫のような魔族が木の皿に盛られた謎のゼリーに貪りついている。ぼくらは肉を頼んだ。出てきたのは全部串焼き、もとい剣で刺しているから剣焼き。戦いでは使い物にならないくらい古くなったものだから問題ないらしい。


「今はどこに?」


 メニィはぼくが魔王暗殺を企てようとしているなどとはつゆ知らず、まあ気になりますよねえと言った具合に頷く。


 ただしすぐには教えてくれなかった。周囲を気にするように視線を動かし、そそくさと串焼きを食べきってしまう。ぼくも急いだ。


 それにしても肉が硬い。けど美味しい。岩のような皮を噛み砕いた瞬間、火で油が爆ぜるように旨味たっぷりの肉汁が弾ける。癖になりそうだった。


 全部の肉を飲み込み、ぼくたちは食堂を後にする。廊下で話してくれるかと思ったけど、どうやらこれは魔族の誰もが心得ている話らしい。そんな話を丁寧に教えられていたら不自然だからと、人気のない場所――サーネルの部屋に向かうこととなった。


 二人で部屋に入り、他者の気配がないことを確かめると、メニィはまず先に重要な事実を教えてくれた。


「言っておきますとですねえ、魔王様にはお会いできません」


「……へ?」


 ぼくはぽかんとしつつ謎の『皮』に腰かける。今日もまた豪快に蹴破られたドアの、すぐ傍に立つメニィをぱちくりと見つめた。


「会えないって、なんで?」


「そもそも魔王様は、普段お姿をお見せにならないんですぅ。戦争の直前か直後、お会いできる機会があるとすればそこだけですねぇ。お坊ちゃまはとぉっても運が良かったんですよぉ」


 ――そんな馬鹿な。


 次の戦争って、そんなの。人々が危険に晒されるぎりぎりまで待っていなくちゃいけないっていうのか?


「ち、ちなみに……次に会えるとしたら、いつくらい?」


「うーん、そうですねえ。その辺りは推測が難しいのですけれど……ああ、ワタクシうっかりしてましたぁ。そういえばお坊ちゃまは、魔王様の支配が世界のどこまでに及んでいるかご存じないのでしたねえ」


 明り取りのごく小さな窓が一つのみのこの部屋は、日の光が闇に隠されていなくても暗い。ランプの暖かな光に照らされたメニィは、にたぁ……と笑みを浮かべた。久しぶりに見る粘着質な笑みだった。


 メニィは簡単に、世界の基本的なことについて語ってくれた。


 基礎として果てなく広がる海があり、そこに七つの大陸が浮いている――この辺りはぼくのいた世界によく似ている。森林、火山、湖、平原といった様々な景色も、頭にすぐ思い浮かべられるくらいには馴染んだものだ。


 ちなみに現在、魔族と人間の他に特別力を持った存在はないらしい。魔獣とか竜みたいな言葉の通じない怪物はいないということだ。ずいぶん昔にはそういった獣もいたみたいだけど、絶滅してしまったということだった。


 それから人の世界について。彼らは元々、大小はあれ二百を優に超える国々を持っていたようだ。その多くが魔王自らの手によって滅ぼされ、あるいは支配下に置かれた。完全に無傷と言えるような国はもはや一つも残っていない。


 ただ幸い、今もなお抵抗を続ける国々はあるらしかった。完全な支配下に墜ちた六つの大陸とは一線を画す、人類最大の戦力を誇る一つの大陸。そこには人間側である魔術師や戦士が、打倒魔王を目指して世界中から集められていた。


 人間側の最後の抵抗を前に、魔族も手をこまねいているらしい。三日前に終わった戦は、前回からおよそ四十日を空けてのものだったそうだ。


「寄せ集めの傭兵たちと思いきや、これがなかなかの一枚岩なんですう。自分たちの生死がかかっているわけですからぁ、それも当然なんですかねえ」


 ――ただし。




「次に戦争が始まれば――それで世界は魔王様のものになりますけどねえ」




 自分の目がゆっくりと見開かれていく感覚を、ぼくは唾を飲み込みながら味わった。


 メニィはその反応に粘着質な笑みを深め、先を続ける。


「人間に残された国はあと八つですぅ。最近では魔王様が動くたび、三つほどの国を潰す形で戦が進んでおりましたぁ。ですが人間側も必死なんですねえ。国同士がお互いを守ろうと、戦力と民をより近い土地に集めようとしているんですぅ。ですからぁ、ワタクシたちは次、八つの国を一度に相手取ることになるんですよぉ」


 メニィの言いたいことは分かった。だから……次の戦争がいつになるかは、彼女にも推測ができないのだと。


 でも、次で最後だと言うのなら、それまで待っているなんて尚更できるわけがなかった。


 それにそこまで世界が追いつめられているのなら。


 やっぱり魔王の近くにいるぼくが、彼を打ち倒し、世界を救わなくちゃいけない。


「……どうしても」


 ぼくは真剣さを込めた声で問う。


「どうしても、父上には会えぬのか」


 メニィは少し戸惑ったようにぼくを見返す。食い下がってくるとは思っていなかったのだろう。


「そうですねえ。絶対に会えない、ということはありませんけどぉ」


「会えるのっ?」


「難しい、とは思いますけどねえ」


 やけに言葉を濁す。事情が分からず視線で問いかけ続けると、何故かメニィはぼくの隣に腰かけた。


「魔王様は普段、ワタクシたちでも知らない場所でお体を休めているんですぅ。その場所は以前のお坊ちゃまですら知りません」


 サーネルでも……用心深いということなのだろうか。あの魔王が暗殺を恐れるようには見えないけれど。


「とはいえ、何かあった時絶対にお会いできないというのでは困りますからぁ。たった一人、魔王様に直接つながりを持った方がおりますぅ。そのお方の名は『バンリネル』。実はワタクシ、一度もお会いしたことがないものでぇ、どんな方かは全然知らないんですけどぉ」


 バンリネル――唯一魔王といつでも会うことを許されている魔族、か。


「じゃあそのバンリネルに頼めば」


「それがですねぇ」


 メニィは遮り、困ったように眉を下げた。


「バンリネル様とお会いできる方も非常ぉぉぉ……に、限られていましてぇ。ガラード様とコンズ様しか、今のところは許可されていないんですぅ。そのお二人も今、所有されている複数の大陸の管理がありますのでぇ、次にお話しできるのはいつになるか……。自由な方々ですからぁ、見回りなどが終わっても滅多なことではこちらに帰ってきませんしぃ」


 ぼくは口を開けてぽかんとする。


 えっと……つまり?


 魔王と会うにはまずバンリネルに会わなければならず、バンリネルと会うにはガラードかコンズに頼み込むしかなく、彼らを探すには大陸中――しかも複数――を探し回る必要がある、と。


「大陸って、大きいんだよね?」


「ええ、とぉぉぉぉっても!」


 そんな嬉しそうに言わないで。


 ぼくは頭を抱えた。遠い、道のりが遠すぎる。そもそも魔王を見つけられないんじゃ話にならないじゃないか。せめて時間の制限がなければ……。まだ何十日かは先になると見越しても、次の戦争が始まってしまったら世界の支配が完了してしまうかもしれないのだ。たったそれだけの時間で、いくつもの大陸を虱潰しに探しまわるなんてできるはずもない。


「どうにか二人を呼ぶ方法はないの?」


「どちらにいらっしゃるかも分からないのでぇ」


 話が違う! 何かあってもほぼ絶対に呼べないじゃないか!


 半ば泣きそうになっていた。こんなことで希望が潰えてしまうなんて。


 けど、メニィの話は終わっていなかったようだ。


「ただ……可能性がないわけでもありません」


 耳を立て、ぼくはがばっとメニィへ振り向く。


「何かあるの?」


「えぇ。バンリネル様にお会いする権利を、お坊ちゃまなら得られるかもしれませんからぁ」


「どうやって!」


 ぼくは立ち上がっていた。もうなりふり構っていられない。方法があるのなら、何としてでも魔王に会わないと。


「どう、と言いますかぁ……これはもしもの話ですのでぇ」


 そう前置きしてから、彼女は答えた。


「今の連絡役が死ぬようなことがあれば、次に強いと目されるお坊ちゃまやユニムに権利が移る……かもしれない、ということですぅ」


 連絡役――バンリネルとの、だろうか。ということは、ガラードとコンズ?


 でも、あの二人がそう簡単に死ぬとは思えない。人間に負けるなんてことはまずないだろうし。


 ……いや、違う。


 ぼくは小さく喉を動かす。


 待つんじゃない。こちらから殺しに行けば。


 そこまで考えてまた行き詰まった。そもそも二人と会えないのだから殺すも何もない。これは――そう、もし仮に二人に会えて、何かの理由でバンリネルと会わせてもらえなかったら、なんて時の最終手段だろう。


 大体、あの化け物みたいに強い二人に勝つなんて――いや、騙し討ちとはいえ魔王を殺しに行くのだ。あの二人も始末できないくらいじゃ話にならないだろうか。でもガラードはサーネルを死の寸前まで追い詰めた強敵で……。


 どちらにしても会えないのだから、いくら考えても無駄なんだけども。


 ぼくは謎の皮に座り、ため息をついた。


「待つしかないってことだね」


「すみません、お役に立てなくてぇ」


「いや……」


 少し落ち込んでしまったメニィに慌てて手を振る。ピンと張った長い耳が心なしか垂れて見えた。


 顎に人差し指の関節を当てる。待つとは言ったものの、どうにも諦めが付かない。


 ガラードかコンズに会いさえすれば魔王に近づけるかもしれないのだ。そこまで分かっていて本当に何もできないのだろうか。


 何か――二人を引きずり出すための方法、抜け道があるはずだ。二人が死ねばバンリネルに会える……それと同じような類の抜け道が。


 例えばそう、何か、大きな事件でも起こせば……。


 今度こそ魔王に近づき寝首を掻くため、ぼくはメニィの隣に座ったまま、うんうんと頭を悩ませ続けた。



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