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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
終. 世界を手放す章
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5. 世界を手放す

 首都ネアリーで来訪者を知らせるかねが打ち鳴らされたのは、空が赤く染まり日が沈む直前のことだった。


 夕日はつい見惚れるほど穏やかで、未だ夜闇に塗りつぶされる気配はない。それはすなわち、来訪者が魔王でないことを示していた。


 ネアリーを包む大結界の内側、広大な草原に多くの人々が集まる。


「まあ! こんなにたくさん!」


 プリーナは手で口を覆う。人間には魔族と違いまともに戦えないような者も多い。今この場には戦争に参加した本隊の者たちよりもさらに巨大な集団が集まっていた。


 魔王と戦っている者がいるらしい。その噂だけが人々の間に広まり、最後の希望として人々を勇気づけていた。


「前に行きましょう。これじゃラージュを迎えられないわ」


「そうだな。オレたちを追い払った文句を言ってやらないと気が済まない」


 宝剣を振り上げ、プリーナは空間に穴をあける。いっしょにいたミィチも頷いた。


「ま、それが終わったらキスの一つでもしてやれよな」


「なっ、何を言っているの!」


 確定したことのように言うけれど、まだラージュが来てくれると知らされたわけではない。二人は軽口を叩きながらも緊張の色を隠せていなかった。


 仲間の帰りを祈りながら集団の前に出る。


 プリーナたちだけではない。この場に集まった全員が祈っていた。どうか魔王に打ち勝ってきてくれと。みなわらにもすがる思いなのだ。


「来たぞ」


 誰ともない声ののち地平線に影が現れる。近づくにつれそれは二人であると分かった。大きな男が魔族の少年を抱えている。マイスとラージュに違いなかった。


「おお、あれが」


「まさか本当に魔王を?」


 期待と恐れの入り混じった呟きが聞こえる。プリーナとミィチだけはほっと胸をなでおろしていた。


「ラージュ。帰ってきてくれたのね」


「……やっぱ文句はなしにしといてやるか」


 今からでも駆けだしたい気持ちを抑え、彼らが近づいてくるのを待つ。


 コードガンが集団の前に進み出て大結界に穴をあけた。彼女は両脚を失いながらも、結界を使い宙に浮き上がることで不自由なく動いていた。


 ラージュを抱えたマイスが大結界の中に入る。


 ラージュが念力で浮かびマイスから離れると、全身に負った大やけどに人々は息を飲んだ。


「あれで……生きとるのかね?」


「あの火傷、間違いない。魔王の炎に」


「じゃあ、やっぱり彼が」


 人々もようやく確信する。彼こそが魔王と戦ってきた者なのだと。


 緊張のためかざわめいていた人々が静まり始める。彼らは知らなければならないのだ。魔王が討ち果たされたかどうかを。その答えによってはこの場に留まっているわけにはいかなくなる。永久の逃亡生活の始まりだ。


 ごくりと、唾を飲む音が聞こえてくるようだった。


「――あれ?」


 そんな中、一人の子どもが指を差す。




「なんか、耳、長くない?」




 どくん、とプリーナの心臓が跳ねた。


「本当だ。なんていうか」


「魔族……みたいだ」


 ぽつぽつと疑念の声が上がり始める。プリーナは思わず周囲を見回し、人の多さに改めて息を飲んだ。


 どうして警戒しなかったのだろう、どうして忘れていたのだろう。


 ラージュが今までどれだけ――。


「そういや、戦場じゃ暗くてはっきりとは見えなかったが」


「ああ。思い返すと戦場で見た時も、肌の色が何となくおかしかった」


 今はやけどのために肌の色はよく分からない。けれど、戦場での記憶を探られたら。


 いやそもそもこの場には、ラージュが魔族であると知っている者がいるではないか。


「……そういえば、魔王からサーネルと呼ばれていなかったか?」


「サーネル? サーネル・デンテラージュか!」


「いやちょっと待て。彼はそれを否定して」


「信じられるか! そうだこいつはサーネルだ! 魔王の息子、サーネル・デンテラージュなんだよ!」


 人々を今なお恐怖させている大魔王――その息子の名が出て、抑えようのない動揺が広がる。


「魔王の息子って、それじゃ……」


「に、逃げなきゃ」


「だめだ。間に合わない」


 ああ、またこうなるのか。プリーナは胸が重くなるのを感じた。


「――殺すんだ」


 その声が聞こえた瞬間、弾かれたように走り出す。


 ラージュを傷つけさせはしない。誰であろうと、たとえ女王であろうと。


 悲鳴が上がる。怒号が上がる。それらを突き抜けるように光をまとった矢が飛んだ。


 プリーナは宝剣を光らせる。あの程度なら炎の魔術で――。


 その時、光の矢が何かに弾かれた。


「……え?」


 薄く、黄色い膜のようなものが見える。これは。


「女王様っ?」


 矢を放った兵士が声を上げる。パニックになってた人々も動きを止めた。


 コードガンが結界を張り、ラージュを守ったのだ。


「何故」


「彼は人類の味方です。魔王の前に立ちふさがり、我々を逃がしてくれた方だ。彼に手出しするのであれば、このネアリー・コードガンが全力をもって迎え撃ちましょう」


「そうだよ!」


 声が響き、直後集団のそばに巨大な影が飛び出す。


 巨人化したシーベルだった。身振り手振りをしながら皆を説得する。


「戦場に行った皆は知ってるよね! ラージュっちが来てくれなかったら、ウチら全員殺されてたかもしれないんだよ! うぎゃー!」


「女王様、シーベル……」


 プリーナはほっと息をつき、ほおを緩ませる。


「そ、そうだ。信じられないかもしれないが」


「俺たちは確かに、助けられた」


「逃げてる時も魔王の炎が襲ってきて、それをあの人が庇ってくれたんだ」


「そうですぞ。私と一緒に庇ったのです」


 さりげなくソーンの主張が混ざりつつ、魔王と対峙した人々の証言が飛び交う。


 ざわめきが広がる。ネアリーで人々を守り続けた女王と戦争の準備に大きく貢献したシーベルが弁明してくれたおかげで、皆のラージュを見る目が変わっていく。


 さっぱりきれいにというわけにはいかないけれど、コードガンの迎撃発言もあってラージュを襲おうとする者は出なくなった。


「お分かりいただけて幸いです。いま問わねばならないのはそのようことではありません」


 場が落ち着くのを待ち、コードガンがラージュに向き直る。


「サーネル――いえ、ミナセ・ソラというのでしたね」


「……」


 ラージュは浮いたまま答えず、頷きもしない。彼のそんな反応は奇妙だった。


「喋れないのか……?」


 ミィチが呟く。そうなのかもしれない。


 あれだけの傷だ。魔術で飛ぶことはできても、体を動かすどころか口を開く力も残っていないのかもしれなかった。


「問うべきこと一つです。あの時あなたは魔王と対峙し、戦いを挑みました。そのあなたがここに来たということは、魔王は」


 女王はそこで言葉を区切る。その瞬間、周囲に無音が広がる。


「魔王は、倒されたのですね」


 それはここに集まった皆が聞きたいことだった。プリーナたち以外はそれを知るために待っていたのだから。


「…………」


 それにもラージュは答えない。意味ありげな沈黙に、人々の間に緊張が走る。


 マイスなら答えられるだろうか。そう思ったけれど、彼が口を開く気配はなかった。


「……あ」


 誰かが小さく声を漏らす。ラージュの指が微かに動いた。


 人々は彼の一挙手一投足を見逃すまいと固唾を飲む。その全身は黒く焦げ、手足の動きは痛々しいまでにぎこちない。けれど、切れ長の眼は力強く人々を見下ろした。




 ラージュはただ、拳を掲げる。それはまさしく勝利の宣言だった。




「――ぉ、おおおおおおおおおおお!」


 爆発的な歓声が上がり、人々の喜びが天を突き抜ける。


 魔王が死んだ。多くの大陸を支配し世界を恐怖させた魔王が、ついに打ち滅ぼされた。


 その偉業に対し人々は賞賛の言葉を贈らなかった。狂喜に打ち震え、言葉を捧げる余裕もないのだ。ある者は雄たけびを上げ、ある者は泣き出し、ある者は抱き合った。


 それこそがラージュにとっては何よりの贈り物だったのだろう。彼は焦げ付きひび割れた顔に安らかな笑みを浮かべ――ふらりと気を失った。




          *




 こうしてぼくは、女王自らの庇い立てにより人々との生活を認められた。


 ネアリーには大陸中どころか、マイスのようにはるか遠くの土地からも人々が集まっている。ミナセ・ソラの名はすぐにでも広まり、これまでのように人に襲われる心配は激減するだろう。


 魔王を倒したぼくのため式典を開きたいという話をコードガンから持ち掛けられたけど、それは辞退させてもらった。畏まった席が苦手というのもあったけど、何より今は早急に進めるべきことが山ほどある。


 人々には放棄した土地の復興という大切な仕事があるのだ。ぼくに手伝えるのは力仕事くらいだし、せめて彼らの邪魔をしないようにしたい。


 それに、感謝の気持ちなら既に目が回るほどもらっている。


「こんなにもらっちゃって良かったのかな」


 ずっしりと重たい袋を目の高さまで上げ、ぼくは呟く。


 袋の中には金貨がありったけ詰め込まれていた。大抵の国で使用できる一番価値の高い貨幣らしい。調べたわけじゃないけど、一枚でも一万円札とは比べちゃいけないくらいの額になりそうだ。


 ちょっと動かすだけで景気のいい音がする。こんな大金どうすれば……。


「ラージュは皆を救ったのよ。遠慮しなくていいと思うわ」


 コードガンから報奨金をもらったあと、ぼくはプリーナと二人で森の一本道を進んでいた。ネアリーの中心街を囲む森を抜け、外側の町に出ようとしている途中だ。


 ぼくたちを乗せる馬車を動かしている老人がちらちらとこちらを窺っているのが居心地悪い。


「ちなみにミィチやマイスは個別にもらっているから分ける必要はないわ。わたしもね」


「じゃあ、とりあえず魔力をくれたヘレナたちに渡そうかな。残りは……埋めよう」


「埋めてどうするの?」


「失くしたり落としたりしたら怖いし、隠しておこうかなと」


 こんな大金を持ち歩くなんて気が気でない。かといってせっかくの厚意を台無しにするのも気が引ける。それなら隠して貯金が一番だ。多分。


 プリーナがくすりと笑う。


「今のあなただけ見せられたら、あの魔王を倒したなんて信じられないと思うわ」


「うぐ……」


「魔王を?」


 馬車を動かしていた白髪の老人が振り返る。


「どうぇぇっ? ほ、本物っ?」


「えっと……多分」


 老人が固まる。これまでの経験のせいか、ちょっと嫌な予感がした。


 がたがたと馬車の揺れる音だけがしばらく続き、ぼくは思わず唾を飲んだ時、老人が突然動いた。


「はぁぁありがたやありがたや!」


「へ?」


 老人は手をこすり合わせて何度も何度も頭を下げてきた。


「あんた様には感謝してもしきれねえ。おおそうだ、オラの弁当食ってけろ」


「えっ、いやそれは」


「遠慮すんな遠慮すんな。ほら、帽子もつけたる。靴もやろう靴も」


 何故かいろいろもらってしまった。靴が臭い。


「あの、こんなにいただくわけには」


「何を言いなさる! あんた様は命の恩人だ! こんくらいのことはさせてけろ。な! な!」


 こう勢いよく押し付けられると断れない。困り果てながらプリーナに視線で助けを求めた。


 目が合う。屈託のない笑顔が返ってきた。


「よかったわね!」


「は、ははは……」


 苦笑するしかない。せめて靴は返却させてもらえないだろうか。


 ……でも、嬉しいのは確かだった。


 人々に認められたなんて正直実感がわかなかったけど、本当に、ぼくの名前もしたことも、人々に知れ渡っているんだ。


 とても不思議で、なんだかそわそわする感覚だった。




 ところでぼくは、観衆の前で倒れてから十日ほども眠り続けていたらしい。


 戦いの最中は興奮のためか意識を保っていられたけど、いざ一休みしてしまうと全身の痛みがあまりに強烈で朦朧もうろうとしてしまった。ネアリーに戻ったときのことはおぼろげにしか思い出せない。焼死体みたいな有様だったし、無理もないだろう。


 とはいえさすがは|魔王の息子≪サーネル≫の体といったところか、目覚めると傷は完全にえていた。……代わりに壮絶な眩暈めまいと空腹に襲われて、味が分からなくなるくらいものを食べ続ける羽目になったのだけれど。


 そんな事情もあって、起きてから話をしたのはプリーナと女王のみだった。ミィチやマイスたちは町の復興の準備を手伝っているらしい。


「ねえ、ラージュ」


 森を抜け馬車を降りたあと、ぼくとプリーナは人々が忙しなく行き交う街道を歩いていた。よほど仕事が多いのか魔族であるぼくにも思ったほど視線が集まらない。皆とても大変そうで、とても生き生きとしていた。


 そんな人々に気を取られていると、少し前を行っていたプリーナが、金の髪をさらりと揺らして振り返った。


 なんだか今日は衣装に気合が入っている気がする。旅先ではまず着ない服装だ。ネアリーで買ったのかもしれない。


 ぼくが目を覚ました時は腰にコルセットを巻いたいつものワンピース姿だったのに、例の空腹でごはんをたらふく食べているうちにいつの間にか着替えていた。


 別に豪華なドレスをまとっているわけじゃない。だけど汚れ一つなく生地もぱっと見て分かるくらい質が良かった。髪も、いつもの二束に結んだお下げの一部が編み込まれているなど明らかにオシャレを意識していた。


 最初は女王に会うためと思ったけど、正装というふうには見えない。それに女王にはぼく一人で会った。ロワーフの見舞いがあるとかで別行動をとっていたのだ。


「あの約束、覚えてるかしら」


 問われて首をかしげる。何の話だろう。


 それよりも、意識したらプリーナの衣装につい目を奪われて急にどぎまぎしてしまう。


 碧い瞳と視線が合った。何故だか上手く声が出ない。


「魔王を倒したら……って、言っていたでしょう?」


 ああ、そういえば。


 プリーナはにこりと笑うと、ぼくの手を取って言った。


「ソラ。これからもよろしくね」


「――うん。これからも、ずっと」


 そう。ずっと。


 仲間になった人々の誰にも話していないことがある。ぼくは元々、この世界を救ったら元の世界に戻るつもりだった。方法は分からないけど、サーネルの魔術かあるいは他の人の力を借りて、水瀬空みなせそらとしての生活を再び始めるつもりでいた。


 ぼくの体は魂を抜かれたけど、生命活動を停止したとは限らない。謎の眠りに入ったであろうあの体を、いまも両親が生かし続けてくれているかもしれない。だとすれば、きっといつでも戻ることは可能だ。


 だけど、ぼくは――。


「ほう。ずっと、か」


 いきなり背後から低い声をかけられて、ぼくの肩がびくりと跳ねる。


 振り返るとプリーナの父、ロワーフ・ワマーニュが立っていた。かたわらにはエラリアというプリーナの元|侍女≪じじょ≫もいる。


「ソラ殿。目覚められたようで何より」


「ど、どうも」


 なんか……怖い。


 ぼくの回復を喜ぶ言葉とは裏腹に、声と空気には無視できない威圧感があった。


「お父様っ? まだお怪我がっ」


「なに、娘に会って話をするだけだ。それができる程度には回復しておる」


「それならさっきお話しすればよかったのに」


「お停めしたのですが……」


 エラリアが申し訳なさそうにいう。少女の困り果てた様子は傍から見てもなんとなく罪悪感を誘うものだったけど、ロワーフは微塵みじんも動じなかった。


「少し、用ができたのでな」


 プリーナを、いや彼女の着る服をまじまじと見つめながら言った。


「用?」


「父として、な」


「……あ」


 なるほど。彼は娘がオシャレしているのを見て。


 プリーナも気づいたのか、じわじわと頬を赤くする。


「どうされた? ソラ殿には、何か心当たりがあるようだが」


「えっ? えっと、その……」


 言い淀むと、ロワーフが一歩迫り、見下ろしてくる。


「ソラ殿。私はプリーナの父だ」


 ごくりと唾を飲んでいた。


 真剣な眼差しだった。これは圧力をかけているとか敵意を向けているとか、そういうのじゃない。散々害意を浴びせかけられてきたのだ、それくらいはすぐにわかった。


「言わんとすることが、分からぬわけではあるまいな」


 凛としたまっすぐな視線を真っ向から受け止める。


 そうだ、彼はプリーナの父親だ。ならばこれは、いずれ言っておかなければならなかったこと。ちょっとばかり唐突で驚いたけど、元より覚悟はできている。


 ではまず、三人だけで話せる場所へ移って……。


「ロワーフさん。ぼくにプリーナをください」


 ……あれ?


「ひゃえっ?」


 素っ頓狂な声を出したのは、プリーナでもロワーフでもなくエラリアだった。


 ロワーフは無言で目を険しくする。


「……」


 し、しまった。緊張するあまり色々飛び越えてしまった。


 こういうのって形式が大事って言うし、場を改めて挨拶するところから始めるべきだっただろうか。というかまだプリーナにプロポーズもしていない。そもそもこの世界での婚約形式とかってどうなって……あ、いや、結婚したら旅とか出られなくなるのかな。これからを考えるとそれは困る。あれ、魔族と人間って結婚できるのかな。


「ソラ殿!」


「は、はいいっ」


 頭の中でぐるぐる考えていると、両の肩をがしりと掴まれた。


 ロワーフの顔が迫る。その顔は憤怒に歪んでいた。


 あ、終わった……。やっぱり色々飛び越え過ぎたんだ。


 額から滝のような冷汗を流し、死刑宣告を待つ。


 ロワーフが口を開いた。


「あなたにならば、任せられる」


「――へ?」


 ぽかんとする。ロワーフは怒りに顔を歪めたまま、呻くような声で続ける。


「どうやらソラ殿は本気でプリーナを愛しているようだ。元よりあなたのことは、此度こたびの戦で信頼にる男と認めておる。あとはプリーナへの気持ち次第と考えたが……それは今、よく伝わった」


 そして心底嫌そうに、ぼくと握手を交わす。


「プリーナのこと、くれぐれも頼むぞ」


 よほどプリーナを渡したくないのだろう。怒りに歪んだ顔はそのまま涙をこらえるものへと変わる。


 だけど、それでもロワーフはぼくに委ねてくれた。大切な娘のこれからを。だったらぼくは、その気持ちにもこたえなきゃいけない。


「はい。ぼくがプリーナを守ります」


「よく言った!」


「え?」


 知らない声が飛んできて面食らう。いつの間にか人だかりができていた。


「あんた男だよ!」


「うんうん、青春だねえ」


「オッサンもよく堪えたぞぉ!」


 顔が一気に熱くなる。こんなに見られていたなんて。


「ソラ!」


 プリーナは彼らのことなど気にもせず、ぼくに飛びついてきた。


「うれしい。わたしもソラが大好きよ!」


「プリーナ様、おめでとうございます……!」


 エラリアが涙ぐみながら拍手を送る。それに促されたように、その場は拍手とからかうような声とに満たされる。


 祝福の音は花の吹雪が舞うように、いつまでもぼくたちに降り注ぎ続けたのだった。


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