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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
終. 世界を手放す章
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4. 空の名を呼ぶとき

「名前を呼んでほしくない?」


 戦争が始まる前の日。朝食の席でプリーナが首をかしげた。


「うん。魔王を倒すまでは今まで通りに呼んで欲しいんだ」


 簡素な木のテーブルを囲むのはぼくとプリーナ、マイスの三人だ。ミィチはヘレナやウナたちと落ち合うため首都へ向かった後だった。


 プリーナたちには既にぼくの名前を教えていた。すぐにその名で呼んでくれたけど、ぼくはあえてそれを止めた。


「どうして? もしかしてまだ」


「悪い意味じゃないよ。願掛けみたいなものかな」


 元の世界にいた頃よくお姉ちゃんがやっていたのだ。ピアノのコンクールで賞を取るまでは髪を切らない、とか。それにふとならってみたくなった。


「それまではラージュと呼べばいいのだな」


 マイスに問われ、頷く。


「はい。変な頼みですけど、お願いします」


 二人は快く承諾してくれた。


 だからぼくはまだ、ミナセ・ソラでありながらラージュのままでもあった。




          *




「ぼくがどうやってこの体に入ったか、分かるか」


 黒い霧を越え魔王の足を掴み、ぼくはいう。


 人々の意思が、力が、ぼくをここまで運んでくれた。


 戦争によって魔族たちがいなくなっていたから、魔王の魔力を減らせていたから、ぼくは魔王と戦えている。プリーナとミィチが助けてくれたから、ぼくはまだ生きている。プリーナの魔術があったから、バンリネルが手を貸してくれたから、こうして魔王を掴むことができた。


 そして最後に魔王を殺すのは、ぼくをこの世界に連れてきたサーネルの魔術。


「お前の息子の魔術だよ」


「――何だと」


 瞬間、魔王を包む霧が消し飛んだ。


 闇夜を晴らす太陽みたいな光が魔王の全身から漏れた。


「ぬぅぅおおおおおお!」


 魔王が発狂しその身を痙攣けいれんさせる。凄まじい力だけど、絶対に離しはしない。


 サーネルの召喚魔術についてぼくは考えていた。この世界にぼくを、それにヘレナを呼んだこの魔術には、ただ魂をもってくるだけじゃない大きな力がある。それに気づいたのはヘレナがぼくと同じだと知ってしばらく経った後だった。


 聞いた話でしかないけど、太陽の町の救世主キャシィ・クリスターニュは心を壊し、生きながらにして死んでしまったという。そうして動かなくなった体にサーネルが魔術を使い、ヘレナを入れた。


 ここで一つ疑問ができる。サーネルと違いキャシィの体は生きていた。けどヘレナの中にキャシィはいないのだ。では、その命はどこへ?


 答えは単純だ。キャシィはその時、本当の意味で死んだ。召喚の魔術は、同時にしろを殺す魔術でもあった。


 だからぼくはこの魔術を使えるよう修行した。もしこの先、どうしても傷つけることのできないような堅い敵――魔王のような存在が現れた時のために。


 魔王にはそんな魔術は効かないんじゃないか、と思いはした。けど霧より頑丈な体をもっていると知った時点でその不安は消えた。魔術が効いてしまうから、わざわざ自身よりもろい霧をまとっていたんだ。


「ブラムス、お前は強かったよ。だけど結局、どこにでもいるただの魔族だ」


「ぐぅぅ、うおおおおおっ」


 受け答えをする余裕もないらしい。


「終わりだ、魔王! 吹き飛べ!」


 今回の魔術で召喚はしない。ただその身から魔王の魂が飛び出すだけだ。


 これで戦争も終わる。


「ぐぬぅああああああっ」


 輝きが苛烈さを増した。魔王が上空を仰ぎ、びくりと固まる。口から白い煙が上がるのを見た。


 輝きが消える。


「――――」


 動かない。魔王は硬直したままぴくりとも動かなくなった。


 この瞬間だと見ると、ずいぶん呆気ないものだ。ぼくは息をつき――。


「くくっ」


 はっとする。今何か、声が。


「くはは……」


 笑って……いる?


 瞬間、止まっていたはずの魔王がぼくを見下ろし、かっと目を剥いた。底なしに思える黒い眼がぼくの身を強張らせた。


「よいぞ。よいぞよいぞよいぞ! くははは! ミナセ・ソラよ。よくぞ我を追い詰めた。誇るがいい。やはり貴様は我を喜ばすためのみに生まれ落ちたのだ!」


「な、なんで」


 倒したはず……だったのに、なんで。


「くははははははは! 楽しませてくれるではないか! これほどの戦いは初めてであるぞ!」


 拒まれている。辛うじてではあるけれど、魂が踏みとどまっている。本来ならばもうとっくに吹き飛ばせているはずなのに!


 魔力をこめると再び魔王の全身が光った。


「このォォォ!」


「ぐ……くはは! よいぞ。最期の瞬間まで足掻いてみせるのだ!」


 このまま魔術を使い続ければ確実に倒せる。その感触ははっきり伝わってくる。


 だけど。


 魔王が紫色に光る大剣を持ち上げる。あれが振り下ろされたら、ぼくは。


 ここで、終わる?


「飛べ……飛べ、飛べ、飛べ! 飛べよォ!」


 嫌だ。嫌だ! ここまで来て負けるなんて絶対に嫌だ!


「嘆くことはない、貴様はよく戦った。さあ、往生際おうじょうぎわであるぞ。戦士らしく笑ってみせよ」


 だめだ。間に合わない! ぼくのほうが先にやられる!


 あと――あともう少しなのに!




「往生際か。それはどちらのだ?」




 それはまるで流星のようだった。


 剣を持つ魔王の手に、ただの蹴りが打ち込まれる。


 魔力のないただの飛び蹴り。けれどそれは、魔王の手から剣を弾き飛ばすほどの一撃だった。


 周囲の草が突風で吹き飛ぶ。轟音が草原を越え山々に広がる中、マイスは平然とぼくにいった。


「遅くなったな、ラージュ」


 こんな登場の仕方はずるい。こんな時なのに見惚れてしまった。


 ぼくは思わず笑みを浮かべ、返す。


「マイスさんはやっぱり、勇者みたいです」


 するとマイスも、思わずという風に小さく笑った。


「何を言っている。勇者はお前だ」


「え――」


 思いもしない言葉にぼくは目を見張る。


「自分をよく見ろ。魔王を追い詰めたのは、お前だ」


 ……そっか。そういえば、そうだった。


 何を弱気になっていたんだろう。魔王の気迫に負けるところだった。


 ここまで追いつめられたのだからやってやれないことはない。ぼくが……ぼくたちが魔王を倒すんだ。


「くははは! 面白い、せてくれるではないか! よかろう! ならば貴様もろとも押し潰すのみだ!」


 魔王の体から出ていた光が消え、瞬時に変質したかのように、今度はどす黒い炎が漏れ出す。頭上で一気に膨れ上がったそれは、巨大な火球となって落ちてきた。


「名残惜しいが終わりにしよう。我は負けられぬ。負けることなどあってはならぬ! 我こそは大魔王ブラムスぞ!」


 これ以上炎に耐える体力はない。あれを浴びた瞬間ぼくの命は終わりを迎えるだろう。その前に片を付ける。


 ぼくの心を読んだようにマイスが声をあげた。


「決めるぞラージュ。いや――ソラ!」


「はい!」


 ぼくの手から光が溢れ、視界が真っ白に染まる。


「ぶっ飛べェェェ!」


 ありったけの力をこめ雄たけびを上げた。正真正銘最後の一撃、最後の咆哮だ。


 全てが焼け焦げてしまいそうな光の中で、魔王の魂が風に溶けるのを感じた。




 炎が落ちてくることはなく、気づくと空が晴れていた。


 静寂が満ちる。あれほど切羽詰まっていたはずなのに、妙に肩透かしを食らった気分で空を見上げた。


「……終わったか」


 マイスが息をつき、その場に座り込む。よほど疲れていたのだろう、彼が地べたに座る姿は初めて見た。


「スゴイ……スゴイ!」


 足元でバンリネルがぴょんぴょん跳ねていた。


「逃げてなかったんだ」


「当たり前! 当たり前! スゴイ、スゴイ!」


 無事だったからいいものの……これは怒っておくべきだろうか。


 いや、今はよそう。


 念力を止め、地面に降りる。ぼくもひどく疲れた。


 魔王の痩せ細った皴だらけの体は、未だ大地を踏みしめ、真っ黒な目を見開いていた。けれどその身が動くことはもうない。夜闇に覆われていた空が晴れ渡っているのが何よりの証拠だ。


 ぼくたちは勝ったんだ。あの魔王に、魔族たちに、本当に勝ってしまったんだ。


「――はは。なんか、信じられないや」


 真っ青な空を見上げて呟く。


 人魔激突の大戦おおいくさはこうして幕を閉じた。


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