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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
終. 世界を手放す章
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1. 最終決戦

 闇の霧が巨大な影を覆っていた。


 魔王ブラムス。人々が争い、ついに敵わなかった相手とぼくは向かい合う。


 ブラムスとはこれまでに四度、あいまみえている。どの時においてもぼくはこの男に見逃されることで生き延びてきた。


 だけどもう次はない。ぼくにだってこの場で戦わないという選択肢はない。


「ミナセ・ソラ、だと?」


 本当の名を口にしたぼくに、魔王が失笑する。


戯言たわごとを。その身はサーネルそのもの、魔術の気配もない。正気を失ったか」


「この体は本物だ。操られているわけでもない。サーネルは死んだ。ぼくはその身体に入っているだけだ」


 既に魔術は役目を終えその気配を消している。だから魔王の目には分からないのだろう。


 戦闘人形としてしか他者を見ていない魔王には。


「そうか。あ奴め、死におったか」


 魔王はすんなり受け入れ、嗤う。


「ならば貴様とは新鮮な戦いが望めるのであるな?」


 どこまでも自分を貫いてくれて助かる。これならほんのわずかでも胸を痛めなくても済む。


 ぼくがやるべきは、これを倒して無事に帰るだけ。


 バンリネルは泣きじゃくってぼくを引き留めたけど、最後にはサーネルの願いを叶えて欲しいと送り出してくれた。絶対に生きて帰るという条件付きで。


 たくさんの人がぼくが生き延びることを願ってくれている。その気持ちにも応えなくちゃいけない。誰かを死なせてしまった後悔を、これ以上背負わせたくはないから。


「ウチに乗れェ!」


 魔王とぼくに多くの者が視線を注ぐ中、大声とともに巨大な少女が現れた。


 巨大化したシーベルが、地面に両手を置いて人々が乗り込んでくるのを待っていた。


 そこにはロワーフの姿もあり、シーベルの手の上でひざをつきながら首元の宝石を光らせていた。


「お父様、怪我を!」


 プリーナが駆けていく。ロワーフは苦しげに呻きながらも、泡の魔術で周囲の人々をひとりひとり包み込んだ。


 そうだ、まずは負傷した人々を避難させないと。魔力を使い果たした人々も数多くいるだろう。


 魔王が上空へ浮き上がる。両手を上げ、黒い炎を生み出した。


「させない」


 ぼくは身構え、背中から生やした腕の群れを地面に突き刺す。


 これ以上後悔をしたくないのは、ぼくだって同じだ。


 目を閉じる。まぶたの裏で、お姉ちゃんのポニーテールが揺れた。


 雄たけびを上げ、上空へ向け無数の腕を生やす。肉の塊と黒い炎がぶつかり合う。


 撃ち負けてはいない。これなら――。


「……!」


 息を飲む。視界の端で真っ青な手が降ってくるのをとらえた。魔王の魔術だ。


「こちらは受け持った!」


 初老の騎士がどこからか飛び出し、青い手を剣で斬る。


 獣みたいな腕をもった騎士だった。どこかで見たような気がするけど、今はただ感謝だ。


 別のところではコードガンが結界を張っていた。やはり残りの魔力が少ないようですぐに貫かれてしまうけど、一瞬できた隙に騎士たちが魔術を浴びせかけ魔王の攻撃を相殺する。


 ぼくの身は魔族だ。人々の前に立ったら敵とみなされる恐れもあった。でも今は誰もが魔王から逃れること、仲間を逃がすことに集中し、ぼくを襲うものは一人もいない。


 それほど人々は追いつめられている。ぼくを疑う余裕もないということだ。


 巨大化したシーベルに人々が乗り切り、巨人は走り出す。生きている者は彼女一人で運べてしまうほど減っていた。


「逃がせたようですな。しかし」


 初老の騎士が呟く。


「まさか、戦える者が十人といないとは」


 彼の言う通り、この場に残った者はぼくを含め八人しかいなかった。初老の騎士とコードガン、それに遠距離攻撃で援護してくれた者たちだ。


 七人か……これなら問題なさそうだ。


「バンリネル、お願い」


「分かっタ」


 足元から声がした。


「よい。最後の悪あがきを我は肯定しよう。追いつめられた人間というのは、時に思わぬ力を見せてくれるものだ」


 魔王は大地に降り立ちながらいう。ぼくはそこに、再び無数の腕を放出した。


 同時、ぼくの足元からバンリネルが飛び出す。彼が飛び掛かったのは魔王、ではなく、味方の騎士たちだった。


「なっ、これはっ?」


 バンリネルが光りだす。


「皆さんは逃げてください」


「何のつもりです。まさかあなたは――」


 コードガンは結界を張りぼくに問う。けれどこれは攻撃ではない。光は結界までをも包み込み、彼女たちを彼方の地へ飛ばしてしまった。


 これで全員、か。プリーナとミィチは逃げてくれただろうか。


 腕の増殖を止める。直後肉の塊に飲み込まれていた魔王が浮き上がってきた。


「貴様、何の真似だ」


 ひめらく炎のような怒りで、魔王はぼくを睨んだ。闇の霧の奥からでさえ迫力は鈍らない。けど、もうすくみ上がりはしなかった。


 別に魔王を舐めてかかっているわけじゃない。残っていた皆が空を飛べそうになかったから逃がしただけだ。コードガンには結界があるけれど、すぐ壊れてしまうものに頼るのは危険すぎる。


 魔王には呪いの沼の魔術がある。杖を突いた場所から波紋となって呪いが広がり、触れたもの全てを溶かす魔術だ。マイスさえ倒したあれは、空中に逃れることが一番の対策になる。逆にそれができなければ魔王と戦うのは難しいのだ。


 そしてこれは、一対一の戦いじゃない。


 ぼくにはヘレナたちの魔力がある。逆に魔王は多く魔力を消費したはずだ。光と炎がぶつかり合う様は、ここへ向かう途中、ぼくにも見えていた。


 ぼくは体から生やした腕を引きちぎり、魔王を見あげる。


「遠慮せずにかかってこい。ぼくはお前を殺せるぞ」


 逃げることは許されない。掴むべきは勝利のみ。


 世界の命運をかけた最後の戦いが今、幕を上げた。


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