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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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42. 暴食の光

「形勢逆転だ。諦めて首を落とせ」


 戦闘の末に作られた荒野の中心で、マイスは鈍く光る大剣を構える。


 鉄の船は落ち、熱線を放つ武器も消えた。今のガラードには逃げるすべも戦うすべもない。


 ガラードは動かなかった。金色の瞳でマイスを睨み、身構えることもなく立ち尽くす。観念したということだろうか。


 否だ。ガラードに限ってそれはない。どんな惨めを晒し、何を犠牲にしてでも奴は生き延びる道を選ぶだろう。


 皮肉な話だ。その生き汚さがマイスを生み出し、今こうして自身を窮地に追いやっている。どう出るつもりかは知らないが――。


「これで終わりだ」


 地面を蹴り、飛び出す。激しく上がる土のしぶきを背に、マイスは剣を後ろへ引く。


 そして、斬った。


 だが。


 そのとき、白い煙を見た。


 ガラードの体から立ちのぼる、湯気のごとき煙を。


 一瞬よりも短いわずかな瞬間、『それ』は成された。


「な……」


 マイスは目を見張る。


「まさかお前さん、近づけさえすりゃあワシに勝てるとでも思っとったかあ? がっはっはっはっは! 魔術も使えねェ出来損できそこないが笑わせやがる!」




 マイスの大剣が折れていた。




 今まで無数の攻撃を浴び、常識外れの馬鹿力で振り回されても刃こぼれ一つしなかった最強の剣が――ただひと蹴り加えられただけで真っ二つに折れた。


 ガラードは豪快に打ち上げた笑みを消し、金色の瞳を光らせた。


あなどるなよ、ガキ」


 瞬間、ガラードの姿が急激に遠ざかる。何が起きたかと呆気に取られ、自分自身が身を引いたことに遅れて気づく。


 いま、マイスは確かに恐怖した。


「ぐはははは! いい反応するじゃねェか! さあマイス、これでお互い武器はなしだ。ようやく『対等に』戦えるってわけだなァ!」


 明らかな挑発だった。恐れを見せたマイスをあざ笑っている。


 だがそれはマイスを飛び出させるためのものではない。先に出たのはガラードだった。


 言葉に反応してしまったマイスはわずかに出遅れ、腕を曲げて防御の体勢を取る。


 ガラードの拳が防御の上から突き刺さった。


 腕が軋む音がした。吹っ飛ばされ、さらに追い打ちの蹴りが飛んでくる。躱す余裕もなくあごに一撃を加えられ、脳が激しく揺れた。


 折れた剣が手からこぼれ落ちる。感じたことのない強い衝撃に、マイスは地面を転がったまま立ち上がれなくなった。痛みは経験していたが、動くはずの身体が言うことを利かない感覚はこれが初めてだ。


「お前さんの筋力が自分だけのモンとでも思ったかァ? その力はワシ譲りのモンだ。おまけにワシは強化魔術も使える。どちらが有利かなんざ考えるまでもねェだろう!」


 その言葉のとおり、ガラードの腕力脚力は明らかにマイスを上回っていた。マイスでも壊せなかった大剣が折れた理由はそれが全てだ。何の小細工もない純粋な力で、ガラードはそれを成したのだ。


 侮っていたわけではないが、これは誤算だった。剣を折られる可能性など今まで考えたこともなかった。


「そんじゃあ、殴り合うとするかあ!」


 ショックを受けてばかりもいられないようだ。ガラードが飛び出す。マイスは何とか立ち上がり、拳を構えた。


 剣がなくとも戦うことはできる。彼に利用されるためだけに無抵抗なまま死んでいくことなどできるはずがない。


 顔に飛んできた蹴りを身をひねってかわす。すかさずガラードの横腹に拳を叩き込んだ。


「ぐぬぉ!」


 ガラードの体が折れ、吹っ飛ぶ。


 マイスもふらりと膝をつく。まだ顎を撃ち抜かれた後遺症が残っていた。それでも反応できたということは、速さではまさっているらしい。せめてもの救いといったところか。


「ハッハッハァ! 痛ェ痛ェ!」


 ガラードは早くも突っ込んできていた。拳と蹴りによる激しい連打が繰り出される。後ろへ下がることなくそれらを躱し、頭をわしづかみにして地面に叩きつけた。


 そのまま背中を踏みつけ、両手で頭を強引に引く。


「ぐ……ぐおお……」


 足をばたつかせてかかとで蹴りつけてくる。背中にすさまじい衝撃を受け、口から血が噴き出す。それでもマイスは力をこめ続け、首を引きちぎった。


 さらに抱えた頭にひざを打ち込み容赦なく骨を砕く。四度それを繰り返し、最後に再び地面に叩きつけ踏みつぶした。


 首を失った体はぴくりとも動かない。身体を失った頭も同様だ。わずかに息を乱してそれらを見下ろし、


「……無駄か」


 呟いた。


 首の切れ目から黒い血が噴き出す。それはたちまち凝固すると人の形を取った。その皮膚を覆うように包帯が体毛のように生えて全身を巻いた。


 全身の修復が終わり、ガラードが立ち上がる。潰れた頭も元通りになっていた。


「諦めろ。どう足掻いてもお前さんに勝ち目はねェ」


 その通りだ。マイスに勝ち目はない。


 戦うことはできる。逃げることもできるだろう。だがどう足掻いても、ガラードを殺すことだけは不可能だった。


 魔族は魔術でなければ殺せない。何度体を壊してもそれ以外の攻撃では再生されてしまうからだ。


 マイスはその法則を純粋な破壊力で打ち砕いた。しかしそれは彼の力のみではなく、師から授かった剣あってこその奇跡だった。


 武器を失った今、マイスには魔族を傷つけることすらできない。いくら速さで上回ろうと、傷を与えられないのであれば倒しようがない。


「がっはっは! やっと認めおったか!」


 ガラードが向かってくる。


「そこに突っ立てェ! そうすりゃあ楽に殺してやる。一撃で首をへし折って――ごあっ」


 当然言いなりになって殺されたりはしない。ガラードの顔に飛び蹴りを見舞った。


「馬鹿かお前は。なぜ私がお前を喜ばせるような真似をする」


「ぐはははは! そりゃあそうだァ!」


 こちらが速さで上回っている限りガラードにも勝ち目はない。武器がないのはお互い様だ。


 ……そう、言いたいところだが。


「ぐっ」


 マイスはひざを折った。口の端から血の線が垂れる。ガラードから与えられたダメージはしっかり蓄積されていた。


「威勢のいいこと抜かしたそばからこれかァ? 人間の体は不便でいけねェなあ」


 ガラードは上機嫌に言うと、こちらへ向ってきていた足を止めた。


 大地に根を張るように腰を低く構え、深く息を吐く。


「頃合いだ。そろそろ本気を出すとするか」


 全身に包帯を巻かれた体から白い煙がにじむ。強化魔術だ。大剣を折ったあの一瞬を除けば、ガラードはこの戦いで初めてそれを使った。


 次の瞬間、重い拳がマイスの腹に突き刺さる。


「うぐぁ!」


 頬を拳が打ち抜く。吹き飛ばされたマイスの体は荒野を抉り、黒い血をまき散らして、はるか彼方にあったはずの山にぶつかる。


 反応できなかった。先ほどまでと速さが違い過ぎる。


 斜面にめり込んだ身を起こすと背中や手足、腹や頭のあらゆる箇所から痛みが走る。体が勝手に手をつき血を吐いた。


 また誤算だ。速さで勝てるならばと迎え撃ったが、これではまともに戦うこともできない。


 一度引くべきか? いやもう遅い。


 魔力切れを待つか? それもガラード相手では無理がある。


 どう足掻いても勝てない。それが分かっているゆえに思考も鈍く不自由なものになる。せめて一矢報いてやると力を振り絞っても、その方法が思いつかない。


「ガハハハハ! いいぞォ! そのままだ! そのまま手をついてじっとしておけェ!」


 ガラードが走ってくる。トドメを刺すつもりらしい。


 手のひらに柔らかな熱を感じたのは、その時だった。


「なんだ、これは……」


 はっとする。そうだ、この感覚はいつもの。


「終わりだマイスゥ! 楽にしてやるぞォ!」


 白い煙をまとった蹴りが飛んでくる。同時、マイスの手が大剣をにぎった。


 折れた剣――幾度も魔族を両断してきた相棒が手の中に戻り、襲い来る蹴りを迎え撃つように風を切る。


「まだだ!」


 まだ武器はこの手にあった。


 折れているだけなら、まだ斬れる――!


 脚と剣がぶつかる。


「ぬおおおおっ! 痛ェ! 痛ェェェ!」


 ガラードのすねに剣が食い込んだ。衝撃で押されそうになったマイスは地面を掴み強引に踏みとどまる。


 そして剣はさらに深く食い込み、


「断ち切れェ!」


 ガラードの脚を通り過ぎ、轟音とともに振り抜かれた。


「ぬがあああああ!」


 ガラードが絶叫する。明らかに今までの声とは違っていた。


 一本、奪い取った。まずは一矢報いた。いや、船を壊しているからこれで二矢目といったところか。


 急所を切れなかったのは正直悔やまれるが。


「ぐはは……ガァッハッハッハッハ! 危ねェ危ねェ! 死ぬところだったぞォ!」


 ガラードが笑う。向こうも気づいているようだ。今の一撃が最後だということを。


 大剣の刃が砕けた。残りの全てに亀裂が入り、ボロボロと崩れる。折れた剣では一度が限界だった。


「残念だったなあ! 今度こそお前さんは勝機を逃した! これでワシも安心して逃げられるってもんだ! ハッハハハハ!」


 マイスは刃を失った剣を置き、立ち上がる。


「いや、十分だ。おかげで目が覚めた」


「……何ィ?」


 相棒を折られた動揺が消えていなかったのだろう。思いのほか弱気になっていたようだ。戦っているようで、心が完全に負けていた。剣が――師匠の残した魔力がそれを教えてくれた。


 勝てなくても一矢報いる。それが無理でも簡単には死なない。――ではない。まだ勝てる見込みはあるはずだ。実際、折れた剣でもガラードを殺せる可能性はあった。


 きっとこんな時ラージュなら進む道を切り開くだろう。敵が自分より強かったくらいで勝利や逃走を諦めはしない。小細工でも悪あがきでもできることは全てやる。恐怖に呑まれそうになっても考えることをやめない。それがラージュだ。


 そんな男にマイスは言ってしまった。ガラードは自分が討つと。ならば彼に恥じるようなことはできない。騎士として、仲間として、必ず勝利を持ち帰らねばならない。


 拳を握り、深く呼吸をした。


 師匠が剣をさずけた理由を思い出す。騎士になる前、マイスには武器がなかった。マイスの力に耐えられる剣がなかったのだ。もともと師匠が剣を作ったのは魔族を殺すためではない。ただ単純に、マイスにも扱える武器をと授けてくれたものなのだ。


 あの剣には瞬間移動以外の魔術はない。特別な剣技を使ったわけでもない。魔族を殺すことができたのは、純粋な破壊力によるものだった。ならば。


 ただあれを殺すだけなら、この拳でも同じこと。


「何を企んでやがるか知らねえが」


 ガラードが一本になった脚を曲げ、飛び出す。


「もうお前さんに勝ちはねェ!」


 マイスの顔面に白い煙を帯びた拳が激突する。轟音が大地を震わし、ガラードがにやりと笑う。


「どうだァ、効いたか?」


 だがガラードは気づいていなかった。


 渾身の一撃を受けても、マイスが吹き飛ばず踏みとどまっていたことに。


「――ああ。お前は強かった」


 返された眼光に、余裕の笑みを浮かべていたガラードが絶句する。


 拳を強く握り込む。より強く、より鋭く。踏ん張りを利かせ、全身の力を使い、出せる力の全てをもって――今のマイスに打ち出せる最高の一撃を放つ。




 ガラードの腹に、極限の打撃が突き刺さった。




 拳が胴体を貫通し、暴風が空へ突き抜ける。ガラードの動きが止まった。


「な……にィ……!」


 腕を引き抜くとガラードは倒れた。体を痙攣させて大量の血を吐き出す姿には、先ほどまでの余裕はかけらほどもなかった。


「消え、ねェ……」


 ガラードが掠れた声で言った。


 そう、消えていない。ガラードの腹に空いた風穴は治ることなくその身に刻みついていた。


 マイスも崩れ落ちる。立っているのもやっとの状態で渾身の一撃を受けたのだ。無事でいられるはずがない。


 それでもマイスはもう一度立ち上がる。拳を握り、ガラードを見下ろした。


「オイオイ……ワシを殺す気か? 実の父親だぞ」


「当然だ」


「ぐはは……そうか。なら仕方がねえ」


 その言葉にマイスは目を見張る。


 直感だった。ガラードにはまだ何かがある。この状況をひっくり返す最後の力が。


 それはすぐに現れた。仰向けになったガラードの手の上に、白銀色――熱線と同じように輝く球体が浮かび上がったのだ。


「武器がなきゃ撃てねェと思ったか? そいつァ間違いだ。ただちっとばかし威力が上がり過ぎて、コントロールが効かなくなっちまうだけなのサ」


 球体は瞬く間に大きくなり、ガラード自身を飲み込んでしまう。触れた大地は音も立てずに蒸発し、光はさらに膨れ上がって周囲を食らっていく。


 全てをむさぼりつくす暴食の光――それこそがガラードの残す最後の力だった。


 マイスは回避を試みる。しかし、蓄積したダメージのために足が言うことを利かなかった。


 球状に広がる光はあっという間に荒野の全てを食らいつくし――周囲に連なる山々と共に、マイスを音もなく飲み込んでしまった。


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