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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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40. 矮小なる巨悪

 ラージュたち三人の乗る馬車から太陽のような強い光があふれる。ガラードによって投げ込まれた泥水の魔族によるものだった。


 そこからプリーナとミィチ、ラージュが飛び降りる。けれどラージュの足にはなおも光がついてきていて、


「ま、待って!」


 プリーナの呼び止めも虚しく、光に飲まれてラージュの姿は消えてしまった。


 真っ先に空中へ飛び出し、ガラードの船に避けられたマイスにはただ空を落ちることしかできず、何が起きたのかも分からない。


 分かるのは、まだ泥水の魔術は消えていないということだ。


「なっ……どこへ行った!」


 落下しながら驚くミィチに向かい、泥水がまっすぐに飛んでいく。また眩い光を放ち、今度はミィチを消してしまった。さらに止まることなくプリーナのところへ移動する。


「聞いて、バンリネル! あの子はサーネルじゃ……」


 その言葉を最後まで放つことはかなわなかった。ついにはプリーナまで姿を消し、バンリネルと呼ばれた魔族も森の中へ吸い込まれていく。


 マイスも森の離れた場所へ落下した。すぐさま地面を蹴り、木々を吹き飛ばして泥水の落ちたあたりまで飛んでいくが、すでに消えた後だった。


「はっはっは! 追っても無駄だァ! あいつは『扉』の管理者でなあ! いつでもどこからでも世界中へ飛んでいけるバケモンだ。追いかけっこならブラムスだって勝てやしねェ」


 鉄の船が近づいてきてガラードがいった。マイスは近くの木に手を突き刺し、根っこごと引き抜いて船に投げつけた。瞬時に船の砲台が熱線を放ち木を粉々にする。


「おー、こえこえェ。失敗作の分際で腕力だけはいっちょ前だなあ」


「戦などどうでもいいのではなかったのか」


「どうでもいいに決まっとるだろう、ぐはははは! 確実に一対一にしたかっただけだ」


「ふん。一対一ならば勝てると?」


「がはは! 一対三でも四でも変わらんわ! だが――」


 船から無数の熱線が放たれる。マイスは一瞬にして白銀の光に閉じ込められる。


「楽に勝つに越したこたァねえだろう?」


 ガラードは金色の瞳はにたりと細めた。


「ワシはブラムスのやつとは違うんでなあ。戦いに喜びを覚えるやつの気は知れん。力を誇示するのは楽しいがなあ! がっははは!」


 船から熱線を放ちつづけながらガラードは笑った。直後、何かに気づいたように動きを止める。


 熱線を突き抜け、船の上にマイスが飛び出したのだ。


「よく喋るじゃないか」


 そのままガラードに肉薄し剣を振るう。しかし足元――船に空いた無数の穴から飛び出した新たな熱線に身体を吹き飛ばされ、寸でのところで攻撃は外れた。


「がっはっは! そりゃそうだ! 何せ誰かと喋れるのは今日で最後だからなあ!」


「お前が死ぬからか?」


 大剣を投げつける。ガラードは難なく躱し、船に建つ塔へ飛び乗った。


「馬鹿を言いやがる! 死なねェための沈黙だ。しばらくは地の底にでも隠れて息をひそめるのサ!」


 マイスは落下を始めた。鉄の船に降りようとしたが当然躱され、荒野となった地上へ落ちていく。ガラードは熱線での攻撃を続けながら彼を追った。


「言っとくが人間が勝つなんて思ってるわけじゃねえぞォ。まァ勝っても負けてもワシにとっちゃあ同じことなんだが」


 マイスは手を広げて大剣を出現させる。そうして熱線を弾きながら片眉を上げた。魔族の話になど耳を貸す気はなかったが、今の言葉は引っかかった。


 勝っても負けても同じというのはさすがにおかしい。戦争に興味はないと言っていたが、それは魔王軍が勝つと確信しているからだと思っていた。魔族が勝つ方がガラードにとっても都合がいいはずだ。


 マイスが地上に落ちるとつづいていた熱線が降りやむ。鉄の船も地上のそばで静止した。


「最後のお喋りタイムってやつだからなァ。知られて困ることでもねえ。せっかくだ、教えてやらあ」


「……」


 外道の言葉を信じていいものか、単なる時間稼ぎではないのか、少し考える。だが魔王が何を企んでいるかによっては取るべき行動も変わってくるだろう。大剣は構えつつ、マイスも動きを止めた。


「お前さん、今回の戦は妙だと思わねえか? 本来ブラムスは数に物を言わせた戦は好まねえ。それで勝ってもあいつにゃあ面白くねえからだ。ってことはだ、今回の戦の目的は戦自体にはないってことになる。そもそもワシの見た限り、あいつァ戦が終わるまで出てこないつもりだ」


「なに?」


 ブラムスが戦に出ない。そんなことがあり得るのだろうか。多大な時間と労力をかけ、人類側の戦力が集まるのを心待ちにしておいて、肝心の戦は傍観するだけ。武勇を何よりも重んじるブラムスとは思えないことだ。では魔王は何のために――。


「がっはっはっはっは! そう難しく考えることでもねえ! 人間と魔族、どちらが強いか白黒ハッキリさせようってわけだ! 要するに前準備だなこりゃあ」


「前準備、だと?」


「ワシが思うにブラムスの奴は、人間を滅ぼしつくしても戦いをやめねェつもりだ。人間が死に絶えたら次はワシら魔族を皆殺しにするつもりなのさ! 楽しい楽しい殺し合いのためになァ! まったくどうしようもねェ魔王様だろう! はっはっはっは!」


 言っている意味が分からなかった。ブラムスは魔族の王だ。それなのに、ガラードの話では自らにつかえる魔族たちをも殺すつもりだという。反乱されたわけでもなく、だ。


 全てを殺しつくした先にあるのはたったひとりでのむなしい死だ。それが分からないほどに愚かだというのだろうか。


「おいおい、何黙ってんだァ? お喋りをしろお喋りを!」


「……」


「それとも信じてねえかあ? こいつァ確かな話だぞ。例えばそうだなァ……獣人を見りゃあ推測できることでもある。


 あいつらは人間に対してはかなりの力を持つが、魔族相手には弱い。だから魔族の中じゃ地位は低いんだが、ちっとおかしいと思わねェかぁ? 獣人の中には国を滅ぼすほどのでかい戦果を上げた奴もいるんだぞォ? それでも扱いが変わることはねェ。『武勇』に対して地位を与えると考えりゃあおかしな話だ。


 まあ素直に見りゃあ、自分が楽しく戦える魔族を目の付くところに置いておきたかったってところだろうなあ。あいつは魔王になったその時から、世界中の何もかもを滅ぼしつくすつもりだったってわけだァ! 正気の沙汰とは思えねえだろう! がっはっはっは!」


 ところどころで火が揺れる荒野にガラードの豪快な笑い声が響く。無論マイスには笑えなかった。


 何から何まで戦、戦、戦。そしてどこまでも自己中心的――世界を滅ぼす規模ともなれば、もはやそんな言葉では片付けられない。


「ワシはブラムスが魔王になる前からこうなると睨んでたんでなあ、対抗策としてマイス、お前さんを作ってみたわけなんだが……期待外れもいいところだ! 独自の魔術は使えねェ、それどころか魔力もねェ、そんなんでブラムスに勝てるか!」


 マイスは息をつく。忘れていたわけではないが、目の前の魔族も同類だった。しかしどうにも。


「小さいな」


 こちらはこちらで自分だけが長生きするためにいろいろと画策していたらしい。同じ身勝手でもため息が出るほど小さい。最後に行き着いた策が「隠れ潜んで孤独に暮らす」というのが何とも小さい。


 マイスのつぶやきは聞こえなかったらしく、ガラードはつづけた。


「だが、お前さんにも役立ってもらう時が来た! お前さんとサーネルと戦うことはブラムスにも話してきたんでなあ! ワシはここでお前さんたちと『相打ちになった』振りをする。死んだことになったワシは見事ブラムスの目から逃れるというわけだァ! ぐはははは!」


 小さい。あまりに矮小わいしょうだ。これを仇としたことが恥ずかしくなるほどに。もう話を聞く必要もないだろう。


 だがどれほど小さく哀れでも、奪った命はあまりに多い。


 もう顔も覚えていない母の温かさを思い出す。手は抜かない。全身全霊をもってこれを討つ。その覚悟に揺るぎはなかった。


「さて、そういうわけだ。なあマイス、いっそここで自害してくれねェか?」


「――救いようがないな」


 ガラードが軽口を叩くあいだに、すでにマイスは跳びあがっていた。鉄の船に肉薄し、四メートル級の大剣を振るう。だが瞬時に砲台から白銀の熱線が放たれ、マイスの体は吹き飛ばされた。


「はっはっは! つれねェやつだ!」


 戦闘が再開した。


 近くの森に着地しマイスは黙考する。あの熱線は厄介だ。今のところ傷は負わされていないが、身体を飛ばされてしまってはこちらの攻撃も当てられない。船自体の機動力も問題だった。


 熱線が撃ち込まれ森がぜる。爆発の中を駆け回りながら、マイスは再び飛び込むための隙をうかがう。


 だが、船はみるみるうちに遠ざかっていく。もうお喋りタイムとやらは切り上げたらしい。鉄の船は上空へ避難し、一方的な砲撃に移るつもりのようだ。


「これでは……」


 剥き出しになった地表の上を走りながら砲撃をかわす。幾らか被弾しながらも攻撃の機会をうかがいつづけた。


 しかし。


「!」


 マイスは目を見張る。自身の腕に黒いものがにじんでいることに気づいた。


 それは血だった。人のものとしてはありえないほどに黒い、マイスの血だ。気づかないうちにほんの少しずつダメージを受けていたのだ。


 砲撃はつづく。避けても避けても次から次に撃ち込まれる上、全ての爆発が大規模だった。どうしても幾らかは当たってしまう。森が焼失し地形がすっかり変わってしまった頃、ついに腕や背中からずきずきと痛みを感じた。魔王に負けて以来はじめてのことだ。


 無数の熱線と爆発のあいだを走り抜け、マイスは上空へ跳びあがった。しかし船は一瞬にして距離を取り、ただ空から落ちるしかない彼に集中砲火する。大剣を投げるが、やはり遠すぎてあっさり避けられてしまった。


 想定したよりも油断がない。豪快な笑いと派手な攻撃からは想像もつかない堅実な戦法だ。マイスが果てるその時までガラードはこれを続けるだろう。


 ならば。


 地上に落ちた瞬間、マイスは遠くの森へ向かい走った。船は当然追ってくるが、自ら距離を取った分出遅れる。無事に森に入ることができた。


 すぐに森が破壊される。しかしその時すでにマイスは別の場所へ移動していた。森から山、山から森へとひたすら足を止めずに駆け抜け、決してガラードの目に留まらないようにする。


 ガラードがマイスを見失った今なら飛び込む機会は訪れるはずだ。しかし山や森に近づくとき、彼は必ず熱線を放ち見晴らしを良くしてから様子をうかがった。自らに近づく隙を徹底的に排除しようというのだろう。


 見えるところから飛び出せばまた距離を取られる。かといって遠くから跳べば近づく前に気づかれる。やはり彼には油断がない。


 しかしどのようにして船に飛び込むか、どうすればガラードの隙をつけるか。マイスは既に考えていた。それは決して策と呼べるようなものではない。小細工は不得手なのだ。結局マイスには力業ちからわざしか思いつかなかった。


 森や山の中を走り続けているのは、ガラードから隠れるためだけではなかった。これは助走だ。魔王を守る黒い霧を破った時と同じように、ひらすら長く助走をつけ、際限なく速さを上げているに過ぎなかった。


 見えないところから、相手が気づけるだけの時間を与えずに飛び込む。至極単純な解決法だ。


 マイスには肉体の力しかない。だからこそそれを極め、どう生かすかだけを考える。それが魔術師に立ち向かう唯一の方法と確信していた。


 大きな円を描き、森の木々を躱しながら走る。十分に速度は得た。ガラードにも見つかっていない。今が勝機だ。


 そう確信した瞬間。




「見つけたぞォ、マイスゥ!」




 マイスへ向けて砲撃が飛ぶ。当てずっぽうではない、明らかに狙った上での攻撃だった。人とは比較にならない圧倒的な視力で、森の木々の隙間に見えた影を遠くの空から捉えたのだ。


 しかし――。


「遅い」


 鉄の船が爆ぜる。マイスの身は熱線を突き抜け、船を貫いていた。際限なく上げられた移動速度が、ガラードの反射速度を上回った。


 鉄の船が衝撃で砕け散る。はるか遠くの山に突き刺さったマイスはすぐに山を蹴り、船の落ちた先へ戻った。


 包帯の怪物は逃げることもなく、荒野の真ん中に立っていた。お得意の軽口を叩くこともなく、無言でマイスを睨む。


 これでガラードは機動力をなくし、空へ逃げる手段も失った。熱線を放つ武器もない。


 マイスは静かな瞳で睨み返し、鈍く光る大剣を向けた。


「形勢逆転だ。諦めて首を落とせ」


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