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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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38. 爆ぜる

 獣人たちが飛んでいる。縦横無尽に宙を駆ける獣に空中部隊の兵たちはなすすべもなく切り裂かれ、地上に落ちていく。結界で守られた本隊にも動揺が広がっていた。


 女王ネアリー・コードガンも、本隊の中心にてその様子を見ていた。魔術で本隊に散る複数の者と視界を共有し、獣人たちが確かに魔術を使っていることを確かめる。


「なんで獣人が空を飛ぶんだよ!」


 誰ともない叫びが惨状へ向けて放たれる。それに答える声はなく、ざわめきばかりが大きくなる一方だった。


 だが。女王が大きく息を吸い込む。


「本隊、前進!」


 その声が響いたことで、空気が変わった。戸惑う声も出る。結界の周りには未だに無数の魔族が押し寄せ続けているからだ。


「本隊、前進!」


 しかし力強い声が重ねられ、それらも静まる。兵たちは一斉に一歩進んだ。


 瞬間、結界に触れていた魔族たちが吹き飛んだ。


 結界が前進したのである。兵たちがさらに進むと、どんと重い音を立て、同じだけ結界も前にずれる。


 元々コードガンの結界は触手のように自在に動かせるものだ。規模が大きくなって多少不自由にはなったが、彼女自身が前に出れば結界を動かすのも容易たやすかった。


 まだ空中部隊が壊滅したわけではない。奇襲を受けて散った者の数は多いが、半数以上は迎撃や回避に努めている。本隊ごと近づいて戦闘に介入すれば被害を抑えられるはずだ。


「前進、前進!」


 女王は強く繰り返した。結界に小さな穴があいた程度では止まらない。入ってきた魔族を蹴散らしながら進み続ける。


 この前進は空中部隊を守るためだけのものではない。次なる危機を想定してのことでもあった。


 コードガンは空を駆ける獣人の背後に、ある者の姿を思い描いている。ポーラン――大陸を支配する魔族の一体だ。


 ポーランは軍をべる者として恐れられていた。彼の率いる部下は末端に至るまでが巧みに魔術を扱う。そうした者のみを集めたという見方もあったが、自身の魔術を部下に使わせていると考えたほうが自然だ。


 あの獣人たちも彼の部下だとすると、余裕を与えておくのはまずい。後手に回れば瞬く間に窮地へ追い込まれかねない。


 そもそも獣人に一杯食わされた現状も、おそらくはポーランに仕組まれたものだ。


 次から次に送られる大軍に対処するうち、陣形の優位性を保ちながら敵の弱点を突く、という流れが作られてしまっていた。そこに獣人などという、厄介でありながらも弱点のはっきりした敵が出てくれば踊らされるのは必然だ。


 そして大軍を犠牲にしてまで講じた策がついに動き出した。さらに大きな動きが待っていることは疑いようもない。


 純白の髪をゆらし、白く冷たい瞳を見開き、氷の女王はさらなる前進の声をかける。幾万の兵の中心から結界を展開しつづける。


 だがある瞬間、その一歩が突き崩された。


「なっ、なんだっ?」


 兵たちが一斉に体勢を崩す。大地が大きく揺れていた。


「見ろ、上だ!」


 その声に視線を上げる。半球状に張られた結界のてっぺんに岩が突き刺さっていた。ごつごつとした人の顔を模す、苔むした石像だ。


「――オムン」


 正体に気づいた直後、空に重たい雲が立ち込め始める。


 遅かった。もう止められない。


 雲から無数の雷が落ち、獣人と戦う空中部隊を襲う。同時に周囲で竜巻が発生し、塵で結界の外が見えなくなった。加えて嵐までが巻き起こり、洪水のごとき雨水が上から横から叩きつけてきた。


 コードガンは足を止め、結界の補強に意識を集中する。


 オムン――ポーランと同じく大陸を支配する魔族の一体であり、天変地異を引き起こす怪物だ。あれが出てきた以上、魔力の温存はしていられない。


 黄色い膜の結界が白く輝き、半透明に変わる。結界の強度を最大まで引き上げたのだ。外では落雷や嵐、竜巻、それにおそらくは山々の噴火も起こっている。この地帯に火山はないけれども、オムンの魔術には関係ないことだった。


 が、結界はびくともしない。雷が触れようと煮えたぎる岩が落ちようと全てをはじき返した。


「す、すげえ」


 安堵の息が聞こえてくる。コードガンは声を張った。


「油断なさらぬよう! 敵は畳みかけに来るつもりです!」


 空中部隊はやられてしまっただろう。あとは地上の部隊のみで立ち向かう他ない。


 外の様子が見えないことが問題だった。竜巻と嵐のために結界は灰色に包まれている。


「……?」


 どう動くべきか外の灰色に目を凝らしていると、敵の動きに変化があった。


 嵐が去り、竜巻が消え、結界の外が見え始める。雲はそのままだったが、雷も鳴りを潜め山の噴火も止まっていた。


 敵軍はオムンの猛攻に耐えられず死体の山を築き、こちらの本隊と同規模になるまで数を減らしていた。


「なぜ」


 呟いてすぐ気づく。視界を共有する騎士の一人がある集団を捉えた。天変地異を止めたのは味方のためだったらしい。


 百体程度の獣人が本隊の前に並んでいる。そしてその前に、真っ白な羽を生やした青白い肌の魔族が立っていた。ひどいくまと笑みに歪んだ眼が特徴的な痩せこけた顔――ポーランだ。


「やれ」


 ポーランの唇が動く。獣人たちが散った。


 コードガンが指示を出すまでもなく兵たちは魔術を放った。だが速い。火柱が立ち矢の嵐が降り注いでも獣人たちにはかすりもしない。


 元々の身のこなしに飛行能力が加わり、鉄の防壁を生み出す魔術まで得ているのだ。天変地異の中を当然のように生き抜いたことからも、実力の高さは明らかだった。


「まずは右端かなぁ?」


 ポーランが指示するのが見えた。獣人たちが瞬時に結界への攻撃を始める。


 蹴りが入り、火の玉が当てられる。結界は鈍い音を立てるのみでびくともしなかった。


 だがその動きひとつでコードガンは察した。やはり彼らは止めるべきだ。


 見抜かれたのだ。コードガンしか知らない結界の『弱点』を。


 獣人に今の結界を突破する力はない。ポーランの魔術を与えられたとしてもだ。しかしそれは、考えなしの一斉攻撃が行われた場合の話だった。


「おっと、左上が揺れたよぉ」


 ポーランがにやにやと指を差す。獣人たちは攻撃の場所を変えた。どちらも魔術の攻撃が降り注ぐことにはお構いなしだ。


「次は下だねぇ」


 一体二体と仲間が撃ち抜かれていくが、彼らは攻撃をやめない。むしろ苛烈を極めていった。


 間違いない。彼らは結界の『揺らぎ』を狙っている。


 コードガンの結界は攻撃を受けた際、微かに波打って厚い部分と薄い部分ができるようになっている。その柔軟さが守りをより強固なものとしていたが、結界が大規模になると『揺らぎ』も大きくなるという欠点があった。


 何度も波が起きれば『揺らぎ』はさらに深く大きくなっていく。そこで薄い部分を狙われればいくら強度を高めても守り切れない。


「真ん中」


 ポーランがさらに指示を出す。ついに『揺らぎ』がコードガン自身でも視認できるようになった。


「右下。もっと右」


 獣人は数を減らしていく。もう最初の半分もいない。


 しかし限界だ。いま奥に構える大軍に攻められたら容易に穴をあけられて突破される。


 ならばまずは大軍を近づけないように――。


 そう考えたところで、腹の底が震える感覚に気づいた。


 重低音が聞こえる。身体を直接揺さぶられるような嫌な感覚。音は徐々にはっきりして、兵たちも警戒を始めた。


 音の正体はすぐにわかった。結界が今まで以上に大きく揺れているのだ。


「なんで結界が――!」


「この音、どこまで大きく」


「くそっ、耳が……!」


 だがそれが分かってもあまりの大音量に警戒どころではなくなり、多くの兵が耳をふさぎだす。これではコードガンの声も届かない。


 こんなことは初めてだった。『揺らぎ』と呼べる範疇はんちゅうを越え、嵐に襲われた海のごとく激しく波打っている。


 揺れは際限なく激しさを増し、やがて――。




 結界がぜた。




 今までのように穴があいたのではない。半球状の結界が全てひび割れ、きらきらとした光の粉となり風に消えた。


 ケンペラード王国が誇る最高峰のとりでが、完全に崩れ去ったのである。


「これが、ポーラン……」


 その光景に兵のみでなく氷の女王さえも放心しかける。しかし重たい曇り空が目に入ったことで早くも気持ちを切り替えた。


「迎撃準備ィ!」


 その声に弾かれたように兵たちが宝石を光らせる。本隊の多くは遠距離魔術の使い手だ。オムンの攻撃にはある程度対処できる。問題は同時に攻めてくる大軍の――。


 地上の軍に注意を向けようとしたコードガンだったが、その視線は上空に吸い寄せられた。予想通り雷と豪雨が襲いかかってきていたが、それは問題ではない。本隊から打ちあがる無数の魔術が結界の代わりとなって被害を押しとどめていた。


 目を奪われたのは開戦時から浮いていた島だ。都市一つを上に乗せても申し分ない大きさの島が、雷雨と共に急降下してくる。


「う……撃てぇぇぇい!」


 本隊は全勢力をもって島を攻撃した。幾万の魔術が混ざり合い、島を端から砕き霧散させていく。天災規模の力がぶつかり合い、辺り一帯の大地を激しく震わせた。


 島は集中砲火に押し返され降下を止める。徐々に岩の塊が削れていき、その重さを完全に失った――かに思われた。


 本隊の端側にいた騎士が、触手のように蠢く木を視界にとらえた。それらは地上に落ちると本隊の周囲に根を張り、森として広がっていく。


 島は落ちると同時に、上から円状に木々の群れを発射していたようだ。島は囮だったのだ。気づけば本隊は謎の森に囲まれていた。


「ははは、やっと僕の出番みたいだね」


 木々は枝を振り根を伸ばし、本隊へ向けて浸食を始める。斬っても焼いても増殖が止まらず、あっという間に内側にまで入り込まれた。それに乗じ、獣人を含む敵軍が乗り込んでくる。


 名は知らないがこの森も魔族に違いない。オムンにポーラン、そして森の魔族――どうやら敵軍は、魔王なしで人類を滅ぼすつもりらしい。舐めてくれるなと言ってのける余裕はない。


 陣の中には森が入り込み、その助けを借りながら獣人たちが暴れ、空からは雷や嵐、溶けた岩の塊が降り注ぐ。共有する視界の全てに、味方の兵が散る姿が映る。


 魔王がいようといまいと関係ない。ここが正念場だ。


 コードガンはヘビの形をした結界を生み出し頭に乗り、自身の影に向かって命じる。


「守りは捨てます。あなた方はオムンとポーランを探してください」


 命令が終わるや否や、影から十数の人々が飛び出し散った。いずれも優秀な魔術師たちだ。仕事は必ず果たしてくれる。


 問題は本隊の迎撃がいつまでつか――『百の実』を食べていない兵たちが、いつ魔力切れを起こすかにある。


 壊滅の危機はすぐそこまで迫っていた。




          *




 雲の下を屋根のない馬車が飛んでいた。


「思ったより時間を食っちまった。皆やられてなきゃいいが」


 ミィチが呟く。念力で飛ぶ馬車にはぼくとミィチの他に、プリーナとマイスだけが乗っている。


「心配ないわ。強い人がたくさんいるもの。ひょっとしたらわたしたちの出番はないかもしれないわね」


「そうだね。うん、大丈夫だよ」


「ま、ここで考えても仕方ないのは確かか」


 必要だった時のために急いではいるけど、皆が勝ってくれるならそれが一番だ。プリーナたちにも戦ってほしくはないし。


「二人とも無理はしないでね。危なくなったらすぐに」


「またそれか。ちょっとしつこいぜ」


「ご、ごめん」


「大丈夫よ。簡単にやられたりはしないわ!」


 実はプリーナとミィチも『百の実』を食べてきていた。ぼくがもらった魔力よりはさすがに少ないけど、これで二人の力を最大限に引き出せる。


 特にプリーナの魔術は魔王を相手にしたときに役立つはずだ。できればその機会はないほうが安心なのだけど……。


「――止まれ」


 マイスが短くいった。視線の先を追う。大きな影が飛んできていた。


「あれは……船?」


 鉄の……戦艦らしきものが空を飛んでいた。近づくにつれ、蜂の巣を思わせる無数の穴が見えてくる。底にあいた穴からは銀色の光が漏れていた。


「がっはっはっは! まさかお前さんたちも空を飛んどるとはなあ! 危うく見過ごすところだったぞォ!」


 空飛ぶ戦艦の前面には鋭い角が生えている。そこにボロボロの着物を羽織り、前進に包帯を巻いた老人の姿があった。


 最悪だ。早く戦場に向かいたいという時に。


 いや、見方を変えればあれを戦場で暴れさせずに済んだことになるだろうか。


「元気にしとったみたいだなあ、マイス! サーネル! まったく残念だァ! ぐはははははは!」


「……奴のほうからやってくるとはな。好都合だ」


 マイスが立ち上がり、右手を開く。無から現れた超重量の大剣を握り、包帯の老人――ガラードに向けた。

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