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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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37. 魔術師と石像

 戦が続いていた。


 黄色い膜の結界で身を守る本隊に前、左右、空から無数の魔族が押し寄せる。結界に爆撃や集団突撃が仕掛けられると同時、魔族を巨大な火柱や剣戟けんげきが襲う。


 結界に一瞬でも穴ができると、好機とばかりに周辺からさらなる数の魔族が攻めようとするが、そこでノエリスたち伏兵部隊が死角から襲撃し勢いを弱めさせる。波が引くと山岳に戻り息をひそめ、つぎの襲撃の機会を待つ。


 強化魔術に特化した敵部隊が『百の実部隊』によって返り討ちにされてから、この流れがしばらく繰り返されていた。敵の動きは単調で分かりやすく、人類側の動きには危なげがない。ほぼ一方的に敵の数を減らし続けている。


 今のところは。


「――そこ!」


 大地を埋め尽くす屍の上にノエリスが粘着液を放つ。仲間の死体を踏みつけ進もうとした魔族たちが足を取られ、それらがさらに後方からの軍勢を押しとめた。生じた隙を逃さず伏兵たちが爆撃し、ノエリスたちは再び山岳へ引いた。


「畜生、ホントに切りがねえな!」


 爆発頭の男が堪え切れずに怒鳴った。覚悟していたこととはいえ、こうも休みなく攻め込まれ続けると気が滅入る。ここで魔王でも現れれば空気は一変するのだろうけれど。


 山道に生える木々に隠れ息を整える。ここにきて理解したが、まだ総力戦は始まっていなかったらしい。あまりの戦力差に圧倒され見誤っていた。


 この膨大すぎる戦力の投入は単なる消耗作戦だったのだ。魔王はおろか、ガラードたちも姿を見せていないことから明らかだ。まさか敵を消耗させるためだけに無数の軍勢を消費しようとは考えもしなかった。


 そろそろ魔力が底を尽きる者も多くなってきた。膨大な魔力を持つ『百の実部隊』はともかく、伏兵部隊は長くはもちそうにない。


 敵の単調な動きも厄介だ。それ自体を制圧するにはやりやすいが、長く続くとどうしても集中や警戒がゆるんでしまう。疲労も感じやすくなり、時間が経つにつれ戦況の変化に対応しにくくなっていく。敵の術中にハマっていると取れなくもなかった。


「すんません姉御。ちょいと気合入れ直したいんで殴ってもらってもいいですかい」


「え」


 いきなり言われて面食らう。そうした荒々しい気合の入れ方はノエリスには馴染みのないものだった。けれどすぐに頷き、拳を構える。


「顔でいい?」


「お願いしやす」


 躊躇ためらいはしない。これで気持ちを切り替えられるのなら――。


 ノエリスは男の頬をめがけ拳を振った。


 けれど当たらなかった。


「あれ」


 空振りして体がぶれる。どうして外したのだろうと動いた視線を戻し、ノエリスは固まった。


 眼前から男の姿が消えていた。


 代わりにそこにあったのは赤黒い飛沫しぶき




 たった今殴ろうとしたはずの顔は、数歩離れた木に叩きつけられ潰されていた。




 全身の皮膚が泡立つ。目を剥いて構えるけれど、すでに敵の姿は見えない。だが正体は分かった。言葉のとおり目にも留まらぬ異常な速さ――獣人が攻めてきたのだ。


「仕留めるぞ!」


 部隊長の声がかかる。これは撤退の命令だ。ノエリスは弾かれたように走り出し、同時に粘着液をまき散らした。


 獣人を相手に地の利を生かした戦法を通じない。だから伏兵たちは撤退し山を焼き払うのだ。仕留めるというのは、山ごと獣人を焼き殺すという意味だった。


 ただ逃げるだけでは意味がない。だからノエリスのような足止めの魔術が使える者は命がけでそれを仕掛け、あわよくば獣人たちを逃げられなくしようというわけだ。ノエリスたちにできるのはそれくらいだ。


 木々の間を走り、枝に乗り、幹を蹴って進む。近くを走っていた仲間の首が飛んだ。振り返らずに逃げる。粘着液をまき散らす。


 姉御と呼んでくれた男の顔がちらつき、首を振った。ここで殺されるわけにはいかない。立ち止まる余裕はない。


 山を出た。上方に空中部隊が浮かんでいる。開戦して間もなく本隊と合流していたはずだけれど、戦況が変わって再び空に広がれたようだ。浮遊する島には近寄らず、周辺の山岳への攻撃に集中する構えらしい。


 すでにいくつかの山岳が燃やされ、目もくらむような光が幾度も瞬いていた。ノエリスたちはそれを横目にまっすぐ結界へ向かった。伏兵部隊は足の速い者が多い。本隊の合流するのに時間はかからなかった。


「に、逃げ切れた……」


「あとは空中部隊に任せれば大丈夫だ! 獣人に勝ち目はない!」


 兵たちがほっと息をつく。獣人の撃破は壁の一つだった。山の中でどれだけの犠牲が出たかは分からない。けれど前に進んだのは確かだ。


 魔術の扱いが下手な獣人に空中部隊を当てられたのは大きい。空から来る魔族たちには『百の実部隊』が攻撃を続けているから、そちらの心配もない。ノエリスたちはそう考えていた。


 だがそれは、誤算だ。


「お、おい! あれ!」


 誰ともなく声があがる。山から空中部隊へ向け、幾つもの雷が上がっていた。


 ノエリスは近く山から影が飛び出すのを見た。獣人のようだった。


「獣人が、飛んでる?」


 というより、空中を蹴って走っている。しかも一体や二体ではなかった。常識にはありえない光景だ。


 獣人たちは瞬く間に空中部隊に飛び込んだ。部隊が揺れ、次々と兵が落ちていく。


「何が起きてるの……?」


 ノエリスは事態についていけず、呆気に取られることしかできなかった。




          *




 空を浮遊する島の上から、とある魔族が戦場を見下ろしている。


「あーあ。あなどったねぇ? 馬鹿ばっかりだなあ。戦場で油断なんかしちゃいけないよぉ」


 ボリボリと首をかきながら、美しい白い羽をもつ魔族が呟いた。


 聖者のごとき清らかさを感じさせる羽とは対照的に、異常に濃いくまとニヤついた目が発する気配は悪魔じみている。頬骨の目立つ痩せこけた顔も病的で、肌の青白さがさらにそれを際立たせた。


 |蠢く泥水≪バンリネル≫は遠くから彼の背中を見ている。バンリネルは彼の侵攻を恐れていた。


 彼の名はポーラン、大陸を支配する魔族の一体だ。獣人に魔術を使わせたのは他ならぬポーランだった。


 大陸の支配者の中で彼は最も弱いとされる。しかしそれは個として見た場合であり、部下を得た場合には変わってくる。


 驚異的なのは魔術師としての技量だった。彼は魔力を秘めた道具を生み出すことで、多くの部下たちに自身の魔術を使わせることができるのだ。


 空を駆け火を放ち、防壁を張り怪我した身体を治療する――そうした多彩な技を彼の部下全てが扱える。それこそがポーランという魔族の強さであった。


 彼が動けば確実に多くの悲劇が生み出される。バンリネルはそれを恐れている。けれど何より案じているのはサーネルの安否だ。


「サーネル様、どこ……」


「ははは、君も相変わらずだね」


 バンリネルが身を隠していた木が突然揺れて喋った。島の上を覆う森の魔族、ハイマンだ。


「サーネルは魔王様を裏切ったんだから、いくら心配したって意味ないと思うよ」


「ぅぅ……」


 敵意のない能天気な声にもバンリネルは委縮いしゅくする。ハイマンはさらに呑気な声になって笑った。


「はははは、大丈夫さ。こんなにいい天気なんだから死んだって平気だよ」


 バンリネルにはハイマンが何を言っているのか分からなかった。


 その時、ポーランはひどく長く息を吐いた。


「ふぅぅ……そろそろ獣人どもに教えてやるとするかなぁ」


 ボリボリと血が噴き出すほど首をかき、くつくつと肩を揺らす。


「さっき言ってた弱点ってやつ? なんなんだい、それ?」


「……話しかけるなよ」


 ポーランは声を険しくする。相手がハイマンだからではなく、彼はいつもこうだった。


「あはは、ひどいなあ。それで、なんなんだい?」


「うるさいやつだな。見てれば分かるよ」


「えー」


 ハイマンの抗議の声も聞かず、ポーランはさっさと島を飛び降りた。


「僕、下の様子よく見えないんだけど」


 呑気な嘆きを聞きながらバンリネルは震えた。ポーランは何をするつもりなのか、止めるべきなのか、動いたとして実際に止められるのか。


 ぐるぐると頭を悩ませた結果、バンリネルは恐怖で動けなくなった。


 だが絶望はそれだけに留まらない。


 ポーランが消えて間もなく、ぷかぷかと宙を浮きながら苔むした石像が現れ、無言で島を飛び降りた。


「あ、オムンも行くんだ。ってあれ? もう行っちゃった?」


 オムン――ごつごつとした人の顔をすその石像もまた、大陸を支配する魔族の一体だった。


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