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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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31. ミィチの提案

 長い沈黙が流れていた。


 とある補給地点の小屋の中で、ぼくたちは燭台の灯りに照らされて食事を摂っている。具だくさんのスープはいつもながら温かくて美味しいけど、味を楽しむ気分ではなかった。


 シーベルやロワーフたちは首都に残った。今いっしょにスープを飲んでいるのは、プリーナとミィチ、マイス、ノエリスの四人だ。元々無口なマイスとノエリスはともかく、プリーナが喋らないのは違和感が強く、空気を重く感じさせる。


 誰も声を発そうとしない理由は他でもない。魔王城への潜入に失敗したためだ。というよりあれは失敗以前の問題だった。


 幹が、枝が、地面が、葉が――何もかもが波打つように歪んだハイマンの森に突入したあの時、ぼくたちは数えきれないほどの視線に取り囲まれた。


 地面に寝る者、幹を這う者、枝に留まる者、宙を飛び回る者。大きな虫のような者から三メートルはくだらないであろう背丈の者までがうごめきひしめき合っていた。『扉』の位置によっては虫の群れに飲み込まれていたことだろう。想像するだけで身震いがする。


 ハイマンは大森林と呼べるものではないだろうけど、決して小さな規模じゃない。それを魔族でびっしりと埋め尽くすのだから尋常な数ではないはずだ。前は魔王城のすぐ近くでしか魔族とすれ違うことなんてなかったくらいだし、魔族が既に集められているのは間違いない。


 となればガラードのような重要な戦力も揃えられている可能性が高い。そうなってくると、もはや少数精鋭だなどとは言っていられなかった。総力戦を仕掛けるなら『扉』を使っての侵攻はむしろこちらが不利になるだけでいいことが何もない。


 結論として、魔族との全面戦争を受けるしかないということになった。


 襲ってきたのは徒労感。二、三十日ものあいだ散々走り回ってきた苦労は何だったのかと、口には出さないけど誰もが思っていたはずだ。そのためにずっと重たい空気が立ち込めているのであった。


 けど、いつまでも沈み続けるぼくたちではなかった。


「要するに勝てばいいんだろ」


 スープを飲みほしたミィチが沈黙を破った。


「元々オレたちが魔王城を攻めようとしたのは、そうしなきゃ勝ち目がないと思ったからだ」


「だが今は違う、か。そうだったな」


 と、マイスがうなずく。プリーナもテーブルに手をつき立ち上がった。


「そうね。ネアリーの人たちがいれば望みは十分にあるわ。あのヌテラコックをあっさり返り討ちにしたんですもの!」


「あっち側の化け物どもも何体か沈んでるしな。コンズ、ベルディ、ヌテラコック……この三体を戦争前に倒せたのは大きい」


 確かに国ひとつを潰せると言われるレベルの怪物たちを人々は三度も打ち負かしているのだ。しかも、戦ったぼくもマイスも、おそらくはネアリーの兵士たちも、深い傷を残すことなく生き残っている。


 もっと言えばネアリーは一部の兵を動かしたに過ぎない。目立った戦力のみで見ればむしろ優位に立っているとすら言える。


 問題は敵の全体数と魔王の力がどれほどかというところだけど、そこは想像ばかりしてもしょうがない。できるだけの準備をするだけだ。


「と……なんとなくオレたちも戦う方向で話が進んでるけど」


 ミィチはちょこんと腰かけていたベッドから降りると、思い思いに腰を下ろしている皆を見回した。


「みんな戦争に参加するってことでいいのか?」


 言葉を発する者はいない。無言の肯定。腹は決まっているということらしい。もちろん、ぼくもだ。


「ま、そうだよな」


 気楽に笑ってミィチは座り直す。


『扉』を利用する意味がなくなった今、ぼくが人々に手を貸したところでできる助力なんてたかが知れている。でも、もうこの世界はぼくにとって『異世界』と言えるほど遠いところじゃない。もし大きな意味を残せないとしても彼らといっしょに戦いたかった。


「あのさ」


 ノエリスが口を開いた。自ら意思をもって話し出すのは、ツワードが逝ってしまってからは初めてかもしれない。やつれた様子なのは変わらないけど、目に力を感じた。


「わたし、ネアリーに行くよ。それでいっしょに戦わせてもらう。わたしの魔術は乱戦に向いてるから」


 ノエリスの言葉にはぼくたちと離れるという意味も込められているようだった。


 驚きはしない。彼女の魔術は強力な粘着液を放つというものだ。確かに足止めに向いたこの魔術は大勢での乱戦時のほうが役立つにちがいない。魔王を追い詰めたいと思うのなら、ネアリーの戦士たちに加わった方が自然だ。


 魔族のぼくではそうもいかないだろうけど、ノエリスだけなら受け入れてもらえるかもしれない。


「勝手なことを言ってごめんなさい。でもわたしは、魔王を倒すためにやれるだけのことをやりたい」


 決意のこもった眼差しだった。止める者はいない。元々彼女の気持ちに甘える形でついてきてもらっていたのだ。許可なんて必要ないだろう。


 だから代わりに声援を送った。


「行ってきてください。ぼくたちも同じ気持ちですから」


「……ありがとう」


 こうしてノエリスの戦場が決まった。


 彼女の中で燃える怒りは生半可なものではないはずだ。それでも彼女は冷静に、自身がもっとも上手く立ち回れる場を選んだ。


「さて。それならオレたちも戦い方を考えるとするか」


 そうだ。ぼくたちも考えないといけない。どこでどう戦うのが正解か。どうすれば魔王を追い詰められるのかを。


 そう容易いことではないのだけど。


「まずオレからの提案を言わせてもらうぜ」


「え? 何かあるの?」


 思わぬ言葉に期待の眼差しを向けると、ミィチは口の端を上げる。


 人差し指を立てた彼女が提案する。それは予想だにしていなかった、思わず呆気に取られてしまうものだった。


「とりあえず、戦争が始まったら首都に侵入する」


「――へ?」


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