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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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30. 最後の好機

 氷のように冷たい目を見返しながら、ぼくは知らず知らず後ずさる。


「そんな。まさか本当に……」


 シーベルに連れられ移民たちと共にネアリーに戻るとコードガン女王が待っていて、魔王からの宣戦布告があったことを知らされた。


 想定していたことではあった。でもまさかこんなに早く動いてくるとは思わなかったし、気楽に受け入れられることでもない。茫然自失ぼうぜんじしつとしてしまった。


 移民たちが先に結界内へ通されていく。見送るあいだに詳しい話が聞けるかと思ったけど、宣戦布告は非常に簡潔なものだったらしく、他の情報といえば開戦が『十日後』であることくらいだった。


 その場に残ったのは、ぼく、プリーナ、マイス、ティティの三人と一羽。それにシーベル、ロワーフ、エラリアの三人も女王に呼び止められた。


 それと。


 着いた時から気になってはいたのだけれど、何故かミィチとノエリス、おまけにケイティまでも女王の後ろに立っている。


 この場に味方が勢ぞろいしているのは、何というかとても嫌な予感がする。


 こちらの緊張など気にも留めない様子で、女王はシーベルたちと話を始めた。


「多少の猶予があるとはいえ、今からでも戦に向けた準備を進めなくてはなりません。シーベルにも引き続き協力していただくことになりますが、よろしいですか」


「も、もちろんだよ!」


 あまりに平常通りの女王に面食らいつつもシーベルは頷く。女王は穏やかな笑みを返し、


三人に具体的な作業を割り振る。


 その途中、思い出したようにぼくたちに視線を移した。


「そういうことですので、あなた方にはお帰り願いたい」


 不意を突かれどきりとした。やっぱりそうきたか。


「ぼ、ぼくたちも戦います!」


 反射的に言ってしまった。恐れながらとか付けるべきだっただろうか、などと遅れて気づき内心で焦る。


 コードガンは穏やかな表情を崩さずに答えた。


「それはご自由に。ただ、結界内に立ち入らせることはできません」


 口調も笑みも決して高圧的なものではないのに、やはり瞳は冷たく隙がない。反論を許さない断固とした迫力があった。


「怪我の治療は十分でしょう。その方も動けるようです」


 コードガンは視線でノエリスを示す。元々首都に入れてもらえるのは体が回復するまでのあいだだった。ノエリスのことでそれが少しだけ先延ばしになっていたけど、譲歩できるのはここまでということだろう。


「――わかりました」


 しかたがない。諦めよう。ぼくたちが首都を目指していたそもそもの理由は居座ることじゃない。


 最後の機会だ。もう一度お願いしてみよう。シーベルたちの後ろ盾もある今なら話を聞いてもらえるかもしれない。


 ――そうなのだ。まだチャンスはある。宣戦布告は届いてしまった。だけどまだ、戦争は始まっていないのだ。


 今なら間に合う。ひそかに呼吸を整え、ぼくは瞳に力をこめた。


「それとは別に申し出があります。ぼくたちはこれから――戦争が始まってしまう前に、魔王城に乗り込むつもりです。魔王を討つために」


 女王はわずかに口元を引き締める。


「私たちにも同行してもらいたいと?」


 さすがに察しが良いというか良すぎるというか、心を読まれている気分だ。でも恐れるべき時じゃない。ぼくは迷わずに頷く。


「宣戦布告をしたばかりの今なら魔王の元に魔族は集まっていないと思います。魔王を討つなら今が最後の好機――成功すれば人類の勝利はより確実になるはずです」


「……」


 女王は表情を変えず、口も開かない。沈黙は怖いけど思案している証拠。いい傾向だ。あと一押しすれば。


「魔族であるぼくなら魔王城へ続く『扉』を開けられます。そこを通ればすぐにでも攻め入ることができます。大軍で侵攻するのは難しいですが、総力戦を仕掛けられるよりはずっと――」


「行けません」


「え?」


「その提案には乗れません」


 静かながらもはっきりとした答えにぼくは息を飲む。


 さすがにそう簡単にはいかないか。こうなるとぼくだけでは……。


「恐れながら」


 と、その気おくれを察したようにロワーフが前に出、ひざまずいた。


「サーネル殿の策は信頼に値すると愚考します。我々はこの場へ舞い戻るより早く、宣戦布告が来ることを予期しておりました。他ならぬサーネル殿の読みによって」


「……ほう」


「敵の罠を危惧するはごもっとも。いま貴重な戦力を失うわけにはまいりませぬ。さすればこのロワーフめに御命じください。魔王城の様子を探って参りましょう。ご判断あそばされるのはその後でも遅くありませぬ」


 思わずロワーフの横顔を見る。シーベルならともかく、彼がここまで言ってくれるとは思ってもみなかった。単なる口添え程度の話じゃない。命さえ賭けると申し出ているのだ。


 これにはコードガンも少しばかり目を見張った。氷のような瞳に人らしい表情が見えたのは初めてだった気がする。


 やがてコードガンは頬を固く引き締め、頷いた。


「わかりました。あなたがそこまで仰るのであれば止めはしません。様子を探る価値があることも確かです」


「!」


 許しが……出た?


 弾かれたように皆と目を合わせる。マイスは地面にひざをつけながらも小さくうなずいてくれ、ミィチは目を見開きながら笑みを浮かべた。ノエリスは暗い顔で女王を見上げていたけど、その瞳に覚悟の火が灯るのを確かに見た。


 プリーナは、ぼくの手を握ってくれていた。


「それでは」


「ですが油断はしないでください。あなたの死は人類にとっての損失にも繋がりかねない。それをお忘れなきように」


「はっ! もったいなきお言葉」


 ロワーフがさらに深くこうべを垂れる。


 ついにネアリーからの協力を得られる。ロワーフの帰還にさえ成功すれば。


 まだ油断はできない。でも。


 これはきっと今までで一番大きな、勝利への前進だ。




 けれど。


 ぼくたちはそれによって思い知らされることになる。


 とうに人類には、魔王の望むように踊ることしか戦う道が残されていないことを。




          *




「お父様」


 コードガン女王が去ったあと。


 ようやくおもてをあげたロワーフにプリーナが俯きがちに声をかけた。


 少しためらうような間がある。ロワーフの傍らでエラリアが不安げな顔をする。プリーナはそちらにそっと笑いかけてから、今度こそ口を開いた。


「ありがとうございます。わたしたちを信じてくれて」


「信じたわけではない。危険を承知の上でも耳を貸す価値がある。そう踏んだにすぎん」


 ロワーフは固い声で答え、背を向ける。


 プリーナは寂しげに笑う。けど、彼の言葉はそこで終わりではなかった。


 娘に背を向けたまま、声を落として彼はつづけた。


「そういうことにしておいてもらえるか」


 その言葉にプリーナははっと顔を上げ、一瞬くしゃりと顔を歪める。でもすぐに普段の笑顔に戻って、小首をかしげてみせた。


「ごめんなさい。何のことか分からなかったわ」


「……ふっ。ならばよい」


 ロワーフも笑むような息を漏らす。知らず知らず張り詰めていたらしい場の空気もふっと緩んだ。


「えっ、ねえラージュっちラージュっち」


 シーベルが寄ってきてぼくに耳打ちする。


「この空気なに? いまの会話でなごむとこあった?」


「ぁ……」


 呆気に取られるのを隠せず黙ってしまった。そしてつい、ぷっと吹き出す。


「んなっ!」


 それに釣られるようにして何人かが笑った。


「えっ、ちょっ? なんなんだよー!」


 シーベルが慌てると笑い声はさらに大きくなった。


 ほんのわずか、和やかな時間が流れる。


 策が成功しても失敗しても、これからぼくたちには激しい戦いが待っている。だからこそ笑った。


 最後になるかもしれないから、というのもある。だけどそれ以上に、これが力になると信じていた。魔王を前にして体が震えてしまっても、自分の力を出しきれるように。




 それからぼくたちは『扉』のある岩山へ向かった。このあたりの『扉』の位置は把握していなかったけど、ロワーフが案内してくれたおかげですぐたどり着くことができた。


『扉』の権限が剥奪されていないか不安になったけど、きっとその心配はないだろう。あの魔王が、いかに戦争を楽しみにしているからといって強襲される可能性を摘み取っておくとは考えにくい。


 魔族の勝利より己の愉悦を優先する。それがブラムスのり方だ。


「魔王城には末端の魔族が数多く配置されていて、加えてハイマンという森の姿をした魔族が城を取り囲んでいます。戦力が集まっていないとはいえ危険な場所です。


 なので潜入はぼくとマイスさん、ロワーフさんの三人だけで行います。ハイマンという見張りがある以上、潜入ではこの人数が限界です」


『扉』の隠された大岩を背にして潜入作戦の説明を始める。ロワーフやミィチのほうが明らかに向いていると思うのだけど、内部の様子に一番詳しいぼくに任されてしまった。


「わたしも……」


 ノエリスが言いかけ、やめる。どうやら動けるようにはなったようだけどやはりまだ顔色が悪かった。


 それ以外に異論は出ず、もたもたしている時間もないためさっそく『扉』の大岩に手を添える。


 掌から衝撃を放つとたちまち大岩に雷が落ち、大岩が青白く燃え始めた。それはビリビリと張り詰めた布が裂かれるような音を立てて破れていく。


 やがて大岩を真っ二つに割るような亀裂が出来上がり、そこに『穴』が出来上がる。


「これが――」


 ロワーフが息を飲んだ。実際に見るのは初めてだったらしい。


 大岩の中身を露わにするはずの『穴』の内側には、ぼんやりとした灰色の光が覗いていた。


 皆へ振り返ると、プリーナと目が合う。真剣な眼差しに、強く頷いてみせた。


「気をつけて」


「うん。行ってきます」


 マイス、ロワーフに視線で合図し、『扉』の向こうへ足を踏み入れる。


 そして。ハイマンの森に飛び出し、ぼくは絶句した。


「な――」


 予想外の光景に全身が硬直する。


 後ろから首根っこをつかまれる。つぎの瞬間、視界が再び『扉』をくぐっていた。身を空中に投げ出されごろごろと地面を転がる。


「ラージュっ?」


 身を起こすとプリーナたちが駆けてきた。まだ開いている『扉』のそばではロワーフを抱えたマイスが着地したところだった。どうやら動けなくなったところを投げ飛ばして助けられたらしい。


「敵に見つかったかっ?」


 ミィチに問われ言葉に詰まる。まさにその通りだったからだ。




 それも、数えきれないほどの敵に。




「……遅かった」


「は?」


「手遅れだった。魔王城には攻めこめない」


 城を取り囲む森は無数の魔族によって埋め尽くされていた。魔王は既に配下の者たちを集めていたのだ。


 ……腹をくくるしかないようだ。


 いま乗り込んでもかえって不利になるだけ。もう魔王のみを討つという策は通じない。こちらに残された道は魔王の望み通り戦に出ること、ただ一つだった。


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