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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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18. 夜闇のなかで

 日が暮れて、夜の闇があたりを包む。


 衛兵が二人立っているのが見える。その背後には青黒い石材をふんだんに使った屋敷があり、ほとんど人気のない町の中で大いに存在感を示していた。


「間違いないぜ。あの中だ」


 声をひそめてミィチがいった。


 ぼくたち六人と二羽は、巨人の連れがいるという補給地点に来ていた。衛兵と出会わなかったのをいいことに、ひとまず立ち並ぶ家々の陰に身を隠して町の様子を探っている。ティティとケイティは念のため入ってすぐにあった小屋で休ませてあった。


 衛兵が見張りをしている以外に移民などの姿はなく、外を出歩く者は五人といなかった。これは他の補給地点と比べて明らかに少ない。屋敷の中にいるという巨人の連れ二人を護衛していると見て間違いなさそうだ。


 魚人に襲われた反省によるものか守りが堅い。簡単には会わせてもらえそうになかった。


「戻りましょう」


 ツワードの声で一度引き返す。


 それからぼくたちは衛兵たちから距離を取りつつ彼らの動きを見張れる場所を探し、かつて宿だったらしい板張りの建物に行き着いた。一階からは向かいの家しか見えないけれど、屋根の上まであがると様子をうかがえるという絶妙な位置にあった。


 奇襲にそなえ暗闇に目を慣れさせているのか灯りの類は一切見当たらない。加えて夜空も曇っているため細かい動きはよく見えないけど、人影があれば十分にその輪郭をうかがえた。むしろこちらは建物の影と同化しやすいから好都合だ。


「さて、どうする。正面から会いに行ってみるか? あくまで穏便にだぞ」


 全員で屋根に乗り衛兵たちを見張りながらの作戦会議に入る。まずミィチが切り出し、マイスが首を振った。


「知らぬ存ぜぬを通されるだけだろう」


「なら中に忍び込むのはどうかしら。わたしの魔術なら……」


「私たちの目的は巨人です。今は踏み込まず、巨人がやって来るのを待つのはどうでしょう」


 その提案にみんなそれぞれに頷く。


「ああ。それで構わない」


「そうだね。そのほうが手っ取り早いかも」


「オレもいいぜ」


「わたしも賛成よ。――ラージュは?」


 声をかけられてはっとする。表情は分からないけど、みんなの視線が集まっているのに気づいた。


「う、うん。それでいいと思う」


 思わずそう答えたけど、本当はちゃんと聞いていなかった。


「……」


 誰かの視線がじっと動かないのを感じてぎくりとしたけど、すぐにみんな話し合いの続きを始めた。今夜のうちは屋根の上から交代で見張りをつけることに決まり、残りのみんなは元宿屋で眠ることになった。


 もう少しで、きっと明日には巨人と会える。不安要素は残っているものの事は順調に進んでいると言えた。


 だけど。はしごを使い宿の下に降りながら、ぼくは思う。


 本当にこのまま、巨人と会っていいのかな。




          *




 久しぶりに悪夢を見た。


 四年前から何度も何度も繰り返し見た夢。つい最近までも、毎日ではないけれど度々(たびたび)ぼくの前に現れていた夢。


 ここしばらくは心の奥底に沈み込んでいた。だけど今日、泥の溜まった池に石を投げ込んだみたいに、再び表面に浮き上がってきた。


 ぼくは震えていた。動くこともできず、ただ草木の陰に隠れている。


「お姉ちゃんに任せなさい!」


 そういってお姉ちゃんは人殺しの青年のもとへ駆け下りていった。果敢に声をあげ、驚いた青年ともみ合い、やがてその声をすすり泣きへと変えていく。


 視界に赤が広がる。這いつくばった先の草も土も、一様に赤黒く変色していく。


 ――そこで目が覚めた。


 真っ暗な部屋にいた。呆然とした気分でじっとしているうち、板張りの天井が見えることに気づく。あれから無事に補給地点に到着し、かつて宿であったという空き家に泊まらせてもらっていたのだった。


 息をつく。心臓がバクバクとなっていた。あの夢を見るのはとても苦しいし、これからも慣れることはないだろう。でもぼくには拒む権利がない。お姉ちゃんを身代わりにして生き残ったぼくは、絶対にこの出来事を忘れてはならないのだから。


 お姉ちゃんは殺された。殺人鬼からぼくの命を守るために、自ら身代わりとなって死んだのだ。怯え切ったぼくはそんなお姉ちゃんを止めることができなかった。


 どうして今この時ふたたび夢を見たのか、理由ははっきりしていた。気づかないふりにも限界がある。だけど敢えて事実を口にするのは恐ろしかった。


 見張り中のツワード以外はみんな眠っている。大部屋に全員そろって雑魚寝する形だった。ひとつだけ個室も用意されているけど、いつ何が起きるか分からないからなるべく固まることにしているのだ。


 部屋を出る。見張りを交代しに行こう。


 梯子はしごを使い平たい板張りの屋根の上にあがるとツワードの背中があった。声をかける。


「どうですか?」


「動きはありませんでした。巨人も今夜は休んでいるのでしょうね」


 ぼくもそう思う。だからといって見張りをやめるわけにもいかない。それから一言二言交わすと、ツワードは下に降りて行った。


 体育座りをして例の屋敷へ視線を投じると、すぐにまた背後で足音がした。


「隣、いいかしら」


 座ったままで振り返る。髪をほどいたプリーナが立っていた。


「見張りならぼく一人でも」


「お話がしたくなったの」


 プリーナはそういって腰を下ろす。風が吹いて微かに彼女の匂いがした。香り付きの石鹸なんてないはずなのに、なんとなく甘い感じがするのがふしぎだ。


 軽い口調に油断してぼんやりそんなことを思っていると、ふいに顔を覗き込まれた。


「変だわ」


 ぐっと詰め寄られてぎょっとする。彼女とだと何かと距離感が近くなってしまう自覚はあるけど、鼻先が触れるんじゃないかというほど迫られるとさすがに心臓に悪い。


 だけど夜闇のなかではお互いの表情はよくわからなかった。


「な、何が?」


「今夜のあなたよ。ずっと何か考えているんでしょう? さっきもぼうっとしていたし、食事の時だって」


「全部食べたけど」


「あれは無理やり詰め込んだっていうのよ」


 よく覚えていないけどそうだったかもしれない。上の空だったのは本当だから。


 考えるべきことがあって、それから目を背けていた。事実を受け入れるのが怖かった。


 そう。それが悪夢をよみがえらせた原因だ。


 視線を前に戻す。ぼくは早々に観念して答えた。


「いらないんじゃないかって思ったんだ」


「……いらない?」


「ぼくの助けがだよ」


 ああ。情けない。ただ真実を口にしようとするだけで、こんなにも声が震えてしまうなんて。どれほど恐ろしく痛みを伴うことでも、受け入れるしかないことくらい分かっているはずなのに。


 意を決し、先を続ける。


「この世界の人たちにぼくの力は必要ない。ぼくが何もしなくても魔王は倒されて、この世界は救われるんじゃないかって。ヌテラコックが負けたって聞いた時、思っちゃったんだよ」


 この世界に来たばかりの頃、魔族に支配された人々を見て、実情を知って、このままでは人間は負けてしまうと考えた。だからこそぼくはサーネルの力で世界を救おうと思ったのだ。


 お姉ちゃんを身代わりにして生き残り、お姉ちゃんを殺すために生まれてきたみたいなぼくが、それでも生きていることを許されたいと願って。


 だって世界を救えてしまえたら、さすがのぼくも、死ななくて良かったんだって思えるはずだから。


 でも。


 ネアリーに行って女王とその魔術を目の当たりにしてから、薄々勘付いてはいたんだ。ぼくなんかが迷い込まなくたって、この世界は勝手に救われていたんじゃないかと。その疑念が今日、はっきりと浮き上がった。


 もちろん止まるつもりはない。魔王は必ず倒す。だけど。


 もしぼくがいなくても魔王を倒せるのだとしたら。


 無事に魔王を倒したとしても、生まれてきてよかったと思える理由にはならないんじゃないだろうか。


 唇をぎゅっと結び、うつむく。


 その時。プリーナの手がぼくの指を取った。


 かぷりと噛まれる。


「痛っ。ぷ、プリーナ?」


 無言のまま彼女は動かない。ほんの一瞬雲の隙間からのぞいた月が、ぼくを見つめるまっすぐな碧眼を浮き上がらせる。


 やがて小さく唇が動いた。


「ラージュ、あなたは――」


 けどプリーナは言葉を切り、視線をぼくの背後へ飛ばす。


 つられて視線を追うように振り返る。わずかに目を凝らし、はっとした。


「あれは」


 月明かりを反射する土色の水たまり――昼間にぼくたちとシーベルを助けた泥水の魔族が、悠々と道の上を移動していた。


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