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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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17. 世界を救う者たち

 わっせ、わっせ、わっせ。


 掛け声が聞こえる。建物のないひどく殺風景な景色の中を、体から湯気を立てた大男たちが巨大な丸太を抱えて駆けてくる。


 ぼくたちが補給地点に戻ってきて、感覚でおよそ一時間。早くも町の復旧作業が始まった。


 ついさっきまでヌテラコックの分身、その生き残りを殲滅していたはずなのに、もう次の作業とは恐ろしい。


 そう。ヌテラコックは死んだ。ぼくやマイスが到着するよりも早くに。


 たった一体で一国を滅ぼしたとされる魔族を、さほど時間をかけることもなく、首都ネアリーから送られた援軍が倒してしまったのだ。


 驚くべきことではあったけど、冷静になってみれば信じられない話じゃない。そもそもぼくらも、戦力があることを期待して近づいたのだから。


「やっぱりすごいね。ネアリーは」


「ええ。心強いわ」


 砕け散った茅葺屋根の残骸に座りながら、プリーナとしみじみ呟く。その横でミィチがため息をついた。


「それよりあいつ、いい加減どうにかならないのか」


「おぎゃあああ! おぎゃああああ!」


 ミィチは鬱陶しそうに耳をふさいだ。さっきから遠くでシーベルが何事か叫んでいる。


「どうしたの? というかその声なに?」


 五分以上もそんな調子だったから見かねて声をかけに行くと、彼女はぜぇぜぇと息を切らした。


「うーん……合言葉?」


 仲間とはぐれた時に出すことになっていた言葉らしい。そういえばここが襲われたと聞いて彼女はかなり必死になっていた。


 けど、もうちょっとまともなのはなかったのだろうか。


「でも近くには見当たらないんよね~。あ、ちょい失敬。オッチャンと女の子の二人組知らない?」


 作業中の人々にも声をかけ始めた。けれど心当たりのある人はなかなか現れない。


「んひ~。全っ然見つからんわ~」


 ついにシーベルはだらりと腕を下げ、そのまま地べたに座り込んだ。


「ま、しゃあないね! ちょいと休んだら帰りますかな~」


「え。いいの? もう少し粘ってみても……」


「ここにいないなら死んだってことだし。探してもしょうがないっしょ!」


 あっけらかんと言う彼女に、ぼくは言葉を返せなくなってしまった。


 ここへ来るときはあんなに必死だったのに。


「ふう。先に連れてってくれる人探しとくか~。んじゃ、ラージュっち! また会うことがあったらよろしくー! にひひひっ」


 シーベルは立ち上がると、軽快な足取りで去っていく。


「二人組……まさかあいつらか? いや、だったら巨人も一緒に探すか」


 いつの間にかミィチが後ろから寄ってきていた。何かぶつぶつ呟いている。


「ミィチ?」


「ここから逃げ出す時、いっしょに連れてったやつがいたんだ。援軍を呼びたいって言うから別の補給地点に下ろしたんだが……」


「あ、マイスたちが来たわ!」


 プリーナが指を差す。倍速再生されているみたいに動く大男たちの向こうから、ノエリスがツワードとマイスを連れて戻って来た。


 彼らの横にはケイティがいる。そしてティティも。


「ぐええええ!」


「ティティ!」


 しゃくれた顎のようなクチバシを振り乱しながらティティが駆けてくる。


 正面から抱きしめる。お腹に衝撃を受けたけど、再会の感動を前に痛みなんてどうでもよくなった。


 残党狩りが終わってノエリスと離れる前、ティティが生き延びていたことを聞いた。


 ティティは毎日激しい運動を続けなければすぐに病気になってしまう。だから今日も衛兵たちに断って町中を自由に走らせていたのだ。それで魚人の軍勢が押し寄せた時にもすぐに気づき、自分で判断し逃げ出したようだった。


 生き残った衛兵の話によれば、ヌテラコックはいきなり町を蹂躙じゅうりんせず、しばらくは分身を作りながら敵の動きを警戒していたらしい。おかげであの場に居合わせて逃げ出せた者も何人かいたのだという。


 魚人はサーネルがどうとか叫んでいたらしいけれど……ミィチが何か言って誘導したのかもしれない。


 ひとしきり再会を喜び合った後、ぼくらは会話をしつつその場を離れた。


 内容はネアリーの人々がどうやって魚人を倒したかだ。


 魚人の軍は一万もの規模を誇る。しかも一体一体が魔術を使い、並の騎士程度には立ち回るという話だ。並とは言ってもこの世界で言う騎士は弱い魔族なら一人で何体も相手にできる実力を持つ。


 そして首都ネアリーですらそれほどの数の騎士はいないという。しかも国の防衛上全軍を送り込むわけにもいかず、即座に送り込めるものとなればさらに限られる。詳しく考えるほど無理難題に思えた。


 これに関しては、ツワードが情報を集めてくれていた。


「全て兵士たちから伝え聞いただけの話ですが……」


 最初のそう前置きして、ツワードが話してくれる。


「ヌテラコックには弱点がありました。攻撃に対して防御の手段を持たないことです。


 強いて言えば分身を肉の盾にするという方法もありますが、分身は死ねば消えます。それが防御と呼ぶにはもろい点です。広範囲を破壊しつくす類の魔術を一斉に放たれれば、軍は容易く敗走に追い込まれる――ということのようです。


 ヌテラコックの分身は殺しても殺しても作られ続けます。ですがそのペースは最初ほどにはならないのです。いずれは自身を守っていた軍隊が焼き尽くされ、本体が引きずり出されます。


 とはいえ当然、相性の良い兵士を何人もぶつけるなど本来は容易なことではできません。――ネアリーでなければ」


 空を飛ぶ鳥の甲高い鳴き声がどこからか響く。ティティがそれに反応して声をあげた。


 呆気に取られる。まさかそんな力押しとは思いもよらなかった。単純に戦力で優っていた。話だけ聞くとそう受け取れてしまう。


 けれどそれだけとも言えないらしい。ツワードが補足する。


「重要なことがもう一つあります。敵の弱点を完全に把握できていたことです。


 今まで魔族たちは戦いに勝利した際、ほとんどの相手を殺し、力のない者であれば支配下におき弄んでいました。そのため敵に関する情報をつかむことが困難だった。


 ですが例外がありました。大規模な戦争に参加しながらも逃げ延びた者がいたのです。ネアリーにはそういった者が集まっている。だからこそ予期せぬ事態にもかかわらず迅速に最適な援軍を送ることができました。


 弱点を正確に突かれた戦いはヌテラコックにとって初めてのことだったのでしょう。相手が悪かったのです。『海軍』は確かに脅威だった。ですがそれ以上に、ケンペラードという国が強すぎたのです。


 生き残った人間の全てが結託する、その本当の力が初めて示された――この戦いを、兵士たちはそう見ていました」


 ツワードは締めくくり、わずかに視線を上げる。何か先の続きそうな気配があったけど、そこから先は沈黙のみだった。


「すごいわ! 頼もしいわ!」


 ぱんとプリーナが手を叩いた。


「やっぱりもう一度女王様と話し合いましょう! 首都と力を合わせればきっと魔王も倒せるはずよ!」


「それは巨人の件が片付いてからだな」


 ミィチがすかさずいう。そうだ、その件も忘れてはいけない。


 また二手に分かれて巨人が通るであろう補給地点に張り込もう、そう提案しようとしたら、先にミィチが続けていった。


「で、その巨人についてなんだが。手がかりを見つけた。具体的に言えば、連れだな」


「連れ?」とプリーナ。


「さっき別の補給地点に下ろしたやつがいるって言っただろ。ヌテラコックから逃げる時に逃がしたやつらだ。そもそもあの魚野郎が現れたのも、巨人の連れらしいそいつらを追ってきてのことだったんだ。これは本人が言ってたから確実だぜ。巨人がここにいたとすると、まだ合流はできてないだろうな」


「下ろしてきたということは、今すぐその場所へ行けば」


 ツワードの言葉にミィチは頷く。


「ああ。そいつらとまた合流して、いずれは巨人と会えるかもな」


 空気がぱっと晴れる。ぼくらは息を飲んだ。


 巨人と会える。つまり移民を止められる……かもしれない。話し合いに応じてくれるかはまだ分からないけど、これは確かな光明だ。


 ちなみに、とミィチは続ける。


「そいつらがどっかに消えちまうとかの心配はいらないぜ。どさくさに紛れてマーキングしといたからな」


 悪い顔だ……。でもありがたい。これで確実に先へ進める。


「だがのんびりしている暇はない。先に巨人と合流されては、また移民を進めさせることになってしまう」


 マイスの言う通りだ。これ以上戦争までの猶予を失うわけにはいかない。


「ええ。さっそく向かいましょう! この好機を逃がす手はないわ!」


 ぼくたちはいつものようにティティとケイティに乗り込む。目的地はそう遠くないはず。日暮れ前には着くだろう。


 はやる気持ちを抑える必要はない。善は急げ。次なる補給地点へ向け、ぼくらは出発した。


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