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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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15. 魚人の軍勢ヌテラコック

「そっちはどうだ!」


「いやいない。そっちは」


「こちらもダメです。痕跡の一つも見つかりません」


「くそっ、どこへ逃げた!」


 衛兵たちが走り回っている。ミィチは小屋の陰からこっそり様子をうかがい、鼻を鳴らしつつもほっと息をついた。


 どうやらラージュたちは地下牢を脱出したらしい。まるで重要視もされていなさそうな牢と言えど、首都ネアリーから派遣された衛兵たちは一筋縄ではいかないだろう。不審者を逃がすなんてことのために二人が捕まらなかったのは良かった。


 しかしどこまで逃げたのだろうか。町に騒ぎを起こしたきりラージュたちは気配すら見せない。早いところ合流して町に紛れ込んだ『視線』の正体を探りたいというのに。


「本当か?」


 どこかで話し声がして、ミィチは耳をそばだてる。どうやら声は傍にある小屋の中から聞こえてくるようだった。


「ヌテラコックがこの大陸に来た……お前の話を総合すると、そういうことになるが」


「確かな情報です。実際、何十体もの魚人を目にしたという証言もあがっています」


「ヌテラコック……?」


 思わずミィチはつぶやいた。どこかで聞いたことのある名だ。確か――。


 目を見張る。そうだ、例のガラードやコンズに並ぶ強者として、以前ツワードたちとの話の中であがっていた。


 まさかそれが『視線』と関係しているわけではないだろうが……。


 移民たちとの二十日ほどの旅の中でヌテラコックについてもう少し詳しい話を聞いた。


 その正体は魚人だ。数多くの魚人を束ねる王であり武人である。数々の戦場で人々を蹂躙してきたというが、その中でも特に有名らしい逸話があった。


 彼の魔術は分身。自身の同等の魔力を持った魚人を際限なく生み出すというものだ。彼はそれで一万の兵を作り、そして。




 たった一人で一つの国を滅ぼした。




 ふざけた話だ。けれど実際に起こってしまったことなら受け入れるしかない。魔族と戦うということは、そういった化け物をも相手にしなければならないということなのだ。


 まあ、ミィチが一人の時に会ってしまったら、とりあえず逃げるしかないだろう。


 さすがにこんな補給地点にいきなり攻め込んでくることはないだろうから、今は頭の片隅に置いておくくらいでいいだろうけれど。


 そう思って道に出ようとし――。


 ミィチは凍り付いた。




          *




 雨が降りだした。


 屋根を打つ雨の小気味良い音を聞きながら、エラリアはふうとベッドのそばに腰を下ろす。ロワーフは静かに眠っていた。


 ほんの少し前まで外が騒がしかったけれど、既にそれも落ち着いている。衛兵たちが誰かを探していたらしい。結局見つかったのかどうかまでは知らなかった。


「シーベルさん、どこにいったのかな」


 巨人の名前を呟いて息をつく。あたりを散策すると言って出て行ったきり戻る気配がない。何か揉め事にでも巻き込まれていないか心配だ。


「あの人、自分で魔法陣描けないのに……」


 変装するから大丈夫と言っていたけれど、それが余計に気を揉む原因となっていた。


 とはいえどこへ行ったかもわからないのに探し回ってももっと酷いことになるだけだ。こういう時自分が動けば必ず迷子になるとエラリアには断言できた。


 食事も終えたし主人もしばらくは起きないはず。今は大人しく休むのがいいだろう。目を閉じて肩の力を抜いた。


 小屋の外、扉代わりに吊るされた布のそばに誰かが立ち止まったのは、そんな頃のことだった。


 最初は気にしなかった。ただの通りすがりだろうと目を向けさえしなかった。けれど外の気配が動かないのに気づいて、座りながらちらと見やる。


 すると、布がめくられ中を覗き込まれた。


 ――さっと血の気が引く。


「ふむ、ここにおったか。お嬢さんがた」




 それは明らかに人間ではなかった。




 二本の足で立つ姿は基本的には人と似ている。大柄な体躯たいくも人の範疇に入るものだ。


 異様なのは筋肉の付き方だった。ぱんぱんに膨れ上がったそれは首を顔よりも太くし、胴体を球のごとく肥大化させる。長い手足も大樹の幹のようにずっしりとしていた。


 筋骨隆々という言葉の手本のようだった騎士マイスもあれほど常識外れな姿かたちはしていなかった。


 筋肉だけではない。青白い皮膚のところどころにはうろこが見え、耳や腕などにはヒレまでついている。それが魚人、すなわち魔族であると気づくまでに時間はかからなかった。


「何者だ」


 背後で声がしてびくりとする。眠っていたはずのロワーフが身を起こし、魚人を真っ向から見据えていた。


 エラリアには声が出せない。主人と共に逃げるべきなのは間違いないけれど、ひざは震え、逃げ道となる出入り口はふさがれてしまっている。


「ロワーフ・ワマーニュ殿とお見受けした。貴殿がいるとなれば間違いはあるまい。巨人も近くで身を潜めているのであろう?」


 魚人が一歩踏み出す。エラリアは悲鳴をあげそうになり、けれど声が出せず、ただ喉がぎゅっと絞られるのを感じながら震え上がった。魚人はもはやエラリアには目もくれず、ロワーフのみを見据え、異様に分厚い唇をにやりと歪める。


 それから、ロワーフたちにとって衝撃的な――ガラードやコンズに並ぶとされる魔族の名を口にしたのだった。


吾輩わがはいは『軍』である。名をヌテラコック、時に海軍とも呼ばれる。魚人の軍勢ヌテラコック――聞いたことはないかね?」


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