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「な、なんとか無事に逃げられたようですわね……」

 普通の貴族の子女とは比べものにならないくらいの体力を誇るアリルであるが、さすがにゼイゼイと息を切らせていた。

「まさか本物のドラゴンが現れるとはね」

 リクも額にうっすらと汗をにじませていた。

 しかし、それ以外には疲れている様子は見られない。

 お師匠に普段から鍛えられているので、体力には自信があった。

 少女は呼吸を整えると、リクに改めて向き直った。

 何から尋ねようか考えあぐねているようだったので、リクの方から声をかけてみる。

「んで、キミはなんで森の中にいたわけ? それも、あんな騎士どもに追いかけられるなんて、どういう事情さ」

 至極真っ当な質問であった。

「……話せば長くなりますわ。深い事情がありまして」

 少女はとりあえず言葉を濁した。

 魔法陣から突然現れたリクのことを警戒してだろうか。

 助けてやったのに恩知らずである。

 リクは呆れ顔になった。

「話せないってわけ? まあいいけど」

 いかにも貴族の令嬢といった体の少女が、正体のわからない相手にうかつなことはいいたくないのは、考えてみれば当然である。

 今のリクは、魔法陣から突然現れた不思議な少年ーー。

 つまり、有り体にいって不審者なのだ。

「まあ、お互い無事でよかったよ」

 少女はためらっていたようだが、最大級の礼を示すため、膝を折る正式なお辞儀をした。

 あやしいことこの上ないリクではあるが、命の恩人には違いないので仕方なく礼をすることにしたのだろう。

「さきほどは危ないところを助けていただきありがとうございました。わたしくはアリル……いえ、アリーシャル・マリフォアと申します」

 愛称のアリルではなく、本名をきちんと名乗る。

 しかしながらリクはすでに踵を返すところだった。

「どういたしまして。じゃあボクはこれで」

「えっ……ちょっ、待ってくださいまし!」

「うぐぇっ!」

 さっさと行ってしまおうとするリクの長いローブの端をアリルが手ではしっと抑える。

 勢いあまって、リクはびたーんと地面に頭から突っ伏してしまった。

 頭だけをむくりと起こしてぼやく。

「キミねぇ……」

「申し訳ありません。思わず手が出てしまいましたわ」

 慌ててリクを助け起こしたアリルは、それでも少年のローブをしっかとつかんで離そうとしない。

「ちょっと離してよ。ボクはキミの事情にそれほど興味ないし。騎士に追われてよーがなんだろーがいいんじゃないの別に」

 リクは明らかに迷惑そうにアリルにしっしっと追い払う仕草をしている。

「お待ちください! あなた様は命の恩人です! お礼もせずにおけません」

「そんなのいいよ」

「いいえ! あなた様にお助けいただかなければ、森の奥で人知れずあの野蛮な騎士どもによってたかって辱められて、あげくの果てに殺されていたに違いありませんもの! 花の命をお救いくださったあなた様に、マリフォア家がお礼いたします」

「そんな大げさな!? だいたいキミ、ボクが現れなくても一人でなんとかできたような……」

 リクの指摘を華麗にスルーし、アリルは尋ねた。

「どうぞお名前をお教えくださいませ。さもなくばこの先ずっと『命の恩人様』とお呼びしなければなりませんわ」

 少年の表情から、それはイヤだというのが見てとれた。

 短くいう。

「リク」

「リク様。ありがとうございました。重ねてお礼を申し上げますわ。あなた様が魔法陣から突然現れたときには驚きましたけれど。一体あれはどんな魔法なんですの?」 

「あれは単純な仕掛けだよ」

 そういったきりリクは黙ってしまった。

 魔石のことや魔法陣のことなどを説明したら、リクが杖の魔法使い《ワンドマスター》とバレてしまうかもしれない。

 魔女とその弟子たちは謎に包まれた集団ーー。

 身バレしたくはなかった。

 少女は納得していない表情だったが、何かいわれる前にリクが口を開いた。

「それより、お礼がわりといってはなんだけど、ここがどこか教えてくれない? ……わかるなら、だけど」

 森の中を闇雲に疾走してきたのだ。

 今は森の外にやっと出たところで、遠くに街道らしきものも見えていた。

 少女は自信がある様子でこたえた。

「ここはバルディアですわ。王都ガイアナからは馬で一日といったところでしょうか。わたくしたちがいた森は、西の森と呼ばれる魔の森です。おそらくあの街道を南下していけばマリフォア領に出るはずですわ」

 リクは、ぽかんとした顔をしていた。

「アンガルの港じゃない?」

「アンガル……? トルーキー国のアンガーラのことでしょうか?」

「トルーキー? ここら辺ではトゥルーカのことをそう呼ぶってわけ?」

「アンガルやらトゥルーカやら、ずいぶんと古めかしい名称をご存知ですのね。わたくしの知る限り、現在ではそのようにいいませんが……」

 リクは眉根をいよいよ寄せた。

「おかしいな。もしかして、すでに開戦したのかな? キミ、お師匠……いや、魔女エキンの軍勢がマリノに攻め入ったかどうかわかる?」

 今度こそ、少女は息を飲んだ。

「マリノ……!? 魔女エキン!? お師匠……ですって!?」

 リクはぶんぶんと頭を振った。

「あー、まずった。お師匠をあてにしたのが間違いだった。もしかして、戦闘がすでに終わっちゃってる可能性もあるよね」

「終わったも何も……」

 アリルは驚愕が隠せないでいた。

 時代遅れの黒ずくめの魔法のローブを着込んた少年を改めて見つめる。

「バルディアって、敵国じゃん! あーそっか。だからさっきの騎士がバルディアがどうたらって言ってたんだ」

 少年は頭をわしわしと掻いた。

「しかも王都ってかなり北の方だよね。なんでボク、こんなところまで運ばれてきたんだろー?」

「リク様……」

「お師匠って本っ当に! 適当なんだから。いやんなるよ。ったく……」

「リ、ク、様っ!!!」

 アリルの声にリクは目を丸くする。

「な、なにっ?」

 アリルは確認するようにゆっくりと問うた。

「リク様には、もしかして、もっと長いお名前が、おありになるのでは?」

 少年は眉を上げた。

「あるけど」

「教えていただけませんでしょうか」

 少女の様子にただならぬものを感じ、リクは素直に答えることにした。

「ジルリューク」

 アリルはのけぞった。

 前髪が目深に被っているので、どのような表情でいるのかはわからない。しかし、少女は腰を抜かす寸前だった。

「ジルリューク様……」

 少年は素っ気なくいう。

「リクでいい」

 アリルは今度こそ、ブルブルと震えはじめた。

「黒髪に金の瞳。若々しい少年のお姿。秘術とでもいうべき幻術を使いこなす魔法使い……。あなた様はもしや、伝説の魔女エキン様の一番弟子、杖魔道士ワンドマスター様なのでは?」

 リクは目を丸くした。

「よく知ってるね。うん、そうだけど」

 あっさり身バレしたことに驚いた。

 しかし、少女はもっとずっと驚いているようだった。

 ヨロヨロと数歩歩いて、木に手をかける。

「うそですわ……。そんな……」

 リクは訝しそうに尋ねる。

「どうしたのさ」

 アリルは、やおら手を合わせて念仏を唱え始めた!

「ナンマンダブナンマンダブ……どうぞ成仏くださいませぇっ!!」

「はあっ!?」

「ジルリューク様の亡霊が魔法陣から出てくるなんて、一体どういう魔法だったんでしょう。割れた魔石にしかけがあったのかもしれませんわね」

 アリルは震えながらも、つい分析をはじめてしまう。目の前にわからないことがあると、夢中になって調べようとしてしまうのだ。

 リクがアリルの肩をつかむ。

「ちょっとキミ、どういうこと?」

「ひいいぃ! │たたらないでくださいまし!」

「なにを……!? 祟るってどういうことさ? だいたいボクは幽霊じゃないよ! ほら」

 リクはアリルの肩を離し、その手でアリルの手をそっと握った。

「ね。生身でしょ」

「幽霊じゃ、ない……ですわね」

 しばし手を握り合った二人は、はっと気がついたように手をぱっと離す。

 リクはぽりぽりと頬をかいた。

「落ち着いて、どういうことか説明してくれる? ボク、さっき時空魔法から解き放たれたばかりで状況がよくわかってないんだよね。気がついたら目の前にキミがいて、なんだか知らないけど騎士サンたちから追われていたって感じで……」

「時空魔法……!! 魔女エキン様が得意としたとされる伝説の魔法ですわね……。あ、あああ! なるほど……! そういうことでしたの!!」

「だーかーら、説明しろって!」

 だんだんと少女のテンポに巻き込まれている。

 アリルは深呼吸をすーはーすーはーと何度か繰り返した。

「ジルリューク様。お気をどうぞ確かに、落ち着いて聞いてくださいませ」

「リクでいいって。っていうか、落ち着くのはそっちでしょ!?」

 少年はいよいよがっくりと疲れてきたようだった。

「では、リク様とお呼びいたします。リク様の出てこられたあの魔法陣が、時空魔法陣ということなんですわよね」

「え? うん、そう。時空魔法の一種。お師匠が『これから戦闘になりそうだから、魔石に入っておけ』って。ここぞというときに敵陣で使いたいっていうから……」

「マリノへ攻め入る戦闘開始前に、エキン様がリク様を魔石に封じ込めたということですか?」

「封じ込めたっていうと本当に魔物みたいだからやめてくれる? ても、まあそうかな。魔石の中では時間は止まってる状態だね」

「時を止めるなんて、そんな高度な魔法が存在するなんて……」

 リクは肩をすくめた。

 時空魔法は少年にとっては普通のことであった。

「で、どういうことなのさ。どうしてボクが幽霊ってことになるの?」

 アリルは息を吐き出した。覚悟を決めて言葉を紡ぐ。

「そう言い伝えられているからですわ」

「言い伝え……?」

「ええ。世紀の魔女エキンと一番弟子のジルリュークはマリノの艦隊に敗れ、海の藻屑となったとーー百三十年前に」

「ひゃくっ……!?」

 リクの目が見開かれる。

 アリルは頷いた。ハッキリという。

「あなた様が魔石の中で待機している間に、百三十年の月日が経過しているんですわ」

 ーーリクの顔がこれ以上ないくらい引きつった。

「お師匠が……死んだ……?」

 アリルは無言で頷いた。

 魔女エキンと一番弟子の物語は、マリフォアの者なら誰でも知っている。強い絆で繋がれていたのに違いないのだ。

 悲しみにくれるかと思いきや、リクは大きなため息をひとつついただけだった。それも、あきれ果てたような顔つきで、だ。

「うそだね」

「うそじゃありませんわ。本当に百三十年経ってしまっているのです」

「そうじゃない」

「え?」

 リクは苛立たしげに首を振った。

「百歩譲って、本当にそんなに長い年月が経っちゃって、お師匠が死んじゃってるとしてもだよ? ていうか、魔石にボクのことを入れたくせに、そのままうっかり出すの忘れたとしてもだよっ?」

 アリルは思わず顔を手でふさいだ。

「ああ、リク様、身もフタもない……」 

「でも、マリノの艦隊に倒されたっていうのは絶対にないね。てか、死因はなんなのさ?」

「し、死因……?」

「そうだよ。あのお師匠が、普通の剣とか斧とかに倒されるわけない。矢を射掛けられたって槍が降ったって、矢の方が避けていくね。艦隊の大砲を撃たれたってはね返してピンピンしてたんだから。生半可な魔法なんて、なおさら効くわけない。殺そうとしたって死なない、ゴキブリのごとく超強靭な生命力を誇るあの魔女が、弱小のマリノの艦隊ごときにやられるわけない!」

 ほめているのかけなしているのかわからない発言だが、リクは自分の発言に確固たる確信を持っているようだった。

 アリルは感銘を受けたようにパチパチと拍手した。

「リク様……さすがですわ。このお話には、実は続きがあるんですの」

「続き?」

「ええ。ですが、お話しするにはリク様にマリフォアにおいでいただく必要がございます」

「マリフォアってどこさ」

「リク様もよくご存知の国ですわ。旧マリノ領――魔女エキン様を打ち負かしたバルディア国マリノ領です」

「なんだって?」

 マリノは自分たちのアジトがあった場所だ。

 しかし、今は因縁の地になってしまった。

 なぜ、そんな場所に行かなければならないのか。

 リクが口を開くのを制し、アリルは続けた。

「マリノ領主は魔女を倒した功績を高く評価され、マリフォア大公の爵位を賜りました。領地も公国に昇格して、バルディアからの独立を果たしたんですわ」

 そこでアリルは黙った。

 リクは、はたと気がついた。

 アリルが名乗ったとき、確か姓は――マリフォアだった。

 少年の表情を素早く読み取って、アリルは小さく頷いた。

 再度膝を折って礼をする。


「わたくしは現マリフォア公国大公女、アリルでございます」

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