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 アリルは突然現れた少年に目を奪われていた。

 

 さきほどまでは確かに何もなかったはずの場所に立っているのだ。信じがたいことではあるが、魔法陣から突如として現れた、と考えるしかないのだろう。


 背丈はアリルとほとんど変わらない。小柄な身体にもかかわらず、ある種独特の存在感を発している。


 目にかかるくらいのまっすぐな漆黒の髪に、輝く月のような金色の瞳。鋭い目線は、誰にも懐かない黒猫のような雰囲気を少年に与えていた。


 目をひいたのは、少年の衣服だった。

 黒一色の長いローブにとんがり帽子という、時代遅れの魔法使いの装束。一昔前には魔法使いたちがこぞって着ていた形だが、魔法衣にも流行り廃りがある。使い魔のカラスのような真っ黒のローブなど、今ではほとんど使っている者はいないはずだった。


 少年の金色の瞳がアリルと騎士たちに向けられる。

 アリルは、不覚にもどきりとしてしまった。 

「あれ……。ここ、どこ? キミたち、誰?」

 高めの声色がアリルたちに投げかけられる。どちらかというと少女のような印象だった。

「あ……」

 答えようとしたアリルの言葉を、騎士隊長の大声がかき消す。

「き、貴様! 何奴!? 魔法陣から現れるとは、まさか魔物の類ではあるまいなっ!?」


 隊長の大声に、アリルは思わず少年の陰にさっと隠れた。

 少年は、明らかにタジタジとなっている騎士隊長たちと、自分の後ろに隠れたアリルを交互に見比べた。


 この少年ーーリクであった。

 魔法陣から解き放たれて、いきなりの状況がまったく把握できないでいた。


 うーんと唸ってから、騎士隊長たち顎で指し示してアリルに尋ねる。


「あー、えと。あの人たちって、何? キミの護衛?」

「逆ですわ。追われて殺されかけているんですの」

 事実ではあるが、先ほど騎士見習いたちを魔法でふっ飛ばしたことはちゃっかり省いている。


 リクは考え込む。

「それって、どう考えたらいいのかな。キミって極悪人ってこと? あの人たち見たところ正騎士みたいだし。でもキミはお姫様みたいな格好をしてる。騎士が姫を追いかけて殺すって、矛盾してるよね。普通は守るべきなのに」


 グサグサとリクの言葉が騎士隊長たちに突き刺さる。

 無言で歯ぎしりをするばかりなのは、少年のいっていることがまったくの正論だからであろう。


 耐えかねたように騎士隊長が少年に刃を向けた。


「黙れ小僧! こちらにも色々と事情があるのだ。貴様が魔物であるならば、成敗しなくてはなるまいな。我がバルディアの威信にかけて、貴様を倒すっ!」


 騎士たちがだんだんと間合いを詰めてくる。

 アリルは手を広げて魔力を高め始めた。

 杖はもうないので、大きな魔法は使えない。


 リクは少女の魔力の高まりに気がつき、そっと囁いた。

「だいじょうぶ。加勢してあげる」


 杖を取り出し、リクは静かに呪文を唱え始めた。

 素早く正確な詠唱。圧倒的な魔力。

 アリルは思わず少年を凝視した。


「この魔法は……!?」


 魔法を唱え始めた少年に向かって、騎士たちはいよいよためらいを捨てたようだった。

 一斉に少年に斬りかかる! その瞬間ーー。


「我が眷属たちよ、集結せよーー召喚コール


 一瞬早くリクの魔法が完成した。

 すると地面に、さきほど少年が現れたときと同じような魔法陣が、十数個も浮かび上がった。    


 そこから、無数の魔物たちが光り輝きながら現れる!

 現れたのは、ドラゴン、キメラ、それに岩の巨人のような大きな魔物から、食人鬼グールやらコカトリスやらスライムやら、まるで魔物のオンパレードだ。

 魔物の登場の効果はてきめんだった。


「うわあぁぁぁっ!! ド、ドラゴンっ! 逃げろっ! 早くっ!」

「い、命だけは助けてくれぇっ!」


 騎士たちはあっという間に半狂乱になった。

 転げたり、剣を振り回しながらあさっての方向に散り散りに走って行ってしまう。

 隊長は腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。それを部下の騎士が懸命に引っ張って連れて行こうとしている。


「さっきまで人の命を狙っておかながら勝手なものですわ」

 逃げ惑う騎士たちを横目に、アリルは面白くもなさそうにつぶやいた。

「キミは逃げないの?」

 リクは意外そうに尋ねる。

「ええ。カラクリはわかっていますから」

 落ち着いて答えるアリルに、リクは称賛の目を向けた。

「すごい。魔法ができそうな感じはしたけど、この術を見破るなんて。どうやって、わかったの?」

「どうやってって……。魔の気配が全然ないんですもの」

「それもわかるんだ」


 少年は目を見張った。

 見回すと、すでに騎士たちの姿はどこにもなかった。

 魔物たちがそれぞれに羽ばたきをしたり、あちこち徘徊を始めている。


「もういいかな」


 リクは腕を一振りした。

 すると、大小の魔物の姿が一斉に消えていくではないか。


「まさか見抜かれるとはね。――幻術だって」

 リクが魔法を解いても、少女の目からは警戒の光が消えないでいた。

 あれほどの精巧な幻術を軽々と使いこなすなど、この少年はただ者ではない。

 召喚コールのふりをして幻影ミラージュを唱えられる者なんて、大陸でもごくわずかしかいないはずだ。


「あなたは……」

 その時だった。

 一体のドラゴンが、アリルと少年にノソノソと近寄ってくる。

「あら。消し忘れでしょうか。もう幻術はいいんですのよ」

 リクは困惑顔になる。 

「あれっ? おかしいな。もうすべて消したはずだけど」

「ん……? と、いうことは……」

 アリルの頭に騎士たちの言葉がめぐる。

(この森の深部には強力な魔物がいるというウワサは有名です……)

「強力な、魔物……?」

 少女のつぶやきと、ドラゴンの目が赤く光るのとが同時だった。

 凶悪な咆哮が魔物の口から発せられる!

「まずい!」

「逃げますわよっ!」

 アリルとリクは、一目散に森の外を目指して疾走したのだった。


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