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 魔女エキンの一番弟子リクが魔石に封じ込められてから早百三十年。


 舞台はかわり、ここはログディズ大陸一の大国バルディアである。


 一人の少女が、バルディアの王都ガイアナの西に位置する魔の森にいた。


 追手から身を隠すため、気配は魔法で完全に消してある。

 強者ぞろいと名高いバルディア王国の騎士といえど、簡単には見つけることはできないはずだ。


 かなりのピンチの状況下なのだが、外見からは少女がどのような表情でいるかは読み取ることができない。

 厚めに取った長い前髪が、目元をすっぽりと覆い隠しているからだ。

 レモンイエローの髪は、前髪以外は邪魔にならないよう髪留めで束ねて後ろに垂らしてある。それでも、くせ毛のせいでふわふわと背で跳ねていた。

 身に着けているピンクのドレスは、ところどころに金糸が織り込まれている上等品だ。見る者が見れば、職人が手をかけてきちんと仕立てた物だとわかる。


 間違っても庶民の娘などに手の届く着衣ではない。


 貴族の令嬢ーーそれも、かなり身分の高い姫の装束である。


 となると、この状況はおかしい。


 常識的に考えて、貴族の令嬢はお付きのものもつけずに一人で森の中にいたりしないものだ。

 ましてや追手から逃げて隠れているなどというのは淑女にあるまじき事態であった。


 そうこうしている間にも追いつかれてしまったようだ。

 少女が身を隠している木陰のそばを、どやどやと騎士たちが踏みつけていく。その数、およそ十人。


 このまま通り過ぎてくれれば……という少女の願いもむなしく、隊長とおぼしき中年の騎士が、よりによって少女が身を潜める木陰の真ん前でぴたっと止まった。

 騎士というわりには小太りで、口ひげがいかにも偉そうに曲がっている。


「あっちか?」

 隊長が持っていた剣の先を森の奥へ指し示した。

 後ろに従う若い騎士が緊張した声を出す。


「いえ、隊長。そんなはずはありません。この森の深部には強力な魔物がいるというウワサは有名です。さすがに、あのような姫君が一人で踏み込めるはずはないかと」

「そんなことはわからないだろう!!!」


 野太い声で隊長が一喝すると、びりっとした空気が一気に騎士達の間に流れる。


「いいか。あの姫をただの姫と思うな。ハンス王子の勅命は絶対なんだぞ。我らの使命は、決して他言するなという仰せだがーー」


 隊長は親指を自らの首にあて、引くジェスチャーをとった。

 それが指し示すものはただひとつ。

 少女の命を奪うということだった。若い騎士がごくりとつばを飲む。後ろに控える騎士達にも動揺が走っていた。木陰で耳をそばだてている少女も、少なからずショックを受けていた。

 追われるのはわかるが、まさか暗殺を企てられているとは。


「わ、わかっております、隊長」

「いいや、お前らはわかっていない。あの姫をここで亡き者にしなければ、バルディア王国に多大な損害が出るとハンス王子はお考えなのだ」

「しかし、アリル姫はまだ年端もいかない少女ではありませんか! 隊長は、本当にそんな命令に従うおつもりなんですか?」


 どうやらアリルというのが少女の名前であるらしかった。

 本来ならば王族や貴族を守るために存在している騎士団である。姫を亡き者にするなどという騎士道精神に真っ向から反対する命令に、若い騎士たちの士気は低かった。

 隊の一番後ろに控えていた少年が口を開く。まだ騎士見習いらしく、鎧はつけておらず小手とすね当てだけであった。


「そうですよ隊長! アリル姫とハンス王子は先日ご婚約されたばかりではありませんか! それなのにハンス王子の側から一方的に婚約破棄したばかりか、お命を奪おうとするなんて……! われらがハンス王子は、本気でそのような非道なご命令をお下しになったのですかっ!?」


 勢い込んで言う騎士見習いの少年に、隣にいた別の騎士見習いがボソリとつっこむ。こちらはもう少し斜に構えた感じだ。


「えー。なんだよ。お前、あーいうおしとやかなお姫様が好みなの?」

「えっ……」

「お前こないだ、やっぱりお姫様はセクシー系に限るっていってたじゃん。ほら、マリア男爵令嬢とかさ。胸でかいし」

「えっ、あっ、そ、そうだけど。そこはさあ、ほら、騎士道精神ってのがあるじゃん!」

「おいおい、お前ら。確かにアリル姫はまだ子供だが……。まあ、確かにセクシー系とは言いがたいが……」


 先輩騎士がたしなめようと口を開くが、まったくフォローになっていない。

 ピシッ……っと梢が震えた。

 話をすべて余すところなく聞いているアリルの怒りの波動が空気を揺らしているのだ。しかし魔法を使えない騎士達は誰も気がついていない。失礼な騎士見習いが続ける。


「騎士道精神もいいけどさー、俺たち給料もらってるわけじゃん? クビになったら困るしさー。やめてくんない? 熱血すんの。嫌ならお前が手を下さなきゃいーだけの話だろ。てか、俺たちまだ見習いかー。先輩方にがんばってもらうっきゃないって話だな」


 ピシピシッ……。梢がさらに震えた。


「いや、でもさあ! アリル姫ってかわいいらしいじゃん? 騎士に斬られたらかわいそうじゃん!」

「かわいいって、お前、姫の顔見たことあんの? ぶ厚い前髪で隠しちゃってるだろ。しかも、あの髪の毛はくせ毛すぎる……」


 ビシビシビシビシッッ!!!

 騎士見習いの言葉がみなまで終わらぬうちに、アリルの隠れていた木が音を立てて真っ二つに裂けた!

 カモフラージュのために両手に枝を持った少女が怒りに燃えて立っていた。

 騎士見習いが叫ぶ。


「あ、アリル姫っ!?」

「だーれーが、頭がプッツンでボサボサで、さらにはチビの幼児体型ですって!?」

「い、いってませんそんなこと!」


 失礼な物言いの騎士見習いは慌てていったが、頭に血が上ったアリルは聞いていない。


「いたいけな乙女心を傷つけた罪深きへぼ騎士たちよ、空の彼方に飛んでお行きなさい!」 

「えっ、ちょっ、アリル姫!?」

「カミナリ、どっかぁーん!!」

「うわぁああ!!」


 アリルが手を振りかざすと、失礼な騎士見習いに、まばゆい雷光が襲いかかった!

 ずがーんという音とともに、失礼な騎士見習いが空の彼方に吹っ飛んでいく。アリル姫を庇おうとしていた騎士見習いまで巻き添えをくらって飛んでいった。

 「おしとやかな姫君」というのとは真逆の蛮行であった。

 危うく難を逃れた騎士隊長とほか数名は、恐れおののきながらも剣を抜き放つ。


「アリル姫! こんなことをしてタダで済むとお思いかっ!? バルディアの騎士に刃向かうなど、正気の沙汰ではございませんぞ! 大人しく投降されよ! さすれば寛大な我らが主ハンス王子のこと、お命までは取られまい!」

「なーにを世迷いごとを! わたくし、ちゃーんと聞いていたんですのよ。ハンス王子はこのアリルの首をご所望ですってね!」

「んぬわっ!? 聞いていたですと!? まさか、それも魔法で!?」


 思いっきり目の前にある木の陰から出てきたのだから聞こえているに決まっているのだが、隊長はしっかり驚いている。


「アリル姫はおしとやかな深窓の姫君ではなかったのか!?」

「普通は貴族の令嬢といったら、防御魔法を少し使えるくらいなはずでは……。さきほどの雷魔法は一体何だ!?」


 隊長に付き従う騎士たちも、怪訝そうにざわめいている。

 そんな彼らを横目に、アリルは杖を取り出し呪文を詠唱し始めた!


「偉大なる風の長よ、汝が力により荒ぶる突風を呼び寄せよ!ーー│春嵐ストーム!!」

 春嵐ストームは風を操る中級魔法だ。木々をもなぎ倒す強風が吹き荒れる!! ……はずが、杖を掲げた時点で、異変が起こった。


 魔法が発動しない。

 杖の先端についた魔石に、みるみるヒビが入りーー。

 パキィィンッ!!

 軽快な音色を立てて、虹色の魔石が砕け散った。キラキラと輝きながら、破片が宙を舞う。


「あら……?」


 アリルは呆気にとられて立ち尽くした。

 魔法を唱えただけで杖が壊れるとは。

 隊長が青ざめて悲鳴をあげる。


「あああっ! そ、それは七色の杖!! アリル姫、あなたがなぜそれを!?」

 アリルは舌を出した。

「婚約破棄された慰謝料がわりにもらったんですわ」

「バルディアに伝わる秘宝の魔法の杖を? 慰謝料がわりですと? ハンス王子が貴女に渡したと?」

 アリルは手を口元にあて、ほほほとひとつ笑った。そっくり返った姿勢のまま隊長にすちゃっ!っと向き直る。

「そんなわけないでしょう。勝手に宝物庫からいただいてきたんですわっ!」

「いや、それ、泥棒というのでは……」

 アリルは隊長の言葉をあっさりと無視した。

「そんなことよりっ!」

「いや、そんなことよりって……」

「この杖、この程度で壊れるなんておかしいですわ。普通は杖自体に魔力が宿っているものなのに……」

 眉根を寄せて考え込む。

「はっ、まさか、これは秘宝のレプリカ!? 本物は宝物庫の奥深くに納められていたのかもしれないですわね。ちっ、ぬかりましたわ」

 まるで手慣れた盗賊のセリフである。


 しげしげと壊れた杖を検分しようとしたその時、砕け散り地面に落ちた無数の魔石の破片から黒い線が一気に吹き出した!


 まるで黒いツタが絡まるように、杖を持つアリルを中心に、黒い魔法陣が凄まじいスピードで出現していく。


「これは……!?」

 魔法陣はあっという間に完成し、赤黒く光り始めた。

 魔法陣から勢いよく魔力が噴出する……!

 直視できないほどの光が魔法陣から放たれ、アリルは思わず顔を背けた。

 光は鬱蒼とした森を激しく照らした後、急速に収まっていった。


 アリルがおそるおそる振り仰ぐと――。

「ええっ!?」


 ーーアリルの真隣に、黒装束の美しい少年が出現していた。



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