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第6話 冒険者

「魔狼の毛皮は、殺してからすぐに剥ぎ取らないと艶が失われていく。こうして光の傍に寄せると、反射の輝きが違うのがわかるだろう?」


 ディラジスはカウンターの端に置いてある〈光ノ魔石〉を利用した燭台に、2枚の皮を近づけた。殺してすぐに剥ぎ取った俺の魔狼の毛皮は、光を反射して鈍い灰色に輝いている。それに対し、もう1枚の毛皮はくすんだ灰色。


「……それがなんだってんだよ」

「君、魔狼の毛皮が何に使われているか知っているかい?」

「何に……? 使われているか?」


 戸惑うように視線を揺らす青年。


「ぶっぶー、時間切れ。じゃあレンくん、解説してくれたまえ」

「なんで俺が」

「知ってるでしょ?」


 まあ知ってはいる。伊達に迷宮都市クロ―ディアで19年も生きていない。


「魔狼の毛皮の用途はいくつかあるが、まず1つは外国への輸出、土産品だ。異界迷宮産の毛皮は好事家に好まれる」


「これが毛艶が必要な理由さ。みすぼらしい毛皮は見向きもされない――つまり商品価値がないってこと」


「そしてもう1つが、革鎧の裏当てだ。魔狼の毛皮は頑丈かつ肌触りがいい。鎧の補修なんかにも使われる」


「これは別に毛艶なんか必要ない。見えないからね。ただ、これを見てくれたまえよ」


 ディラジスが掲げた青年の魔狼の毛皮。慣れない手つきで強引に剥ぎ取ったのだろう。端にいくつか切れ目が入り、毛もところどころ密度の薄い部分がある。


「鎧の裏当てに使う以上、些細な傷で鎧が壊れやすくなる。そうなると、商品価値はゼロではないが、多少は下がる。だから君の魔狼の毛皮は、9枚で銀貨14枚だ。納得してくれたかな?」

「ぐっ……じゃ、じゃあ、そっちの魔狼の毛皮はなんで査定額が上がってんだよ?」


 理路整然と返され、奥のほかの冒険者ギルド職員たちが頷いているのが見えたのだろう。形勢不利と判断した青年は、俺の魔狼の毛皮を指さして訊ねた。


「んー、気を悪くしないでくれたまえよ。そもそも君たち冒険者に『皮剥ぎ』なんて繊細な仕事は期待していない。だから相場板に張り出されている査定額は、本職の人間がやったものより少ない金額を表示している」


 眼鏡を光らせ、ディラジスは冷たく無機質な言葉を吐きだす。


「君たち冒険者の本質は『冒険』だ。正直な話、僕はもう魔狼の毛皮も小鬼の耳も六角鹿(ヘキサゴナルディアー)の角もコガネの甲殻も死蜂(キラービー)の毒針も見飽きてるんだよね。未知なる素材を求め、異界迷宮に挑む者。それが冒険者、と呼ばれる職業なんだよ」


「っ……! ギルドの鑑定職員如きが――」


 反駁しかけた青年の口が、一枚のカードによって塞がれる。ディラジスが片手で取り出したのは、漆黒に染まった1枚のカード。


 それは、彼がかつて最上位の冒険者(・・・・・・・)だったことを示すもの。


「『楽園』の、踏破者……」


「僕に、人類に、『未知』を持ってくるのが冒険者の役割。冒険もしないエセ冒険者が、冒険者ギルドの査定に文句をつけるな。いいね?」


 ディラジスの気迫に押され、青年が尻もちをつく。ランク10の最難関異界迷宮、『楽園』に挑戦することを許された男。その異界迷宮では、全てが叶うと噂されている。冒険者ギルドに認められた者しか踏み込めない、迷宮都市で最も有名な異界迷宮。


 尻もちをついた青年の胸に、1枚の紙が落とされた。換金券だ。


「精進したまえ。君が真の意味で『冒険』者になれる日を待ち望んでいるよ」


 その換金券には『魔狼の毛皮9枚の対価として銀貨14枚を支払う』ことが書かれている。この券をまた違うカウンターに持っていくことで、本物の貨幣を受け取れる。


「それとこれは、私からのチップだ。授業に付き合ってくれたお礼だ、受け取りたまえ」


 革袋をまさぐったディラジスは、銀貨を4枚取り出して青年に放った。鈍く光を反射した銀貨は、くるくると回りながら落ちていく。


 右手でその全てを掴んだ青年は、無言で立ち上がると掴んだ銀貨をカウンターに叩き付けた。その瞳は爛々と、怒りに燃えていた。


「てめぇ……!」


 燃えるような青年の瞳に対し、ディラジスの目は冷え切っていた。


「なんだい? 僕は損得勘定もできないような奴は嫌いだよ。君のパーティにはそいつが必要だろう」

「なめてんじゃねぇ。見下してんじゃねぇぞ。何かを教わったうえで金まで恵んでもらうほど、俺は――!」


 怒りが言葉を飲み込んだのか。煮えたぎる感情を言葉に詰め込んだ青年を前にして、ディラジスは微かに笑った。


「ああ、クソッ! お前の言う通り、冒険者になってやるよ。本物の冒険者ってやつにな。いずれ『その素材を鑑定させてくださいお願いします』って言わせてやるから、覚悟しとけ」


「僕は、損得勘定のできない愚鈍は嫌いだが――自分の実力も弁えない大馬鹿野郎は、もっと嫌いだ」


 青年は銀貨4枚をカウンターに置き去りにし、換金券だけを握りしめて鑑定所を出ていった。その後ろ姿を見送り、ディラジスは今度こそはっきりと笑い声を漏らした。


「くくくっ。期待の若手にちょっかいをかけるのは楽しいナァ。いや、いい余興だった。そう思わないかい、レンくん?」


 【影ノ先駆者】ディラジス。性格の悪さはギルド職員になって多少は収まったのかと思ったが――そういうわけでもないらしい。


「趣味が悪いな、ディラジス」

「そういう君は、またお人よしを発揮してるのかい? クロンから初心者を押し付けられたって聞いたけど――面白いことしてるね、かつての《六芒星》が」


 俺はその言葉を聞き、拳を握りしめる。ニヤニヤと笑みを浮かべるディラジスが、こちらを煽っているのはわかりきっている。挑発に乗ってやることはない。


「……昔の話さ。それより、小鬼の耳が16個ある。鑑定してくれ」

「今さら君が模造品を出すとは思えないけどね……まあいいさ。はい、鑑定書と換金券」


 銀貨5枚分の換金券と、小鬼の耳16個の鑑定書が渡される。騒ぎが落ち着いたことを感じ取ったのか、周囲の冒険者たちの視線が弱くなった。背中に張り付いていたリュインも、おずおずと顔を背中から離す。


「……ん?」


 ディラジスが眼鏡を輝かせてリュインを見つめた。


「あっ」

「へぇ! こいつは面白い!」

「何がだよ」


 怯えるリュインと、興奮するディラジスの間に割り込む。淡く銀色に光る彼の眼鏡は、【遺物】だ。知っている者は少ないが、その【遺物】は非常に厄介な能力を持っている。


「ふむふむふむふむ。なるほどなるほど。よしわかった、リュインちゃん。僕は君に協力するよ!」

「えっ? えっ? 私の名前……?」

「まあ細かいことはどうでもいいじゃないか。ここにいるレンという男は、不愛想だが骨の髄までお人よし成分でできているから、しゃぶりつくした後に捨てるのがオススメだよ」

「お前すごいこと言ってるぞ」


 目をぐるぐるさせるリュインと、輝くような満面の笑みを浮かべるディラジス。俺は溜息をついて、カウンターに背を向ける。


「おや、もう行くのかい?」

「用は済んだ。予定が詰まってるんでな。……行くぞ、リュイン」

「は、はいっ」


 予定外のアクシデントに巻き込まれて、余計な時間を食った。普段はつまらなさそうにテキパキと鑑定を終わらせるディラジスだが、今日は運が悪かったのだろう。無意味に絡まれてしまった。


「また会おう、《六芒星》のレン」

「……」


 揶揄するように言葉を投げかけてきたディラジスを黙殺し、俺とリュインは鑑定所を出る。そしてそのまま、隣の冒険者ギルドの建物に足を踏み入れた。


 受付にクロンはいなかったので、事務的に銀貨を7枚受け取る。追加の2枚は、小鬼討伐の報酬だ。俺は7枚のうち4枚をリュインに押し付けた。


「これがお前の今日の稼ぎだ。ちゃんと溜めとけよ」

「えっ。いいんですかこんなに貰って?」

「ああ。装備も整えなきゃいけないからな……そういや、宿とか決まってんのか?」


 俺の問いかけに、リュインは首を横に振った。


「まだ決めてません。師匠と同じ宿に泊まるのが効率的でしょうか? あ、でも、師匠は結構高い宿に……?」


 溜息をつく。


「そんな高い宿には泊まってねぇよ。飯もうまいし、俺が泊まっている宿に行くか」

「は、はい!」


 その前にレイワの店に寄るとしよう。レイワの店は宿からは正反対だが、リュインは冒険者用の道具を一切持っていないのだ。色々と買いこむ必要があるだろう。


「よし、じゃあレイワの店にまず行くぞ。そこで異界迷宮用の道具を揃えるからな」

「はい!」


 嬉しそうに銀貨を握りしめるリュインを引き連れて、俺は冒険者ギルドをあとにした。一体何がそんなに嬉しいのか。それと似た表情を、俺はどこかで見た覚えがある。


 いったい、どこで見たのだったか――


 考え込む俺に気づかず、リュインは楽しそうに前を歩く。


「あれ?」


 リュインの声に、俺は顔を上げた。


「あの人――師匠と同じ――」


「「あ」」


 俺はそのとき、ずいぶん間抜けな顔をしていたと思う。向こうも相当だったが。


 耳にぶら下がる、六芒星のイヤリング。少年とも少女ともつかない中性的な顔が、焼き鳥を咥え込んでいた。風に揺れる薄茶色の髪は短く、余計に彼の性別を判別不能にしている。


 いや、実際に奴の性別を聞いたことはないので、いまだに男か女か知らないのだが。


「――シェイズ」


 手先が器用な奴だった。罠の解除や設置を一手に引き受け、あちこちのパーティから引き抜きの勧誘を受けていた。けれど、何が気に入ったのか、なかなか《六芒星》から抜けずに未練を残していた。


「んぐ……んぐ……」


 シェイズは慌てたように串に刺さっている焼き鳥の肉を口に頬張った。俺がぼんやりとその様子を眺めていると、全てを飲み込んだシェイズは俺に向けて串を突き付け、大きく息を吸い込んだ。


「……あのレンが女の子連れてるぅ――!!!!!!」

「どういう意味だおい!」


 俺は慌ててシェイズの手を掴んで早足でその場を去る。周囲を歩く人間がヒソヒソと噂話を始めたのを感じながら、とりあえず人目のつかないところまで行こうと足を速めた。後ろから戸惑いながらリュインがついてきているのを感じ取り、俺は路地裏に入り込んだ。


「し、師匠? その方は……?」


 リュインの戸惑いを含んだ問いかけを聞き、シェイズが目を輝かせた。


「師匠!? 師匠って言った今!? なに、ついに弟子なんかとっちゃったりしちゃったのレン! しかもこんな――こんな――」


 シェイズはじろじろとリュインを見回す。足を見て、腰を見て、腕を見て、胸を見て、顔を見て――


「めちゃくちゃ可愛いじゃんか。殺そう」

「おい待てお前。やめろバカ」


 本気の殺意を撒き散らしながらナイフを構えるシェイズを押さえつけ、目線でリュインに下がるように訴える。リュインは怯えたように1歩下がった。


「やめて、止めないでレン! ボクはボクより可愛いものを許せない! 全部ズタズタにしてやる!」

「クソッ、3年も経ったのにお前は相変わらずだな!」


 ジタバタともがくシェイズを必死に押さえつける。体格的には俺が勝っていることもあり、やがてシェイズは大人しくなった。ナイフを鞘にしまい、何事もなかったかのように俺の拘束をすり抜ける。


「――とまあ、冗談は置いておいて」

「嘘つけ本気の殺意だっただろ」

「またまたー、そんなわけないじゃんか。『六芒星』のお茶目枠、このシェイズくんが、本気で人を殺そうとするわけないでしょ」


 押さえつけていた俺が息を荒げているのに、押さえつけられていたシェイズは涼しい顔をして服を整えている。どうやら今日はオフの日らしい。鎧も身に着けず、装備は腰のナイフ1本のみ。それだけあれば十分だ、ということがシェイズの恐ろしいところでもある。


「しかし……生まれてこの方、日に当たったことがないようなこの白い肌……明るい湖面を思わせる碧眼……光輝く金の長髪……きつ過ぎない切れ長の瞳……たまご型の顔の輪郭……胸はあんまりないけど……成長の可能性あり……」


 じろじろとリュインの顔を眺め、シェイズはぶつぶつと呟きを漏らす。リュインは怯えた様子で杖を握りしめていた。


「……やっぱり殺そう」

「やめろって」


 ナイフに手を伸ばしたシェイズの頭をはたいて黙らせる。


「えー」

「えーじゃない」

「じゃあ、ボクに何を言うべきかわかってるよね、レン?」

「う……」


 下から上目遣いで迫る無邪気な笑顔。俺は耐えきれずに目を逸らす。


「お……」

「お?」


 期待の目つきで見上げてくるシェイズに敗北し、俺は口を開いた。


「オマエノホウガ、カワイイヨ」

「めちゃくちゃ棒読みだけど、許してあげよう♪」


 見るからに上機嫌になったシェイズは、鼻歌混じりに殺気を散らす。


「じゃーねー」

「お前と会うと、どっと疲れるよ……」


 性別不詳のかつての仲間、『無貌ノ盗賊』シェイズは手を振りながら姿を消した。まだあのイヤリングをつけているとは思わなかったが。今日は休みのようだったが、あいつは今も異界迷宮に挑んでいるのだろう。




 ふと、ディラジスの言葉を思い出す。




 俺は今――本物の『冒険者』なんだろうか。




 わかりきった自問に、わかりきった自答を返し、俺は鼻を鳴らした。

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