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第2話 少女リュイン

 時は少し遡る。


 冒険者ギルドに到着した俺は、その前に妙な人影があることに気づいた。時間帯としては混雑が始まる前である。冒険者たちの朝は遅い。


 逆光に目を細めてみると、その人影は何かを悩むように冒険者ギルドの前をウロウロと歩き回っていた。そこに人がいることなど、ギルドの中の人たちからすれば簡単にわかりそうなものだが……誰も出てこない。


「……」


 そんなところで初心者丸出しにしていると、面倒な奴らに絡まれるぞ――という警告をすべきかどうか悩む。ガラの悪い奴らがこのギルドに来るのはもう少しあとだ。このまま見ていれば、誰かに絡まれる様子が見られただろうが。


「……うん。さすがにそれは趣味が悪いか」


 軽く警告をしていなくなってもらおう。シルエットを見る限り、少女のようだった。俺は後ろからその少女に近づいた。近づくに連れて日陰に入り、逆光で見えなかった少女のシルエットが露わになっていく。


 赤茶色の【岩蜥蜴(ロックリザード)】の革鎧に身を包んだ少女だ。豊かに波打つ金髪は日陰でも自ら光を放っているように見える。悩むように眉根を寄せて、碧眼は不安に揺れていた。たぐいまれなる美少女であることは、一目見ればわかった。


(――うわ。これは絡まれる。絶対)


「おい。冒険者ギルドに何か用か?」

「えっ」


 声をかければ、少女は肩を跳ねさせて後ずさった。腰に挿されている、藍色の宝玉が収まった杖が揺れる。


 珍しい。魔導杖か。


「は、はい! あの、冒険者になりたくて来たのですが……手順がわからず……」

「あーはいはい。わかったわかった」

「……なんだか雑じゃないですか?」


 手をヒラヒラと振った俺に対して、目つきが不満げにきつくなる。そんな顔をしていても可愛く映るのだから、美人というのは得だな。


「よくあることだからな。登録するまでは面倒見てやるが、登録料が必要だぞ。金は持ってるか?」

「バ、バカにしないでください! そのくらいは知っています!」


 憤慨した表情になった少女は、腰袋を持ち上げて中から金貨を――って待てこら!


「おい、隠せ。どこで誰が見てるのかわかんねーんだぞ」


 俺は素早く詰め寄って自分の体で少女の手元を隠した。幸いまだ人通りは多くなく、道行く人々が少女の金貨に気づいた様子はない。目を白黒させつつも、少女は革袋に金貨を戻した。


「金貨なんて堂々と見せるもんじゃない。ここはそんなに平和な場所じゃないからな」

「は、はい……」


 革袋を仕舞ったのを見届けて、俺は少女から一歩離れた。常識のない女だ、できれば関わり合いになりたくない。


「じゃあ、冒険者登録お願いします!」

「俺にお願いされてもな。とりあえず、中に入るぞ。あまりキョロキョロしないでまっすぐ前を見てろ」

「は、はい!」


 緊張気味の少女の背中を押し、冒険者ギルドの扉を開ける。早朝であるこの時間帯は、比較的静かだ。ちょうど夜通し酒を飲んでいた連中が酔いつぶれ、忙しくなる時間帯に向けてギルド職員が準備している時間だ。


「正面がカウンターだ。行くぞ」


 忙しそうに動き回るギルド職員。緑を基調にした彼らの制服は、冒険者たちにとっては一種恐怖の象徴でもある。なにせ、ギルドに目をつけられたらありとあらゆる活動が不利になるのだから。


「冒険者ギルドへようこそ、レン。相変わらず早いわね」


 顔なじみの受付嬢が、素晴らしい笑顔で対応してくれた。田舎者は騙されるが、これは完璧な営業スマイルなので、真顔と意味合いは変わらない。


「ああ、おはようクロン。こいつの冒険者登録を――あれ?」


 隣を歩いていたはずの少女の姿がない。周囲を見回すと、俺の後ろに回り込んで隠れていた。俺は少女の首を掴んで持ち上げて、カウンター前に放り出す。


「おい、何してんだ。冒険者になりに来たんだろうが」

「ひゃっ、ひゃい! リュインといいます!」

「まだ何も聞いてないわよ~」


 クロンが素で笑いながら指摘する。玄人の落ち着きを好む受付嬢たちの中では珍しく、クロンは初心者に友好的だ。ほかの職員だと、対応がおざなりになることもある。


「じゃああとはよろしく」

「あら、丸投げする気?」

「面倒なんでな……」

「あら、そう。耳よりの情報があるんだけど聞いてく?」


 嫌な予感がした。クロンがニヤニヤと目を細めながら話す内容が、自分にとっていい話だった試しがない。


「……聞かなきゃダメなんだろ、そういう言い方するってことは」

「よくわかってるじゃない。これを読んでもらえるかしら?」


 受付カウンターの下からひらりと出された紙を受け取る。そこにはデカデカと『初心者育成冒険者募集!』という文字が踊っていた。まさか、これを俺にやらせようと言うのだろうか。まさかそんな。


「最近、冒険者全体の質が落ちてきてるのよねぇ……期待の新人パーティも解散しちゃうし……」


 意味ありげな視線を向けてきたクロンを目線で黙殺する。その件にはあまり触れられたくはないのだが、クロンもそのことは重々承知の上で触れてくる。俺は話題を逸らすために口を開いた。


「俺にこいつの教育をしろ、と?」

「理解が早い男は嫌いじゃないわよ。ちゃんと報酬も出るし、『草原』なら1人連れていくくらいできるでしょ?」

「『遺跡』にでも放り込めばいいだろう。あそこなら新人の腕試しにはちょうどいい」


 俺が言うと、クロンはわざとらしく溜息をついた。


「それがねぇ、最近の新人は血気盛んでね。絶対やめろ、って言ってるのに【機械巨人(マシン・ゴーレム)】に挑んでるのか、『遺跡』から帰ってこないのよ」

「馬鹿ばっかりなのか?」


 『遺跡』はランク1の異界迷宮だ。延々と石畳の迷路が続くが、ろくな敵対生物も罠も存在しない。だが、最奥に存在する大広間には【機械巨人(マシン・ゴーレム)】と名付けられた巨大な機械仕掛けの巨人が存在する。

 徘徊するわけでもなく鎮座しているので、挑みかからない限りは無害なのだが、昔から自信過剰のバカが挑んでは殺されている。


「かといってまるっきりの初心者を『草原』に放り出すのはちょっと気が引けるわけ」

「それはまあ、わからんでもないが」


 『草原』はランク3。初心者に毛が生えた程度の冒険者なら、苦戦はすれど死ぬようなことはないだろうが、異界迷宮自体が初めての初心者を入れれば間違いなく死ぬ。異界迷宮という存在が人間の想像を超えているので、慣れるまでは時間が必要だ。


 『草原』は危険生物が多く生息し、いずれも攻撃性が高い。『遺跡』に比べれば異界迷宮自体のサイズも広く、いまだに調べきれていない場所もあるほどだ。


「ギルドからの報酬は前払いで金貨1枚よ。期間は10日」

「……前払いで?」


 とんでもない話だ。普通の冒険者なら持ち逃げするだろう。


「ええ。そもそも信頼できる相手にしかこの依頼はお願いしないし。あなたの実力と誠実さを買ってるのよ」


 メリットとデメリットを考え、俺は悩む。自分の仕事がやりづらくなるのは困るし面倒だが、10日で金貨1枚の臨時収入があるのは魅力的だ。


 そんな俺の悩みを、


「ぜひお願いします!」

「じゃあこれ、報酬の金貨ね」


 2人の女性がぶった切った。


「おい、俺はまだ――」

「じゃあさっそく冒険者登録するわね、リュインちゃん」

「お願いします!」

「聞けよ!?」


 俺は抗議の声をあげたが、すでに2人は冒険者登録の手続きに入っていた。頭を掻き、俺は受け取った金貨をいそいそと懐にしまう。どうも、断ることはできそうもない。


 そろそろ装備の更新の必要性を感じていたころだし、この臨時収入は正直ありがたい……金なしは、強気に出ることもできないのだ。悲しいことに。


「じゃあこれに手を乗せてね」

「? はい」


 カウンターの奥から出された物々しい道具に、リュインが手を乗せる。無数の魔石を散りばめてあるその道具は、【遺物】とは出自が異なる【魔道具】だ。リュインの腰に存在する魔導杖も、分類としては【魔道具】になる。


「はい、リュインちゃんの魔力波形を登録したわ。あ、これ冒険者カードね」


 白の冒険者カードを渡され、リュインは感動した様子でそれを掲げた。俺が登録した時はどうだっただろうか。カードのことよりも、異界迷宮に潜る緊張で頭がいっぱいだった気がする。


 しばらくカードを眺めたリュインは満足したのか、カウンターに置かれた魔道具を指さす。


「これ、なんていう道具なんです?」

「え、これ? 【登録機】……は、私たちの俗称か。なんだっけ、レン?」

「はぁ。確か、【魔力波形測定記録装置】とかなんとか。魔導国家ギリアスで開発された魔道具だ」

「そうそう、それそれ。人間って、魔力の波形がそれぞれ違うんだって。これはそれを測定して記録する道具ってわけ。その冒険者カードにはリュインちゃんの魔力波形が刻印されてるから、盗まれたり失くしたりしないようにね」

「は、はい!」


 背筋を伸ばして返事をするリュインを微笑ましく思いながら、俺は肩を叩いた。


「無事に登録できてよかったな。これから頑張れよ」

「はい! ……あれ?」

「レン」

「チッ」


 スムーズに背を向けて逃げ出そうとしたのだが、クロンに呼び止められてしまった。首を傾げているリュインに向き直って溜息を吐く。どこか、どころかどこもかしこも抜けている少女のサポートをすることになってしまった。


「……10日だけだが、よろしくな」

「はい! よろしくお願いします!」


 冒険者カードを握りしめて、勢いよく頭を下げるリュイン。ここしばらくはずっと1人で異界迷宮に潜っていた。道連れがいるのは久しぶりだ。


「今日は『草原』で小鬼を狩ってくる」

「は~いよろしく~」


 気の抜けたクロンの言葉を聞きながら俺は背嚢を背負い直し、ギルドの出口へと向かう。寸前、扉の外に覚えのある気配を感じて、端に避けた。リュインを背中に隠し、俺も顔を伏せて目立たないようにする。


「今日も頑張りますかー」

「じゃあ『樹海』? それとも『墓場』に行く?」

「いやー今日はあんまり気張る気分じゃないな。『草原』くらいにしておくか?」

「なにそれ。最初のがんばりますかーは何だったのよ?」

「んー……まあ、口癖?」


 和気あいあいと楽しそうな会話をする集団が、俺の前を通り過ぎていく。よせばいいのに、俺は顔を上げてその中に見覚えのある姿を見つけてしまった。


「……ん」


 視線に気づかないような相手ではない。その少女は、足先を見ていた視線を上げて、俺の視線と絡み合わせた。


 黒髪に銀の眼光。相変わらず伸ばしているらしい前髪は、左目を覆い隠している。強い意思を秘めた銀の右目は、俺の顔を見て驚いたようにわずかに見開かれた。


「どうした、アイシャ?」


 前を歩く青年に話しかけられ、アイシャは一瞬俺に声をかけるべきかどうか悩んだようだった。逡巡するように視線を空中に漂わせ――だが、結局は口を開かずに前に向き直る。


「――なんでもない。早く行こう」

「お、どうした。今日はずいぶんやる気だな?」

「そんなことない。いつも通り」


 アイシャの肩を、青年が気軽に叩く。その光景に、胸を掻きむしりたくなるような後悔が襲ってきた。


 わかっている。これは俺の自業自得で、この光景は俺への罰だ。力も才能もない男が、分不相応な立ち位置を願った結末がこれだ。


 俺の腰に収まった短剣が、俺の激情に応えるように微かに鳴った。その音で我に返った俺は、胸の内側に荒れ狂う感情を飲み込んでリュインに声をかける。


「行こう、リュイン」

「は、はい……?」


 俺は拳を握りしめてその場を去る。冒険者ギルドの扉を開けて外へ。見れば、太陽の位置はかなり昇ってしまっていた。彼らと顔を合わせないために、早めに冒険者ギルドを訪れているというのに……イレギュラーな事態で余計な時間を食ったせいだ。


「なにかあったんですか、レンさん……?」


 ずいぶんと仲がよさそうだった。そういうことならいいだろう。結局のところ――いつまでも未練を引きずっているのは、俺だけということなのか。


「レンさん、じゃない」

「え?」


 キョトン、と目を丸くしたリュインの頭に右手を乗せる。


「師匠と呼べ。必ずお前を一人前の冒険者にしてやる」


 見せつけてやろう。かつての仲間たちに、お前らなんていなくたって俺はやっていけるということを。


「……はい! 改めて、よろしくお願いします師匠!」


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