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第11話 岩蜥蜴

 『草原』に到着した俺たちは、魔石を使って結界を作る。【エリア】や結界を作る時間と手間、そして金を渋る冒険者も多いが、俺はこの一連の作業を欠かしたことはほとんどない。異界迷宮において、拠点の確保は最重要だ。


「……私、うまくやれるでしょうか」

「冒険者として生きていくのであれば、必要な道だ」


 不安そうに短剣を握りしめるリュインに、そっけなく返す。この程度もできないようでは、異界迷宮の謎に挑むなど、夢のまた夢だ。小鬼も1人で倒せない冒険者など、笑い話にもならない。


「後ろで見ててやるから、追ってみろ」

「……はい」


 拳を握りしめて気合を入れたリュインは、注意深く周囲を見回して痕跡を探す。一応前回、小鬼と魔狼の足跡の見分け方などは伝えてある。


「……ないので、移動します」

「ああ」


 拠点周辺には痕跡がなかったので、2人で移動をする。不意の遭遇を警戒し、周囲を不安げに見回すリュイン。少し力が入り過ぎているが、まあ警戒しないよりはマシだ。俺は無言で彼女を見守る。


「っ、ありました!」


 興奮した様子で小声で叫ぶリュイン。彼女が指さすさきには、巨大な足跡が残っている。


「これは……【岩蜥蜴(ロックリザード)】か。珍しいな、この辺まで出てくることは滅多にないんだが」


「【岩蜥蜴(ロックリザード)】……」


 こいつはまだリュインには早い。【岩蜥蜴(ロックリザード)】は決められた範囲を徘徊する腐肉食の生き物だ。小鬼や魔狼の屍を食べて生きていると言われている。


 全身は頑強な岩のような皮膚で覆われ、生半可な刃物は通らない。俺の短剣や、リュインの魔術では火力不足だ。一応、対処方法がないわけではないが、遭遇は避けるべき相手である。


 だが。


「構えろ。近くにいるぞ」


 【岩蜥蜴】は腐肉食(スカベンジャー)……死体を食らう掃除屋だが、狩りをしないわけではない。自ら獲物を襲い、死体にして巣に持ち帰る習性もある。


「は、はい!」


 気配がある。こちらを与しやすい相手と認識し、草陰からこちらを窺う獣の気配だ。


 【岩蜥蜴】は重く、素早く、硬い。攻撃方法は噛みつき、突進、尻尾による薙ぎ払いなどがあるが、不意を打って攻撃する場合は高確率で――


「避けろ!」



 ――跳躍しての飛びかかり!



 指示を出したものの、即座に動けるとは思っていない。俺はリュインの襟首を引っ掴んで後ろに引く。右側から飛びかかってきていた岩蜥蜴の狙いは外れ、重々しい音を立てて地面に着地した。周囲の草がなぎ倒され、岩蜥蜴の体が柔らかい地面を抉る。


「師匠……」

「下がってろ。あいつはまだお前には早い」


 右手で腰の短剣を引き抜き、左手を前に構える。いくら『黒ノ短剣』が遺物であり、切れ味の鋭い短剣とは言っても、強力な能力を持っているわけではない。


 しかし、『黒ノ短剣』は遺物として非常に頑丈である。相手の攻撃を凌ぎ、反撃のための起点にするには便利な武器だ。岩蜥蜴の全長は7メートルほど。楽な相手ではないが、凌げないわけではない。


「……アイシャがいればな」


 こんな鈍重なデカブツ、一撃なんだが。


 ないものねだりをしても仕方がない。俺は駆け出し、岩蜥蜴の左側に回り込む。短剣の狙いは柔らかい目、左手で狙うのは比較的柔らかい腹側だ。


「っ、と」


 噛みつき。岩蜥蜴の牙はそう鋭くはないが、噛む力は強い。腐っているとはいえ、肉を噛みちぎるために発達しているのだろう。捕まるわけにはいかない。


 後ろに下がり、噛みつきを回避する。目を狙うのは有効な手段だが、リーチが短い短剣で顔の周囲をうろつくのはリスクが高い。


「――ッ」


 体当たり。強靭な四肢で大地を踏みしめ、全身をしならせて岩蜥蜴の肉体が迫る。俺は慌てて岩蜥蜴の頭の方向に飛び込み、体当たりを避ける。勢い余った岩蜥蜴が、一回転してこちらを睨む。


「……ここか」


 正面から突進し、左にステップ。岩蜥蜴の視線が横に振られたのを確認して、勢いをつけて右に跳ぶ。わずかに遅れた反応を掻い潜り、左手に魔力を注ぎながら振りかぶる。


「――掌威ッ!」


 内臓に響く衝撃に、岩蜥蜴が怯む。深追いはすべきではない。俺は苦悶の声を上げる岩蜥蜴から距離を取る。軽快な身のこなしを実現するために、俺は盾や重い武器は持っていない。ヒット&アウェイだけが、俺が取れる唯一の戦法だ。


 うめき声をあげる岩蜥蜴を見据えて、俺は忘れかけていた体の動かし方を確認する。


『呼吸は常に一定。揺らぐときは相手を罠にかけるとき』


 右手に握りしめた短剣を意識する。視野を広く持つ。


 選択肢を複数考え、その道を探す。


 短剣で喉を突く。目を抉る。左手で腹を狙う。体当たりが来たら右に逃げる。突進は短剣で凌ぐ。


『体から力を抜いて。ありとあらゆる可能性を考慮して、だけどそれに縛られない。そして――』


 走る。こちらの武器の攻撃力が低いことは見抜かれているが、腹部に衝撃を叩き込んだ俺の左手を警戒している。


俺の迷いを喰らえ(・・・・・・・・)アルハイ(・・・・)――」


『――決める時は、一撃だよ!』


 脳裏に響いたシェイズの声に従い、俺は自分の力を呼び起こす。俺の胸中で渦巻いていた迷いが消え、代わりに影から一匹の蛇が浮かび上がる。




 影から伸びた細身の蛇は、重力も物理法則も無視して、空中を奔る。岩蜥蜴は驚いたように目を見開き、俺の影から伸びた蛇が口に巻き付いて縛り付ける。


(アルハイ自身の膂力はそこまで強くない――)


 右手に短剣を握り直す。噛みつき攻撃を封じた今、一番恐ろしいのは突進攻撃だ。だが、そんなことをさせる時間の余裕は与えない。


(破られる前に、有効打を叩き込む!)


 短剣を右目に突き入れる。柔らかいものを貫く嫌な感触が右手に残る。奥まで突き込んだことで、岩蜥蜴が暴れる。


 耳障りな悲鳴が周囲に響く。


(短剣は回収できなかったが……)


 右目に突き立った短剣は回収できなかった。左手に魔力を溜めて、一撃を入れるべく様子を窺う。


「――揺らせ、『混濁(ティルボウ)』!」


 ――あとで誉めてやろう。リュインという少女の援護のタイミングは的確だ。たたらを踏む岩蜥蜴の腹部を目指して駆ける。


 一瞬の意識の混濁から立ち直った岩蜥蜴が周囲を見回すが、右目側の死角に入り込んだため、俺の姿は認識できていない。


「最大出力――掌威ッ!!」


 グローブが青白い輝きを放つ。俺は迷わず拳を岩蜥蜴の腹に叩き込んだ。魔力を変換した衝撃が、岩蜥蜴の内臓を穿つ。硬い外殻を貫通した衝撃が内臓を傷つけ、岩蜥蜴が血を吐きだそうとしたのが感触で伝わってきた。


「アルハイ!」


 さらに一巻き、影の蛇が口に巻き付く。吐き出せなかった血液が、岩蜥蜴の口の端からこぼれた。絶命の危険性を感じ取ったのか、遮二無二暴れる岩蜥蜴から距離を取る。


「師匠!」

「大丈夫だ。決着はついた」


 口を縛っていた蛇が引きちぎれるが、戦いの趨勢に影響はない。衝撃は、岩蜥蜴の内臓を深く傷つけている。


 荒い息を吐き出す岩蜥蜴を見据え、俺は左手を構える。決着はついたが、油断をしていい理由にはならない。


 しばらく荒い息を吐いていた岩蜥蜴が、ようやく地面に倒れたのを確認して、俺とリュインはその遺体に近寄った。大物ではあるが、岩蜥蜴は運搬が非常に困難だ。本来であれば、もう少し多くの人数を集めて狩り、周囲を警戒しながら帰るのが筋。


「……この獲物は諦めるぞ」

「え!?」


 驚きの声をあげるリュインに向き直る。岩蜥蜴の皮や甲殻は、小鬼や魔狼の毛皮とは比べものにならないほど高価だ。一匹の遺体を丸ごと売却すれば、金貨3枚にはなるだろう。だが、それは無事に持ち帰れたらの話だ。


「これを引きずって帰れば、血の匂いで魔狼や小鬼を引き寄せる。そうして囲まれたときに、無事でいられる保証はない」


 俺は岩蜥蜴の亡骸から短剣を引き抜き、血を拭う。岩蜥蜴の素材は主に甲殻と皮だ。ここで剥ぎ取るには、サイズが大きすぎる。


「もったいない……」

「迷うな。リスクとメリットを天秤にかけて判断するんだ」

「……天秤」


 岩蜥蜴の亡骸を見つめ、未練がましく溜息を吐くリュイン。未練を断つようにゆっくりと首を横に振り、俺とリュインは岩蜥蜴の亡骸から離れた。


「よし……行くぞ」

「はい」


 今日の目的はリュインの小鬼討伐だ。これ以上は時間の無駄。短剣を腰のホルダーに戻し、俺たちは小鬼を探して移動を開始した。



 † † † †



「……」


 草原を歩く1人の少女は、その銀の眼光で1つの光景を見据えた。岩蜥蜴の死体に群がる数頭の魔狼。肉を貪っていた彼らは、獲物を横取りされまい、と少女に向き直る。


 少女は無手であった。動きやすそうな鎧に身を包んではいるが、その手には武器は握られていない。


「――」


 息を吐き出し、少女は銀に輝くカードを取り出した。陽光を反射して煌めくその金属は、『火山』から採掘される鉱物の一種。


「――開放」


 銀の光が周囲を照らし、銀色のカードが変形していく。威嚇の唸り声を上げていた魔狼達が、怯えたように後ずさる。


 やがて光が収まった時、少女の手には巨大な武器が握られていた。少女の身長に匹敵するサイズの、巨大な斧剣。持ち手の部分を両手で持ち、少女は無言で武器を構えた。銀に光る刃の部分は、人の意識を吸い込みそうなほど艶がある。


 一歩を踏み出した少女に対し、魔狼達が一歩下がる。だが直後、下がったことを恥じるかのように一声吠え、一斉に少女に跳びかかった。


 少女は冷静に斧剣を構え、振るう。斜め上方に放たれた、斬撃というにはあまりにも重すぎる一薙ぎは、同時に跳びかかってきていた3匹の魔狼の胴体を真っ二つにしていた。


 一拍遅れて噴出する血しぶきを、遅れて吹き荒れた突風が散らす。あまりにも少女が軽く振るうため、見ているものに錯覚を抱かせる。あのサイズの斧剣が軽いわけがない。その重量は、筋肉自慢の冒険者でも持ち上げるのに苦労するほどだ。


 ゆっくりと岩蜥蜴の遺体に近づいた少女は、新たな気配に視線を向けた。そこには、まだ生きている岩蜥蜴の姿があった。


「……血の匂いに釣られたのか?」


 呟き、斧剣を構える。その岩蜥蜴が、死んでいる岩蜥蜴とどういう関係だったのかはわからない。わからないが、少女はその瞳に確かな憎悪の感情を見た。


 実力差は歴然だ。万に一つも、岩蜥蜴に勝ち目はない。


「……」


 斧剣を持ち上げ、振り下ろす。


 大口を開けて跳びかかってきた岩蜥蜴の脳天に、斧剣が直撃した。



 甲殻を砕き、皮を裂き、骨を割り、その勢いのまま地面に叩き付ける。


 斧剣が叩き付けられた地面は抉れ、放射状に土がめくれ上がった。一撃で物言わぬ骸と化した岩蜥蜴を見下ろし、少女は無言で息を吐く。


 異界迷宮『草原』に出現する生物は、だいぶ昔に少女の敵ではなくなっていた。


「……この跡」


 少女は自分が来る前にすでに絶命していた岩蜥蜴の亡骸に手を這わせる。その亡骸を見れば、少女にとって馴染みのある痛めつけられ方をしていることはすぐにわかった。


 右目の傷は短剣。口から血を吐いた跡がある。さらに、口の周りには締め付けたような跡。


「……あの馬鹿。岩蜥蜴相手に、こんな――」


 少女の呟きは風に浚われ、だれにも届くことはなかった。

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