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第1話 迷宮都市クローディア

「キミ、異界迷宮に挑みたいんだろう?」

「え?」


 色々な職を転々としていた俺に声をかけてきたのは、亜麻色の髪をした少女だった。

 そのころの俺は、皮なめしの手伝いをしていた。夢を追い求める冒険者たちは、こういったいわゆる『雑務』は一切やらない。今日も、雑に剥ぎ取られた【六角鹿(ヘキサゴナルディアー)】の皮を丁寧に切り直し、専用の液体に漬けているところだった。


「キミだよ、キミ。そこで皮を沈めている、茶髪のキミのことさ」

「はぁ……」


 亜麻色の髪の少女は快活に笑う。その後ろには、もう一人の少女がいた。黒髪をなびかせた、大人しそうな少女だ。こちらの顔を見ることなく、おどおどと亜麻色の髪の少女の後ろに隠れている。


「私は■■■■。こっちは■■■■。キミをスカウトしに来たのさ!」


 名前は、うまく聞き取れなかった。しかし、話している意味はわかる。スカウト? 俺を?


「いや、言わなくてもわかっている。キミはまだ迷宮に潜れる歳じゃあない。それは私たちも一緒さ」


 異界迷宮に挑む冒険者になるには、14歳以上でなければならない。他ならぬ迷宮都市クロ―ディアで育った俺はそのことを知っている。異界迷宮に関わる色々な仕事をしてきた俺だったが、そのときは全く冒険者になるつもりはなかったのだ。少女の『異界迷宮に挑みたいんだろう?』は、そういう意味では全くの的外れだったと言っていい。


「だから、予約だ。私の妹の■■■■が14歳になったら、私たちと一緒に異界迷宮に挑もう!」


 差し出された右手を、ぼんやりと見る。亜麻色の髪の少女と、黒髪の少女は、どうやら姉妹のようだった。


 俺はそのとき、差し出された右手を取らなかった。


 異界迷宮に挑む? バカバカしい。俺は、日銭を稼いで。たまに贅沢ができればそれでよかったはずだった。


 だが少女が俺に埋め込んだ熱は、いつまでもくすぶり続けた。異界迷宮。いまだ解明しきれていない世界の謎。


 ソレに挑むのだという。毎日毎日、数十人もの人が帰ってこなくなる異界迷宮に――こんなに小さな2人組が。


 自信満々に笑う少女から逃げるように、俺は後ろに隠れている少女に目線を合わせた。返ってきたのは、態度に似合わない力強い銀の眼光だった。髪に隠れて右目しか見えなかったものの、その力強い眼差しは俺にとっては直視できないほど眩しいものだった。



 その目に憧れたのだ、と理解したのはいつ頃だっただろうか。

 まっすぐ前を向いて、夢を掲げて進む少女のことを、俺は『羨ましい』と思ったのだ。


 だから――



 † † † †




「今日の予定は……『草原』で【小鬼(ゴブリン)】狩りか」


 壁に張り出された予定表を見て、俺は溜息をつく。冒険者ギルドに短期で雇われている俺のような人間は、ほかの冒険者のように自由気ままに異界迷宮に潜ることはできない。必要な場所へ赴き、必要な物を取ってくるために雇われている。


 金色に輝く星型のイヤリングを手に取る。正式には『六芒星』と呼ばれる形だ。


「……ハァ」


 多くの思い出が詰まった六芒星のイヤリングを右耳に装着し、クローゼットの中から革鎧を取り出して着込む。さらに棚から冒険者用の背嚢を取り出し、中に入っている道具を点検していく。


 冒険者たちの中では、こういった点検作業をするのは珍しいらしい。昔パーティを組んでいた時も、物珍しそうな目で見られたことがある。俺以外にやっている人間は数人しか見たことがない。


「……うん。大体大丈夫だな」


 剥ぎ取り用のナイフが少し、錆びついてきていた。3年近く使っているものだ、さすがにそろそろ買い替えが必要か。ほかの道具も、ほんの少しずつだが劣化が見える。少しずつ買い揃えたものだけに、一斉に買い替えるならかなりの金額になるだろう。


「はは。んな金がどこにあるんだっつーの」


 記憶を掠めた大金の存在を、頭を振って追い払う。あの金に俺が手を付けるわけにはいかない。


 ……独り言も、ずいぶんと増えた。


「さて、行きますか」


 棚に無造作に置かれていた黒塗りの短剣を手に取り、腰のホルダーに差し込んでベルトで固定する。装備し慣れた重さに、浮足立っていた心が落ち着いていくのが分かった。左手に革製のグローブを嵌めれば、この都市に腐るほどいる冒険者の完成だ。


 未練。惰性。


 わかっている。踏ん切りも諦めもつかない自分を自覚しながらも、変化を起こすほどの気概は持ち合わせていなかった。









 迷宮都市クローディア。


 無数に存在する『異界迷宮』への転移門を中心に築き上げられた都市だ。


 『異界迷宮』とは、この世の法則や文明とは異なる世界で作られた施設や環境のことを示している。


 この迷宮都市クローディアには、合計8つの転移門が存在する。転移門が存在する、イコール『異界迷宮』が存在すると思ってもらって構わない。



 ランク1、『遺跡』。


 ランク3、『草原』。


 ランク4、『砂浜』。


 ランク5、『墓場』。


 ランク6、『樹海』。


 ランク7、『火山』。


 測定不能、『試練場』。


 ランク10、『楽園』。



 以上、8つがこの迷宮都市クローディアに転移門が存在する異界迷宮である。

 ほかにも、例えば魔導国家ギリアスに行けばランク9の【星丘】や、北の果てにはランク7の【雪道】という異界迷宮が存在する。

 人類はいまだにこの大陸のすべてを調査しきれていないため、未発見の異界迷宮への転移門が存在するのは想像に難くない――とは、冒険者ギルドの話だ。


 『異界迷宮』からは、多くの有用な【遺物】が発見される。それぞれの異界によって動力も効能もだいぶ違うため、異界迷宮から産出された道具は全て【遺物】で分類されている。


 例えば、帝国領に存在するランク4の異界迷宮、『洞窟』からはあらゆる種類の『魔石』と呼ばれる【遺物】が産出される。この魔石はすでに、なくてはならないほど人類の生活水準を向上させている。魔石なしの生活は想像できないほどに。


「ほえー……」


 俺の講義を聞いた少女は、ポカンと口を開けていた。俺は襲い掛かってきた頭痛を抑えるために、額を揉みこむ。こんなのは基礎知識だ。冒険者ギルドに行って教えを乞えば、いくらでも聞ける。冒険者ギルドの職員の中には教えたがりもいるし、要らない情報も熱心に教えてくれることだろう。


「……こんなことも知らずに冒険者になりに来たのか?」

「す、すみません……」


 申し訳なさそうに頭を下げる少女に、俺は聞こえないように溜息を吐き出した。


 金色の長髪をなびかせ、潤んだ碧眼で俺を見つめる少女。控えめに言って美少女だろう。ありとあらゆる誤解を恐れずに言うのであれば、『絶世の美少女』と言ってもいい。


 今のところ、良いのは見た目だけだが。


「この都市では、弱者は食い物にされる。金を持っているのはいいが、見せびらかすなよ」

「は、はいっ!」

「まあ、その革鎧を買ったのはいい考えだ。ちゃんとしまっておくといい」

「? はい!」


 少女が着ている冒険者用の革鎧は、内側に緊急保管用の小袋が内臓されている。スリが多いこの街では、金を潜ませるのにちょうどいい。少女は小首を傾げた状態でついてくる。


「この革鎧、不思議な色合いですよね。赤茶色というか……」

「そいつは『草原』に出てくる【岩蜥蜴(ロックリザード)】の皮をメインに使ってる。安価で頑丈だが、手入れが難しい。使い捨てにするには高いから、あまり人気はない」

「ええっ!? 防具屋さんのオススメだったんですけど!?」

「在庫が余ってたんだろ」


 顔にデカデカと『ショックです!』と書かれている少女。オススメされたものをほいほい買うなんて、箱入りにもほどがある。


 落ち着かないのか、周囲をキョロキョロと見回しながら、少女はついてくる。こんな様子で店に入れば、それはカモだと思われるだろうな……いやまあ、俺も実際カモだと思ったわけだが。


「あの、厳つい装備の人たちは……?」

「ああ」


 少女の目線の先には、ツルハシを担いだ屈強な男たちの集団がいた。ゴツゴツとした灰色の岩のような装備に身を包み、歩くたびに岩同士がぶつかる足音が響く。


「炭鉱夫たちだ。『火山』に潜って鉱石を採掘してくる冒険者だな」

「た、炭鉱夫……」

「割りのいい仕事だぞ? もしディメトライト鉱石掘り当てたら一気に大金持ちだし」

「ディメトライト鉱石というと、あの……?」

「そう。あの」


 異界迷宮から産出される道具や素材には、不可思議な特性を持つものが多い。その例としていつも挙げられるのが、『ディメトライト鉱石』だ。いや、この鉱石に関しては本気で意味がわからないので、俺はかなり昔に考えるのをやめた。


「なるほど……みなさん、それぞれの異界迷宮に適した装備をしているのですね」

「そうだな。『草原』や『遺跡』はほとんど装備を選ばないが、『火山』は熱の、『墓場』は呪いの対策をしないとなんともならない」

「今向かってるのって、『草原』でしたっけ?」


 俺たちは今、冒険者ギルドから西の方角に存在する『草原』の転移門へと向かっている。クロ―ディアの南は『火山』の転移門を中心とする職人街となっている。その端を横切って進むことになるため、炭鉱夫や鍛冶屋の姿も多い。


「そうだ。さっきも言ったが、『草原』はランク3の異界迷宮だ。初級者たちがよく潜っているが、そこまで甘い世界というわけでもない。やるからには厳しくいくぞ」


 何の因果か。俺はこのほわほわしている少女、リュインを一人前の冒険者にすると心に決めた。それがただの俺の自己満足で、過去の仲間たちに対する当てつけだとしても。


「望むところです、師匠!」


 生まれも育ちもこの都市である俺は、異界迷宮に関してはかなりの知識を持っている。だからこそ、1人でもそこそこの稼ぎを出せていたのだが……


「今日は【小鬼(ゴブリン)】の討伐がメインだ」

「【小鬼(ゴブリン)】というと、あの……?」

「そう。あの【小鬼(ゴブリン)】だ」


 昔は――と言っても俺が生まれるより前の話だが――【小鬼(ゴブリン)】は『草原』には存在しなかったという。こちらの人間が持ち込んだのか、もしくはどこかから偶然迷い込んだのかは定かではないが、いつの間にか【小鬼(ゴブリン)】どもは『平原』にいくつかの集落を築き上げていた。


「ただ、普通の【小鬼(ゴブリン)】だと思って油断しない方がいい。こちらの世界の【小鬼(ゴブリン)】より強い。多くの冒険者と戦って、経験を積んだからだろうと言われているが……」


 油断させないために俺は言葉を紡ぐが、弟子のリュインは遠慮がちに右手を上げた。


「あの……私、そもそも【小鬼(ゴブリン)】と戦ったことがないのでなんとも……」

「……【小鬼(ゴブリン)】以外は?」

「一応、護身の魔術をいくつか使えます!」

「実戦経験は?」

「ありません!」


 自信満々に胸を張るリュイン。

 俺はこの少女を選んだことをかなり後悔した。



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