表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百眼神  作者: あずき
序章ー百眼神社ー
4/5

 天国と呼ばれる、人が死後に行き着く世界。

 その姿は、人によって様々だ。ある人は永遠に花畑の続く綺麗な所だというが、ある人は何も無いただ真っ白な空間。またある人は、食べる事も寝る事もせず、昼も夜もなく、自分のやりたい様に過ごせる正に楽園だという。


 私が今見ているこの風景は、先程までいた百眼神社と新しさというものが少し違っている。が、もしかしたらここも一種の天国なのかもしれない。



「あ、あの……ここって、天国?」

「………は?」

「あ、いや……さっき私がいた百眼神社とちょっと違う気がしたから………」



 きっとこの少年からしたら、私は突然訳の分からないことを話し始めた奇妙な女でしかないのだろう。実際、私が彼の立場だったら絶対にそう捉えるだろうから。



「ここはずっとこうだろ」

「そんなはずない! 参道だって拝殿だって苔とか蔦が凄かったし、この後ろの家だって崩れてた………」

「……何の話だ?」



 少年は怪訝そうに眉をひそめ、首を傾げる。ふざけているのかとも一瞬考えてはみたが、彼の表情からはそんな様子は伺えそうになかった。


 そういえば、今は何年何月……だったっけ?

 おかしな事に、私はそれを思い出せなかった。スマートフォンさえ持っていれば、確認できるかも知れないというのに、私のベッドの上に放置されたままだ。どうにもならないだろう。


 そうだ。そういえば来年は、映画の題材にもされた事で有名な、地球滅亡説で騒がれている年ではないか。2012年、マヤ文明と呼ばれる最も天文学に優れていたと言われている民族が記した“終わりの節目”の年。

 ということは、今は2011年。平成の年号でいうと、二十三年だ。


 少年が言った鎖国令の話。今から百年以上も昔の事を、彼はわざわざ“三十年前”と告げた。出会ったばかりの少年を信じている訳でもないが、彼が嘘をついているようにも見えない。


 仮に彼が嘘をついていないと仮定して、話を進めていくとする。そうすると、私の時間軸と彼の時間軸が一致していない事が分かってくるだろう。

 その上、この辺りの風景を一目見れば、きっと私が今言いたい事というのが分かるはずだ。それの確認のため、私は恐る恐る目の前の少年に問いかけた。



「今って、何年何月……?」

「何年……か? えっと、明治十七年の……七月だな」

「───明治!?」



 残念なことに私の予想していた“最悪の事態”が現実のものになってしまっているようだ。その衝撃的事実に、私は思わず腰を抜かしその場に座り込んでしまった。心配し駆け寄ってきてくれた少年に、私は呆然と呟いた。


 “時渡りをしてしまったみたい”と。



「は?」

「だから私、百年後から時渡りをしてきたの!」

「……時、渡り?」



 まさか、時渡りと言って伝わっていないのではあるまい。もしもそのような事が起きたとしても、これ以上何と伝えたら良いのか分からない。それだけは勘弁して欲しい。


 ここは天国などではない。現在の私はそう読んでいる。きっと、私の頭が正しければここは、百年前の此岸島しがんとうだ。



「私、百年後の此岸島しがんとうからきたの。たぶん」

「此岸……島?」

「百年前だと、まだ彼岸島ひがんじまだっけ?」

「よく、分からない……けど、ここは彼岸島だぞ」



 理解が追いついていないのか、少年の回答はしどろもどろだ。まぁそれもそうだろう。見ず知らずの人間に突然そんな事を言われても混乱するだけだろう。私が彼の立場に変わったとしてもそれは同じだからだ。


 少年はしばらく黙り込んだまま、口を開こうとしない。俯いている彼の表情など、こちらからでは伺えそうにない。



「嘘は……吐いていないんだな」

「………信じてくれるの?」

「まぁ、半信半疑……というやつだ」



 そう告げると彼は、私の腕を引っ張り上げ立たせてくれた。こうして並んでみると、意外と私と彼の間に身長差を感じない。私が高いのか、彼が低いのか──それは訊かない方が安全だろう。


 よく見てみると、彼は女の子のような可愛らしく綺麗に整った顔をしている。男の子のくせに可愛いねなどと褒めてあげたいところだけど、男にとって“可愛い”というのは最悪の悪口でしかない。ここは心の中でそっと叫んでおくことにしよう。



「君、可愛いね!」

「………殺すぞお前」



 しまった。私としたことが心の声が自然と口に出ていたらしい。彼の表情から殺気のようなものが浮いているようだ。やはり、男の子に対して“可愛い”は禁句なのだ。



「ごめんなさい! ところで、君の名前は?」

「俺、か? 俺は………れん



 憐と名乗る少年は、わざわざ手の平に“憐”という漢字を書き示してくれた。この明治時代において“憐”という字は非常に珍しい気がした。


 小学生の頃、よく漢字の持つ意味について好んで調べていた事がある。その時、偶然知った漢字が少年の名前にもなっている“憐”だ。


 憐という漢字には“あわれみ”という感情にまつわる意味が込められている。

 最近、私のいた平成でブームとなってきていた“DQNネーム”という奴と同じようなものなのか、“あわれみ”の意を込めてわざわざそれにしたのか……私には分からないが。



「そういうお前の名前は何なんだよ」

「私!? あ、私は………あおいだよ」



 そういう私も、本来色として使われる碧という文字が、こうして人名に使用されているのだから、珍しいといえば珍しいのかもしれない。


 碧という字は色々な読み方をする。ある時はへきで、ある時はあお。そしてある時はみどりで、ある時はあおいという。だから、小中学校でもよく“みどり”や“へき”などといい間違われていた。全く、失礼な話だ。



「ふぅん。変な名前だな」



 先生達よりももっと酷な人間が目の前にいた。私は思わずそんな彼の脇腹に思いっ切り蹴りを入れた。「いってぇ!」と声を上げる彼に、私はどや顔を決めてやる。

 そういえば、最近始まったどや顔なんとかという番組があったような。あれ、なんだったかな。



「お前、俺だからまだ良かったけど……町中でそれをしたら批判受けるぞ」

「え、なんで?」

「なぜもなにも、大日本は男が強い國だろ。そこで、女のお前が俺に危害を加えてみろ。どうなる」

「………それ差別じゃん」

「…………とにかく、肝に銘じておけよ」



 少年は「ついてこい」とただ一言告げると、私の背後に在った木造の家へと歩き出した。とはいえ、名前と性別しか知らない憐にのこのこと付いていくというのはどうなのだろう。


 別に彼を疑っている訳では無いが、どこか不安があったのだ。だがまぁ、付いていく他に選択肢はない。渋々私は、憐の後に付いて歩いた──。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ