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百眼神  作者: あずき
序章ー百眼神社ー
3/5

 夢を見た。

 どこか荒れた空き地で、男達が一人の華奢な少女を恐ろしい目つきで囲っている夢を。



「やめて、殺さないで!」



 顔に死人が付けるような真っ白の布を付けられた少女が、何をしでかしたのか縄で身体を縛られ、許してと許しを講じている。



「黙れ、怪物のくせに!」

「人間に成りすまして俺達を食うつもりなんだろ!」

「違う、私は………私は怪物なんかじゃ……!」



 震える声で訴える少女の身体を、大人の男性達が木の桑のようなもので叩きつけた。悲鳴を上げながらもまだ許しを求めるか弱い少女に、男達は容赦なく桑を振り下ろした。彼らの瞳は鋭く釣り上がり、狂気と殺気に溢れ返っているようだ。


 幾度となく叩かれ、身動きの取れなくなった少女を、男達は掘り起こしたのであろう大きな穴の中に放り捨てる。

 自分を見下ろす人々の方へ血だらけになった腕を伸ばし、少女はいった。



「ゆ、い……」

「───っ」



 人混みの中から少女を見つめる一人の少年が、彼女の問いかけに思わず顔を背ける。その表情は、あまりにも悲痛なものだった。彼の腕の中には、小さな赤ん坊が静かに眠っている。


 先程桑を持っていた男達の前に、一人の少女が楽しげに身を乗り出した。容姿からして、彼女らと同い年くらいだろうか?

 周りの者達も、何人かは少年と同じ苦しげな表情をしているが、ただ一人、少女はいかにも楽しそうに笑っている。



「一刻も早く彼女を埋めないと、私達が食べられます」

「な………っ!」



 それを聞いた男達の顔は一気に青ざめ、既にボロボロの少女を物凄い血相で睨みつけた。こうしてはいられないと、彼らは怯える彼女の身体に掘り返した時に出た土をかけていった。



「いやっ、やめて……!」

「黙れ、妖怪め!! お前なんて……お前なんて!!」

「……やめろっ! やめてくれ!」



 見ていられなくなったのだろう。顔を青く染めた少年が、男達を止めようと声を荒らげた。その声に驚いたのだろう、少年の腕の中で眠っていた赤ん坊が喚き声を上げる。



「煩い黙れ! お前もあいつの仲間か!?」

「煩いお前もあの怪物と一緒に退治するぞ!」

「───やめて、その子には手を出さないで!」


「………そんな子供放っておいて、さっさと埋めてしまいましょう?」



 少女の一言は、恐怖に我を忘れた男達のガソリン塗れの心に火を付けた。

 怯えるような喚き声を上げながら男性は少女に土を被せていく。彼らと同じ価値観をしていたのであろう者達も、その後に続き少女へ土を被せた。

 お陰様で少女は、あっという間に男達の手によって生き埋めにされてしまった。


 これで平和だと、狂ったかのように人々は歓声を上げる。

 その中でただ一人、あの少年は小さな赤ん坊を抱えたまま、その場で泣き崩れていた──。




────────────────────



「おい!」

「──ひゃっ!!」



 男性の怒声に叩き起された私は、驚きのあまり声を上げた。

 起き上がった私は、ふと先程の出来事を思い出した。確か私は、謎の女性に襲われ意識を失ったはず。

 身体中に何か異変はないかとあちこち触れてはみるが、これといって気になるような痛みは一切見受けられない。



「お前……何やら洒落た服を着ているが、何者だ?」



 こんなTシャツにジーンズという地味すぎる格好が洒落ていると言われたのはこの時が初めてだ。

 というか、世の中には私よりももっとお洒落な女の子なんて山ほどいるし、私が洒落ているとすれば他の子達はどうなるというのだろう。


 そんなわざとらしい褒め言葉を発した少年の服装を上から下まで見回してみる。

 白がベースの、所々に蒼色の入った綺麗な着物に、藁で作られた草履。日本人特有の真っ黒で肩までありそうな髪を後ろで一つに結んでいる。髪結は、赤い組紐のようなものだ。その端には黄色のころ鈴が付けられている。


 ふと、幼い頃好き好んで観ていたあのスタジオジブリの映画に出てくる少年が頭を過ぎったが、ここは敢えて黙っておく事にした。



「あなたこそ何者? こんな時代に和服なんて着ちゃって。それに、百眼神社には来ちゃだめなんだよ?」

「………いくら鎖国令が終了したからって、日本人があんな西洋の奴らが着ているものなんて着れねぇよ。気持ち悪い」

「……さ、こく?」



 一体彼はいつの時代の話をしているのだろう。鎖国と言えば、江戸時代に徳川秀忠の手で始められ、息子の家光がそれを完全にした、キリスト教や日本人の出入国を一切禁止し、“貿易”さえも管理、制限するために作られた対外的な政策だ。確か、あれが終わったのは嘉永七年。江戸時代の後期頃だ。


 鎖国が終わり、幕府の時代は幕を閉じ次の明治時代を迎えた日本は、“明治維新”がキッカケで全国に西洋文化が広まったらしいが、それは今から約百年も前の出来事のはずだ。

 なぜこの少年は、そんな事を今更気にしているのだろう。



「鎖国なんてそんな百年も前の事、今更気にする?」

「鎖国令の事か? 鎖国令が終了してからまだ三十年しか経ってないのに何を言っているんだ」

「さ、三十年………?」



 彼の発した言葉の意味がいまいち理解できない。平成から明治まで約100年以上の間があるというのに、なぜそんなつい最近の出来事のような口ぶりなのだろう。まるで自分は明治時代の人間だとでも言われているようだ。



「何を……言っているの?」

「お前こそ何を言っているんだ?」



 “異変”に気がついた私は、ふと神社内を見回した。

 あれほど苔や蔦で覆われ、崩れさえしていた拝殿や参道は綺麗に整備され苔一つ残ってなどいなかった。どういう事だ、これは。


 先程崩壊していた廃家の方はどうなっているのだろう。私は縋るような思いで後ろを振り返った。

 あれほど酷く壊れ原型をほぼ留めていなかった木造建築の一軒家は、何事も無かったように凛とした様子で建っていた。

 玄関先に転がっていた頭蓋骨も、もうそこにはない。


 分からない。一体私はどうしてしまったのだろう。


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