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こんにちは、はじめまして、です。

振り向いた先に立っていた『影』は、セイル兄様と同じくらいの年齢の少年だった。

服装は全体的に黒っぽく、余裕のある動きやすそうな格好で、闇に紛れて動くにはぴったりな服装だと思う。

大きくてくりくりした透明感のある浅葱色の瞳はどこか面白がるような光を宿しており、同じ色の髪は襟足だけ少し長めで後ろで括られている。

顔立ちは整っていて、正直攻略対象レベルだ。

…ひょっとして隠しキャラとかいうんじゃないだろうな…。

だとしたら下手に動くと変なフラグが立ちそうなので勘弁してほしい。


全体的な印象としては…なんていうか、こう…可愛い感じの悪戯っ子!って感じ?

目が合うなりにこっと笑い、ひらひらと手を振ってきたので思わず振り返してしまった。

…お父様が刺すような視線で見ている中でそんなことできるなんて、相当胆が据わってるな。

ていうか、『影』でこの容姿は目立つのでは…?


「…リュート、その者がお前の『影』となる者だ。幼さ故に経験は浅いが、潜在能力は高い。良い関係を築けるよう努力しなさい。…用件は以上だ」


お父様に呼ばれたため、慌てて視線を戻す。

良い関係、か。

うん、少なくとも険悪な雰囲気になりそうな感じはないし、これからもうまくやっていける…かな?


「はい、お父様。ありがとうございます!」


私が満面の笑みでそう言うと、お父様は眼光鋭く頷いた。

これは多分私が喜んだから喜んでる…んだよね?

慣れてきてはいるけど、やっぱりお父様の表情は読み取るのが難しいなあ。

それはそうと、ここにいるとお父様の仕事の邪魔になるし、用件が終わったならさっさと退散しよう。

さっきも言ったけど、ただでさえお父様は忙しいんだからこれ以上仕事を中断させるわけにはいかない。

お父様が休む時間がなくなっちゃう。

自己紹介とかは自室に帰った後にしよう。


「それではお父様、僕は失礼しますね。お仕事、頑張ってください!」


「…ああ」


お父様が頷いたため私は立ち上がり、後ろに立っていた『影』に駆け寄り、視線を合わせるために見上げる。

視線があった『影』は、またしてもにこっと笑ってくれた。


「じゃあ、移動しようか」


「はーい」



————————————————



自室に到着し、『影』と向かい合う。

彼はここにくる間も終始鼻歌でも歌いそうな様子で、緊張だとか不安だとか、そういった感情は一切感じられなかった。

まあ、その方がこちらとしても気楽で良いのだが、どうにも気が抜けるというか。

ともあれひとまずは自己紹介をしておこう、色んな話はそれからだ、と思って口を開く。


「僕はリューティカ。リュート、で良いよ。今日からお世話になるけど、よろしくね」


「了解っリュート様!よろしく!」


そう言って彼はニッと笑う。

その顔はまさに先ほど思い浮かべた悪戯っ子そのもので、初っ端からタメ口なんていう貴族社会では大目玉ものの事をしているというのに、なんだか咎める気にもならない。

私も『影』みたいな身近な存在とは気楽に話したいし…まあ口調はこのままでいっか。


「ところで、君の名前は?」


「あ、『影』は主人を決める時に以前の名前は捨てるんだよね。で、主人に名前をつけてもらうの。だから、リュート様が適当につけちゃって!」


そういうものなのか。

けど適当につけてって言われてもなあ、すぐに良い名前なんて浮かばないし…。


「うーん…」


私が頭を捻っていると、彼は手を頭の後ろに回しながら笑った。

それにしてもよく笑うなあ。

私の周りにはいなかったタイプの人だ。


「あはは、本当に適当でいいよー?変な名前でも気にしないし」


彼は軽い調子でそう言っているが、そういう訳にもいかないだろう。

「名は体を表す」と言うじゃないか。

そのくらい大切なものなのだから、ちゃんと考えないと。

って言っても、考えれば考えるほどどんな名前がいいのか分からなくなってくる。

せめて何か参考になるものがあれば…。

…あ、そういえばさっき前の名前を捨てたって言ってたな。

それを聞いたら何か思い浮かぶかも!

あーでも、捨てたって言ってる名前を聞くなんて失礼だろうか。

いや、聞くだけなら大丈夫かもしれないし、駄目元で聞いてみよう。


「ねえ、君の前の名前は何だったの?嫌なら言わなくてもいいんだけど、良かったら教えてくれない?」


「…僕の前の名前?そんなもん聞いてどうするの?」


彼は頭の後ろに手を置いたまま、不思議そうに目を瞬かせた。

この反応からすると、聞いちゃ駄目って感じではない…のかな?


「名前決めの参考にしようかと思って」


「なるほど」


そういうと彼は手を顎に当てて思案のポーズをとりながら、うーん、と視線を上にやり、少し考えて「ま、いっか」と言って視線を私に戻し、悪戯っぽく笑った。


「普通捨てた名前はあんまり言わないんだけど、特別に教えてあげる。僕が捨てた名前はね、『リヒト』っていうんだ。『光』って意味らしいよ」


続けて「『影』に育てるつもりの息子に『光』って名前つけるなんて、僕の親も相当物好きというか変わり者というか」——そう言いながら、彼は今までと少し違う優しげで楽しそうな光を瞳に宿して懐かしげに笑った。

けれど「参考になったかは分からないけど、まあそんな感じ」と言った時にはその光は何処かへ消えてしまい、あっという間にさっきまでと同じ笑顔に戻ってしまった。

普段お父様の感情と一致しない表情と格闘してなきゃ、こんな笑顔の些細な変化なんて見抜けなかっただろう。

…しかし今の笑顔を見てしまうと、よく笑うと思っていたさっきまでの笑顔が、どうにも表面だけというか上っ面だけのように感じてしまう。

まあ初対面だから無理もないし、心がこもってない訳じゃないとは思うけど…。

どうせなら心の底からの笑顔が見たいなあ。

そんなことを思いながら彼の一連の表情の変化を見ていた私は、ある決断をした。


「…君の名前、決めたよ」


「お!どんな名前?」


わくわくとこちらを見てくる彼をまっすぐ見返し、なんでもないことのようにさらりと言った。


「『リヒト』だ」


「え?」


そう言うと、彼はぱちくりと目を見開いた。

そして少し困惑しつつも苦笑し、口を開く。


「…え、えぇ?単純すぎない?同情とかならしなくて大丈夫だよ?うち、代々『影』を排出してきた家だから、名前捨てるのとか何とも思ってないし」


まあ、実際彼は名前を捨てること自体は気にしていないのだろう。

悲壮感もなければ瞳に少しの動揺も浮かばないし、むしろそれが当たり前だと思っている感じがする。

ただ彼は、名前には未練がなくとも優しい思い出を抱えているのだと思う。

でもそんな名前を捨てなければならなかったことに同情しているわけではない。


「別に同情した訳じゃないよ。けど…」


そう。

別に同情したわけではなく、ただ、元々名前がないならともかく、名前があるならそれを使えばいいと思っただけだ。

だって——


「せっかく名前があるんだから、使わないと勿体無いでしょ?」


そんな、思い出が乗っかった素敵な名前があるんならさ。

「それに捨てたっていうんなら、主人である僕が捨てられた名前を拾っただけの話だし」——そう言うと、彼はポカンとした顔をした。

…そんなに驚くこと?

あれ、もしかして『影』の世界では捨てた名前は二度と名乗ってはいけない、みたいな厳格なルールでもあるんだろうか。

そうだとしたら、無理強いする訳にもいかない。


「いや、駄目って言うなら無理にとは言わないけど!その時は僕が責任持ってちゃんと考え——」


「——ああいや、駄目じゃないよ。あんまりにも突飛な考えだったからびっくりしただけ」


慌てたように私の言葉を遮り、彼はそう言った。

なんだ良かった、駄目ではなかったらしい。

けど、突飛?そうか?…などと考えているのが顔に出ていたのだろう。

それを見ていた彼は、堪えきれないといったふうにとうとう笑い出した。


「…っふ、あ、あはははっ!ふ、普通はさ、名前つけてって言われたら新しくつけるでしょ!し、しかも、同情したとかならともかく、も、勿体無いからって…ひー、お腹痛い」


…そこまで笑われるようなことなのか、これは…?

まあ彼は別に嫌がっているわけではなさそうだし、ただ笑ってるだけならいいんだけど。

ここは大人しく落ち着くまで待ってよう。

…ん?

あまりに自然でスルーしそうになったけど、何気に今彼が心の底から大爆笑している。

…けど、私が求めていた心からの笑顔って、果たしてこれなのだろうか…?

なんかちょっと違うような。


「…はー、やっと落ち着いた」


なんだか酷くスッキリした顔でそう言った彼に、私はジト目を向けた。


「…5分も笑い続けるなんて、失礼だと思わない?」


そう言うと、彼はキリッとした顔で


「リュート様が面白いこと言うのが悪い」


と宣った。

…ここまで悪びれもせず堂々と言われるといっそ清々しいな…。


「全くもう…。それで、名前は『リヒト』でいいの?」


「いい。もう何でもいい…っふは、また笑いが…っ」


どうやらツボに入ってしまっているらしく、落ち着いたと思っていたけれどまだ抜け出せていなかったようだ。


「本当にもう…!いくら何でも笑いすぎだから!」


ウケを狙ったつもりもなく、ただ名前を決めただけでここまで笑われて、流石に私もふてくされてくる。

もういいもん、気が済むまで好きなだけ笑ってればいいんだよ。

そう思って、ふーんと膨れっ面を作ってみる。

私のその様子に気づいた彼——リヒトは、流石にこれ以上はまずいと思ったのか、しゃがみ込んで私と視線を合わせ、慌てて謝ってきた。


「あーっごめん、リュート様。笑いすぎた。謝るから、許して?」


ね?と上目遣いで小首を傾げながら言ってくるリヒトに、私の直感が働いた。

可愛い系の顔で、自分の可愛さをよく分かっててそれを武器に使ってくる…この人…小悪魔系とか、ウサギ系とか言われる部類の男だ…!!

これは天然物か!?養殖物か!?

養殖ならまだいいけど、天然なら始末に負えないぞ…!?

ど、どちらにせよ、誤って貢いだりしないように気をつけないと!

…と、密かに戦々恐々としていると、怒っていると思ったのかしょぼんとするリヒトの頭に、ウサギの耳がへたっている幻覚が見えた。

…あ、私手遅れかもしれない。


「…まあ、笑ってただけなんだし、許してあげる」


そう言うと、リヒトは「良かったーっ!」と言いながらぱっと笑い、ガバッ!と抱きついてきた。。

その様子になんだか絆されてしまって、しょうがないなあというような気持ちで釣られるように私も笑う。

どうにもこの先この小悪魔に振り回されそうな予感がして、それでもまあ悪くないかと思ってしまう自分がいた。



…あれ、今気づいたけど名前に気を取られすぎててリヒトの実力の程度とか、私がリヒトにやってほしいこととか、そういう大事な話できてなくない!?


自分のことはそっちのけで無意識に無茶ばかりのリュートと、自分の魅せ方や限界をよく分かっててこちらが気持ちいいくらいの適度な我が儘を言うリヒト。

さて、本当に振り回すのはどちらでしょう笑


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