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“背負うもの”です。

最近忙しくて気がついたら前回の更新からものすごく時間が経っていました…。

それでも楽しみにしてくださっていた方々がいたので気力を振り絞って書き上げてきました。

明日の昼頃には次のお話も更新する予定です。

不甲斐ない筆者ではありますが、お付き合いいただければ嬉しく思います。

沈黙が落ちる。

侵入者…言ってしまえば敵である彼らにまで心を寄せていてはきりがないのは分かっていても、服の一欠片さえも残らなかったなどという悲惨な事実に心が沈むのはどうしようもない。

それは恐らくセイル兄様も、分かりにくいがお父様も同じなのだろう。

何となく喋る気になれなくて黙っている私の頭に、温かい手が置かれた。

見上げると、こちらを見ることなく優しく頭を撫でてくれているセイル兄様が見える。

その手の僅かな重さと温かさに、安心感からか目の奥が熱くなってきてしまい、慌てて目を擦った。


「…それで、侵入者達は何か拘束される前に行動を起こしていたのですか?」


重い口を開き、なんとか話を進める。

えらいえらい、と褒めるようにセイル兄様の手ががぽんぽん、と軽く頭を叩き、すぐに離れていった。

それを名残惜しく思いつつ、お父様の答えを待つ。


「…いや、彼らはただの囮…陽動隊であったのであろう。彼ら自身が何か行った形跡は無かった。本人らがどう聞かされていたかは知らぬが…彼らには派手に動いて捕まり、影で動く者が動きやすいようにするという役目が課せられていたものと思われる」


「…囮、ですか」


ということは、最初(はな)からこの結末は決まっていたってことか。

闇魔法の呪い…それもセイル兄様にかけられていたものと同種のもので人を殺すなんて、明らかにこちらに対する挑発だろう。

もしくは心理的な攻撃を狙ったものか。

どちらにせよ私たちが対応しきれなかったために彼らを助けられず、むざむざ死なせてしまったというのは間違いのない事実だ。

私は彼らと接触する暇もなかったし、もし接触を希望したとしてもそんな危険人物がいる場所へ、幼く未熟な「()()()」が行くことをお父様が許可したとは思えない。

接触できなければ呪いがあることは分からないので、対処することはできない。

…結局、今私がどんなに『あの時ああしていれば』などと考えたところで、結局それはその時点では実行不可能だったし、そもそも時間は戻らないのだから何の意味もない。

今回の状況では何もできなくても仕方がなかったことくらい、分かっている。

そのくらい、頭では理解しているのだ。


「……」


だけど、それでも…。

人の生き死にから遠い場所で…『日本』という、平和で安全な国で生きてきた私には、人の悪意に満ちたこの事件はあまりにも…あまりにも、衝撃だった。

フラウ夫人の底冷えのするような笑みが浮かんで、眩暈がする。

どうしてそんなにも、人の命を軽く扱えるのだろうか。

例え状況的に不可能だったとしても、彼らを解放できるのは…その可能性が少しでもあったのは、私だけだった。

それなのに。


「…リュート?」


何か、出来たんじゃないか。

どうして何も、出来なかった?

どうして私は、彼らに巣食っていた呪いに、屋敷に入ってきた闇魔法の気配に、気付けなかった?

ずっと気を張っていれば、気づけていたんじゃないのか。

今日何かが起こるかもしれないなんて、予測はついていたはずだ。

何かに気づいてお父様や騎士団に伝えるだけでも、結果は変わったはずなのに。


「…僕は…」


「…リュート。今回のことでお前が責任を感じる必要はない」


どこまでも静かに、お父様が言葉を紡ぐ。

今起こったことの裏にある私の空回りな自責の念など、全てお見通しなのだろう。


「…分かって、います…」


理解はしている。

ただ、頭に心がついていけないだけで。

もう少し時間をかければ、自分の中で上手く折り合いをつけていつも通りの振る舞いに戻れると思う。

そのために一人になって静かに考えたいけれど、まだ聞かなければならないことがある。

ここは一旦整理のつかない頭の中は知らぬふりをして、早いところ話を全て聞いて退室してしまおう。

そう思っていたのに、俯いていた顔を上げると、先程と同じ静かな瞳と視線がぶつかった。


「…もう一度言おう。リュートに責任はない。これは騎士団及び私の失態なのだ。…お前に責任を感じさせ、追い詰めてしまったことも含めて」


「追い詰めたって…それは、僕が自分で…!」


頭では分かっているくせに感情に振り回された挙句に勝手に自分を責めて、勝手に自分自身を追い詰めただけなのだ。

決してお父様や騎士団のみんなのせいではない。

…ああ、本当に私は何をやってるんだろう。

こんなんじゃ、かっこよくて完璧な『リュート様』になんて、程遠い。


「…騎士が守らねばならぬのは何も身体だけではない。精神(こころ)も同時に守ることができてこそ、真に『守った』と言える。それができなかったのだから、これは私たちの落ち度なのだ」


「…」


お父様や騎士団のみんなに責任を押し付けているような気がしてまた自己嫌悪に陥り、せっかくの厚意に対して自己嫌悪に走る自分に更に嫌気がさす。

完全に負のスパイラル状態の私に、隣のセイル兄様はずっと何も言わず寄り添ってくれている。

横に感じるセイル兄様の体温は、そんな私を優しく慰めてくれているようで心地が良く、少しだけ心が軽くなった。

ちょっと回復した気持ちでお父様に再び視線を合わせる。


「…幼いお前たちにこのような話をしてよいものか悩んだが、相手を知らねば回避できぬ危険もあると判断して話した。…これから先は、何が起こるか分からぬ。本来ならばお披露目も済んでいない子供に話すべき内容ではない。幼さもそうだが、人一倍優しい其方らが受け止めきれぬ可能性もあった。…だというのに、話さざるを得なくなる程の危機が身近にある状況を作ってしまったことは、本当に申し訳なく思っている。…だが…」


言葉の途中で、罪悪感を滲ませたお父様の“親”としての表情(かお)が、“公爵”としての表情(かお)へと変わるのが見えた。


「…何でしょう?」


“親”としてではなく“公爵”として言うべきことがある。

そういういうことなのだろう。

根拠はないけれど、なんとなく真剣に聞かなければならない、これからの私にとってとても大切な話のような気がして、自然と背筋が伸びた。


「…リュート。お前は目の前に今にも死にそうな者がいたら、救いたいと望むか?」


けれど投げ掛けられたのは、問いだった。

真意の掴めない、今までの話と微妙にズレた問いをしてきたお父様に疑問を覚えつつ、それを反芻する。

…何が言いたいんだろう?

目の前にそんな人がいて、自分に助けられる力があるなら助けたいと願うのは当然だと思う。

戸惑いながらもこくん、と頷くと、お父様は更に質問を重ねてきた。


「…では、魔力が底をついてこれ以上魔法を使えば自分が死にかねない状況でも、お前はその者を救うか?」


この質問を聞いた瞬間、はっとした。

…ああ、そうか。

お父様のこの質問の意味が、何となく分かったような気がする。

倫理的に考えれば正しいのは間違いなく「救う」という答えだし、私の心情的にもその答えを出したいのは山々だけれど、それでは“()()”として…『()()()()()()()』としては失格なのだ。

“公爵”とは一族の頂点に立って王を支え、国を守り国民を守り、皆を導いて守っていかなければならない立場の人。

…間違っても、目の前の一人のため()()に命をかけ、あまつさえ命を落とすなんてことがあってはならない。

それをして救えるのはたった一人、“公爵”として救えるのは数百人、数千人、下手をすれば数万人単位。

『尊い命に人数の多い少ないなど関係ない』…それはそうだけれど、国民や一族の命を背負う立場ではそんな綺麗事ばかりも言っていられない。

私のこの両肩に圧し掛かるものは、それほどまでに重いのだと自覚しなければならない。

…けれど、それでも。


「…救います」


「…ほう」


お父様は目を細め、真意を問うような視線を寄越してくる。

とりあえず頭ごなしに否定されなかったことに安堵の息を吐きながら、言葉を続けていく。


「魔法が使えないならば、知恵を使います。知恵がないならば、知恵を持つ方を探します。命をかけることはできなくとも、力を尽くすことはできます。僕は、最後の最後まで救うことを諦めたく…いえ、違いますね。()()()()()()んです」


…ああ、そうだ。

いくら理屈を並べたって結局、私にはこの答えしか出せないのだ。

自分の嘘偽りのない気持ちをきれいさっぱりさらけ出したせいか、先程の鬱々としてぐちゃぐちゃだった感情が少し落ち着いて幾分すっきりした心地でお父様に視線を合わせる。

するとこちらを静かに、けれど強く見つめていたお父様がふっと視線を緩めた。


「リュートの考えは分かった。その考えは決して間違ってはいない。立場にばかり目が向いて守るべきものを蔑ろにするのでは本末転倒も甚だしいのだから。だが、これから先「公爵家跡取り」として皆の命を背負っていく覚悟があるのならば、これから言うことを忘れてはならぬ。…セイルも心に留めておきなさい」


「はい」


間違ってはいないが、完全に正解でもない…いや、正解なんてないのかもしれない。

「公爵」としての決定に、自分の考えが正しいなんて自信は一生持ってはいけないのだろう。

お父様の言葉を一言たりとも聞き逃すことの無いように、全身全霊で耳を傾ける。


「…リュート、セイル。力を持つ者は全てを救わなければならないなどと考えるのは力を持つが故の傲慢だ。強い力があれば救うことができる範囲が広くなる。それは確かで、だからこそ勘違いしてしまうのだ。…自分には救う義務がある、救えるものは全て救わなければならないと。まして二人のように最上級といえる力を持つ者ならば尚更、万能感を感じて正義感に駆られやすい」


それは、まさに今の私そのものだった。

なまじ人を救うことに長けた能力を持っているために、それを使う事を義務のように感じていた部分も、確かにあったのかもしれない。


「…だが、自分を過大評価して自分の両手に抱えきれないものまで背負ってしまえば、元から手の中にあるものまで壊しかねないと知りなさい。起こっている問題を取り巻く『環境』には目もくれず、ただ問題だけを見つめて『自分の力で救える範疇だ』などと早合点することは、大きな失策に繋がる」


そこまで言ってお父様は、一瞬だけ瞳の奥に何処か痛ましげな暗い光を宿した。

…お父様はきっと、過去に「力を持つが故の傲慢」から何か苦い体験をしたのだろう。

だからこそこんなにも実感のこもった忠告をしているのだ。

私の言動を見て、自分と同じような失敗をしかねないと思ったのかもしれない。


「…公爵家を背負って立つならば、自分の手の届く範囲が何処までであるのか、自分が背負うべき責任はどの程度であるのかをしっかりと見極められねばならぬ。それができなければ、自身だけでなく一族全体を危機に晒すことに繋がりかねないのだと覚えておきなさい。「公爵」という身分を背負う者は、判断、命令、発言、行動…何をとっても常に一族を、国を背負っている。自分が対処できる範囲を越えて無理をすることは許されぬ。その命は自分だけのものではないのだと、それほどまでに公爵という立場は重いものなのだと、胸に刻みなさい」


「「はい!」」


お父様の、真剣すぎるほど真剣な、重力すら感じる視線を受けながら聞いたこの言葉は、公爵家の人間として生きていくならば決して忘れることを許されない教訓だった。

…さっき、私は自分のことを『リュート様に程遠い』って言ったけど、リュート様も今の私と同じように失敗しながら成長していったのかもしれない。

だったら私も、失敗してもそれを確実に成長に繋げられるように努力していこう。

そうしたらきっと、理想のリュート様に近づけるはずだから。


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